2013年7月28日日曜日

ヨハネスブルグの天使たちは何を託されたのか

「ヨハネスブルグの天使たち」
宮内悠介 (著)

単行本(ソフトカバー): 264ページ
出版社: 早川書房
言語 日本語
ISBN-10: 4152093781
ISBN-13: 978-4152093783
発売日: 2013/5/24

ヨハネスブルグに住む戦災孤児のスティーブとシェリルは、見捨てられた耐久試験場で何年も落下を続ける日本製のホビーロボット・DX9の一体を捕獲しようとするが──泥沼の内戦が続くアフリカの果てで、生き延びる道を模索する少年少女の行く末を描いた表題作、9・11テロの悪夢が甦る「ロワーサイドの幽霊たち」、アフガニスタンを放浪する日本人が“密室殺人"の謎を追う「ジャララバードの兵士たち」など、国境を超えて普及した日本製の玩具人形を媒介に人間の業と本質に迫り、国家・民族・宗教・戦争・言語の意味を問い直す連作5篇。才気煥発の新鋭作家による第2短篇集。

「ヨハネスブルグの天使たち」
 南アフリカ、ヨハネスブルグ。内戦が続く町で、14歳のスティーブと5歳下のシェリルは、かばい合って生きて来た。
 ふたりが隠れ家としているビルの吹き抜けで、管理者もいないまま、ひたすら落下試験を繰り返している人形があった。
 DX9の型番ロボット、通称「歌姫」、通常は楽器として流通している。落下しているそのロボットの一体と、スティーブの目が合う。PP2713のシリアルナンバーを持つ、そのホビーロボットもスティーブを認識する。
 時代はめぐり、スティーブは大統領として君臨している。妻となったシェリルはテロにあう。あるときPP2713のロボットが歌い出した。その歌は・・・
 
「ロワーサイドの幽霊たち」
 マンハッタン。
 ビンツ。
 DX9を使った実験をコーディネイトする。それは2011年9月11日の悲劇の再現。DX9に当時の被害者たちの意識を移植し、テロリストの意識をも植え付け、貿易センタービルに突っ込ませるのだ。
 モハメド・アタ。
 貿易センターに突っ込んだ飛行機を操縦していた。彼の意識もDX9の一体に移植される。だが、その直前、その意識が何者かにコントロールされてしまう。
 ビンツの意識を持ったDX9はアタの意識に接触しようと試みるが・・・

「ジャララバードの兵士たち」
 アフガン。ペシャワール。
 ルイと呼ばれる日本人兵士・隆一。
 ルイにむかって銃撃してくるのは歌姫ことDX9。ゲリラ兵たちがコントロールして政府軍い歯向かわせている。
 相棒のザカリーとともに、戦場を行き交ううち、ナオミ・ヴァレンティンの死に遭遇する。いっとき行動を共にした戦友でもあった。
 そして彼女が学生時代に開発したという化学兵器による攻撃を受ける。LSDに幻覚剤を加味されたもの。それをDX9がまき散らした。
 ルイは、薬をまき散らしたアキト・イシルガという指揮官を追う。

「ハドラマウトの道化たち」
 イエメンはシバの女王の土地だ。今は無政府状態で部族間の争いが耐えない。そこでは人格を転写されたDX9が自爆攻撃をおこなう。
 アキトはその一体と会話を交わす。自爆攻撃により、本人は死ぬが、個体として残るこのロボットが今はその個人なのだ、と。
 その街はDX9の監視のもとに置かれている。その頂点にジャリアという女性がいた。
 そこにルイが現れる。
 祭りの夜、薬をまかれた街の混乱の中で・・・

「北東京の子供たち」
 誠(セイ)と璃乃(リノ)は中学生。5歳のときから一緒に育ってきた。
 もうすぐ兄の隆一が南アフリカから帰国する。
 二人が住む北東京の団地の、つぶれた薬局の前では、DX9が歌を歌っている。
 そして夜、団地の屋上から70台ほどのDX9が落下して、またエレベーターで屋上に戻って行く。子供たちは度胸試しで、その雨の中をかいくぐる遊びをしていた。昨日の夜、誠と璃乃のクラスメイトが落ちて来たロボットに当たって亡くなってしまう。
 誠と璃乃はロボットたちの行動を止めようとする。エレベーターを停止させ、DX9が屋上へ上るのを阻止するのだ。
 しかし、それは大人たちが秘かに自分たちの意識を発散させるために依存していた流れを止めることでもあった。ロボットに発散させていた、自分たちのいらだちが内にこもった大人たちは、今までより暴れたり物を壊すようになってしまう。
 帰国した隆一が空港から電話をかけてくる。誠は隆一にその顛末を話す。住人の意識を変えるために薬品を使うやつもいる、それよりよかったんじゃないか。

 直木賞候補作。
 前回の「盤上の夜」もそうだけど、直木賞にしてはとっつきにくいのではないか、と思ってしまうけど、どうでしょう。
 あらためて表紙の少女ロボットを見ていただこう。頭を下にして落下している少女は何を象徴しているのだろう。
 ロボットにジャックインして会話を交わす、ロボットに自分を移植して身代わりになってもらう、そういう時代がもうすぐ訪れようとしている。そこでは仮想現実(AR)カメラなどではなく、現実そのものがロボットに託され、屋上から落下することで、それが終了する。そしてまた次のサイクルが繰り返されるのだ。
 そのとき、なにを託そうか。
 

2013年7月26日金曜日

フェイスブックー子供じみた王国がもたらすもの

「フェイスブック —子どもじみた王国」
キャサリン・ロッシ (著)、
夏目 大 (翻訳)

単行本: 336ページ
出版社: 河出書房新社
ISBN-10: 4309206204
ISBN-13: 978-4309206202
発売日: 2013/5/24

私たちは本当に“ソーシャル"を必要としているのだろうか?
日本語版フェイスブックのリリースに携わり、
CEOマーク・ザッカーバーグのメール代筆を担当した女性社員がスキャンダラスに描く、
時代を象徴する会社の「内幕」と、勝利に取り憑かれた「王」の姿──。全米話題の書。
マークの代筆者という仕事には、私の情熱に訴えるものがあった。これほど奇妙な仕事、不思議な仕事はしたことがない。
フェイスブックの暗黒面に魅了された私にとって、マーク・ザッカーバーグの影になることは理想だった。(本文より)
マーク・ザッカーバーグのドグマとも言える「透明性」は、はたして本質的に「善」と言えるのか----。
自問自答の末に生まれた本書は、シリコンバレーの『マキアベリ的』ガイドブックとでも言うべきものになった。……『ザ・デイリー』
企業内部に入り込み、直接体験したものだけが知りえる事実が満載。
マーク・ザッカーバーグの早口の裏に隠された「真の意図」が明らかに。……『フォーブス』
内容(「BOOK」データベースより)
51番目の社員が見たソーシャルネットワークの真実。日本語版フェイスブックのリリースにたずさわり、CEOマーク・ザッカーバーグのメール代筆を担当した女性社員がスキャンダラスに暴く、時代を象徴する会社の「内幕」と、勝利に取り憑かれた「王」の姿―。全米話題の書。

 いまさら、の感があるフェイスブックの内幕。
 というのも、FBは、やはり日本ではあまり利用者が伸びないし、本国アメリカでも今や時代遅れといわれているみたい。
 そう言いながら、最近はフェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグさんが書いた本が話題を呼んだりして、目がはなせないというのも実感。

 この本では、開設されたばかりのフェイスブックに採用されたキャサリンが、社内の子供っぽいエンジニアたちを相手に孤軍奮闘していくさまが描かれる。
 そこはハッカーたちの集まりであり、女性差別、文系差別の王国。
 CEOのマーク・ザッカーバーグ自身でさえ、歓迎するのはプログラマやエンジニアばかり。キャサリンのようなカスタマーサポート担当など、彼のレーダーにはひっかからない。
 
 このあたり、月9で見たドラマみたいなシーン。
 社内を走り回るスケートボード。
 やたら騒いでにぎやかなエンジニアたち。
 遊んでいるのか、仕事をしているのかわからない社内。11時を過ぎても出勤して来ない社員たち。だが、夜遅くまでプログラムを書いている。
 そしてパーティー。プールつきのサマーハウス。伸び盛りの会社らしい雰囲気。

 フェイスブックも徐々に進化していく。社内で徹底してテストしていたニュースフィードが公開され、使い勝手もよくなる。だが「いいね」ボタンが出来るのはまだ先のようだ。
 マークの夢は世界中の人々をフェイスブックのユーザーにすること。それが世界を変えると信じている。いわば、彼なりの世界征服。

 初めての長期休暇をとったキャサリンはブラジルで休暇を過ごし、インターネットがない世界でも価値があることに、思いを新たにする。インターネットは世界を内包し、だれとでもいつでも逢える。だが、旅人たちは偶然出会い、分かれて行く。人間はみんな旅の途中なのだ。

 キャサリンはカスタマーサポートの新人採用担当となり、教育にも携わり始める。
 そして、プラットフォームの国際化を進めるためのエンジニアとして認められることになる。ようやく社内で人として扱われることになったのだ。
 だが、社内では異端と思われる、「人間の擁護者」としての姿勢はくずさない。

 フランス語版、スペイン語版に続き、日本語版の準備には東京まで来て1週間を過ごしている。
 そして、シェリル・サンドバーグが登場する。グーグルで営業、広告を担当した億万長者。シェリルはシリコンバレーでの女性の地位について関心があるようだ。フェイスブック社内のセクハラなどについて解決策を考え出してくれたりする。

 そしてその年の暮れ、キャサリンはマークの代筆者に選ばれることになる。メールの返信を書いたり、フェイスブックページのマークの原稿を書いたりする役目だ。「プログラミングもできない文系の女がフェイスブックの絶対権力者になりすます」というわけだ。

 しかし、すべてをオープンに、すべてをデジタル化しようとする、フェイスブックやシリコンバレーの動きについて懐疑的な視点を持つようになったキャサリンは、持ち株を売却して会社を辞めることになる。

 最後にハプニングが起こり、全てを記録しようとする現代テクノロジーの限界について言及している。記録出来ないこと、共有出来ないことは必ずある。「この手の届かなさこそが人生の本質」と結んでいる。

 

2013年7月19日金曜日

復活するはわれにあり、じじいは復活の宛なくて

「復活するはわれにあり」
山田正紀


単行本: 348ページ
出版社: 双葉社
ISBN-10: 457523818X
ISBN-13: 978-4575238181
発売日: 2013/4/17


余命を宣告された、車椅子のワンマン経営者・権藤。
ジエイゾと名乗る者に拉致され、男が所有する大型船「南シナ海号」に乗船することになった。
船はハイジャックされ、権藤は人質となってしまう。
犯人の背後に蠢く得体の知れない陰謀を感じつつ、超ハイテク車椅子(サイボイド)と共に果敢に立ち向かう。
海上を舞台とした、著者久々の冒険小説!


 なつかしの山田正紀。最近は時代小説にも進出して、少し敬遠気味なところもあったけど、いやいやデビュー当時からのファンとしては、今作は、はずせない。
 なにせ、冒険小説の復活を試みた長編。
 主人公はハイテク車椅子。セットされたスマホが、乗るひとの希望まで読み取って、操縦以前の指令に従って動いてくれる。
 その車椅子に乗るのは権藤。40代半ばと紹介される。だが、下半身まひにくわえ、最近は左手まで動かなくなってきている。


 秘書の清水とともに、会社のカネを使い込んだ稲原を追いかけてベトナムまでやって来た権藤。だが、エレベーターで突然、誘拐、拉致されてしまう。
 そこにジェイコブという男が現れる。
 ジェイコブは「南シナ海号」という船に乗って、海底油田基地に行ってくれという。油田がテロリストたちに狙われているというのだ。油田が破壊されれば、近隣の美しい海が悲惨なことになる。というのだが、何やらほかにも思惑があるらしい。
 その代償としてハイテク車椅子「サイボイド」が提供される。
 断ることもできず、それこそ、乗りかかった船に乗り込む。


 台風がせまる南シナ海を、ジェイコブが連れてきた稲原と、秘書の清水とともに油田へ向かう。
 だが、その船がハイジャックされる。


 という盛り沢山な内容で始まるのだが、ベトナム人美女やその娘など、ハードボイルドな小道具もたっぷり。
 ハイテク車椅子をはじめ、上空からは無人偵察機が見張っている。その偵察画像までハッキング出来てしまうという技術力。
 ただ、豪勢に盛り付けたけれど、少し消化不良ななりゆきになってしまったところも。
 ま、そこはそこ、久方ぶりの山田冒険小説を楽しもう。

2013年7月10日水曜日

切り裂きジャックの告白は移植治療の現実を明らかにする

「切り裂きジャックの告白」
中山七里著


単行本: 334ページ
出版社: 角川書店
言語 日本語
ISBN-10: 4041104408
ISBN-13: 978-4041104408
発売日: 2013/4/27


東京・深川警察署の目の前で、臓器をすべてくり抜かれた若い女性の無残な死体が発見される。戸惑う捜査本部を嘲笑うかのように、「ジャック」と名乗る犯人からテレビ局に声明文が送りつけられた。マスコミが扇情的に報道し世間が動揺するなか、第二、第三の事件が発生。やがて被害者は同じドナーから臓器提供を受けていたという共通点が明らかになる。同時にそのドナーの母親が行方不明になっていた―。警視庁捜査一課の犬養隼人は、自身も臓器移植を控える娘を抱え、刑事と父親の狭間で揺れながら犯人を追い詰めていくが…。果たして「ジャック」は誰なのか?その狙いは何か?憎悪と愛情が交錯するとき、予測不能の結末が明らかになる。


 深川署から通りをへだてた公園で、早朝ランナーが死体を発見する。若い女性の死体からは臓器がすべてくり抜かれていた。
 テレビ局と新聞社には犯行声明が送られ、自らをジャックと名乗る犯人はまだまだ犯行は続くと宣言する。


 という出だしで、ストーリーは紹介文のとおり。
 続いて二人目の被害者が襲われ、犯行声明はますますエスカレートする。


 そこに現在の臓器移植の現状とそれにまつわる法体系の不備や、一般人の持つ臓器移植に対するイメージが見直される。
 臓器を提供された人たちの中には、せっかくの命を無駄にするかのごとく、いままでの療養生活から抜け出せずに、無為な生活を送る人もいた。
 3人目の犠牲者はそんな男だった。競馬場通いを繰り返す、ニートな青年。かれの死体は競馬場近くで発見された。


 
 ドナーの家族は内蔵がどこの誰に移植されたのかは知らされない。
 またレシピエントは自分に移植された内臓が誰のものだったかは教えてもらえない。
 警察の捜査にもそれは明かすことは出来ないのだそうだ。
 それなら、それを知る人物がいるのではないか。
 すなわち、ドナーとレシピエントを結ぶ臓器移植コーディネーターが怪しい?


 ドナーの母がいた。彼女は息子の臓器が提供されたレシピエントたちを訪ね歩いていたというのだ。「息子は生きている。息子に会いに行くのだ」
 その情報を教えたのはコーディネイターだった。
 ではその母が臓器を取り返そうとして殺人を繰り返しているのか?


 4人目のレシピエントが判明。
 警察は総力をあげて彼をガードする。しかしジャックは警察の囮となった彼を携帯電話による指令で振り回し、都内を動き回らせる。警察の目から逃れた犠牲者の前に現れたジャックの正体は・・・


 だが、その後の二転三転が中山ミステリーの真骨頂。
 切り裂きジャックが告白したその真実とは・・・
 

2013年7月8日月曜日

永遠の0(ゼロ)は永遠への入り口だった

「永遠の0」
百田 尚樹


文庫: 608ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 406276413X
ISBN-13: 978-4062764131
発売日: 2009/7/15


「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、1つの謎が浮かんでくるーー。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。
著者からのコメント
この小説のテーマは「約束」です。
言葉も愛も、現代(いま)よりずっと重たかった時代の物語です。


 2006年の刊行。文庫になったのが2009年。
 昨年は「海賊とよばれた男」で本屋大賞を受賞した百田さんの、これがデビュー作。そしてことしの年末、映画が公開される。主役は来年の大河ドラマで1年中見ることになる岡田准一さん、脇には井上真央ちゃん、三浦春馬くん、吹石一恵さんも頑張ってくれる。こちらも楽しみ。


 祖父はふたりいた。
 今の祖父は、祖母が戦後になって再婚した相手であり、母の実父ではなかったのだ。
 それを姉から聞かされた健太郎は、司法浪人の自分を励ましてくれる現役弁護士の祖父とは血がつながっていなっかたということで奇妙な思いを持つ。
 では、本当の祖父はどんな人だったのだ。


 祖父は宮部久蔵といい、ゼロ戦で戦い、特攻隊として死んでいったというのだ。
 いま世界では、当時の特攻隊は現代のテロリストと同様に理解されているそうだ。たしかに国家神道のもと、爆弾を抱いて敵艦にぶつかっていくというスタイルは、現代の宗教的な対立から自爆テロでトラックごと突っ込んでいくテロリストと変わらないと思われているのだろう。


 フリーライターの姉は、新聞社で戦後60年の特集記事を書くという。
 健太郎は姉とともに、かつての祖父の軍隊仲間を探し出し、インタビューに出向く。


 最初に会ったのは祖父とラバウルで一緒に戦った長谷川梅男という老人。埼玉県郊外の農家。隻腕の長谷川は「宮部は臆病者だった」と証言する。


 次に探し出したのは伊藤寛次、元海軍中尉。四国の松山に住む。
 真珠湾攻撃から、初期の太平洋戦争の実態を解説してくれる。そして祖父は「妻のために死にたくはない」と言っていた。慎重だが優秀なパイロットだった、と評価する。


 次にインタビューした井崎源次郎は都内の大学病院のベッドの上で答えてくれる。元海軍飛行兵曹長。
 ラバウル航空隊で出会った宮部のパイロットとしての腕前を、井崎は「素晴らしい技術をもっていた」とほめる。と、同時に「非常に用心深い人でした」とも。
 
 永井清孝。和歌山に住む元海軍整備兵曹長。
 祖父は囲碁棋士になりたかったが、祖父の父に反対されていたそうだ。そして撃墜したアメリカ人兵士の胸ポケットから見つけた彼の妻の上半身のヌード写真を仲間の兵士たちはもてあそぶ。祖父はそれを取り上げ、元あった兵士の胸に収めてやった。


 谷川正夫。元海軍中尉。今は岡山の老人ホームにいた。
 戦争が終わってから戦後にかけて、軍人たちが受けた、いわれのない非難を述べ、何のために戦って来たのかという後悔をさらけだす。
 フィリピンで一緒だったという谷川は、いよいよ狂気にむかっていく日本軍の実態を語る。「特攻」という思想が生まれたとき、特攻に志願するか、と訊かれたとき、宮部だけが志願することはなかった。


 結局、当時の高級官僚は当時もさばかれることはなかったし、外務省の重要な役職についたりしている。日本の軍隊のえらい人たちは兵隊を消耗品として扱っていただけだ。その思いを、健太郎と姉はあらためて共有する。


 元海軍少尉であり千葉の県会議員も務めていた岡部昌男。
 筑波の練習航空隊に教官として配属された宮部に、岡部も生徒として接してきた。厳しい先生だった。宮部は、今の操作技術では米軍に撃ち落とされるとして、なかなか合格点をくれなかった。
 昭和20年、特攻爆弾「桜花」が取り入れられ、乗員の教育は使い捨ての兵を育てるだけのものだった。特攻の目的は勝つためではなかった。沖縄戦の後半は特攻に志願するもしないもない、通常の命令だったという。


 元海軍中尉、武田貴則。一部上場企業の社長も務めた男だ。
 新聞社勤めの姉の恋人も一緒にインタビューを始めたが、武田は彼を否定する。彼の新聞は戦後に変節し、過去の一切を否定して、大衆に迎合、人々から愛国心を奪ったと非難する。
 特攻隊員の遺書を例えに上げ、その行間から特攻隊員の真意を理解出来ないようなジャーナリズムは必要ないと喝破する。


 景浦介山は元ヤクザだった。都内の住宅地に用心棒らしき男たちと住まいしている。
 「奴は死ぬ運命だった」。そして、「おれはあいつが嫌いだった」とも。霞ヶ浦の予科練を出て、台湾、フィリピン、ジャワ、ボルネオ、そしてラバウルで宮部と出会う。
 宮部に模擬戦を申し込んだが断られる。しかし、米機との空戦のあと、たまたま宮部機に機銃を撃ち込むチャンスがあった。しかし、みごとな技でそれをかわされる。
 そして、その日、特攻機に乗って適地に向かう宮部を、景浦は護衛して行くことになった。


 鹿児島市内に住む大西保彦。無線通信士だった。鹿屋基地から飛び立つ特攻機を最後まで無線で追跡していた。
 宮部が飛び立つとき、トラブルがあった。旧式機に乗る乗員と宮部が交代したのだ。宮部は新型機をきらい旧型機を選ぶ。だが、その新型機はエンジンの不調で不時着したという。
 その新型機に乗っていたのは・・・


 驚くと同時に、宮部の覚悟がここで理解できる。
 そして、エピローグにかけては涙・涙で読み続けるのがつらくなるのは、爺だけだろうか。

 さて、この夏は宮崎アニメでゼロ戦開発者の物語が描かれるし、年末にはこの作品も映画化、と、夏から来年前半にかけては「ゼロ」でおおいに盛り上がりそう。

 P.S.この文庫は解説が児玉清さん。爺など、これだけで泣けてしまうのだが。

 

爺の読書録