2010年12月27日月曜日

日本の企業よ誠意をもって一歩前に進め

「トイレのポツポツ」
原 宏一

単行本: 248ページ
出版社: 集英社
言語 日本語
ISBN-10: 4087712796
ISBN-13: 978-4087712797
発売日: 2009/2/26

 こちらは少し古いご本。
 タイトルは奇妙だが、ストーリーは企業のあるべき姿を描いて説得性のある物語。
 短編集であり、語り手は各篇ごとに異なっている。舞台は、家業から企業に変貌を遂げようとしている製麺会社。

「トイレのポツポツ」

 派遣社員の女子従業員が語る。製造工場長から転進した営業部長から命じられた、男子トイレをきれいに使えという社内一斉メール。この一件が部長のセクハラ問題にまで発展して・・・。
「ムカチョー」 
 新製品の麺を作り出した男子社員は、科学調味料無添加=すなわちムカチョーの製品を作り出した自負が踏みにじられる事態になり・・・。
「虹色のパレット」
 工場の配送部門では、フォークリフトの運転では多大な自信を持つ担当者が、ムカチョー製品販売に対する経営者側の陰謀に気付き・・・。リフト運搬で使う畳半畳くらいの大きさのスノコのような台をパレットというそうだ。
「カチューシャ」
 経理部でうさんくさい上司をとっちめようと思うお局さま、販売促進部の新任部長や各部の女子社員と一緒になって社内の黒い部分を浮き出さそうとするが・・・。
「ラブホ出勤」
 時すでに遅く、ムカチョー製品の販売にまつわるどたばたがTV局リポーターの格好の餌食になってしまい、なおのこと製品に異物混入の疑いがおこり、社の滅亡にまで発展。社外の公園で内部暴露の記者会見をおこなうのだが。
「チェンイー」

 麺の包装を受け持つ印刷会社から見た製麺会社の実情を描く最終章。旧弊にとらわれた経営を続けて来た印刷会社の存亡とともに、中国との業務提携で露になる、日本的体質の経営での限界。その中で麺会社の復興への期待が語られる。チェンイーとは「誠意」の中国語。
 確かに誠意をもって仕事をして、誠意をもって製品を送り出す、その根本こそが日本の企業のあり方だったはずだが、それがいつの間にかどこかに行ってしまっていないか。チェンイーのない企業、その象徴がトイレのポツポツなのだ、と訴えている。
 知る人ぞ知る名作。

2010年12月25日土曜日

雪に埋もれた遠野で見つけたものは

「雪姫(ゆき) 遠野おしらさま迷宮」
寮美千子著

単行本: 285ページ
出版社: 兼六館出版
ISBN-10: 4874620671
ISBN-13: 978-4874620670
発売日: 2010/09/10

 遠野までよくいらっしゃいだんだ。
 本文中にもあるのだばって、遠野は名前で損ばしちゅうようだ。東京からだと3時間半で行くことが出来るくらいの近さらしいんずや。
 主人公の雪姫(ゆき)も意外な近さに驚いてら。
 東京でアルバイト保育士ばしていた雪姫のもとに、祖母の実家ば相続して欲しいとの依頼が届く。

 縁もゆかりもなかったはずの遠野へ出掛けていった雪姫は花巻から乗った列車の中で奇妙な連中と出会うね。
 花巻の誇る宮沢賢治に詳しい案内人に導かれて、エスペラント語で案内される汽車の旅。昔は気動車といわれたディーゼルカーの旅だ。
 妙に馴れ馴れしい河童のような男。おみやげにキャラメルば与えたりしちゅうね。


 読みにくいから標準語でいこう。少し遠野あたりの言葉とは違うようだし。


 雪姫は遠野の駅からタクシーで祖母の家に向かう。
 藁葺きの家の前で、雪に包まれた風景を目にしたとき、雪姫は懐かしさとともに記憶が戻ったように思う。・・・ここには、来たことがある。

 ここからは急展開につぐ急展開。
 閉ざされていた藁葺き屋根の屋敷には紅絵という老婆がおり、この家の守り人だという。
 川太郎という河童のような男が世話を焼いてくれる。山人という大男がいろんな食べ物を運んでくる。
 なにより、屋敷内の厩に飼われている馬が別の時間を生きているように成長が早い。
 馬の成長とともに守り人の紅絵の話す昔話が楽しみになっていく雪姫だが、その昔話から伺われる祖母の悲しみを通して母のルーツを理解していく。


 著者の寮さんは奈良にお住まいだということで、せんとくんを主人公にした著作もあおりだとか。
 遠野というイメージを先行させて、悲劇の予兆も含んで話が進む。ファンタジーとも怪奇小説ともとれる一作だが、快い寝覚めが味わえる。
  

2010年12月17日金曜日

仮想世界を悪用するやつは日本の道路を歩くな

「プラ・バロック」 
結城 充考

単行本: 376ページ
出版社: 光文社
ISBN-10: 433492655X
ISBN-13: 978-4334926557
発売日: 2009/3/24

 刊行は昨年春と、少し古い本だけど、記憶の隅っこを刺激していて、読んで読んで、という圧力があった。
 ようやく、手にとって読むことが出来た。だが、内容は決して古くはない。
 第12回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作、ということで評価は固まっているのだが、ブックレビューなんかでは、毀誉褒貶が交じる。

 主人公は神奈川署・機動捜査隊の女刑事。クロハ、とカタカナで表記される。彼女だけではない。クロハと対立する上司のカガ、コンピューターに強く彼女の強い味方となるサトウなど、周囲の人物はすべてカタカナで表される。この書き方で翻訳ものめいた印象を与えようというのか、ハードボイルドらしさを出そうというのか、著者の意図は不明だが、逆に物語りに入り込むときの障害ともなりそう。
 だが、被害者は漢字で書かれている。

 機動捜査隊での最初の事件は殺人、鋭利な金属棒で頚動脈を突き刺され失血多量で死に至らしめる凶悪犯。しかも何件か連続して発生している。
 その捜査班から締め出されたクロハが向かったのは港湾倉庫。倉庫の貸し出しが延滞になっており、民事的に問題になるかもしれないので警察に立ち会ってもらい開封するというのだ。しかし、その冷凍倉庫から現れたのは整然と並んだ14人の冷凍死体。
 しかも、同じような冷凍死体が再び都内の違う場所からも発見される・・・

 ショッキングな事件が続き、波乱の展開だが、途中にクロハが訪れる仮想世界の描写がある。そこでひとときの安らぎを得ているのだが、そこに謎の凶悪なアバターが出現する。
 仮想世界の描写はさきの「ロードサイド・クロス」が秀逸だったが、日本でもここまでの愛好者が育っているというのは驚き。ま、爺の周辺にはそんなのがいないというだけのことだろうが。そして仮想世界にある塔の最上階に、あるものが掲示されているという情報がもたらされ・・・
 
 シリーズで第2作も刊行されているので、また、その時に。
 

2010年12月10日金曜日

爺は何でできているのか

「宇宙は何でできているのか」 
村山 斉

新書: 226ページ
出版社: 幻冬舎
ISBN-10: 434498188X
ISBN-13: 978-4344981881
発売日: 2010/9/28

 宇宙には愛と憎悪がつまっている。
 また、宇宙には悪と正義が満ち満ちている。
 
 そうではないのだよ、と教えてくれるのかと思っていたが、少し違う。
 やはり宇宙にはエネルギーが満ちているのだ。

2010年12月9日木曜日

過去との再会がもたらすカタルシス

「再会」
横関 大

単行本: 348ページ
出版社: 講談社

ISBN-10: 4062164655
ISBN-13: 978-4062164658
発売日: 2010/8/6

 第56回江戸川乱歩賞受賞作。
 子供が万引きした、との電話で呼び出された母親。小さなスーパーの店長は母親を脅迫する。30万円出せば学校へも秘密にしてやる。
 次の日、その店長が拳銃で殺されているのが発見される。
 店長は、母親の幼なじみの兄だった。



 幼なじみは4人。ひとりは母親の元夫、ひとりは神奈川県警の刑事、そして殺されたスーパー店長の弟。
 小学校時代、事件がおこった。強盗犯を追いかけていた警官が殺され、それを目撃していた子供たちが警官の拳銃を手に入れたのだ。それが23年の時を超えて、店長殺害の凶器になったという。

 子供たちは廃校になる小学校の校庭にタイムカプセルを作って、その拳銃を埋めることにした。・・・はずだった。
 その時の秘密をかかえた4人が、今回の店長殺害事件で23年ぶりに顔を合わせることになる。

 4人それぞれの視点で事件の流れが描かれることで、なにやらはぐらかされていくような印象を受ける。それがテクニックだったりするのだが、動きが少ない分、はがゆさが残る。


 県警本部から派遣されたエリート警部が活躍する。
 万引き事件をもみ消そうとする元夫婦、母親をかばって兄殺しを自白する弟、警官でありながら過去の秘密が暴かれるのを恐れる刑事。彼らをかばいつつ、彼らの秘密を共有していく。それはなぜか?

 やがて明かされる店長殺しの真相。
 そして23年前の事件の実態。
 その裏に潜んでいたエリート警部の秘密。
 再会がもたらした、それぞれのカタルシスがうれしい。

2010年12月4日土曜日

ネットの闇を悪用するやつは許さない。

「ロードサイド・クロス」
ジェフリー・ディーヴァー・著

池田 真紀子・訳

単行本: 512ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163297200
ISBN-13: 978-4163297200
発売日: 2010/10/28

 2010年度・文春年間ベストで第2位。


路肩の十字架、という意味。
パトロールの警官がハイウエイで発見した、路傍に建てられた十字架。交通事故が発生した現場に飾られる、死者を弔うための十字架だが、なにかおかしい。未来の日付が記入されているのだ。誰かのいたずらなのか、それとも明日、誰かが死ぬのが分かっているのか。それとも、誰かを殺そうというのだろうか・・・

リンカーン・ライム・シリーズのゲストとして出演した、カリフォルニアの女性捜査員キャサリン・ダンスが独り立ちして活躍する長編2作目。前作「スリーピング・ドール」事件から数週間後という設定で、先の事件の余波がストーリーを盛り上げる。

女子高校生が自分の車のトランクに押し込められ、これから満潮になろうとする海岸に放置される。
彼女のパソコンのハードディスクから見つかったのは、有名なブログにあらわれた「ロードサイド・クロス」と名づけられたスレッド。そこではある交通事故にまつわる中傷と、それをやじる面白半分の書き込み。炎上するブログを見て、事件解決のためにヒントになると考え、コンピューターの教授に教えを請いながら捜査を進めるダンス捜査官。

二人目の被害者は同じくブログでいじめ発言をおこなった女子高生、今度は自宅で塩素ガスによる襲撃を受ける。
そして、半月前に発生した事件が尾を引き、ダンスの母が安楽死殺人の加害者として検察に拘留される。
続いて、ジョギング中の男性が拳銃で撃たれる事件が発生。ブログに関係した人物が狙われ始めたのか、そして、次の標的とされたのは、ブログの主宰者・・・

ブログの実態、ネットゲームのリアルさ、アメリカの政治運動、環境保護活動の実態。
ダンスが捜査に協力する大学教授にほのかにあこがれを抱いたり、同僚捜査官との愛の行方も気になる、続編必至の傑作。

爺の読書録