2013年11月9日土曜日

たぶんねこ、たぶんしゃばけ、たぶん盛り返すだろうね

「たぶんねこ」
畠中恵

単行本: 266ページ
出版社: 新潮社
言語 日本語, 日本語
ISBN-10: 4104507180
ISBN-13: 978-4104507184
発売日: 2013/7/22

病弱若だんなが兄やと交わした五つの約束とは? 累計580万部「しゃばけ」シリーズ最新作!
えっ、若だんなが大店の跡取り息子たちと稼ぎの競い合いをすることになったってぇ!? 長崎屋には超不器用な女の子が花嫁修業に来るし、幼なじみの栄吉が奉公する安野屋は生意気な新入りの小僧のおかげで大騒ぎ。おまけに幽霊が猫に化けて……。てんやわんやの第十二弾の鍵を握るのは、荼枳尼天様と「神の庭」!

「しゃばけ」シリーズ第12弾ということで、しゃばけ1ダース記念の大騒ぎ。

「跡取り三人」
 江戸の大店3店、それぞれ跡取り息子の器量を確かめようと、稼ぎ競べを始めた。一太郎もそのなかの一人に選ばれて、寄席でお菓子を売ることに。

「こいさがし」
 長崎屋にやってきた娘も交えて、3組のお見合い騒動。そこに河童の禰禰子の妹分もからんできての大騒ぎ。

「くたびれ砂糖」
 お菓子屋の栄吉は未だ未熟者だが、奉公する安野屋にはあらたな3人の弟子がはいりこんできた。その中でも生意気な小僧の世話をまかされた栄吉は。

「みどりのたま」
 隅田川に浮かんでいた男は記憶をなくしていた。そこに荼枳尼天様の神の庭にもう一度いきたいという老人が現れて、おや白択さんどうしました、と。

「たぶんねこ」
 手提げ袋の中に入り込んだ一太郎は、幽霊といっしょに江戸の街をさまよう。幽霊だけに、昼間は動けない。自分ではあれこれ変身したっがている幽霊はねこにも化けようとするが、たぶんねこ、くらいの猫にしかみえない。一太郎を探し回っていた兄やたちとようやく再開できた一太郎は幽霊の居場所にはとっておきの場所をみつけた、と。

 秋のしゃばけも、なかなか趣があってよろしい。

 しばらく停滞気味だったシリーズだが、今回はまとまりもあって評判もよいみたい。

2013年11月8日金曜日

黒警がはびこる組織に挑むのは3匹のはみだしもの

「黒警」
月村了衛

単行本: 232ページ
出版社: 朝日新聞出版 (2013/9/6)
言語 日本語
ISBN-10: 4022511117
ISBN-13: 978-4022511119
発売日: 2013/9/6

あんたは警察の中の“黒色分子"だ!
『機龍警察』の著者による書下ろし長篇警察小説
吉川英治文学新人賞&日本SF大賞、受賞後第一作!!

警視庁組織犯罪対策部の沢渡と滝本組幹部の波多野は、
組織に追われる中国人女性を見殺しにした深いトラウマを抱えていた。
そんな二人のもとに中国黒社会の新興勢力「義水盟」の沈が現れる。
黒社会の大組織・天老会に追われているカンボジア女性サリカを匿ってほしいと沈から頼まれる二人。
サリカは天老会の最高機密を握っているらしい。
やがて二人は背後に黒社会の大組織と癒着する国家権力の影を嗅ぎ取るが……。
ダークな味わいの傑作長編警察小説。

内容(「BOOK」データベースより)

警視庁組織犯罪対策部の沢渡と滝本組幹部の波多野は、組織に追われる中国人女性を見殺しにしたトラウマを抱えていた。そんな二人のもとに中国黒社会の新興勢力「義水盟」の沈が現れる。黒社会の大組織・天老会に追われているカンボジア人女性サリカを匿ってほしいと沈から頼まれる二人。サリカは天老会の最高機密を握っているらしい。義侠心に富む波多野はサリカを隠れ家に匿うことになるが…。トラウマをもつ無気力警官、武闘派ヤクザ幹部、そして若き黒社会の首領が交錯するとき、漆黒の闇に潜む巨悪が顔を覗かせる―『機龍警察』の著者による書き下ろし長篇警察小説。

 沢渡、組対の下っ端刑事に甘んじている。
 というのも、かつて飲酒運転がばれるのをおそれて、ひとりの女を見殺しにしてしまったことがあったからだ。

 波多野。ヤクザの幹部として一目おかれる存在だが、かれもかつて助けるべき女を助けることが出来なかった引目をかかえている。

 そこに、ペンママという、キャラクターの母親らしき名前が浮かび上がる。ペンちゃんのママなのだ。
 その情報をもたらしたのが、中国マフィアの沈だった。

 沈もまた、自らの過去の因縁から逃れられず、復讐心をかかえて警察への憎悪をたぎらしている。
 やがて、ペンママの背後に、警察上層部の局長が関係していることがわかる。
 しかし、その魔手は波多野に及ぶ。

 沢渡は波多野の仇を撃つべく、沈と組んで警察庁上層部への戦いを挑む。

 いやあ、ハードボイルドです。
 公安の星とテレビでウケている若手捜査員に、いいように引き回されながら、最後には溜飲を下げる。ちょっとユーモアがかった仕掛けもあるが、自分を押し殺して、信ずる道を切り開く沢渡はいかにも月村マインドに満ちたキャラクターだ。
 沈とのコンビも、もう少し続けてもらえたら嬉しいのに。

2013年10月4日金曜日

壺中の回廊で裁かれるものは誰なのか

「壺中の回廊」
松井 今朝子

単行本: 360ページ
出版社: 集英社
言語 日本語
ISBN-10: 4087715124
ISBN-13: 978-4087715125
発売日: 2013/6/26

昭和五年。歌舞伎の大劇場・木挽座に「掌中の珠を砕く」と脅迫状が届き、人気役者が舞台中に殺される。
江戸歌舞伎最後の大作者、桜木治助の末裔・治郎が謎解きに挑む長編バックステージミステリー!

昭和五年、東京。「忠臣蔵」の舞台で事件は起きる。容疑者は役者、裏方、観客すべて。だが、「嘘をつくのが商売」の役者たちを相手に捜査は難航。築地署は江戸狂言作者の末裔・桜木治郎に捜査協力を要請した。激動の時代を背景にした渾身の長編歌舞伎バックステージ・ミステリー。

 昭和の初め、東京。歌舞伎座ならぬ木挽座に起こる殺人事件。それは招来を嘱望される花形役者・蘭五郎が毒殺されるという事件だった。

 当初は殺人の事実を伏せ、亡くなったことも報道されない。
 事件当日、木挽座にいた桜木治郎は事件の渦中に投げ込まれる。
 木挽座には「掌中の玉を砕く」なる、脅迫ともとれる脅しが届いていたのだ。

 さて、江戸時代を舞台として、歌舞伎やその他の風俗を描いて来た作者が、関東大震災から7年後の、昭和の東京を舞台に、連続殺人事件を描く。
 事件はその後、蘭五郎の先輩女形の蘭香が殺され、真相を探っていた新聞記者までが暴行を受けて死んでしまうという事態に陥る。

 その間、関東大震災後の復興を祝う「帝都復興祭」がおこなわれ、昭和の時代も華やかさを増して行く。
 探偵役の治郎は帝都復興祭で鵬男爵と出会う。バロン・オオトリとも呼ばれる財閥の長。治郎が身元を引き受けている従妹の澪子は男爵の妻と知り合うことになった。
 男爵の妻は新劇のよき理解者であり、澪子は築地小劇場の研究生だったのだ。

 澪子にもイプセンの戯曲で初舞台の声がかかる。
 木挽座でも、ふたりの死者が出たショックを乗り越え、新たな演し物の演出にも治郎が関わることになっていく。

 メーデーの日、澪子はデモ行進のなかに、木挽座の役者を見た。亡くなった蘭五郎の弟子だった。だが、それ以上に不思議に思ったのは、ヤスエという先輩女優の話だった。小劇場の新進として期待されていた女優だったが、さっさと辞めてしまった。彼女には歌舞伎界の役者という虫がついていたという。それが蘭五郎だったのだ。

 治郎は事件の核心をつかみ、鵬男爵の邸を訪れる。
 そこで治郎が対決することになった相手とは・・・

 昭和デモクラシーと、歌舞伎界、築地小劇場に象徴される新しい芝居と、台頭して行く女優たち。
 だが、7年前の震災が引き起こした、ある因縁がもたらした結果。
 さばかれるべきは誰なのか。

2013年9月11日水曜日

残月はまだまだ続いてほしい料理帖

「残月」みをつくし料理帖8
高田 郁


文庫: 314ページ
出版社: 角川春樹事務所
言語 日本語, 日本語
ISBN-10: 4758437459
ISBN-13: 978-4758437455
発売日: 2013/6/15


吉原の大火、「つる家」の助っ人料理人・又次の死。辛く悲しかった時は過ぎ、澪と「つる家」の面々は新たな日々を迎えていた。そんなある日、吉原の大火の折、又次に命を助けられた摂津屋が「つる家」を訪れた。あさひ太夫と澪の関係、そして又次が今際の際に遺した言葉の真意を知りたいという。澪の幼馴染み、あさひ太夫こと野江のその後とは―――(第一話「残月」)。その他、若旦那・佐平衛との再会は叶うのか? 料理屋「登龍楼」に呼び出された澪の新たなる試練とは・・・・・。雲外蒼天を胸に、料理に生きる澪と「つる家」の新たなる決意。希望溢れるシリーズ第八弾


「残月(ざんげつ)」-かのひとの面影膳(高野豆腐)
 前巻の吉原大火からしばらく経ったころ。花魁のあさひ太夫を助けながらも自分は火事の犠牲になってしまった又次の初盆を迎える。初盆の膳をそのまま客たちににだそうと考えた澪。大阪で食べた高野豆腐を江戸の人々にも味あわせたいと思いながら、それがなかなかかなわない。信州から届く氷豆腐を揚げ物にしようと考えた澪が思いついた策は・・・。三日精進膳と名付けたお盆の料理を、人々は「面影膳」と呼ぶようになる。


「彼岸まで」-慰め海苔巻き(干瓢)
 店主が大量に買い込んだ瓢(ふくべ)を使って干瓢つくりに励むつる屋のひとびと。それを店頭で乾燥させる日々が続く。そこに、ご寮さん・芳の、行方不明になった若旦那・佐兵衛を見かけたという噂が飛び込んでくる。江戸の支店を潰して身を持ち崩して逃げまわっていたのだが、縁あって今は子供もできてひっそり暮らしているらしい。料理人にはならない、と言い切る佐兵衛と芳の再会の場に澪が運んできたものは。


「みくじは吉」-麗し鼈甲珠(べっこうだま)
 吉原は大火のあと、場所を移して営業している。登龍楼から呼び出された澪は、楼主・釆女宗馬から料理人として登龍楼で働けと引き抜きされそうになる。それなら四千両出せ、と大見得を切った澪に、楼主はそれなら吉原にふさわしい料理を見せてみろ、と料理での対決をせまる。その帰路によった神社でひいた神籤は「吉」と出た。寒中の麦を思え、というのだ。澪は源斎と伝右衛門の手引きで、あさひ太夫と面会する。太夫は大火の衝撃からの気鬱から休養中で、大阪の料理人のはなしを聞けば気も晴れるだろうというのだ。ふたりとも見えない壁をはさんでの再会だった。太夫は本心をあかすことなく、幼馴染に何のてらいもなく会える日を夢見ている、と告げる。料理はあさひ太夫が髪に挿していた鼈甲の玉簪から思いつかれたものになる。


「寒中の麦」-心ゆるす葛湯(くずゆ)
 江戸の冬が間近にせまっている。親に勘当されて版元を商う清右衛門の実家、一柳の親・柳吾が倒れる。柳吾の看病に芳が出向くことになる。芳の貫録が商家の家風になじみ、さすが大坂の料亭のご寮さんだけある、と皆が認める。神無月の雪が積もった朝、その商家の庭先では麦が栽培されていた。秋に撒かれた麦はこうして春を待つ、これこそおみくじにあった「寒中の麦」だと、澪は気付く。やがて柳吾は回復し、芳をずっとそばに置きたいと言い出した。そして自ら芳と澪をもてなすために作ったのが葛湯だった。


特別収録 「秋麗(しゅうれい)の客」
 りうが留守番をしていると、ひとりの旅人がやって来る。信州からやってきて「ありえねえ」を食べたいというのだ。それは季節の食品なので今は作れない、と断るのだが、味醂は料理につかってこそ、と告げると、旅人は大いに喜んで帰っていく。その人は白味醂を作り出した相模屋紋次郎だったのだ。5ページばかりの掌編。


 料理そのものがそのときの課題を解決する。
 ありえねえ、解決策が納得出来る、料理小説。
 全体的には終末に向かっているようだが、それぞれのエピソードにはまだまだ延びて行く要素が潜んでいる。次が楽しみ、はまだまだ続きそう。
 

2013年9月8日日曜日

桜庭一樹短編集で恐怖と冒険を味わう

「桜庭一樹短編集」
桜庭一樹

単行本: 252ページ
出版社: 文藝春秋
言語 日本語
ISBN-10: 4163822100
ISBN-13: 978-4163822105
発売日: 2013/6/13

一人の男を巡る妻と愛人の執念の争いを描いたブラックな話から、読書クラブに在籍する高校生の悩みを描いた日常ミステリー、大学生の恋愛のはじまりと終わりを描いた青春小説、山の上ホテルを舞台にした伝奇小説、酔いつぶれた三十路の女の人生をめぐる話、少年のひと夏の冒険など、さまざまなジャンルを切れ味鋭く鮮やかに描く著者初の短編集。著者によるあとがきつき。
担当編集者から一言
1人の男を巡る妻と愛人の執念の争いを描いたブラックな話から、読書クラブに在籍する高校生の悩みを描いた日常ミステリー、人を好きになるということについて深いまなざしで描いた青春小説、山の上ホテルを舞台にした伝奇小説、酔いつぶれた三十路の女の人生をめぐる話、少年のひと夏の冒険など、さまざまなジャンルを切れ味鋭く、鮮やかに描いた著者初の物語集。バラエティ豊かな世界が楽しめること間違いなし、です。(SY)

「このたびはとんだことで」
 お骨になった俺には色彩はわからない。灰色の桜の花びらが散るころに、愛人が訪ねてくる。さんざん妻をないがしろにして、いろいろな女と遊んできた。だがこの女だけは今も俺のことを思っているようだ。骨壺を見ながらあついため息をつき、妻にお茶を頼んでは、そのすきに俺の骨をさわろうとする。あげくのはてに・・・

「青年のための推理クラブ」
 部室に集まってあれこれ話しあうのが読書クラブの楽しみ。その日アンブローズが部室の窓から外の景色をながめていると、ジャンが礼拝堂に入っていくのが見えた。勝手に礼拝堂に入ったりしたらお叱りを受けるのだ。そこにサマセットとヘルマンが部室にやってくる。しばらくして、礼拝堂の中から、シスターがマリア像を花束のようにして新聞紙にくるみ、みつからないように持ち出しているのが見えた。あれはジャンだ、とアンブローズがいう。どうしようと思っていると、おさげ髪の少女がその新聞紙の束を持って帰ってきた。ヘルマンは、あれは3人ともジャンの変装だ、と見抜く。
 おしゃれな少女たちの仮想空間と現実がミックスされたおしゃれな物語。

「モコ&猫」
 大学に入って、モコと知り合った。モコのことをごま油の瓶みたいだ、と言ってしまった俺につけられた仇名は猫だった。同じ映画サークルに所属し、つかずはなれずの関係を続けていくモコ&猫。それを10年後から振り返ってみれば、そんな青春も懐かしく思い出される。舞妓さんの油取り紙ってどんな味だろう。

「五月雨」
 昭和60年6月。東京山の上ホテル。鉄砲薔薇の花びらが散る夜。今風の青年新々作家。年配の小説家。そこに現れた野生の女。「とうとう見つけた。最後の一匹だ。これで村に帰れる」。引き絞られる弓。放たれる銀の矢。五月雨に溶けていくのは・・・

「冬の牡丹」
 32歳の誕生日の夜。酔っぱらった牡丹は隣家の男に助けられる。若いのか年寄りなのかわからない不思議な男だった。やがてその男がアパートの家主だとわかり、交流が始まる。路地裏の飲み屋にも連れて行かれて、おいしい焼酎を教えてもらう。
 牡丹の実家には、妹が単身赴任の夫にかこつけて今も子連れで居座っている。なおかつ、母が見合いのような話を押し付けて来るのに閉口しているのだ。ある日、ついに堪忍袋の緒が切れて牡丹は見合いをすっぽかして帰ってしまう。
 コンパで出会い、独身仲間として付き合う分には気に入っていた不良公務員が、セネガルに赴任することになったから結婚しよう、と言い出す。牡丹にその気はなく、つい振ってしまう。
 家主は「牡丹ちゃん、お前は本当につまんない子だけど、お前なりに一生懸命なんだよなあ」とほめるともなくつぶやく。

「赤い犬花」
 夏休みになってぼくは田舎のお爺さんの家に行かされた。再婚したママの新しいパパの実家だから、血のつながりはない。
 納屋で段ボール箱の中に隠れていると、スカートをはいた子供にみつかってしまった。
 その子はぼくのことを、箱の中から現れる、「妖怪・赤い犬花」だと思ったという。
 自分のことをアキノといい、神隠しにあった女の子が見つかった三本松まで一緒に行こう、とぼくのことをさそう。
 山を登り、山の池に突き落とされ、三本松の直下にある崖では岩登り。
 ようやく登った崖の上で、アキノは実は自殺した姉の名前であり、その子はじつは弟のジュンノスケだと判った。雨の中、今度はロープを伝って崖をくだる。
 そして村に帰ったぼくたちはおとなたちにさんざん説教される。
 熱を出して5日間寝込んだぼくを、ママが迎えに来た。こんどのパパともリコンすることになったので、もう帰るのだという。「ねえ、ママはいつもこう思うの、女の人生って」ぼくはうなずきマシンになっている。
 バス停で、ジュンノスケが手紙をくれた。消しゴムでぼこぼこになった手紙だった。
 桜庭版「スタンド・バイ・ミー」だろうか。
 

2013年9月2日月曜日

ルドヴィカがいるのは、この世界なのか、小説の中なのか

「ルドヴィカがいる」
平山 瑞穂

単行本: 303ページ
出版社: 小学館
言語 日本語
ISBN-10: 4093863504
ISBN-13: 978-4093863506
発売日: 2013/3/13

読者の立ち位置を危うくする超感覚ミステリ
この5年間ヒット作もなく、書き下ろし作品を執筆しても出版の見通しが微妙な小説家・伊豆浜亮平は、女性誌でライター稼業をして食いつないでいた。ライターとして天才ピアニスト荻須晶に取材したのをきっかけに、小説家は軽井沢にある晶の別荘に招かれたが、別荘近くを散策中にこの世の者とは思えない女性と遭遇する。彼女は言った。「社宅にヒきに行っている人とその恋人の方ですね。ラクゴはミています」。社宅にヒく? ラクゴは落語か落伍か? だめだ、まるで意味がわからない――。森の中を一人でさまよい、独特の話法で言葉を操る彼女との出会いから、やがて小説家は執筆中の作品にも似た“もうひとつの世界”に迷い込んでゆく。言葉の迷宮に読者の世界も歪む超感覚ミステリ。

 売れない小説家の伊豆浜はペンネームで女性誌にアルバイトで寄稿していた。
 そこに鍵盤王子と話題のイケメンピアニスト・荻須晶が帰国するというので、彼のインタビューに出向く。
 インタビューのあと、伊豆浜は軽井沢にある晶の別荘に招かれ、そこに友人の白石もえとともに行くことになる。
 駅には執事とも思われる運転手・カサギが迎えに来てくれていた。
 そして別荘地の森の中で晶の姉、水と出会う。
 ふたりの親は、自分の子供の名前は、生まれる前から水(ミズ)と晶(アキラ)に決めていたのだという。男女どちらにも通じる名前だから。
 だが、独特のことばで会話する水は弟の晶にもその会話の内容がわからなくなってきていた。晶はそれを解決してほしいと願っていたのだ。
 「ショウがそのツマミを引っかくのが写ったから、ちょっと溢れただけ」
 そこで伊豆浜は自分なりの小説技法からその言葉の謎を解き始める。

 ちょうど「さなぎの宿」という小説を書き進めていた伊豆浜には、自分の小説の舞台と、この軽井沢という土地とが何かしらリンクしているように思える。
 水の語法も、連想する、関連語句が先走って出て来るだけで、文脈を捉えればちゃんと推測できるのだ。
 「私の編んでることが浮かぶんですね」

 そして伊豆浜は突然「ルドヴィカ」という単語を思い浮かべる。それは作品のなかのヒロインと水とを結びつける音だった。

 後半、半年ぶりに軽井沢の別荘から依頼が来る。行方不明になった水を探してほしいという。水の放浪癖がひどくなっていたのだ。
 執事のカサギは警察には頼みたくないらしい。かつて、警察を当てにしたときに、相手にされなかったイヤな思い出があったという。
 伊豆浜はふたたび、もえと共に軽井沢に出向いたのだが、ちょうど新しい小説が佳境にはいっていて、捜索の合間にもパソコンに向かう始末。
 そして、その小説と符合するように、軽井沢では不思議な人々の消失が続いていた。

 やがて、捜索に行ったもえまでもが行方知れずになる。着想を得てパソコンに向かってしまって、もえのことをないがしろにしていた伊豆浜は責任を感じる。だが一晩をへてもえの携帯電話から連絡が入る。
 近所の別荘の持ち主が、意識不明のもえを保護していたのだ。
 もえを助けた蛯原という元中学教師は、夫が協力していたという辰野博士の研究を解説する。その研究が今の人々の行方不明にも関係があるというのだ。
 オマガリコマユバチのさなぎが分泌する麻薬様物質の、人間への転用を考えていたというのだ。

 伊豆浜の小説のなかの人々と、現実の軽井沢の人々とが絡み合い、重層的な流れがいつしかどちらの世界へも影響を及ぼすという、多層的な物語。
 現実世界が小説へ影響するのは、まあ当たり前。だが、想像力で産み出された小説が現実世界に何かを働きかけるというのは偶然だろうか。
 そのキーワードが「ルドヴィカ」だった。
 伊豆浜がふと思い浮かべたルドヴィカという言葉は、幼い頃に晶が水をそう呼んでいたという。

 そういえば、と思い出した。昨年か一昨年、BSテレビの番組で松下奈央さんが、ショパンの実家を訪ねる旅をルポしていた。そこに、ショパンの姉も出て来たはずだ。ショパンが愛した二人の女、ジョルジュ・サンドと、もうひとりは姉のルドヴィカ。

 

2013年8月31日土曜日

一刀流無想剣が斬り捨てたものは

「一刀流無想剣 斬」
月村 了衛

単行本(ソフトカバー): 258ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062180014
ISBN-13: 978-4062180016
発売日: 2012/10/30

凄絶! エンターテインメント時代小説。
戦国末期下野国、謀反により命を狙われた姫と幼き小姓を守るため、一人の男が一国を相手に血刀を振るう。男の名は神子上典膳(みこがみ・てんぜん)。伊藤一刀斎より印可を受け、後に小野忠明と改名、柳生新陰流と並び徳川将軍家剣術指南役となったその人である。
山中の逃避行、多勢による包囲網、他国の裏切り、刑場での罠……。
一刀即万刀、万刀即一刀、一に始まり一に帰す。
切れ目なく訪れる絶体絶命の危機に、一刀流奥義“無想剣”がうなりをあげる。

 「機龍警察」シリーズとは別に、こんな時代劇も書いている。
 出てくる男は強い。頭も切れる。罠には罠で対応する。
 悪人も多い。ずっこい奴もいる。裏切り者はどこにでも出てくる。ここにも・・・
 だが、それぞれに分けありだ。

 戦国末期、下野の国、藤篠家で謀反が起こる。
 難をのがれた澪姫と小姓の前に、黒い長羽織の男が現れる。何者とも知れぬその男は追手を始末し、二人の逃亡の手助けをする。山を越え、崖を登り、川をわたる。姫もやんちゃぶりを発揮して元家臣の裏切り者たちをやっつける。
 男は自分から名乗らないが、彼の技を見た侍たちは、伊藤一刀斎の弟子である神子上典膳に違いないと噂する。伊藤一刀斎の二人の弟子のうち、ただ一人一刀流の印可を受けた剣豪なのだ。
 
 たしかに強い。
 だが、よくやられる。
 相打ちではない。相手は倒すのだが、そのとき自分も手傷を負う。手傷が癒えるまで味方に保護されることもしばしば。
 それでも、姫と小姓を守り抜く。姫を奪われれば、傷をおしてでも取り戻しに行く。
 実は、その絶体絶命の危機のなかに「無想剣」の奥義があった。

 そしてまた、ふたりの兄弟武士を相手にしての立ち回り。強敵のふたりに対しての捨て身の技こそ「無想剣」の真髄でもある。

 そして明かされる長羽織の男の正体。江戸時代の幕開けに確かにいた謎の剣豪の姿は、姫と小姓の覚悟とともに春霞の彼方へと消えていく。

 

爺の読書録