2011年7月27日水曜日

最新作にして、最後の傑作

「春嵐」
ロバート・B・パーカー
加賀山卓朗訳

単行本: 305ページ
出版社: 早川書房
言語 日本語
ISBN-10: 4152092157
ISBN-13: 978-4152092151
発売日: 2011/6/10

 普通なら、しゅんらいと読むのだろうが、「はるあらし」と読ませている。ちなみに原題はSIXKILL(シックス・キル)という。これはこの巻に登場する中心人物の名前であり、彼は北米原住民、いわゆるインディアンなのだ。

 こちらも日本の鮫島警部補と並ぶ、永遠の青年、スペンサーである。
 そしてこれが39巻にして最後のスペンサーもの。というのも、ご存知の通り作者のパーカー氏は昨年1月に亡くなっており、残された最後の著作がこの作品。

 さりながら、今回、あらたなヒーローが登場した。それがゼブロン・シックスキル。アメリカインディアンの一部族の出身であり、学生時代はフットボールの花形選手ではあったが、薬物とアルコールのせいで身を持ち崩し、ガードマンとして映画俳優の警備を勤めていた。
 だが、その映画俳優、ジャンボとあだ名されるほど大きな男だが、女癖だけならず男癖も悪い。どうしようもないヤツなのだ。
 この映画俳優が一夜の関係を結んだ女の子を殺害したという嫌疑をかけられる。そこでボストン市警のクワークから依頼を受けたスペンサーが調査を始めるが、ジャンボは、同行した弁護士はじめ、ガードマンだったゼブロンからも愛想をつかされる。

 そしてゼブロンはスペンサーに弟子入り? することになる。
 ここからは爽快なテンポで展開する。
 名作「初秋」では、ある少年をボクシングで救うことになったが、今回のゼブロンはアルコールに対する免疫力を身につけ、戦い方を学ぶことになる。

 スーザンとの仲も相変わらずだ。いささか比重がこちらに傾いている気配もある。その分、ミステリーとして弱い部分もあるのだが。
 アクションは申し分ない。ゼブロンとの戦い、ゼブロンへの特訓、ギャングたちとの戦い、暗殺者たちとの決着。
 
 華やかな最終巻。
 スペンサーよ永遠なれ。
 

2011年7月26日火曜日

新たなるヒロインの誕生に拍手、そして乾杯!


「飲めば都」
北村薫

単行本: 356ページ
出版社: 新潮社
ISBN-10: 4104066079
ISBN-13: 978-4104066070
発売日: 2011/05/20

 やはり、北村薫。主役は女性、というのも定番といえば定番。
 今回は女性編集者ということでいわば、自家薬籠ともいうべき、勝手知ったる職業人を選んできた。
しかし、ただものではない北村薫、そして主人公・小酒井都(こさかい・みやこ)。

 都さん、職業柄、飲む機会も多い。また、先輩や作家さんたちとの宴席にも参加せねばならない。そこで起こる様々な出来事。
 飲んで乱れるというのではないが、度を過ぎると、都さん、意識がなくなるのだ。これが物語の波をうねらせる。

 先輩たちもそうそうたるメンバー。
 書籍編集部の書ネエ、文庫編集部の文ネエ、など女性軍をはじめ、酒癖の悪い上司の男どもに立ち向かい、職業人として、酒飲みとして成長していく。

 エピソードは12章に分かれている。ひとつの章の中で一年以上の月日が流れることもあり、全体では10年以上の月日の経過がある。
 ほほえましいエピソードやら、女性という立場からの悔しさなども描かれ、女を描ける作家として、北村さん、また評価が上がりそう。

 都さんの入社から始まった物語が、先輩や上司に導かれ、作家やイラストレーターとの交流のなかで磨かれて、酔っぱらいとしても箔がついていく。そこでの出会いから見事なハッピーエンドを迎えることになるのだが、さて、続きはあるのだろうか。

 なおかつ、ベテランの語り口がいよいよ名人芸の域に達し、さながら落語の一編を聞くごとく、すらりと流れていく物語に身をゆだねているうちに、心地よくなり、また、お酒がほしくなるという次第。
 

2011年7月21日木曜日

泣ける直木賞。うるうる。


「下町ロケット」
池井戸

単行本: 416ページ
出版社: 小学館 (2010/11/24)
言語 日本語
ISBN-10: 4093862923
ISBN-13: 978-4093862929
発売日: 2010/11/24

 祝・直木賞受賞。
 昨年末に出た本で、評判だったとはいえ図書館でもすぐに回ってきたが、今回の受賞で急に人気が出て、図書館の予約リクエストも65件に跳ね上がっている。

 主人公・佃航平はロケット打ち上げ実験の失敗から研究者の道をあきらめ、東京の下町で町工場を継ぐことになる。200人ばかりの従業員を従える「佃工業所」という中小企業の社長業だが、現代の職人かたぎはロケットビジネスに食い込んで行けるのか、がテーマとなる。

 まず、特許侵害で訴えられる。
 そこで出会った弁護士が起死回生の策を打ち出し、会社そのものの存続は目処がたった。

 次に特許を買い取りたいという大企業が現れる。ロケットバブルの開発にかかる費用・時間を思えば特許買取が最短、最善の選択なのだ。
 佃にとっても、特許を売ってしまえば佃工業所にも大きな利益だ。
 しかし佃は、「部品を我が社で作り出、それをロケットに使ってほしい」と答える。

 さあ、社員の反発が来る。会社を私物化している。夢を追う社長は社員の夢を潰すのか、などの反感が出てくる。このあたり、本当によくできており、実際、どちらの立場にも共感できる筆致が読者を納得させる。
 大企業の方でも、そうまでいうなら、きっちり審査して使い物になる部品を作ることが出来るのか確認しようとしてくる。そして佃工業所を見学して、その製品の優秀さと品質管理に驚かされ、これなら任せても大丈夫という確信を持ち帰るが、社内にはそれをぶち壊そうとする反対勢力が・・・。

 改めて正式な審査に出向いて来た大企業の、横柄な態度に反感を持った佃製作所の社員たちは、佃品質、佃プライドを打ち出し、社長に協力していくことを誓う。しかし、佃製作所の内部にもまだ反対勢力が根強く残っており・・・。
 
 製品テスト、それに対する大企業からの横槍、佃プライドをもって立ち向かう社員たち。
 いってしまえば、ただの物語だが、感動的だ。いい人ばかりだし、悪意をもって近づく人たちもそれなりの理由をもっているわけ。だが、その人なりの守るべきものを持っている。

 来月からWOWOWでドラマ化される。こちらも楽しみだが、なんか男ばかりのドラマになりそう。ところが寺島しのぶさんがアップされているので、確認してみると、なんと弁護士の役らしい。原作では神谷修一という男性なんですがね。配役としては神谷涼子弁護士になっている。

 ドラマも原作も泣ける話になっていることでしょう。


2011年7月16日土曜日

さあ、しゅららぼんの世界へ


「偉大なる、しゅららぼん」
万城目学

単行本(ソフトカバー): 568ページ
出版社: 集英社
言語 日本語
ISBN-10: 4087713997
ISBN-13: 978-4087713992
発売日: 2011/4/26

 表紙を見ていただこう。
 なにやら石垣の上に制服姿のふたりの少年。ともに詰襟の制服ではあるが、トランペットを膝に置いているほうは真っ赤な制服ではないか。
 そして眼下に広がる水面、これが琵琶湖だ。かなたに見える島は竹生島なのだね。
 さあ、物語が始まる。

 万城目ワールド全開の一作。
 というか、かなりファンタジー色の強い作品になっている。
 主人公が高校生という設定もあり、ある力を持った一族の、生き残りを賭けた戦い、となると、くだんのハリーポッターはじめ数あるファンタジーものの定番とも受け取られそう。
 とはいえ、そこは万城目さん。独特のユーモアあふれる筆致が、のんびりとした琵琶湖東岸の風景にマッチして飽きさせない。

 僕、日出涼介、高校1年生。琵琶湖の西岸に住まいする日出家の次男。兄は東京でマジシャンとして名を派しTVにも出演している。そのマジックの技に、ある力を発揮しているらしい。
 日出淡十郎、日出本家の嫡男。琵琶湖東岸に江戸時代の初めから、巨大な城ともいうべき屋敷をもち、分家すべてを支配している日出本家の次代を担う存在。若殿ぶりが板に着いている。姉は清子といい、涼介の兄と同級生。
 棗広海、日出家と対立する棗家の長男。落魄した家系ではあるがある力をもち、その存続を維持するために琵琶湖岸に住むことを余儀なくされている。

 この3人が高校に入学したことで、戦いの幕が切って落とされる。
 棗にとっては日出家こそが自分たちの領地を奪い棗一族の没落を画策した憎い相手なのだ。
 しかし、涼介は広海の妹・潮音に一目惚れ。
 そこにからんでくるのが、同じ新入生の速瀬。校長の娘なのだが、淡十郎の片想いにも関わらず、本人は棗に好意を寄せてしまったから、さあ大変。
 
 力を持つとはいえ、その力の使い方さえ学び直さねばならない涼介たち。
 姉の清子はグレート清子などとあだ名されるほどの力の使い手。しかし今はその力を持て余し、御殿の中から出ない生活を送っている。まあ、広大な城塞ともいうべき御殿なので、裏山までがその敷地内であり、馬に乗って散歩し放題という自由気ままな暮らしぶり。その姉を中心にして日出家の危機に対処することになる。
 
 対立の構図はいつか日出・棗家連合と、両家を滅ぼそうと校長が発現する謎の力との戦いの様相を帯びてくる。
 そして、しゅららぼんとは何か、との読者の疑問への説明もさらりと解明されるが、実は・・・

 大いなる琵琶湖と偉大なる存在、そしてしゅららぼん。謎のパワーを浴びたまえ。
 

2011年7月10日日曜日

新宿は眠らない、鮫は眠らない、だから歳をとらない、・・・のかな?


「絆回廊」 新宿鮫X
大沢在昌
単行本: 433ページ
出版社: 光文社
言語 日本語
ISBN-10: 4334927580
SBN-13: 978-4334927585
発売日: 2011/6/3

 
 新宿署の鮫島警部のもとに不吉な知らせが舞い込む。
 長期服役していて娑婆に復帰した男が、警官を殺す、と宣言していたというのだ。
 鮫島の捜査が始まる。だが、最初に事情聴取に赴いた、千葉で引退している元暴力団組長が殺され、中国系の組織の関係者を洗い出そうとしていた鮫島に暴力の手が伸びる。
 いやはや、新宿鮫である。
 20年に亘って書き継がれている、永遠の青年、鮫島警部なのだ。
 今回の事件そのものが先の「狼花」の何ヶ月後かになっており、鑑識の薮もようやく傷が癒えて出勤できるようになった頃合という設定。過去の事件の関係者の名前もあれこれ現れるが、そうだったそうだったと思い出すが、記憶のかなたに消えて久しいものもある。なんせ20年だ。
 出所した男を待ちわびていたバーのママの独白も挟まれ、立体的に謎の構造が明らかになってくる。22年前の事件、その関係者らしい中国人の青年。
 中国系の暴力集団、日本のやくざ組織。その狭間を鮫島の推理と実行力がつないでいく。
 そこに晶ちゃんのロックバンドのドラッグ疑惑というピンチもあり、鮫島も厳しい立場にさらされる。

 鮫島自身は変わらない。
 いや、すべての登場人物は自分なりのけじめの中で生きている。
 それが行き違う、交差する。そこで起こる事件。

 鮫島健在。
 次を期待。・・・していいのね?
 

2011年7月4日月曜日

安土城で起こったことは人に語ってはならない

「安土城の幽霊」
     −『信長の棺』異聞録
加藤

単行本: 245ページ
出版社: 文藝春秋 (2011/01)
ISBN-10: 4163298800
ISBN-13: 978-4163298801
発売日: 2011/01

 短編集。3篇が収録されている。
 そのいずれもが織田信長に関わりが深かった人物、物品を扱っており、そのエピソードの何かが信長の死の謎と深く結びついている。
 デビュー作「信長の棺」で、著者は、信長は本能寺で焼け死んだのではなく、秘密の抜け穴を通って近くの南蛮寺まで逃げ落ち、そこで裏切りに合い、命果てた、との説を打ち出した。
 その背景にあるものはその後の著作であれこれ語られているのだが、今回まとまった作品集ではその周辺にあるものをある意味ユーモラスに活写している。
 
「藤吉郎放浪記」
 秀吉の若き日、今川城下に住む田舎もので、そこから成り上がるために一心不乱に信長にとりつこうとする藤吉郎の努力が描かれる。
 手品使いとして目をつけられる設定もめずらしいが、草履取りとして目をかけられることになると信じていた読者の目が開かれる。たきぎ奉行として成り上がって行く始末は藤吉郎の出自の秘密とあいまって、こういうこともありか、と思わせる。

「安土城の幽霊」
 家康のいたずら心を刺激したのは、服部半蔵とその手下の女忍び。ふたりは安土築城まもない信長が精神不安定になっているのを知る。内情をさぐりつつ、ある女人の幻を信長にかいま見せるという幻術をかけようとするが。
 せっかくのアイデアが逆に覇王としての目覚めを呼び覚ます皮肉が利いている。
 
「つくもなす物語」
 こちらは信長の時代から150年の昔、足利義満が明から購入した物品の中から見出した壺の変遷が描かれる。何に使うのかもわからない小さな壺が、奇妙な光沢が悪鬼の眼のように見えると忌み嫌われ、付喪なす、と呼ばれてわざわいをもたらすものとして蔵の奥にしまいこまれる。
 だが、応仁の乱のさなかに抜け出し、やがて戦国大名から気に入れられることになる。
 所有する大名が変わるたびにその価値も高まることに。松永弾正の手から信長の手に。そして徳川家康が大阪城の焼け跡から掘り出したものが現在に残っている。
 だが、これは本能寺が焼け落ちたときに、信長とともに砕け散ったはずではなかったのか。



 歴史のはざ間でうごめく人々の思惑と、それをあざわらう歴史のダイナミズムが面白い。

爺の読書録