2010年11月22日月曜日

アフリカを、世界を救うのは誰だ

「ピスタチオ」
梨木 香歩

単行本: 290ページ
出版社: 筑摩書房
ISBN-10: 4480804285
ISBN-13: 978-4480804280
発売日: 2010/10/10

 もうすぐ40歳になるというフリー・ライターの山本翠。イギリスの画家ターナーからとったというペンネームが「棚」。

 棚には結婚していないがパートナーと呼ぶべき恋人・鐘二がいる。自分は実家の賃貸マンションに間借りしながら、11歳の犬・マースと暮らしている。
 アフリカでリポーター風な仕事をしていたが、帰国してから11年になる。

 ちょっと理想的な生き方をしていますな。高等遊民というのか・・・、たとえが古いからやめておこう。
 この世代のあこがれみたいなものかも知れない。ずいぶん前に読んだ「家守奇談」では学士あがりの主人公ののんびりした日常を描いていた。
 そういうムードを期待しながら読むのだが、少し趣が違う。

 まず、老犬が子宮の病気になる。出来物が出来て大学病院で手術となるのだが、その時の扱われ方にショックを受ける。
 瘤だというが実態はわからない。手術の痕も痛々しい。だが、とりあえずの危機は脱したようだ。
 
 古本屋で、前にアフリカで知り合った片山海里の著書を見つけた。「アフリカの民話」。
 その本の中に、悪霊「ダバ」が現れる。マースに巣くった瘤はダバだったのかも知れない。
 鐘二にそれを話すと意外な事実が帰ってきた。片山海里はすでに死んでいる。
 そのあたりから、アフリカがどんどん近づいてくる。出版社からアフリカの現状をリポートしてくれ、という仕事が舞い込むのだ。
 そして片山は膨大なアフリカの呪術の記録を残していたことが分かる。その本に導かれるようにして棚はアフリカへ行くことになる。 
 
 ウガンダを訪れた棚は現地のガイド・マティとともに呪術医を訪ねる。
 ダンデュバラという呪術医に一夜の宿を与えられた翌日、鐘二の友人・三原が訪ねてくる。鐘二が心配して三原に棚の様子をチェックしてもらうよう依頼されていたのだという。
 三原やマティと一緒にアフリカ奥地を訪ねることになった棚だが、そこで出会った、双子の妹を捜す女性の生い立ちが、ウガンダの現実を浮かび上がらせる。

 巻末、「ピスタチオ」と題された棚の短編小説が提示される。
 いつの時代か、鳥検番として生きた捨て子の話だ。
 洪水から人々を救い出し、アフリカを救ったのはピスタチオだった。
 だが、現実のアフリカはどうだ・・・

 ファンタジーになりそうでならない、だが、これはこれで梨木ワールド。

2010年11月15日月曜日

歴史のはざまで遊ぶ。家康はどこにいる

「家康、死す」(上・下)
宮本昌孝

単行本: 306ページ、
266ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062165015
ISBN-13: 978-4062165013
発売日: 2010/9/10

 冒頭、始まって7ページ目で26歳の家康が殺される。兄弟だという僧侶の見舞いにいく途中、鉄砲の一斉射撃を受けたのだ。

 家康の忠臣である世良田次郎三郎はその死を隠す方策を思い巡らせる。せめて何年か秘密を通せば、嫡男信康の時代が来る。そう思ったのだ。

 歴史の裏側好きにはたまらない影武者もの。
  隆慶一郎の「影武者徳川家康」は、関が原で殺された家康の影武者を務める男の話だったが、今回はまだ26歳の家康。徳川家などまだまだ浜松の小さな豪族で しかない。敵は武田家はじめ、衰えたりとはいえ今川、真田などあまたの武家が周囲をうかがっている。織田からの圧力もかかってくる。

 次郎三郎が替え玉に選んだのは冒頭に家康が尋ねようとしていた恵最という僧侶。異母弟だというが、瓜二つなのだ。そして二人は生年月日もまったく同じ。ここに大きな秘密が隠されている。
 傷を負った家康が治療中であるとして、半年の間、姿を隠し、徳川宰相としての教育が進む。そして恵最もそれに答えて立派な徳川家康に変貌していく。
 その間、次郎三郎は恵最の背後を探る。生まれ、育ちは、そして家康の影武者を引き受けた目的は。なぜこうまで家康に成りきれるのか。

 時代は徳川家を翻弄する。
 家康の長男、信康に対する周囲の期待、それに応える家康の本音は?
 次郎三郎は家康の野心を押しとどめるべく奔走するのだが、歴史の波は我々の知る歴史の通り進んでいく。この辺りがおもしろい。
 そして、武田家の興亡、足利将軍家の滅亡、織田信長の台頭、それに大きく貢献する徳川家。
 だが、信長の魔手は・・・
 じつのところ、信康の存在が大きくなってきたころから、あれ、これは、と思い始めたが、事実は曲げられない。そう、歴史の大きな真実。こう信長がからんでくるとは思わなかった。

 終章、あっと驚く仕掛けで読者を納得させる。
 歴史の狭間で遊ぶ面白さを堪能する一冊。

2010年11月4日木曜日

天は信長を見捨てたのか、その真相は

「天主信長」
上田秀人著

単行本: 322ページ
出版社: 講談社
ISBN-10: 4062161656
ISBN-13: 978-4062161657
発売日: 2010/8/26

 序章、本能寺に向かう明智光秀一行が描かれる。

 そして本能寺の全焼。しかし、死体は見つからない。だが光秀は部下たちに命じる、「信長は死んだと触れ回れ」。

 その後始まる第1章から4章までは、歴史小説どおりのはこびとなる。比叡山の焼き討ち、一向宗の弾圧、石山本願寺との抗争。ルイス・フロイスとの交流、その中で世界を理解しようと努める信長。壮大華麗な安土城築城。
 だが、信長の思いが変質していく。なぜそこまで非情になれるのか、なぜそこまで厳しくするのか。
 軍師の存在も大きい。竹中半兵衛、黒田官兵衛ふたりの結びつき、二人が見た信長の実像。軍師二人が影の主人公だともいえる。

 本能寺の裏話となると、いつも、明智光秀が信長を裏切った動機は何か、本能寺の仕掛けとはどんなものか、などが中心となる。
 この物語はしかし、信長の内面にひとつの論理を探り当て、その心の動きのままに周囲の者を巻き込むことで支配を続けようとする行動が描かれていく。

 そして第5章。
 光秀は信長に命じられた通りに動く。秀吉も信長の命令に従い、高松城攻めを予定通りに進め、いよいよ、京に戻る日が来る。
 そのとき、黒田官兵衛が発した言葉は・・・

 タイトルが全てを語っている。そう読んでも間違いではない。

爺の読書録