2011年10月27日木曜日

明治維新と大正昭和を育て上げた暗号とは


『天皇の暗号 明治維新140年の玉手箱』
大野芳著

単行本(ソフトカバー): 381ページ
出版社: 学習研究社
言語 日本語
ISBN-10: 4054048315
ISBN-13: 978-4054048317
発売日: 2011/6/15

「孝明天皇の謎の死は、近代とともに南北朝の対立をも呼び寄せた。南朝の末裔を主張する熊沢天皇の登場、明治天皇すり替え説を主張する大室家、大逆事件の真相、そして座礁した幻のクーデター……。維新成立にひそむ密約と暗号を追う異色のノンフィクション!」

 冒頭、孝明天皇の急死にまつわる、医師の日誌が紹介される。疱瘡だと思われた天皇のご病気が回復に向かいかけたところだったのに、突然の死去の報にあわてふためく宮中の様子が描かれる。

 時代は昭和から慶応を前後して描かれていく。

 まず、第二次大戦後、南朝の末裔だといって世間を騒がせたという「熊沢天皇」の話題。

 そして時代は後戻り、昭和10年、美濃部達吉が罪に問われることになる「天皇機関説」。

 そしてまたもや時代は明治末年、幸徳秋水らの大逆事件にまで筆は及ぶ。

 やがて、それらの元になる、明治維新の真相が明らかになっていく。

 明治維新に続く、不平士族の乱。その悼尾を飾る西南戦争。西郷隆盛の悲劇、それに関わった人々、関わらなかった人々、それぞれの本質を明らかにしつつ、語られざる歴史が語られていく。

 すべては南朝を正当なものだと理由付けして、この国を支配しようとする、ある勢力による玉体確保事件だった。そのために犠牲になった人々は数知れず、その人たちの亡霊に支配されて、今の日本の歴史はある。

 だが暗号とはなんだろう?
 それは、これらのエピソードの裏に脈打つ、日本人の血脈意識だ。つねに何かをあがめたてまつることで安心しようとする日本人の資質を射抜いた、ある人物の名前。それが暗号として描かれている。
 

2011年10月19日水曜日

辛亥革命100年におくる日台のかけはし


「友情無限 」孫文を支えた日本男児
井沢 元彦

単行本: 429ページ
出版社: 角川書店(角川グループパブリッシング)
言語 日本語
ISBN-10: 4048742299
ISBN-13: 978-4048742290
発売日: 2011/9/22

 『君、挙兵、我、挙財支援』

 梅屋庄吉という名前は最近覚えた。いろいろ会社で話題が続いていたので。
 この本でいろいろ勘違いを教えてもらった。
 まず、梅屋というのは店名ではなかった。たしかに昔は米穀商と貿易商でならしていたそうだが。梅屋は名字。蜂屋とか照屋とかという名があるように、梅屋。
 横浜で名をあげたが、実は長崎生まれだった。
 孫文は日本から革命を指揮したというより、世界各地で革命への道を切り開いていた。

 梅屋庄吉。長崎の貿易商の養子となる。長じて店を経営するが、米相場で失敗して上海へ夜逃げする。
 そこで写真館をひらき、そこそこの成功をする。
 だが、上海はイギリスの植民地として、民族差別も甚だしい、受難の時代だった。
 これは青太后が支配する清帝国の腐敗が原因で、帝政の支配を脱して新しい国づくりをしようという勢力も出始めていた。
 その先鋒をきっていたのが孫文だった。
 上海で二人は出会う。
 清の国を救い人民を救うために、という孫文の理想に感動した庄吉は革命を支持し、資金面での協力を約束する。それが冒頭の言葉。「君は兵を挙げよ、我財をあげて支援す」、これが章題となっている。

 やがて庄吉はシンガポールで映画というメディアを発見し、日本でも映画王として成功をとげる。
 M・パテー商会の名の下に、日活をつくったのも庄吉ということになる。
 対して孫文は幾度も武装蜂起に失敗し、世界各地で支援者をつのる活動をおこなっている。
 だが、とうとう副官・黄興による武装蜂起が結実、武昌を制圧する。孫文は庄吉の支援をバックに南京入場を果たす。

 このあたり、もうすぐ公開されるジャッキー・チェンの映画「1911」に描かれているのだろう。
 だが、そこに袁世凱が立ちはだかる。
 史実は残酷だが、国父と呼ばれるわけがようやくわかった。昨年、台北に言ったときにも孫中山の偉大さはよくわかったが、やはり具体的なエピソードがあると随分、感情移入がすすむ。
 
 ということで、夕刊フジ連載時から気にしていたので、今回まとめて読めて納得。辛亥革命から100周年、中華民国100年を寿ぐ一冊。
 

2011年10月11日火曜日

犬たちと人間が奏でる壮大なシンフォニー


「エドガー・ソーテル物語」
デイヴィッド・ロブレスキー 著
金原瑞人 訳

単行本(ソフトカバー):
736ページ(厚さ5cm、702グラム)
出版社: NHK出版
ISBN-10: 4140056045
ISBN-13: 978-4140056042
発売日: 2011/8/25

 どういえばいいのか、この手の小説。
 いかにもアメリカ純文学。ファンタジーっぽい、冒険小説の要素も強い、なにより少年の成長物語だ。

 ウイスコンシン州、カナダとの国境に近い米国北部の州。五大湖の西に位置する。マディソンが州都、ミルウォーキーなんて町もある。物語には関係ないけどハーレー・ダビッドソンの故郷だという。
 そこの農園で犬のブリーダーをしている両親と育ってきた14歳の少年、エドガー。
 父はガー、母はトゥルーディという。両親はソーテル犬ともいうべきシェパードに似た犬種の犬を育て、繁殖させ、訓練をしてから顧客に販売するという方法で種族の犬を増やして来た。
 アーマンディという、母親がわりにエドガーの世話をしていたソーテル犬もいっしょだ。
 だが、エドガーは産まれつき口がきけない。耳は聞こえるのだが、発声できないぶん、手話による会話で両親や犬たちと意思を疎通させている。

 しかし、そこに父の弟、エドガーには叔父にあたるクロードが軍隊から帰って来た時から何かが変わって行く。
 父とクロードは幼いころから確執を続けてきた兄弟だった。それは一家と深いつながりを持つパピノー医師の証言からも明らかにされる。
 そして、悲劇の予兆。いくたびかの父との諍いの後、叔父のクロードは農場を出て街に住むことになった。

 エドガーは犬の世話をまかされ、自分の犬ともいえる、出産から立ち会った何頭かの犬を担当することになる。一人だけで、すべての訓練をこなしていくのだ。
 だが、ある日、父が急死する。その現場に立会い、そのときになすすべもなく、ただおろおろするだけだった自分を責めて、エドガーは落ち込んでしまう。

 夫を亡くした母はそれでも農場を経営していく覚悟で、エドガーにも自覚を持たせようとする。
 エドガーはその期待に答えようとするが、ある夜、父の幻を見る。
 そして、恐ろしい疑惑がエドガーを奈落へ突き落とす。そのショックからエドガーは家出をしてしまうのだ。自分が面倒を見ていた3頭の犬と一緒に。

 さあ、ここからはアメリカらしい冒険が続く。
 田舎町ではあるが、湖があり、別荘地があり、汽車の線路やハイウエイもすぐそばを走っている。
 留守の家をねらって食料を盗んだり、それも家人が気付かぬような量を盗み、侵入した形跡も消し込み、秘かに出て行くのだ。だが、そうもいかない日が続き、空腹をかかえてさまようときもある。
 そんなとき、一緒にいた犬の一頭が足に大怪我を負う。そのときはひとり暮らしの電話技師の家に忍び込んだ直後だったが、その男ヘンリーに助けられる。彼は事情も聞かず、エドガーに援助の手を差し伸べてくれた。
 
 主要な登場人物は、父、母、叔父、医者のパピノー先生、その息子で大男の保安官グレン、あとは町の人たち、そして、心優しいヘンリー・ラム。こんな少ない人物たちがこの壮大な物語を生き生きと活写する。
 そして、犬たち。こちらも、親代わりのアーマンディ、最後までエドガーとともに冒険を続けるエセイなど、個性豊かな存在ばかりだ。

 犬と人間が奏でるシンフォニー。
 大きな悲劇だが、物語の醍醐味を味合わせてくれる大傑作。
 

2011年10月3日月曜日

澪に幸せな日々は訪れるのか

「心星ひとつ」 みをつくし料理帖6
高田郁

文庫: 297ページ
出版社: 角川春樹事務所
ISBN-10: 4758435847
ISBN-13: 978-4758435840
発売日: 2011/08/18

 料理人澪の成長を描くシリーズ第6弾。
 今回は夏の始まりから霜月の末まで、自分はこれでよいのか、と悩む姿が描かれる。

青葉闇―しくじり生麩
 版元・坂村堂は実は料理屋一柳の息子だった。一柳の主人から、澪は料理人としてのあり方を問われることになる。

天つ瑞風—賄い三方よし
 葉月、秋の気配も感じられる季節となり、というのだから、今の季節感とは少しかけはなれているか。
 つる家を神田の一等地へ移転するか、天満一兆庵を吉原で再建するか、という願ってもない話が舞い込む。澪が選択したのは。
 また、吉原のあさひ太夫とのふすま越しの会話もかなうことになり、あらためて澪の決心は固まる。

時ならぬ花―お手軽割籠
 近隣の店の不始末から火を使う刻限を制限されることになり、苦肉の策で作り上げた弁当が好評を得る。だが、一柳の主人からお手軽な弁当を作るなど邪道だと言われてしまう。
 そして、澪が秘かに恋する小松原、実は小野寺一馬という武家の姉が料理の手ほどきを受けたいと訪ねて来る。その真意は澪を一馬の嫁に迎えたいという。

心星ひとつ―あたり苧環
 嫁入り前に武家へ奉公にあがるという話が進んでゆき、澪の悩みはふかまっていく。小松原自身からも、嫁にきてほしいと乞われたことが澪を落ち着かなくさせるのだ。医師の源斉はそんな澪に動かない星を探せば良いと、心星、北極星のことを教える。

 というわけで、シリーズの転回点。さて、どうなる。
 澪は武士の妻となって料理など縁遠い生活に入ってしまうのか、そこで料理の腕をふるうことになるのか。
 ただ、澪の恋心がここにきて揺れ動いているのが気になる。恋に生きるより、料理を喜んでくれる人々のなかで生きて行きたいと願う気持ちも強くなってきているようだ。
 
 さあ、これからも目が離せない。
 

爺の読書録