2012年9月27日木曜日

西郷の貌はここにあった、のかな

「西郷の貌」
加治 将一

単行本: 368ページ
出版社: 祥伝社
言語 日本語
ISBN-10: 4396614136
ISBN-13: 978-4396614133
発売日: 2012/2/2
 
 
禁断の歴史シリーズ第5弾!
維新英傑の顔は、なぜ消されたのか?
その写真には若き日のリアルな姿があった──
チンケな肖像は、もう見飽きた。
「本物」をとことん味わえ!

「西郷隆盛」は実在しない──はずだった
歴史作家・望月真二(もちづきしんじ)は、一枚の古写真に瞠目(どうもく)した。「島津公(しまづこう)」とされる人物を中心に、総勢13人の侍(さむらい)がレンズを見据えている。そして、その中でひときわ目立つ大男……かつて望月が「フルベッキ写真」で西郷隆盛に比定した侍に酷似していたからだ。この男は、若き日の西郷なのか?
坂本龍馬(さかもとりょうま)や勝海舟(かつかいしゅう)らと違い、西郷を写した写真は現存しない、とされている。よく知られた西郷の肖像は、彼の死後、外国人が描いたものだ。「13人撮り」の大男が西郷だとしたら、この写真はいつ、何のために撮られたのか。謎を解明すべく、望月は鹿児島へ飛んだ。
明治維新の中心人物たちと「南朝」を結ぶ糸、西郷と公家の関係、武器商人・グラバーの影……望月は、次々と驚愕の事実に直面する。

 といった内容が、果たして小説になるのか?
 そこはそれ、手馴れたもので、暴漢に襲われ記憶喪失になって目覚めるプロローグから、鹿児島を出発して博多への旅、怪しげな男たちに襲われつつ、あるいは何者かにガードされながら、歴史をひもとき、ちょっとしたヒントを関連づけて行く。
 結論は初めから持っている。

 明治維新の黒幕。
「南朝復活」
 すべてがそこに集約されていく。

 今に残されている西郷の写真や銅像は偽物だ。
 鹿児島。西郷の墓地を訪れた望月を謎の集団がつけねらう。
 熊本。西南の役の真実とは。江藤新平の悲劇が表すのは。
 そこに暗躍する勝海舟の役目は何か。
 福岡。太宰府天満宮の秘密。
 麒麟が空から舞い降りる。武器商人グラバーがねらったものは・・・

 

2012年9月20日木曜日

断絶からよみがえる男たち

「断絶」
堂場 瞬一

単行本: 371ページ
出版社: 中央公論新社
ISBN-10: 4120039978
ISBN-13: 978-4120039973
発売日: 2008/12/20

 
閉塞感漂う地方都市・汐灘の海岸で発見された女性の散弾銃による変死体。県警は自殺と結論づけたが、捜査一課・石神謙は他殺の線で捜査をつづける。一方、地元政界は、引退する大物代議士・剱持隆太郎の後継選びで混迷を深めていた。石神と剱持、まったく異なる人生を歩んだ、二人の運命が交錯する。

 汐灘サーガ第2巻。
 まず、剱持隆太郎のパートから始まる。
 元運輸大臣も経験した現役の衆議院議院であり、県政に暗然たる勢力を及ぼす地元のボスだ。苦しい選挙を勝ち抜き、これが最後の選挙だと思っていた。次の選挙には息子の一郎を第一候補にあげている。

 そして2年後。
 石神謙。県警捜査一課の刑事。
 海岸で女性の死体が発見される。散弾銃で自殺した様子だ。だが身元がわからない。身元を示すものが何もない。石神は、所轄の大型刑事・身長182センチの坂東とともに捜査にあたる。坂東が、この事件は不審だと声を上げた。どうやってこんな所まで来たのだろう、タクシーだろうか。散弾銃で死んだにしては、どうやってその銃を運び込んだのか、銃を入れてきたカバンはどこへ行ったのか。
 石神は、これは自殺ではない、と考え始める。

 やがて、警察の上層部から横やりが入った。これは自殺だ。捜査は中止せよ。
 あやしい。その怪しさは、匿名の電話で弾ける。相澤紗季という女を調べろ、というのだ。

 石神は養子だ。捨て子を育てて来たと父は告白している。その設定がやがて「サーガ」の意味合いを深める。県の出納長を努めていた父は、今は退職して悠々自適の身だが、議員の劍持とは肝胆相照らす仲。劍持の思惑を理解しつつも、刑事である息子とやがて対峙することになっていく。

 劍持は、県知事が対立候補として次の選挙に乗り出そうとしているのが気に喰わない。第二公設秘書も裏切ろうとしている気配だ。そのうえ、息子の一郎が不始末をしでかしたようだ。
 
 ストーリーは一筋に進む。
 代議士の息子の不始末というのは、亡くなった女性と関係がありそうだ。
 代議士はその事件ををもみ消そうとする。
 石神は情報をつかむために東京へ出向き、神楽坂で、ある情報をつかむ。
 その証拠を持って汐灘へ戻った石神。そこに、劍持の第一秘書が出頭してきたという電話がはいる。なりふり構わぬ劍持の保身の姿勢に憤りをかくせない石神だが、そのとき、父が発した言葉は・・・

 
 前作に登場した伊達刑事も要所要所に登場して、同輩として、ポイントを押さえたアドバイスを残していく。彼もいまや男の子を持つ子煩悩な父親になっている。
 「断絶」というタイトルが意味するものは、政治家と国民の乖離。警察の真実追求にかける信念と、それにあらがう政治家独自のモラル。政治家とはどうしようもない生き物だ、という怒りが全編にあふれている。
 親と子の断絶は、しかし、血のつながりを超えた愛情を産み出すことになる。
 サーガと銘打たれた、悲劇から立ち上がる男たちの物語。

 

2012年9月13日木曜日

長き雨の烙印は消せるのか

「長き雨の烙印」
堂場 瞬一

単行本: 410ページ
出版社: 中央公論新社
ISBN-10: 4120038920
ISBN-13: 978-4120038921
発売日: 2007/11

 
殺人事件の犯人として連行される親友の庄司を、学生の伊達はただ見送るしかなかった。
県警捜査一課で中堅の刑事となった今、服役を終えた庄司が冤罪を申し立てた。
しかし、その直後に再び似通った手口の女児暴行事件が起きる。
伊達は20年前のある記憶を胸に、かつて庄司を逮捕したベテラン刑事・脇坂と対立しながらも、捜査にあたるが―。

 堂場さんには某(読売)新聞の「海外ミステリー応援隊」というコラムで、海外ミステリーの書評を読ませて頂いている(ネットで、ですけど)。月2回とはいえ、その都度膨大な作品紹介をこなしていながら、毎月のように新刊が出る。そしてその作品の分厚さ。いかにもハードボイルドという作品群。タイトルもかっこいい。
 そして今回新作が立て続けに上梓される。文庫化されるものもあって、それが「汐灘(しおなだ)シリーズ」という作品の3作目。シリーズの端緒となったのが2007年のこの作品だ。

 関東北部の海に面した町、汐灘。東京からクルマで2時間くらいの太平洋に面した町。そこで事件が起こる。
 7歳の女の子が乱暴され、海岸に埋められていたのだ。一命は取り留めたが、いまだ意識は戻らない。その犯人として逮捕されたのが庄司だ。庄司は20年前にも少女誘拐殺人の罪で逮捕され服役して、刑期を終え今は農家で細々と暮らしていた。今回は逮捕されたものの、捜査に行き過ぎがあったとして釈放されてくる。
 刑事の伊達は学生時代から庄司の友人であり、かれが20年前に逮捕されたその時も一緒に海を眺めていた。あいつか、あいつがやったのか。そう思いたくなかった。

 主要な登場人物の視点で描写されるので、初めは、今が誰のパートなのかが分かりづらかった。一気に読める人なら、そんなややこしさはないのだろうが。

 刑事の伊達。20年前に庄司を逮捕連行した先輩刑事の脇坂に反感をもちながら、今回の少女拉致事件を捜査する。伊達は庄司の無罪を信じながら、それでは警察を裏切る立場になる矛盾を抱えている。警察組織や同僚刑事に対するいらだちを持ちながら、庄司の無罪を立証する証拠を集めまわることになる。

 弁護士の有田。庄司の冤罪を信じ、彼を立ち直らせて自分の名前を売ろうと、後援会を主宰する。警察の暴力から庄司を救い出したが、市民の反感が庄司に向かうことを恐れ、ひそかにかくまっている。有田もまた、庄司の冤罪の証拠をつかむべく走り回り、確実と思われる証拠を手に入れたのだが。

 高級外車のディーラー社長の桑原。最初の事件で娘を失った桑原は、庄司が今回の事件を犯したと確信して、彼の潜伏先を監視している。心臓に病をかかえた桑原は、優秀な部下に会社を任せて引退を考えている。かれの最終目的は庄司に対する復讐だ。

 いかにもハードボイルドチックな筋で、展開する。
 だが、アクションが少なく、平板な感は否めない。
 動き回るまちは閉塞感漂う田舎町だ。
 そして、雨。

 巻末、すべての破局に向かって突き進む3人に、容赦なく雨が降りかかる。
 長き雨の烙印は3人それぞれに捺された、取り返しのつかない過去への妄執なのかもしれない。

 

2012年9月5日水曜日

事件でござるぞ、といわれても

「事件でござるぞ、太郎冠者」
井上尚登

単行本: 323ページ
出版社: 祥伝社 (2012/5/15)
言語 日本語
ISBN-10: 4396633874
ISBN-13: 978-4396633875
発売日: 2012/5/15


痛快・古典芸能ミステリー

『二人袴(ふたりばかま)』『附子(ぶす)』『瓜盗人(うりぬすびと)』……
推理の鍵は“狂言”の中に?
探偵コンビはイケメン狂言師と強面(こわもて)パンク女!?

煩悩、欲、見栄、嘘―――
狂言にはヒトの真実がてんこもり!?
人気狂言師・峰村(みねむら)みの吉(きち)が主宰する「狂言教室」の生徒が急死した。訃報にみの吉たちが驚く中、「それって筋が通らない」と言い出したのは、新入りの生徒・松永夏十(まつながなつと)だった。無愛想な上に、ツンツン立てた髪と濃いメイク、パンクスタイルで、とても狂言に興味があると思えない夏十だが、狂言の『二人袴(ふたりばかま)』をヒントに、意外な真相を探り出して・・・?

 住宅街の中の能楽堂。あとがきによれば、ある大蔵流の家元に、民家の内部に能舞台があるそうだ。杉並能楽堂といい、こちらは門構えの立派なお宅である。
 そういう住宅街の中にある能楽堂で狂言教室がおこなわれている。そこに新入門してきたのが、ドラゴン・タトゥーの女ならぬツンツンヘアに濃いメイク、黒いアイシャドー、上下黒服のパンク女・夏十。表紙の太郎冠者の後ろに顔を出している。素顔は美女らしい。
 そんな夏十と、バツイチ子持ちのイケメン30男・峰村みね吉、本名・光一郎の周囲に事件が起こる。

「二人袴」
 <中世、息子が嫁の実家にあいさつにいく儀式があった。頼りない駄目息子のために、親父が一緒に付いて行くことになるが、あいにく、袴が一枚しかない。息子が挨拶をしているときに、正式な服装の袴を履いていない親父は隠れていたのだが、そこを先方の太郎冠者に見つかってしまう。弱ったふたりは交代で袴をはいて、舅に挨拶するために右往左往する。ところが、最後に舅がふたり一緒に会いたいと言い出して、息子と親父は左右の袴を別々に履いて珍妙な舞いを披露するはめに・・・>
 狂言教室の生徒である和子が心臓発作でなくなったという。彼女は再婚した夫と一緒に狂言の会に行くはずだったのだが、夫は仕事の都合で来れなくなった。横にいた和子の友人の恵も教室の生徒だが、彼女もまた連れの男性が所用でこれなくなったとかで、ふたりの横はそれぞれ空席だったのだ。夏十はたまたまその会に来ており、その場面を目撃している。
 和子はその狂言の会の途中で様子がおかしくなり、その夜に亡くなっていた。
 夏十と、みの吉は、教室の生徒でもある刑事の保井を頼って、和子の周辺を探る。そこで和子の夫という人物には写真が残っていないということに気付き、なにか、訳があるのではないかと・・・

「花子」(はなご)
 <ある男、旅先で遊女に惚れてしまう。花子というその遊女に逢いたいために、女房には嘘をついて、お堂に籠るという。アリバイ作りのために太郎冠者に座禅襖という着物をかぶせていたが、それに女房が気付いてしまった。ほろ酔い機嫌で帰ってきた男の前には太郎冠者に代わって鬼の形相凄まじい女房が待っていて・・・>
 康子の夫である能役者の久作に殺人の嫌疑がかかる。殺されたのは玄葉という資産家。久作は玄葉に借金していたのだ。久作には浮気をしていた気配もある。その愛人らしき女が犯人と初めは思われていたが、犯行時間にはアリバイがあるという。
 康子の夫や愛人の動きをさぐるうちに、ある児童養護施設の存在が浮かび上がる。

「附子」
 <壷にあるのは『ぶす』という毒薬だから覗かぬように、と言いおいてご主人が出掛けてしまう。太郎冠者と次郎冠者は怖いものみたさのあまり、その『ぶす』の壷を覗き込む。そこには何やらうまそうなものがあり、ついついそれを食べてしまう。なんとそれは砂糖だったのだ。言いつけにそむいて叱られるのを察したふたりは一計を案じ、掛け軸を破るわ、大事な壷を割るわと乱暴狼藉。帰ってきた主人には、粗相をしてしまい申し訳なく、毒を飲んで死のうとしたがいくら飲んでも死に切れず、と訴えるのだが・・・>
 妻の不倫を咎めるため、妻とその不倫相手の目の前で毒薬を呑んで自殺するという事件が起こる。
 現場に乗り込んだ夏十は遠慮なく家捜しをして、ぬいぐるみの中にあるビデオカメラを発見した。そこには自殺したときの情景が録画されていた。

「武悪」(ぶあく)
 <武悪という部下が出仕しないと怒るあるじは、太郎冠者に武悪を始末せよと命じる。太郎冠者は魚釣りに誘い、隙を見て殺そうとするが果たせない。切ったことにしてあるじに報告するから、お前はどこかに逃げろ、と武悪を逃がす。報告を聞いたあるじは気を良くし、東山に遊山にいく。そこで都の名残に東山に参詣にきていた武悪と鉢合わせして大騒ぎ。太郎冠者はそれは武悪の幽霊だということにして、武悪には幽霊らしく振舞え、とたしなめる。調子に乗った武悪はあるじの元にあらわれ、冥土であるじの父親から言い付かったから刀剣を差し出せ、と命じる。あるじは父を懐かしく思い刀剣を差し出すが、かさにきた武悪は、あるじ本人も冥土へ連れて来いと仰せつかった、と追いかけだし・・・>
 康子にがんがみつかり、サッカーくじで手に入れた賞金を峰松家へ託すという遺書を書く。1年以内に甥が現れなければ、その遺産は峰村の家のものになるというのだ。甥は上杉幸次郎という立派な名前で、ふらふらと海外をさまよっており、生死も定かではないのだという。みね吉の祖父の3番目の妻・理恵など、その甥が現れませんようにと祈る始末。ところが、当の本人が現れたと、弁護士から連絡が入る。
 そのころ小学校あらしが連続していた。学校のガラスを割ったり、塀にペンキを塗ったり、今度は卒業生のモニュメントをこわしていた。
 果たして行方不明の幸次郎と学校あらしとは関係があるのだろうか。幸次郎は峰松家の弟・光二郎とは幼馴染。
 正体をあばこうとした夏十は・・・

「瓜盗人」
 <瓜を盗みに畑に入ったが、暗くてよくわからない。ごろごろ転がりながら瓜を取り込んだが、そこに人の影。許しを請うが相手はなにもしゃべらない。それは案山子だったのだ。腹をたてた瓜盗人は案山子もこわして立ち去る。次の日、畑の主は自分が案山子になって待ち受けている。そこにまたもや瓜盗人が現れ、瓜をとるばかりか、案山子を相手にお芝居の稽古を始めてしまう。初めは鬼の役で案山子をいじめるが、次は自分が罪人になって鬼に責められる場面を演じていると、背後から案山子が襲いかかってくる。やや、おぬしは。やるまいぞ、やるまいぞ・・・>
 2億円の絵画盗難事件。それもビデオカメラの記録では、停電があり、自家発電に切り替わる間の30秒間に消失しているのだ。絵の持ち主は、みの吉の別れた妻・桜子と付き合い始めたという商社の社長。
 かれは商売に行き詰まっていたというのだが・・・

「釣狐」(つりぎつね)
 <猟師に一族を殺された老狐。恨みをはらすため、猟師の伯父である白蔵主という僧侶に化けて猟師を諭す。狐は本来神であり、玉藻前の言い伝えでは退治された狐の怨念が殺生石になったという。それほどの威力をもつのだ。そんな狐をあたら殺してはいけない。恐ろしい話をきいた猟師は後悔し、狐釣りの罠を捨てる。その帰り、老狐は心ならずも狐釣りの餌に魅かれてしまい、変身を解いて餌を食べてやろうと姿を消す。猟師は、罠の餌がつつかれているのを見て、改めて罠を仕掛け直す。そこに老狐があらわれ罠にかかり、ふたたび猟師と渡り合うことに・・・>
 夏十の過去が明らかになる。
 ある病院で野口という老人を見舞う夏十。野口は狂言のファンでもあり、狂言で使われる面を集めていた。だが、泥棒に面が奪われ、そのときに突き飛ばされてけがを負っていたのだ。
 そして二人の女性と一匹の犬の行方不明事件が起こっていることがわかる。

 パンク女の夏十がなぜ、狂言の家元に居候になろうとしたのか。その理由が、事件の謎を解きながら、徐々に明らかになってくる。

 みね吉と夏十とのかかわり、前妻である桜子との関係も揺れ動きながら物語は進んで行く。
 でも、あんまり狂言のスジとは関係ないね。
 
 

2012年8月31日金曜日

盤上の夜が見せる奇跡の眺望は

「盤上の夜」
宮内 悠介

単行本: 283ページ
出版社: 東京創元社
言語 日本語
ISBN-10: 4488018157
ISBN-13: 978-4488018153
発売日: 2012/3/22


第1回創元SF短編賞 山田正紀賞
第147回直木賞候補作
●堀晃氏推薦――「盤面から理性の限界を超えた宇宙が見える」
●山田正紀氏推薦――「これは運命(ゲーム)と戦うあなた自身の物語」
●飛浩隆氏推薦――「宮内はあなたの瞳(め)に碁石(いし)を打つ。瞬くな」

彼女は四肢を失い、囲碁盤を感覚器とするようになった──若き女流棋士の栄光をつづり、第1回創元SF短編賞で山田正紀賞を贈られた表題作にはじまる全6編。同じジャーナリストを語り手にして紡がれる、盤上遊戯、卓上遊技をめぐる数々の奇蹟の物語。囲碁、チェッカー、麻雀、古代チェス、将棋……対局の果てに、人知を超えたものが現出する。2010年代を牽引する新しい波。

「盤上の夜」 囲碁
 何らかの事情から四肢を失った灰原由宇。彼女を保護し、代打ちとしての役目を努める相田純一九段。
 本因坊戦の挑戦手合、由宇はつぶやく。「星が痛い」
 早碁の決勝で勝ち抜いた時の抱負としてはこうだ。「この世界を抽象で塗り替えたい」
 だが、本因坊戦のトーナメントのさ中、由宇は姿を消してしまう。いつしか由宇は碁盤を通じて世界と会話していたのだ。そして、会話する言葉が足りなくなったのだという。
 行方不明の由宇を探し当てた相田だったが、彼女には再生医療により四肢が再生されていた。だが・・・
 
「人間の王」 チェッカー
 いまは葬られたゲーム=チェッカー。そのゲームでコンピュータと対戦し、6戦連続の引き分けに持ち込んだというマリオン・ティンズリー。彼こそは「人間の王」だった。わたしは彼とのインタビューを始める。ティンズリーは’97年の、その最後のゲームの直後に亡くなっているので、インタビューの相手は彼の能力を再現した意識体。
 彼は、人間と戦い、機械と戦い、プログラムと戦った。そして現在、コンピュータによりそのゲームは完全解されたとして、葬り去られている。だが、わたしには訊いてみたいことがあった。「あなたがティンズリーと戦ったとして、どちらが勝つのでしょうか?」 

「清められた卓」 マージャン
 わたしは10年前におこなわれた白鳳戦第9戦についてインタビューしている。公式に記録は残されていない、そこで、何があったのか。
 対戦したのは予選を勝ち上がった女性雀士・真田優澄。「都市のシャーマン」代表者。
 そしてAリーグプロの新沢駆。
 アスペルガー症候群の9歳の少年、当山牧。連盟は彼の活躍で麻雀のイメージを一新したいと考えたのだろう。
 4人目は優澄に執着する、彼女の元婚約者である精神科医・赤田大介。
 だが、対局は意表をつく展開を見せる。
 異様な打ち筋を見せる優澄は言う。「わたしたちが牌を動かしているのではなく、牌がわたしたちを選んでいるのよ」
 当山は数理的に麻雀を理解し、その中で、世界は感情で動いていることを知る。
 新沢は言い出す。「カメラで撮影するのは止めろ、賭けを始めよう」
 赤田は優澄には「何か」が見えているのだ、と確信する。
 そして10年後の今、赤田は、優澄が代表者の宗教団体「都市のシャーマン」にボランティアとして参加している。わたしはそこで見た優澄の姿に愕然とした・・・

「象を飛ばした王子」 チャトランガ=古代インド将棋
 ゴータマ・ブッダの息子、ラーフラ。彼は王としての務めより、盤上で駒を動かす競技に、より強い興味を抱いていた。この競技を広めれば、戦争の代わりになって、戦を起こすものはいなくなるのではないか。
 だが、象の駒を動かす決まりがみつからない。周囲の家臣たちも、からかい半分に「象を飛ばすことはできませんぞ」と冷やかすばかり。
 そのとき、自分を見捨て、家や国も捨てた父親・悉達多が帰郷してくる。父に対する恨みをこめて盤競技を始めたラーフラは、有利な筈の競技で父に負けてしまう。そして悉達多は「私の教えは、心を棄てるということなのだよ」と・・・
 
「千年の虚空」 将棋

 3人は幼いころから破天荒な生活をしてきた。蘆原一郎と恭二の兄弟と織部綾。
 今や、一郎は国政をリードする存在にまでなっている。恭二は竜王位戦を戦う棋士となったが、統合失調症を患い、駒と会話する生活を送っていた。
 一郎の野心は量子コンピュータによる歴史の一元化であった。歴史の細分化された内部を統一化し真の歴史をまとめあげようというのだ。その究極の目的は戦争をなくすこと。
 その研究開発の過程で、学者のひとりが将棋の完全解を発見したと発表した。
 弟の恭二はコンピュータと対決する。そして発作を起こす。
 量子コンピュータが分析する量子歴史学は、収束から発散に転じてしまう。
 全てを失った一郎は恭二を見舞う病室で、兄弟で将棋をする。そのとき、盤面に現出したものとは・・・
 

「原爆の局」 再び囲碁
 由宇や相田とはその後もつながりがあった。ただ、ときたま由宇が行方不明になるのは相変わらずだ。
 そんなある日、由宇の引退試合の相手だった井上から、囲碁の棋符を見せられた。その日付は昭和20年8月6日。対局された場所は広島。
 井上は、その棋符を渡した相田はシアトルへ行ったという。棋符を残した岩本という棋士の足跡を辿る旅だという。井上もまたニューメキシコへ行くという。現地でまた会おうということになり、わたしも日にちをずらしてアメリカに向かった。
 その地で珍しい再会があった。雀士の新沢である。かれはポーカーで稼いでいるという。
 井上はいう「囲碁とは、運が9割、技術が1割」。
 再会した相田は「碁とは、抽象が5割の具象が5割です」。
 そして、井上と由宇の勝負が始まる。意表をついて天元に黒石をおいた井上。そのとき、現実の底が抜けた。ニューメキシコの純白の砂、8月6日の黒い雨。
 最後の最後に由宇の言葉。「9割の意志と1割の天命」・・・

 ゲームであり、意志である。
 この作品が直木賞になったら、また何かアクションがあっただろう。
 実在の人物、実在のゲーム。コンピュータによるゲームの解析。そして、その解。あり得る話であり、現実でもあった。
 その現実と奇跡を垣間見せた一瞬に現れる幻想。それが描かれる。
 

2012年8月27日月曜日

道化師の蝶が舞う世界で、文学が見る夢は

「道化師の蝶」
円城 塔

単行本: 178ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062175614
ISBN-13: 978-4062175616
発売日: 2012/1/27
 
 
理系の異色作家が抽出した文学の”純粋”
   比類なき想像力で圧倒する世界文学!
正体不明&行方不明の作家、友幸友幸。
作家を捜す富豪、エイブラムス氏。
氏のエージェントで友幸友幸の翻訳者「わたし」。
小説内をすりぬける架空の蝶、通称「道化師」。
東京-シアトル-モロッコ-サンフランシスコと、 世界各地で繰り広げられる“追いかけっこ”と“物語”はやがて、 “小説と言語”の謎を浮かび上がらせてゆく――。

 さてこそ、ことしの正月に芥川賞受賞。そういえば、ダブル受賞のもう一人の人が「もらっといてやる」とか発言したので、そちらの方に話題が集中してしまった。
 というのも、こちらの表題作=受賞作が難解すぎて、というのが世間の評判になっているから、作品そのものには誰も触れたがらないのかも。
 
 さてこそ、冒頭の作品紹介が手際よくまとめてくれているので、それ以上言うことはなく、そういった作品だということだ。
 だが、細かいところで心ふるわせるものがある。そう、これはセンス・オブ・ワンダーに満ちた物語。むかしはよくこういった物語を読んだので、爺には面白い作だった。そのころは、こんな作品はSFに分類されていたものだ。サイエンスには関わりのないファンタジー調のSFだけどね。

<道化師の蝶>
 友幸友幸の著作
 「腕が3本ある人への打ち明け話」「猫の下で読むに限る」
 友幸友幸、生年不明、生地不明。世界各地を転々とし、現在のところ生死不明。
 その友幸友幸という作家をめぐって、エイブラムス氏亡き後、その財団が追跡を続ける。
 何十という言語をあやつり、ましてやその言語で原稿を書き残し、いずこへか消えてしまう友幸友幸。
 銀線細工の技法でつくられた、てのひらに収まるほどの補虫網。これでつかまえるのは「着想」。エイブラムスは、旅の間、着想は人の体をはずれて浮遊すると考えたのだ。
 その「着想」を捕まえて財団へ送ると、それに見合った報酬が支払われる。
 定期報告のためにサンフランシスコを訪れたエージェントは、日本語はよめないだろう老婦人にレポートを提出する。
 その夜、老婦人は夢想ともつかぬ原野で扉を発見する。壁もなく、柱もなく、扉だけが佇んでいる。その前に老人が現れ、蝶をステッキで追い払いながら、蝶を捕まえる網を編んでくれと頼まれる。
 捕まえた蝶を鱗翅目研究者に持って行くと、彼は、この蝶は捕らえられたのではない、あなたが蝶に付いて来たのだ、と・・・
 ね、わからないでしょう。

<松の枝の記>

 さてこそ、書評をみていると、こちらの方がすんなり入っていけた、という声が多い。
 だが、じじいには、何が書いてあるのか分からなんだ。
 作家と翻訳者が互いの作品にインスパイアされ、作品の翻訳作品から新たな作品を生み出す。そのなかには「道化師の蝶」と思われる作品が出て来る。
 さてこそ、松の枝に止まるのは蝶なのかも。

 さてこそ、話題の2編。何が起こっているのかといえば、文学が文学の夢をみている、ということなのだそうだ。円城文学では、文学は人間の夢をみない、という巽孝之教授の解説が一番わかりやすかった。
 

2012年8月23日木曜日

腕貫探偵、残業中でも聞き上手

「腕貫探偵、残業中」
西澤 保彦

単行本: 318ページ
出版社: 実業之日本社
言語 日本語
ISBN-10: 440853529X
ISBN-13: 978-4408535296
発売日: 2008/4/18

有能な公務員探偵はオフタイムも大忙し!
「市民サーヴィス臨時出張所」で、市民の相談に乗る腕貫着用の男。明晰な推理力を持つ彼のもとへは、業務時間外も不可思議な出来事が持ち込まれる。レストランに押し入った強盗の本当の目的は? 撮った覚えのない、想い人とのツーショット写真が見つかった? 女教師が生前に引き出した五千万円の行方は? “腕貫男”のグルメなプライベートにも迫る連作ミステリ6編。

<体験の後>
 ぼくが体験したのは、レストランに押し入った強盗による立てこもり事件。<てあとろ>というレストランには、志乃さんという清楚な従業員がいて、この人目当てに店にやってくる客も多いのだが、この日ばかりは改造マシンガンで武装した3人の強盗が飛び込んできた。客の中には住吉ユリエ、安達真緒という二人の美女もいたが、ユリエなどは強盗を向こうにして楯突くなど勇ましい男前ぶり。そうこうしているうちに、店長が自宅に隠してある、店の改装費用につかう現金を取りにいくことになる。だが、帰ってきたランドクルーザーは、そのまま店に突っ込んできた。急展開だ。
 警察も駆け付けて来て、強盗は逮捕され、あやうく難を逃れることができたぼくたちは、解放されて一安心。そのとき、客のひとりが、突然私服刑事に話しかけた。「氷見さん、もうすぐ殺人事件の知らせが届きますよ」。その、痩せた丸いフレームメガネの男は市役所の職員らしく、何人かは顔見知りのひともいたようだ。だが、その発言の真意とは・・・

<雪のなか、ひとりとふたり>
 バレンタインデー。ユリエは隠れ家的な居酒屋で、<てあとろ>の立てこもり事件でも一緒になった丸いフレームメガネの男を発見した。
 そして昨年暮れに写した写真を見せる。妻をスタンガンで殺害して自首した、ユリエと同じマンションの住人・江尻さんという人のクルマが写っている。これを撮影した時刻にマンションの裏にクルマが停めてあったのなら、江尻さんが証言した内容は信じられなくなってくる。
 メガネの男は氷見刑事に電話をかけ、いろいろ詳しい情報を仕入れてくれる。そしてユリエにこういうのだ。「江尻さんは誰かをかばっている」

<夢の通い路>
 実家で見つけたフォトフレームの写真。そこには、高校時代にあこがれていた春日部梨紗と私が並んで写っている。だが、私にはその写真を写した記憶がまったく消し飛んでいる。
 今は沖縄に住んでいる大江に電話して、当時のことを確認する。そうだ、そのころ、実家の借家が火事になったのだということを思い出した。大江は、その写真は私が大江に頼んで写してもらったものだ、という。
 私は仕事の都合で、故郷の櫃洗市へ仕事で出掛けることになった。そこで、離婚して実家に戻っていた梨紗と再会、写真のことを聞いてみる。私は、梨紗にも焼き増ししたプリントを渡していたことを知り、愕然とする。そして火事については、私が自殺しようとしたのではないか、という梨紗の言葉に驚かざるを得ない。
 そして、たまたまアーケードににいた市民サーヴィス課の職員に相談してみると、かれは一言「ロックが掛かった状態ですね」・・・

<青い空が落ちる>
 囲櫃高校の先生だった松島充子・62歳が死亡しているのが発見される。死因は、くも膜下出血による死亡と断定。だが彼女の貯金が引き出されていたのだ。5000万円。その現金はいったいどこへ消えたのか? 捜査を担当したのは氷見の相棒である水谷川刑事。水谷川は囲櫃高校で松島先生の教え子でもあった。
 捜査で事情を聞いた比留間という教師は水谷川の野球部の先輩だった。彼は充子の同僚として充子とも親しかった。だが、前職は銀行の営業マンとして羽振りをきかしたこともあったそうだ。
 水谷川は高校の事務職をしている、同級生だった茂美とともに腕貫の男に相談する。男は「ちかぢか学校を退職する先生はいらっしゃいませんか?」

<流血ロミオ>
 手を延ばせば届く距離にある隣家の窓が、同級生の真美子の勉強部屋だ。その窓越しに夜中のおしゃべりをするのが直紀の楽しみだった。ある夜、真美子から彼女の部屋に誘われて、ついつい窓越しに身を乗り出した健介は・・・
 だが、健介が気付いた時には真美子は首を絞められて死んでおり、下の部屋で真美子の父とお酒を呑んでいた筈の真美子の叔父が、家のクルマで飲酒運転の挙句、交通事故死していた。
 真美子の家庭教師をしていた阿藤江梨子がユリエに相談すると、ユリエは腕貫さんを紹介してくれる。クリスマスの七面鳥の出物を探していたユリエは、そこにいる筈の腕貫さんに逢いに行き、彼の意見を聞く。
 「真美子さんはその日、どこかへ出掛けるつもりだったのではありませんか」と聞き返され・・・

<人生、いろいろ>
 井原健介。同棲中の佐和子を殺して、新しい恋人・珠美との生活を始めようとしていた。だが、約束のホテルに佐和子が現れない。アリバイ工作に花火見物に行く時間がせまり、珠美が殺害役を引き受ける。
 花火見物には住吉ユリエや安達真緒、阿藤江梨子といった、前の作品に出て来た3人組の美女たちも来ている。花火の後、ユリエの発案で有名料亭に出向いた彼女らと別れて、健介は珠美が待つホテルへ行く。
 そこで佐和子と鉢合わせ、珠美、健介ら3人の修羅場となる。
 結局、ふたまた男の健介はふたりともに振られることになった。失意のまま実家に帰った健介は、祖母が押し入れに隠していた数千万の札束が盗難にあっていたことに気付く。
 だが、なにか違和感がつきまとう。この違和感は何なのか? 江梨子に偶然出会った健介は、花火見物でユリエが「ダーリン」と呼ぶ腕貫男のことを話していたのを思い出し、紹介を頼む。ところが、かれは出張中だというつれない返事。しかし、ユリエがいう。「その犯人は健介に近いところにいる人だ。しかもアリバイがある」

 前回に続く腕貫探偵の物語。


 こういろいろなバリエーションがでてくると、やはり、ある種のマンネリはしょうがないかも。そして、自分では気付かないうちに、自分では覚えていないが、というパターンも出てきてしまう。少しずっこいな、という感じも。

 今回、腕貫さんは臨時出張所での依頼受付はあまりしていなくて、私生活の中で事件解決を試みるというパターン。グルメな私生活というが、こんだけ残業していて、そこまで時間があるのかな、とも思ってしまう。

 最後の作品など、腕貫さんに相談しようと思いながらも、腕貫さんが出張中ということが判明するや、依頼者自身が自分で謎を解いてしまうという離れ業。これもしかし、腕貫さんのパワーなのかも。あなおそろしや。

 やっぱり、もう少し続きがほしい。腕貫さんに相談してみようか。
 

爺の読書録