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2013年3月15日金曜日

バーニング・ワイヤーはライムを焼き尽くすのか

「バーニング・ワイヤー」
ジェフリー ディーヴァー
池田 真紀子 (翻訳)
単行本: 477ページ
出版社: 文藝春秋 (2012/10/11)
言語 日本語
ISBN-10: 4163817107
ISBN-13: 978-4163817101
発売日: 2012/10/11


突然の閃光と業火―それが路線バスを襲った。送電システムの異常により、電力が一つの変電所に集中、爆発的な放電が発生したのだ。死者一名。これは事故ではなかった。電力網をあやつる犯人は、ニューヨーク市への送電を予告なしに50%削減することを要求する。だがそれはNYに大停電を引き起こし、損害は膨大なものとなると予想された。FBIと国土安全保障省の要請を受け、科学捜査の天才リンカーン・ライムと仲間たちが捜査に乗り出した。しかし敵は電気を駆使して罠をしかけ、容易に尻尾をつかませず、第二の殺戮の時刻が容赦なく迫る。一方でライムはもう一つの大事件を抱えていた―宿敵たる天才犯罪者ウォッチメイカーがメキシコで目撃された。カリフォルニア捜査局のキャサリン・ダンスとともに、ライムはメキシコ捜査局をサポートし、ウォッチメイカー逮捕作戦を進めていたのだ。ニューヨークを人質にとる犯人を頭脳を駆使して追うリンカーン・ライム。だが彼は絶体絶命の危機が迫っていることを知らない―。

担当編集者から一言
ベストセラー作家ディーヴァーのリンカーン・ライム・シリーズ最新作の登場です。今回の敵は「電気」。この目に見えぬ凶器を巧みに操って殺戮を繰り返す犯罪者がニューヨークを恐怖の淵に叩きこむ。惨劇への秒読みが進むなか、ライムは微細な証拠から犯人を割り出そうと苦闘する。だが同時に彼は、メキシコで進行中の天才犯罪者ウォッチメイカー逮捕作戦の支援もしなくてはならない。今もっとも面白いミステリを書く作家ディーヴァーの面目躍如。今回も衝撃的なドンデン返しが待ち受けています。(NS)


 四股麻痺で首から下が動かせない、天才科学捜査官。おなじみのリンカーン・ライムシリーズ。
 今回の敵は電気―といわれてしまうと、そうか、と思ってしまうが、実は裏がある。

 電気を停めろ。停めなければ被害者が出る、という脅迫。
 犯人はその証拠に路線バスに電気の火花を送る。垂れ下がった送電線に数万ボルトの電気を流し、路線バスを襲う。たまたま乗り場にいたプエルトリコ人の男性が被害にあう。電気ショックばかりでなく、そばの金属ポールがやけただれて爆発、そのかけらが男の体に突き刺さったのだ。溶けた金属で傷口がふさがれ出血がほとんどないまま苦しみぬいて男は死ぬ。

 そしてふたたび脅迫状が。
 こんどは送電量をカットせよ、というのだ。
 だが、送電量を減らせば、今のニューヨークでは逆に被害が他におよび、あまたの死者が出る。
 と説明するのは電力会社の女性CEO。
 彼女の解説によって読者は電気の怖さ、必要性が理解できる。

 微細証拠物件を収集し、分析した結果、犯人の姿が浮かび上がる。
 犯人は同じ電力会社の、トラブルマンと呼ばれる技師のレイだった。自身が白血病になったのは電気のせいだ、と電力会社に恨みを抱いているというブログの手記が見つかる。だがレイは姿をくらまし、次の犠牲者を求めて暗躍する。

 かたや、サンフランシスコのキャサリン・ダンスはリンカーンの宿敵ウォッチ・メイカーがメキシコに姿を現したという情報を伝えてきており、リンカーンはこれにも対処せねばならない。

 ニューヨークではアメリア・サックスの活躍はもとより、警察とのつなぎ役であるロンをはじめ、潜入捜査官のフレッドが華々しい活躍を見せ、オールキャストの立体的な捜査が描かれていく。

 ホテルを襲った犯人は客たちを閉じ込め数人の被害者が出る。そのさまを目の当たりにしたアメリアはその悲惨さと恐怖に凍りつく。だが、犯人が次の標的に選んだのはアメリア本人だった。
 若き相棒とともにアメリアは、レイらしき男が女性を人質に取っている倉庫に乗り込む。だが、それは犯人の罠だったのだ。

 今回、犯人像があまり具体的に現れてこない。それは作品自体の仕掛けでもあるのだが、いつものどんでん返しで次の章につながっていく流れが、もひとつしっくりこない。
 それは爺だけの読み方かもしれない。書評ではみなさま満足しておられるようだ。
 犯人は女性CEOこそ首謀者だと暗示をかける。再生可能エネルギー推進派が電力会社に対して嫌がらせをしているのだとして、みずから犠牲者になっているという。
 
 だが、犯人の真の狙いは他にあった。当然リンカーンはそれを防ぐのだが・・・
 事件が落ち着いたあと、最後の事件が描かれる。それは、今後の展開にどう影響を及ぼすのか。

 

2012年12月16日日曜日

二流小説家が描くアメリカの暗闇

「二流小説家」 
デイヴィッド・ゴードン
青木千鶴/訳

新書: 454ページ
出版社: 早川書房
ISBN-10: 4150018456
ISBN-13: 978-4150018450
発売日: 2011/3/10

 
ハリーは冴えない中年作家。シリーズもののミステリ、SF、ヴァンパイア小説の執筆で食いつないできたが、ガールフレンドには愛想を尽かされ、家庭教師をしている女子高生からも小馬鹿にされる始末だった。だがそんなハリーに大逆転のチャンスが。かつてニューヨークを震撼させた連続殺人鬼より告白本の執筆を依頼されたのだ。ベストセラー作家になり周囲を見返すために、殺人鬼が服役中の刑務所に面会に向かうのだが…。ポケミスの新時代を担う技巧派作家の登場!アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞候補作。

 すでに昨年(2011年)の年間ミステリベストで第一位を獲得した傑作。それも「このミス、文春、ベスト」の三冠達成という快挙。面白くなかろうはずがない。

 売れない中年作家でありながら、今は女子高生クレアの家庭教師で食いつないでいるハリー。
 ハリーのもとに、死刑囚の告白本をゴーストライターとして執筆するという企画が舞い込む。ベストセラー作家を夢見るハリーは喜んでこのプランに飛びつく。

 死刑囚ダリアンは12年前に、4人の女性を残忍に殺害した。まずヌード写真を撮影し、その後に殺害。そしてその首を切り落とし、遺体をばらばらに切断していたのだ。そしてその惨状をも写真に撮っていた。被害者の首はいまだに発見されていない。
 不思議なことに彼のファンだという女性たちがいる。彼のサディスティックなおこないが気に入っているらしい。

 被害者の親族たちは、まもなく処刑が執行されることに満足している。
 ただ、双子の姉を殺された、ストリッパーのダニエラだけは、何か違う考えをもっているようだ。

 ハリーはダリアンへのインタビューで彼の生い立ちを聞く。
 今なお送られてくるファンの女性たちからのファンレターを見せられる。
 殺人鬼が変態なら、ファンだという女性たちも変態だ。ファンの女性たちはおおむね“S”っ気がある女たちだ。
 ハリーにはそんな女性たちの心の動きが理解できた。
 というのも、ハリーはミステリー、SF、にとどまらず、ポルノ小説をも、筆名を変えて書き続けていたのだから。
 彼女たちのインタビューにおもむいたハリーは、わが意を得たりと感心したり、行き過ぎだと感じたり。このあたり、アメリカ人の肉欲というものをユーモラスに誇張して面白い。
 
 だが、インタビューした女たちが惨殺されてしまう。それも、かつてダリアンが犯した手口とまったく同じ殺され方をしていた。
 囚われのダリアンには犯罪は犯せない。誰か模倣犯がいるのか。まさか事件の犯人は別にいてダリアン本人は冤罪なのか。
 改めて、殺された女たちの捜査を再開したハリーを謎の銃弾が襲う・・・・

 と、ストーリーは二転三転。
 探偵をいびる頭のいい女子高校生、ひとくせありそうな女弁護士、おきまりの、探偵にまとわりつく美女、今は立派な編集者になっている別れた恋人。だらしない男の周りは頼りになるいい女だらけだ。
 そして、残り100ページのところで、事件は急転直下解決する。
 あらためてダリアンへのインタビューを試みたハリーは、悪意の真相ともいうべきものをまのあたりにする。生い立ちにまつわる悲劇、養い親との相克、母親との仲間意識、悪意そのものを抱いて生きて来たダリアンは悪魔ともいえる人間なのか。

 その告白の中から、ハリーは被害者たちの頭部が隠されているであろう場所を特定する。だが、掘り返されたそこにあったのは3人分の頭蓋骨だけだった。4人目の遺体はどこにあるのか・・・
 
 饒舌な文体がストーリーを翻弄し、間にはさまれるバンパイア小説がハリーのアンチヒーローぶりを際立たせ、SF小説の部分では進退窮まったハリーの心境をも垣間見させる。こった手法が小説の面白さを堪能させてくれる、2011年のベスト1。

 

2012年8月8日水曜日

のぼうの城は領民たちが守った

 

「のぼうの城」
和田竜

文庫: 219ページ、218ページ、
出版社: 小学館
言語 日本語
ISBN-10: 4094085513
ISBN-13: 978-4094085518
発売日: 2010/10/6

(上)
2012年秋映画化原作!戦国エンタメ大作
戦国期、天下統一を目前に控えた豊臣秀吉は関東の雄・北条家に大軍を投じた。そのなかに支城、武州・忍城があった。周囲を湖で取り囲まれた「浮城」の異名を持つ難攻不落の城である。秀吉方約二万の大軍を指揮した石田三成の軍勢に対して、その数、僅か五百。城代・成田長親は、領民たちに木偶の坊から取った「のぼう様」などと呼ばれても泰然としている御仁。武・智・仁で統率する、従来の武将とはおよそ異なるが、なぜか領民の人心を掌握していた。従来の武将とは異なる新しい英傑像を提示した四十万部突破、本屋大賞二位の戦国エンターテインメント小説!
<編集者からのおすすめ情報>
カバー装画は、単行本に続き、カリスマ漫画家、オノ・ナツメ氏に描いてもらいました。上巻は、単行本時と同じ、「のぼう様」こと成田長親、下巻は、描き下ろしの石田三成。上下巻を合わせると、どこかクールなのに迫力に満ちた両雄が激突するような絵柄が立ち上がってきます。
2012年秋映画化原作!戦国エンタメ大作

(下)
「戦いまする」
三成軍使者・長束正家の度重なる愚弄に対し、予定していた和睦の姿勢を翻した「のぼう様」こと成田長親は、正木丹波、柴崎和泉、酒巻靱負ら癖のある家臣らの強い支持を得て、忍城軍総大将としてついに立ちあがる。
「これよ、これ。儂が求めていたものは」
一方、秀吉に全権を託された忍城攻城軍総大将・石田三成の表情は明るかった。我が意を得たり、とばかりに忍城各門に向け、数の上で圧倒的に有利な兵を配備した。
後に「三成の忍城水攻め」として戦国史に記される壮絶な戦いが、ついに幕を開ける。
<編集者からのおすすめ情報>
2012年公開予定の映画「のぼうの城」脚本は、本作の作者、和田竜氏が担当。
じつは、小説「のぼうの城」が出来上がる以前に、同内容の脚本「忍ぶの城」を仕上げており、脚本家の登竜門、城戸賞も受賞しています。

 開幕、羽柴秀吉による備中高松攻め。ご承知のように水攻めでこの城を落とすのだが、それを石田三成も見つめていた。1歳年長の大谷吉継もその場にいた。
 年は流れ、秀吉は小田原の北条攻めに赴く。いまや北条の領地以外はすべて我が物とした豊臣家だ。北条の末城など、早く降伏すればよし、降伏しなければひねりつぶすまでのこと。
 小田原の北条家に城主を送り込んだ武州・忍(おし)城にも秀吉の魔手が迫る。その総攻撃を指揮するのは石田三成だった。
 忍城では形ばかりの籠城策が決定していたが、内実は大坂方への内通、北条への裏切りが暗黙の内に決められていた。
 
 のぼうとは「でくのぼう」のこと。城代家老の息子・成田長親は何をやってもまともにこなせず、城の仕事をしているよりは領民の畑仕事を手伝うほうが好きだという変わり者。だが、農民たちも、野良仕事を手伝ってもらうと、そのあと始末のほうが大変だと、実はけん制している。領民たちからは「のぼう」として親しまれているわけだ。こんな頼りない人なら、自分たちが頑張って助けてやらねば、という気にさせる、のぼう様なのだ。
 
 石田三成は、自分が関白・秀吉に重宝がられているのは、武士としてよりも事務方としての奉行職にすぐれたものを見せているからだと理解していた。だが、三成としては「天下はたらきをしたい」「いくさ上手なところを見せたい」と常々思っている。その頭には、かねて見た、備中高松城の水攻めが浮かんでいる。かつて上杉謙信も、この忍城の水攻めを考えたというのだから。

 このふたりが、対決する。
 一旦は秀吉の軍勢が忍城に到着次第、門を開くと決めていた成田家だが、三成の使者が忍城を訪れたときの態度が長親は気に食わない。まして、城主の娘・甲斐姫を差し出せと言われた途端、戦いと決することに。
 「戦いまする」「戦場にて相まみえると申しあげました」
 そして、農民たちも、長親のもとに参集する。「のぼう様が、いくさするってんなら我ら百姓が助けてやんなきゃ」
 
 やがて、籠城戦が始まる。
 歳取った武将が一線にたち、農民たちも一緒になって戦うという、大坂方の攻め手たちには理解できない戦いだ。
 巧妙な作戦で初手に勝った忍城には、三成の次の一手が襲い掛かる。水攻めである。あらかじめ長大な土手を築いて、そこに利根川と荒川から水を引く作戦だ。
 しかし、ここでも三成の評判はがた落ち。それほど膨大な土塁を作る必要があるのか。初めから、そうしておけばよいのじゃ。費用や日にちが、かかりすぎる。だが、三成は、これが天下人のいくさだ、と広言してはばからない。
 
 埼玉県行田市とはどのあたりなのか、とGoogle Mapで調べてみると、東京から北西の方角、春日部の向こう、熊谷とかの手前にあたる。爺とはあまり縁がない、不案内な地域だ。JRでも東京から1時間45分かかる。

 
 その行田市には今も土塁が残されている。
 三成が作り、長親がそのパワーを信じた農民たちの力で崩され城を救った、その土塁だ。
 
 のぼう様を助けるべく活躍した農民たちと、長親の実相を見抜いた三成。三成は武将として大成することなく、関ヶ原に散って行くが、そのときにも、長親らしくありたいと思っていたに違いない。
 

2012年5月20日日曜日

自爆条項とはなにか、それを超えるものは

「機龍警察 自爆条項」
月村 了衛

単行本: 462ページ
出版社: 早川書房
言語 日本語
ISBN-10: 4152092416
ISBN-13: 978-4152092410
発売日: 2011/9/22


軍用有人兵器・機甲兵装の密輸事案を捜査する警視庁特捜部は、北アイルランドのテロ組織によるイギリス高官暗殺計画を察知した。だが特捜部には不可解な捜査中止命令が。国家を超える憎悪の闇は特捜部の契約する“傭兵”ライザ・ラードナー警部の、凄絶な過去につながっていた―組織内でもがく警察官たちの慟哭と死闘。圧倒的なスケールと迫真のリアリティで重厚に描く、話題の“至近未来”警察小説。

 横浜港で荷下ろしするコンテナ船を調査していた警察官や税関職員が、荷役作業員の白人から逆襲される。犠牲者18人におよぶ無差別大量殺戮だった。そしてコンテナからは、組み立ての終わった完成形態の機甲兵装が発見されたのだ。

 近未来、パワードスーツによるテロを防御するべく、警視庁には、同じく機甲兵装による特捜部が配備されている。その3体の機甲兵装をあやつるのは姿、ライザ、ユーリの3人。
 昨年の「機龍警察」の続編。前回の事案から間もない頃、英国高官の暗殺計画を阻止すべく特捜部が動き出す。
 
 横浜港の事件では、背後に、ある組織の存在が浮かび上がる。それは前回事案に関係する人物の影だった。そして彼らは、IRFと手を組み、英国から訪れる高官へのテロを計画しているというのだ。
 だが、捜査を進めようとする本部に上層部から捜査禁止の命令が下る。沖津警視長は上層部からの捜査中止に反発、自らの意思で独自の捜査を開始する。

 そのとき、ライザのもとを訪れたのは、彼女をテロリストに育てたIRFの<詩人>ことキリアン・クイン。そして、<猟師><墓守><踊子>とあだなされる3人のテロリスト。彼らは裏切り者としてのライザを処刑すると予告して去って行く。
 
 今回、ライザの過去が明らかにされる。ベルファストで裏切り者マクブレイド家の子供として差別され続けて来た。そして大切な妹は悲痛なテロの犠牲となって言葉を失う。その引け目がライザを動かす。

 沖津はチェスの格言を捜査の基本方針に据える。
 「序盤は本の如く」
 「中盤は奇術師の如く」
 「終盤は機械の如く」
 
 ライザはシリアでテロリストとしての訓練を受け、<詩人>キリアンの命令のもと、ロンドンやアイルランドで死の翼を広げて行く。だが、その暗躍の犠牲者となるのが、特捜部の技術班主任・鈴石緑の家族だった。そして偶然の出来事がライザ自身を裏切り者にしてしまう。

 ライザの過去の章はまさしくジャック・ヒギンズ調。哀切きわまりない悲劇が、ライザを<死神>に変えて行く。
 
 終幕、テロリストの襲撃に対応して特捜部が出動。ここで「自爆条項」の何たるかが明らかになる。だが、その条項にはまだ裏があったのだ・・・・

2012年4月2日月曜日

開かせていただき光栄です。本のページも


「開かせていただき光栄です」
皆川 博子

単行本: 440ページ
出版社: 早川書房
言語 日本語
ISBN-10: 4152092270
ISBN-13: 978-4152092274
発売日: 2011/7/15

 開かれたのは、躰、本、謎。作家生活40年のキャリアを誇る著者の集大成にして新境地! 18世紀ロンドン。増える屍体、暗号、密室、監禁、稀覯本、盲目の判事……解剖医ダニエルとその弟子たちが辿りついた真実とは?
  18世紀ロンドン。外科医ダニエルの解剖教室から、あるはずのない屍体が発見された。四肢を切断された少年と顔を潰された男性。増える屍体に戸惑うダニエルと弟子たちに、治安判事は捜査協力を要請する。だが背後には、詩人志望の少年の辿った稀覯本をめぐる恐るべき運命が……解剖学が先端科学であると同時に偏見にも晒された時代。そんな時代の落とし子たちがときに可笑しくときに哀しい不可能犯罪に挑む。

 Dilated To Meet You   = 本書の英語タイトル 
 Delighted To Meet You = お目にかかれて光栄です

 というふうに、洒落でタイトルをつけてしまうのも皆川さんの貫禄のなせる技。
 かねてから「死の泉」に始まる、ドイツや英国が舞台の皆川ミステリーを読みたいと思いつつ、なかなか果たせなかった。これが久方ぶりの皆川ワールド。
 2012年の「文春ベスト」と、「このミス」でともに第3位。ことしは日本部門の1~3位がそれぞれ同一作品で占められていたというめずらしい結果になったが、さもあらんという内容。

 舞台は18世紀のロンドン。だが、会話をはじめ人物の設定はきわめて現代的だ。こんなふうには喋らないだろう、という書評もどこかで見かけた。当時の雰囲気をいかし、その時代でなければ起こりえなかった事件が展開される。

 登場人物も華やかだ。
 男装の麗人、美貌のヴァイオリニストにして犯罪捜査官、実は治安判事の姪、アン=シャーリー・モア。
 その叔父である盲目の治安判事、ジョン・フィールディング。
 この二人が探偵役として解決していくのは、謎の死体現出事件と連続殺人。そう、死体消失ではなく、死体が増えてしまったのだ。

 ダニエル・バートン。病院外科医であるが、私的に解剖教室を開いており、医療的な貢献ばかりでなく、解剖は犯罪捜査にも役立つと力説する。
 エドワード・ターナー、容姿端麗なダニエルの弟子。
 ナイジェル・ハート、天才的な細密画家、ダ・ビンチにもおとらず、ミケランジェルよりも巧緻に解剖の記録を残す。
 タイトルは彼らが遺体を目の前にして挨拶をするときのセリフなのだ。

 このメンバーがそろって解剖しているのが、6ヶ月の胎児を宿した男爵令嬢の死体。
 そこに治安判事直属の犯罪捜査犯人逮捕係のボウ・ストリート・ランナーズが乱入してくる。死体盗難の捜査に訪れたのだ。たしかに妊婦の死体は墓暴きから買い取ったものだったのだ。
 あわてて死体を暖炉の奥に隠し終えた3人だが、判事の部下たちが帰った後、その死体を再び取り出そうとしたところ、現れたのは四肢を切断された若い男性の死体だった。そんなはずはない、とあわててもう一度調べ出すと、こんどは顔をつぶされた男の死体が出現する。

 交互に語られるのは、田舎町からロンドンに辿り着いた詩人希望の青年ネイサン・カレンの物語。中世の詩編を屋根裏部屋で発見し、その研究の結果、自分でも古語に詳しくなり、その詩編を本にまとめようと伝手を頼ってきたのだが・・・
 ネイサンと令嬢エレインの出会い。
 そしてエドとナイジェルがネイサンと知己になったことから、ロンドンの街が徐々に暗い側面を呈して来る。

 ネイサンのエピソードは3ヶ月ほど前にさかのぼることが明らかになるが、そこでは中世詩編の実態、ロンドンの暴動、暴動のどさくさに刑務所に捕われれしまうネイサン、そこからの脱出行などが描かれていく。
 詩人を夢見た青年を脅して一儲けをたくらむ書店のあるじ。
 そして死体となって発見されたときに残されていた、自分で胸の上に書いたというダイイング・メッセージの謎は・・・

 後半、盲目の判事が活躍する部分はすこぶる痛快だ。盲目ながら、音、匂い、手の平による触覚など、あらゆる感覚を総動員して、人間嘘発見機そのままの能力で事情聴取にあたり、死体の謎、事件の実相を暴いて行く。
 その途中に起こる次の殺人事件。
 ダニエルの兄や野望を秘めた仲買人、ふたりの悪事を暴くべく活躍していた解剖学教室の弟子たちが何故、凶行に及んだのか。そしてネイサンはなぜ殺されてしまったのか。

 ユーモアに満ちた描写で、暗い陰鬱な物語が華やかなお芝居に変貌する。
 美男美女や威厳に満ちた判事、華やかな上流階級の人々や、ひとくせもふたくせもある悪漢ども。シェイクスピアの芝居に出て来るような墓荒らしやロンドンの底辺に住まう人々。
 ラストに訪れるカタルシスは、ある程度予測もつくし、そうあって欲しいと読者それぞれが望むものだろう。ことしのベスト3が納得出来る意欲作。
 

2011年12月31日土曜日

マスカレード・ホテルへようこそ


「マスカレード・ホテル」
東野 圭吾

単行本: 464ページ
出版社: 集英社
言語 日本語
ISBN-10: 4087714144
ISBN-13: 978-4087714142
発売日: 2011/9/9

待望の新ヒーロー誕生! 極上の長編ミステリ 
都内で起きた不可解な連続殺人事件。次の犯行現場は、超一流ホテル・コルテシア東京らしい。殺人を阻止するため、警察は潜入捜査を開始し・・・。1行たりとも読み飛ばせない、東野ミステリの最高峰。

 ホテルを利用する人たちは仮面をまとってやってくる。ホテルマンも同じだ。仮面をまといホテルの顔として、客と接する。そこで起こるドラマがひとときの仮面舞踏会を催してくれるのだ。

 「ホテル・コルテシア東京」。都心に位置する超高級ホテル。そこのホテルウーマンとして10年になる尚子に依頼が舞い込む。警視庁の刑事たちをホテル内に潜ませ、それを客たちには決して悟られないようにしてほしいというのだ。とくに刑事の新田をフロントスタッフの一員として教育しろという。
 
 ことしは3作が年末の各ミステリベストにランクインした東野圭吾さん。そのうちこの作品が上位に位置する。結局ことしの東野ミステリのベストということか。当ブログではさきに「真夏の方程式」でレビューさせていただいた。その時はベスト1だと書いたが、今作のほうがやはり上か。伏線も豊富で、なにより若々しい。そしてプロフェッショナルの物語だ。

 尚子は大学入試のときにこのホテルに宿泊し、ひとかたならぬ親切を受けたことが動機となり、こうしてホテル従業員として勤めている今の自分がいる。また、自身でもお客をもてなすことで客が喜んでくれることを、自分の喜びとして感じている、ホテルとは自分の分身でもある。
 だが、ホテルが低姿勢で接することの弱みを逆用して、クレームをつけて部屋のランクアップをせしめたり、客があやしげな素振りをして逆にホテルの信用度をおとしめるように仕向けたりする策士もいる。そんな客に対して怒ることなく、客の機嫌を損ねることなく接することが出来る自分が、尚子には誇りだった。

 刑事の新田には今回の捜査は、特に自分の役割には不満だった。警視庁の刑事として足で捜査し犯人を特定し逮捕することが自分の役割だと任じている。ホテルのフロントとして怪しい客のめぼしをつけることはたやすいが、そこから、自分の手で捜査することは許されない。新田はホテルマンとして、フロントとして、そこで行き詰まるしかなかった。

 連続殺人事件が起こっている。
 謎の数字が残され、その数字が次の殺人を予告しているのだ。
 次の殺人が起こる場所はここ、ホテル・コルテシア東京。それはわかった。
 だが、容疑者は捕まらず、次の被害者の見当もつかない。

 そして、怪しい老婦人が訪れる。目が不自由だというのだが、白手袋をはずさない。盲目の人にはこれは不自然だ、と新田の刑事の勘がそう告げる。そして、通された部屋で、婦人は「この部屋はさわがしい」と言い出した。尚子は新手のクレーマーか、と対応しようとする。婦人は自分には霊が感じられるといい、次回訪れる夫はもっと霊感が強く、夫の霊感にふれない部屋を探し出しておくのが今回の自分の役目だったと告白する。
 
 ホテルウーマンの尚子の推理と、刑事の新田の推理が、徐々にかさなっていく。それぞれのプロフェッショナルとしてのほこりが、ひとつずつ実を結んで行く。

 そしてもう一人プロフェッショナルがいた。先輩の能勢刑事だ。
 今回の連続殺人を解析し直し、ひとりの男の目星をつけ、名古屋へ赴く。そこで見つけたものをメールで送ってくる。それを受けた新田は、すべてを理解することに。だが、犯人の魔手はすでに最後の被害者のもとにせまっていた・・・

 仮面をまとった人々がおりなす舞踏会へようこそ。
 そして読者はホテルの裏側を、ホテルの息づかいをも感じることが出来るはず。
 

2011年12月16日金曜日

折れた竜骨、タイトルに秘められた暗号とは


「折れた竜骨」
米澤穂信

単行本: 338ページ
出版社: 東京創元社
ISBN-10: 4488017657
ISBN-13: 978-4488017651
発売日: 2010/11/27

ロンドンから出帆し、波高き北海を三日も進んだあたりに浮かぶソロン諸島。その領主を父に持つアミーナはある日、放浪の旅を続ける騎士ファルク・フィッツジョンと、その従士の少年ニコラに出会う。ファルクはアミーナの父に、御身は恐るべき魔術の使い手である暗殺騎士に命を狙われている、と告げた……。自然の要塞であったはずの島で暗殺騎士の魔術に斃れた父、「走狗(ミニオン)」候補の八人の容疑者、いずれ劣らぬ怪しげな傭兵たち、沈められた封印の鐘、鍵のかかった塔上の牢から忽然と消えた不死の青年──そして、甦った「呪われたデーン人」の襲来はいつ? 魔術や呪いが跋扈する世界の中で、「推理」の力は果たして真相に辿り着くことができるのか? 現在最も注目を集める俊英が新境地に挑んだ、魔術と剣と謎解きの巨編登場!

*第1位 『ミステリが読みたい!2012年版』国内篇
*第1位 『2012本格ミステリ・ベスト10』国内ランキング
*第2位 〈週刊文春〉2011ミステリーベスト10 国内部門
*第6位 Best Books of 2010Amazon.co.jpエディターが選ぶ文芸TOP112010128日)

 という具合に年末のベストテンでは、どの出版社でも上位にランク。
 内容紹介を見ると、あやしそう、難しそうに思えるが、すんなり物語世界に入っていってしまっているのに驚く。
 語り手は領主の娘である。

 ソロン島の領主である父と、次代領主と目される兄とともに北海の島で暮らしている。
 ある日、父が募集した傭兵たちが島にやって来る。来るべきデーン人との戦争に備えて、というのだ。その中に放浪の騎士ファルク・フィッツジェンもいた。彼の従者である少年といい、ファルクその人といい、どうも一筋縄ではいかない存在のようだ。

 だが、その夜、父が殺されてしまった。壁に飾ってあった剣を奪われ、それを使って椅子に串刺しにされていたのだ。
 アミーナは悲しみを抑えて、ファルクとともに、事件の捜査を始めることになる。
 まず、父が殺されていた執務室。ファルクが剣に何やら粉をふりかけると、そこから犯人の手形が浮かび上がり、賊は右手で剣をつかんでいたことがわかる、という。そして、その粉で足跡をうかび上がらせると、6歩で父の元まで到達したと、その時の行動までが手に取るように見えてくるのだ。

 ファルクの捜査は次に、島を訪れた傭兵たちのそれぞれの事情を聞きだし、ついては昨夜の行動を確かめることに費やされる。
 だが、そのとき、呪われたデーン人たちが島を攻めて来る。生者とも死者ともつかぬ賊たちは切られても死なず、切られた手足をつなぎ合わせることで再生してしまうのだ。デーン人を殺すには首を切り落とすしか方法はない。首を切り落としてもそこから出てくるのは血ではなく赤黒い霧だけなのだ。

 傭兵たちは立派に務めをこなした。呪いをかけられ子供の姿のままながら、巨大な機械人形をあやつる魔導士。男にもひけをとらない女剣士。弟の差し出す矢を、目にもとまらぬ早業で賊どもに射かける、曰くありげな風来坊。
 彼らの活躍でデーン人たちを追い払ったあと、いよいよファルクの謎解きが始まった。
 だが・・・・

 書名にもなった「折れた竜骨」の意味はラストになって分かる。
 それは北海の島から遥かな大洋を目指すひとりの少女の旅立ちにこそふさわしい言葉であり、新たな出会いを未来につなげる言葉でもあったのだ。
 その後味の良さが好評価にもつながっているのだろう。
 

2011年11月16日水曜日

3部作完結、でもでも、もう少し読みたい

 「エージェント6(シックス)」〈上〉〈下〉
トム・ロブ スミス (著)
田口 俊樹 (翻訳)

文庫: 393ページ、479ページ
出版社: 新潮社
ISBN-10: 4102169350
ISBN-13: 978-4102169353
発売日: 2011/8/28


 『チャイルド44』『グラーグ57』――そしてレオ三部作、ここに完結!
 運命の出会いから15年。レオの妻ライーサは教育界で名を成し、養女のゾーヤとエレナを含むソ連の友好使節団を率いて一路ニューヨークへと向かう。同行を許されなかったレオの懸念をよそに、国連本部で催された米ソの少年少女によるコンサートは大成功。だが、一行が会場を出た刹那に惨劇は起きた――。両大国の思惑に翻弄されながら、真実を求めるレオの旅が始まる。驚愕の完結編。

 冒頭、1950年から開幕する物語は、レオとライーサの出会いのきっかけとなる、モスクワで開かれた、とある演奏会をめぐってのいきさつ。国家保安省へ入局間もないレオが警護を担当した黒人歌手ジェシー・オースティンは、みずからの生い立ちと、白人優先社会への反動から、共産主義のシンパとして名を馳せている。今のソヴィエトこそ理想社会だと信じるジェシーだが、彼が立ち回る先はすでに国家警察により事前に準備されつくした理想的な社会を演出されているだけなのだ。人民のための店を装う、あらかじめ準備された官僚むけの雑貨店、そこに出入りする一般市民もそれを演技している。だがその日ジェシーが突然立ち寄りたいといった学校では、何の準備も出来ていない。そこにはライーサが教師として勤めていた。
 ライーサのもてなしで学校を見学したジェシーは、そのかいあって、その夜のコンサートを見事にやりとげる。「インター・ナショナル」を高らかに歌い上げるジェシーは再び共産主義の理想を信じる歌手に戻っていた。

 そして15年後、1965年。
 この間の出来事が前作の2冊になる。国家保安省と秘密警察に翻弄されたあげく、レオは保安省を退職、工員として身をひそめる人生を送っている。ライーサは合唱団を率いて、養女とした娘ふたりとともにニューヨークへ赴くことになる。国連本部でコンサートが行われるのだ。しかし、レオには何か嫌な予感があった。
 ライーサの下の娘エレナが突然行方をくらませ会いにいったのが、今は落ちぶれて知る人も少ないジェシー・オースティンだった。エレナはある意図をもってジェシーに近づき、コンサート直後のひとつのプランを提案する役目を負っていた。
 だが、それは罠だったのだ。そして起こる悲劇。

 そして8年後、フィンランド国境で国境警備隊に逮捕された男がいた。
 ここまでが文庫の上巻。たまたまなのだが、構成がぴったりで、下巻への期待が高まる。下巻はレオを中心とした物語が展開していく。

 その7年後、1980年。灼熱の、そして酷寒のアフガニスタン。ソ連による侵攻が始まってまもないころ。
 レオは再び秘密警察の訓練官として、現地の若者たちを教育する任務に携わっていた。アヘンの悪癖におぼれながら、しかしレオの本心はアメリカに行き、妻の死の真相を突き止めることにある。
 カブールで発生した上級将校の失踪。アフガン新政権の大臣の娘と恋仲になったと見られたが、それが許される社会ではない。
 真相を追求する立場上、苦慮するレオだが、国家にも反乱兵にも味方することはできない。
 その綱渡りのような状況から逃げ出すために、ひとりの孤児と自分の部下をともない、アメリカへ脱出する手段を探し始めるレオ。
 
 1年半後、強行手段でニューヨークへ到着することができたレオ。しかしアメリカへ脱出したことが国にばれると、娘ふたりに累が及ぶことになる。その前に目的を遂げ、対策を講じなければならない。
 そこで発見した「エージェント6」とは何者なのか?

 謎としては驚くほどの仕掛けはない。
 レオの突き進むエネルギーが全てだ。そこまでして突き止めたい真相というより、国家に左右され、共産主義に毒され、また反共に燃えることでしか自分を支えられない人々、それらの立場を理解し、ひとつの高みから自分を見つめ直すことができるレオならばこそ達成できた謎の解決。
 
 それで救いはあったのか。ソ連の崩壊につながるような事態にレオは関わっていたのだろうか、ということも知りたくなる完結編(?)
 

2011年11月2日水曜日

「一人で行く者が誰より速い」


「007白紙委任状」
ジェフリー・ディーヴァー (著)
池田 真紀子 (翻訳)

単行本: 456ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163809406
ISBN-13: 978-4163809403
発売日: 2011/10/13

 <20日金曜夜の計画を確認。当日の死傷者は数千に上る見込み。
 イギリスの国益にも打撃が予想される。>
 イギリス政府通信本部が傍受したEメール――それは大規模な攻撃計画が進行していることを告げていた。金曜まで6日。それまでに敵組織を特定し、計画を阻止しなくてはならない。
 緊急指令が発せられた。それを受けた男の名はジェームズ・ボンド、暗号名007。ミッション達成のためにはいかなる手段も容認する白紙委任状が彼に渡された。攻撃計画の鍵を握る謎の男アイリッシュマンを追ってボンドはセルビアに飛ぶが、精緻な計画と臨機応変の才を持つアイリッシュマンはボンドの手を逃れ続ける……
 セルビアからロンドン、ドバイ、南アフリカへ。決死の追撃の果てに明らかになる大胆不敵な陰謀の全貌とは?


 さて、ディーヴァーの007である。
 特別仕様のiPhoneをあやつり、ネットでつながる仲間達と連絡をとりつつ、敵か味方か不明な男たち、女たちを相手に孤独な戦いを繰り広げる、現代の007ジェームズ・ボンドなのだ。
 クルマ好き、カクテル好きの嗜好は変わらず、料理に関してもめっぽううるさい。
 カナディアン・ウイスキーのクラウン・ロイヤルをベースにしたカクテル、これを「カルト・ブランシュ(白紙委任状)」と名づけて、ささげたのが今回のボンド・ガールの代表ともいうべきフェリシア。

 セルビアで列車爆破をもくろむ謎の男を阻止、そこで浮かび上がったアイリッシュマンことナイアル・ダンというテロリストの存在。
 ロンドンへ帰ったボンドはMI6本部でいつもの仲間達と情報を確認する。マニーペニーが30代の女性秘書になって、情報アナリストのオフィーリア(フィリー)がオートバイ好きの現代っ子になっているのがうれしい。上司のMが男性になっているのは原作というか、原型に戻った感じ。Qも健在だが、出番はそう多くない。

 アイリッシュマンに命令をくだしていたセヴェラン・ハイトは死体愛好者という側面をもつ怪しい男として描かれる。産業廃棄物処理業者としての表の顔をもつが、それは今や時代の寵児ともいうべき職業でもあるのだ。
 しかし、ロンドンではボンドの活躍には制限が多い。白紙委任状を託されて赴くのは中東のドバイ。

 ここでハイトとアイリッシュマンへの接近方法をセッティングして、ボンドはただちに南アフリカへ向かう。
 ケープタウンでハイトとビジネス関係を結ぶことに成功したしたボンドに、ハイトはいう、
「リサイクルできるのは、ガラスと紙くらいなものだ。アルミやほかの金属はリサイクルするだけ費用がかかる。だが、それは政治的に必要なものなのだ」。

 そして世界の食料危機を救うべく活動をしているフェリシアのパーティーに出席、互いに惹かれあうボンドとフェリシア。
 映画的な見せ場はハイトが作った廃棄物を埋め立て作った広大な庭園だろう。廃棄物を蓄積して作った土地の上に広大な森を作り、地底からの天然ガスを誘導して燃焼させたり、発電設備に回したりしている。

 そして、ハイトとアイリッシュマンとの関係、その背後にある、ある秘密が暴かれたとき、恒例のドンパチ大団円が始まる。

 そのほか、90年代に亡くなったボンドの両親のエピソードなどもはさまれ、続編への期待がもたれる。何作かジェームズ・ボンドものは読んだが、中途半端な設定で終わっていたような気がする。さすがディーヴァー、見事に現代に生きるボンドを描ききった。
 「一人で行く者が誰より速い」とは、ロンドンでオフィーリアが高らかに詠ったキプリングの詩の一節。さて、ボンドは一人でどこへ向かうのか。
 

爺の読書録