2013年9月11日水曜日

残月はまだまだ続いてほしい料理帖

「残月」みをつくし料理帖8
高田 郁


文庫: 314ページ
出版社: 角川春樹事務所
言語 日本語, 日本語
ISBN-10: 4758437459
ISBN-13: 978-4758437455
発売日: 2013/6/15


吉原の大火、「つる家」の助っ人料理人・又次の死。辛く悲しかった時は過ぎ、澪と「つる家」の面々は新たな日々を迎えていた。そんなある日、吉原の大火の折、又次に命を助けられた摂津屋が「つる家」を訪れた。あさひ太夫と澪の関係、そして又次が今際の際に遺した言葉の真意を知りたいという。澪の幼馴染み、あさひ太夫こと野江のその後とは―――(第一話「残月」)。その他、若旦那・佐平衛との再会は叶うのか? 料理屋「登龍楼」に呼び出された澪の新たなる試練とは・・・・・。雲外蒼天を胸に、料理に生きる澪と「つる家」の新たなる決意。希望溢れるシリーズ第八弾


「残月(ざんげつ)」-かのひとの面影膳(高野豆腐)
 前巻の吉原大火からしばらく経ったころ。花魁のあさひ太夫を助けながらも自分は火事の犠牲になってしまった又次の初盆を迎える。初盆の膳をそのまま客たちににだそうと考えた澪。大阪で食べた高野豆腐を江戸の人々にも味あわせたいと思いながら、それがなかなかかなわない。信州から届く氷豆腐を揚げ物にしようと考えた澪が思いついた策は・・・。三日精進膳と名付けたお盆の料理を、人々は「面影膳」と呼ぶようになる。


「彼岸まで」-慰め海苔巻き(干瓢)
 店主が大量に買い込んだ瓢(ふくべ)を使って干瓢つくりに励むつる屋のひとびと。それを店頭で乾燥させる日々が続く。そこに、ご寮さん・芳の、行方不明になった若旦那・佐兵衛を見かけたという噂が飛び込んでくる。江戸の支店を潰して身を持ち崩して逃げまわっていたのだが、縁あって今は子供もできてひっそり暮らしているらしい。料理人にはならない、と言い切る佐兵衛と芳の再会の場に澪が運んできたものは。


「みくじは吉」-麗し鼈甲珠(べっこうだま)
 吉原は大火のあと、場所を移して営業している。登龍楼から呼び出された澪は、楼主・釆女宗馬から料理人として登龍楼で働けと引き抜きされそうになる。それなら四千両出せ、と大見得を切った澪に、楼主はそれなら吉原にふさわしい料理を見せてみろ、と料理での対決をせまる。その帰路によった神社でひいた神籤は「吉」と出た。寒中の麦を思え、というのだ。澪は源斎と伝右衛門の手引きで、あさひ太夫と面会する。太夫は大火の衝撃からの気鬱から休養中で、大阪の料理人のはなしを聞けば気も晴れるだろうというのだ。ふたりとも見えない壁をはさんでの再会だった。太夫は本心をあかすことなく、幼馴染に何のてらいもなく会える日を夢見ている、と告げる。料理はあさひ太夫が髪に挿していた鼈甲の玉簪から思いつかれたものになる。


「寒中の麦」-心ゆるす葛湯(くずゆ)
 江戸の冬が間近にせまっている。親に勘当されて版元を商う清右衛門の実家、一柳の親・柳吾が倒れる。柳吾の看病に芳が出向くことになる。芳の貫録が商家の家風になじみ、さすが大坂の料亭のご寮さんだけある、と皆が認める。神無月の雪が積もった朝、その商家の庭先では麦が栽培されていた。秋に撒かれた麦はこうして春を待つ、これこそおみくじにあった「寒中の麦」だと、澪は気付く。やがて柳吾は回復し、芳をずっとそばに置きたいと言い出した。そして自ら芳と澪をもてなすために作ったのが葛湯だった。


特別収録 「秋麗(しゅうれい)の客」
 りうが留守番をしていると、ひとりの旅人がやって来る。信州からやってきて「ありえねえ」を食べたいというのだ。それは季節の食品なので今は作れない、と断るのだが、味醂は料理につかってこそ、と告げると、旅人は大いに喜んで帰っていく。その人は白味醂を作り出した相模屋紋次郎だったのだ。5ページばかりの掌編。


 料理そのものがそのときの課題を解決する。
 ありえねえ、解決策が納得出来る、料理小説。
 全体的には終末に向かっているようだが、それぞれのエピソードにはまだまだ延びて行く要素が潜んでいる。次が楽しみ、はまだまだ続きそう。
 

2013年9月8日日曜日

桜庭一樹短編集で恐怖と冒険を味わう

「桜庭一樹短編集」
桜庭一樹

単行本: 252ページ
出版社: 文藝春秋
言語 日本語
ISBN-10: 4163822100
ISBN-13: 978-4163822105
発売日: 2013/6/13

一人の男を巡る妻と愛人の執念の争いを描いたブラックな話から、読書クラブに在籍する高校生の悩みを描いた日常ミステリー、大学生の恋愛のはじまりと終わりを描いた青春小説、山の上ホテルを舞台にした伝奇小説、酔いつぶれた三十路の女の人生をめぐる話、少年のひと夏の冒険など、さまざまなジャンルを切れ味鋭く鮮やかに描く著者初の短編集。著者によるあとがきつき。
担当編集者から一言
1人の男を巡る妻と愛人の執念の争いを描いたブラックな話から、読書クラブに在籍する高校生の悩みを描いた日常ミステリー、人を好きになるということについて深いまなざしで描いた青春小説、山の上ホテルを舞台にした伝奇小説、酔いつぶれた三十路の女の人生をめぐる話、少年のひと夏の冒険など、さまざまなジャンルを切れ味鋭く、鮮やかに描いた著者初の物語集。バラエティ豊かな世界が楽しめること間違いなし、です。(SY)

「このたびはとんだことで」
 お骨になった俺には色彩はわからない。灰色の桜の花びらが散るころに、愛人が訪ねてくる。さんざん妻をないがしろにして、いろいろな女と遊んできた。だがこの女だけは今も俺のことを思っているようだ。骨壺を見ながらあついため息をつき、妻にお茶を頼んでは、そのすきに俺の骨をさわろうとする。あげくのはてに・・・

「青年のための推理クラブ」
 部室に集まってあれこれ話しあうのが読書クラブの楽しみ。その日アンブローズが部室の窓から外の景色をながめていると、ジャンが礼拝堂に入っていくのが見えた。勝手に礼拝堂に入ったりしたらお叱りを受けるのだ。そこにサマセットとヘルマンが部室にやってくる。しばらくして、礼拝堂の中から、シスターがマリア像を花束のようにして新聞紙にくるみ、みつからないように持ち出しているのが見えた。あれはジャンだ、とアンブローズがいう。どうしようと思っていると、おさげ髪の少女がその新聞紙の束を持って帰ってきた。ヘルマンは、あれは3人ともジャンの変装だ、と見抜く。
 おしゃれな少女たちの仮想空間と現実がミックスされたおしゃれな物語。

「モコ&猫」
 大学に入って、モコと知り合った。モコのことをごま油の瓶みたいだ、と言ってしまった俺につけられた仇名は猫だった。同じ映画サークルに所属し、つかずはなれずの関係を続けていくモコ&猫。それを10年後から振り返ってみれば、そんな青春も懐かしく思い出される。舞妓さんの油取り紙ってどんな味だろう。

「五月雨」
 昭和60年6月。東京山の上ホテル。鉄砲薔薇の花びらが散る夜。今風の青年新々作家。年配の小説家。そこに現れた野生の女。「とうとう見つけた。最後の一匹だ。これで村に帰れる」。引き絞られる弓。放たれる銀の矢。五月雨に溶けていくのは・・・

「冬の牡丹」
 32歳の誕生日の夜。酔っぱらった牡丹は隣家の男に助けられる。若いのか年寄りなのかわからない不思議な男だった。やがてその男がアパートの家主だとわかり、交流が始まる。路地裏の飲み屋にも連れて行かれて、おいしい焼酎を教えてもらう。
 牡丹の実家には、妹が単身赴任の夫にかこつけて今も子連れで居座っている。なおかつ、母が見合いのような話を押し付けて来るのに閉口しているのだ。ある日、ついに堪忍袋の緒が切れて牡丹は見合いをすっぽかして帰ってしまう。
 コンパで出会い、独身仲間として付き合う分には気に入っていた不良公務員が、セネガルに赴任することになったから結婚しよう、と言い出す。牡丹にその気はなく、つい振ってしまう。
 家主は「牡丹ちゃん、お前は本当につまんない子だけど、お前なりに一生懸命なんだよなあ」とほめるともなくつぶやく。

「赤い犬花」
 夏休みになってぼくは田舎のお爺さんの家に行かされた。再婚したママの新しいパパの実家だから、血のつながりはない。
 納屋で段ボール箱の中に隠れていると、スカートをはいた子供にみつかってしまった。
 その子はぼくのことを、箱の中から現れる、「妖怪・赤い犬花」だと思ったという。
 自分のことをアキノといい、神隠しにあった女の子が見つかった三本松まで一緒に行こう、とぼくのことをさそう。
 山を登り、山の池に突き落とされ、三本松の直下にある崖では岩登り。
 ようやく登った崖の上で、アキノは実は自殺した姉の名前であり、その子はじつは弟のジュンノスケだと判った。雨の中、今度はロープを伝って崖をくだる。
 そして村に帰ったぼくたちはおとなたちにさんざん説教される。
 熱を出して5日間寝込んだぼくを、ママが迎えに来た。こんどのパパともリコンすることになったので、もう帰るのだという。「ねえ、ママはいつもこう思うの、女の人生って」ぼくはうなずきマシンになっている。
 バス停で、ジュンノスケが手紙をくれた。消しゴムでぼこぼこになった手紙だった。
 桜庭版「スタンド・バイ・ミー」だろうか。
 

2013年9月2日月曜日

ルドヴィカがいるのは、この世界なのか、小説の中なのか

「ルドヴィカがいる」
平山 瑞穂

単行本: 303ページ
出版社: 小学館
言語 日本語
ISBN-10: 4093863504
ISBN-13: 978-4093863506
発売日: 2013/3/13

読者の立ち位置を危うくする超感覚ミステリ
この5年間ヒット作もなく、書き下ろし作品を執筆しても出版の見通しが微妙な小説家・伊豆浜亮平は、女性誌でライター稼業をして食いつないでいた。ライターとして天才ピアニスト荻須晶に取材したのをきっかけに、小説家は軽井沢にある晶の別荘に招かれたが、別荘近くを散策中にこの世の者とは思えない女性と遭遇する。彼女は言った。「社宅にヒきに行っている人とその恋人の方ですね。ラクゴはミています」。社宅にヒく? ラクゴは落語か落伍か? だめだ、まるで意味がわからない――。森の中を一人でさまよい、独特の話法で言葉を操る彼女との出会いから、やがて小説家は執筆中の作品にも似た“もうひとつの世界”に迷い込んでゆく。言葉の迷宮に読者の世界も歪む超感覚ミステリ。

 売れない小説家の伊豆浜はペンネームで女性誌にアルバイトで寄稿していた。
 そこに鍵盤王子と話題のイケメンピアニスト・荻須晶が帰国するというので、彼のインタビューに出向く。
 インタビューのあと、伊豆浜は軽井沢にある晶の別荘に招かれ、そこに友人の白石もえとともに行くことになる。
 駅には執事とも思われる運転手・カサギが迎えに来てくれていた。
 そして別荘地の森の中で晶の姉、水と出会う。
 ふたりの親は、自分の子供の名前は、生まれる前から水(ミズ)と晶(アキラ)に決めていたのだという。男女どちらにも通じる名前だから。
 だが、独特のことばで会話する水は弟の晶にもその会話の内容がわからなくなってきていた。晶はそれを解決してほしいと願っていたのだ。
 「ショウがそのツマミを引っかくのが写ったから、ちょっと溢れただけ」
 そこで伊豆浜は自分なりの小説技法からその言葉の謎を解き始める。

 ちょうど「さなぎの宿」という小説を書き進めていた伊豆浜には、自分の小説の舞台と、この軽井沢という土地とが何かしらリンクしているように思える。
 水の語法も、連想する、関連語句が先走って出て来るだけで、文脈を捉えればちゃんと推測できるのだ。
 「私の編んでることが浮かぶんですね」

 そして伊豆浜は突然「ルドヴィカ」という単語を思い浮かべる。それは作品のなかのヒロインと水とを結びつける音だった。

 後半、半年ぶりに軽井沢の別荘から依頼が来る。行方不明になった水を探してほしいという。水の放浪癖がひどくなっていたのだ。
 執事のカサギは警察には頼みたくないらしい。かつて、警察を当てにしたときに、相手にされなかったイヤな思い出があったという。
 伊豆浜はふたたび、もえと共に軽井沢に出向いたのだが、ちょうど新しい小説が佳境にはいっていて、捜索の合間にもパソコンに向かう始末。
 そして、その小説と符合するように、軽井沢では不思議な人々の消失が続いていた。

 やがて、捜索に行ったもえまでもが行方知れずになる。着想を得てパソコンに向かってしまって、もえのことをないがしろにしていた伊豆浜は責任を感じる。だが一晩をへてもえの携帯電話から連絡が入る。
 近所の別荘の持ち主が、意識不明のもえを保護していたのだ。
 もえを助けた蛯原という元中学教師は、夫が協力していたという辰野博士の研究を解説する。その研究が今の人々の行方不明にも関係があるというのだ。
 オマガリコマユバチのさなぎが分泌する麻薬様物質の、人間への転用を考えていたというのだ。

 伊豆浜の小説のなかの人々と、現実の軽井沢の人々とが絡み合い、重層的な流れがいつしかどちらの世界へも影響を及ぼすという、多層的な物語。
 現実世界が小説へ影響するのは、まあ当たり前。だが、想像力で産み出された小説が現実世界に何かを働きかけるというのは偶然だろうか。
 そのキーワードが「ルドヴィカ」だった。
 伊豆浜がふと思い浮かべたルドヴィカという言葉は、幼い頃に晶が水をそう呼んでいたという。

 そういえば、と思い出した。昨年か一昨年、BSテレビの番組で松下奈央さんが、ショパンの実家を訪ねる旅をルポしていた。そこに、ショパンの姉も出て来たはずだ。ショパンが愛した二人の女、ジョルジュ・サンドと、もうひとりは姉のルドヴィカ。

 

爺の読書録