2013年2月26日火曜日

「県庁おもてなし課」は日本中をもてなしてほしい

「県庁おもてなし課」
有川 浩

単行本: 461ページ
出版社: 角川書店(角川グループパブリッシング)
言語 日本語
ISBN-10: 4048741829
ISBN-13: 978-4048741828
発売日: 2011/3/29


とある県庁に生まれた新部署「おもてなし課」。若手職員・掛水は、地方振興企画の手始めに、人気作家に観光特使を依頼するが、しかし……!? お役所仕事と民間感覚の狭間で揺れる掛水の奮闘が始まった!?

地方には、光がある―物語が元気にする、町、人、恋。とある県庁に突如生まれた新部署“おもてなし課”。観光立県を目指すべく、若手職員の掛水は、振興企画の一環として、地元出身の人気作家に観光特使就任を打診するが…。「バカか、あんたらは」。いきなり浴びせかけられる言葉に掛水は思い悩む―いったい何がダメなんだ!?掛水とおもてなし課の、地方活性化にかける苦しくも輝かしい日々が始まった。

 5月に映画化。
 話題になる前に、というより、刊行以来大人気でなかなか回ってこなかった一冊。
 
 「とある県」とあるのは、著者の出身地である高知県。
 話は20年前までさかのぼる。当時、高知県にパンダを呼ぼうという提案をした職員がいた。観光立県を目指すなら、その目玉になるに違いないというわけ。
 だが、その提案はもみ消され、うやむやのうちに動物園は移転、職員は窓際に追いやられ、失意のうちに県庁を去った。
 
 そして、今回、県庁に「おもてなし課」が出来る。
 一番の若手として掛水が選ばれる。掛水はタレントや俳優、文化人や作家などの著名人に県の観光特使の役割をになってもらうことを提案、自分では若手作家・西門の担当になる。
 まず、観光特使の名刺を作って、裏に県の観光施設への無料入場券を印刷した。これを機会があるごとに配布してもらうことにする。
 西門は手厳しい。お役所目線でのやり方を批判し、そんなやり方は民間では通用しないことを訴える。
 まず、優待券に期限があることだ。期限間近になれば名刺を配れないじゃないか。期限がすぎて、また新しい期限つきの名刺を印刷するのなら同じことだろう。
 それこそ県の予算がらみ、縦割り組織がらみの悪弊だった。

 そんなこんなの末に、西門はある提案をする。
 その昔パンダ誘致論を発表した職員を探し出して、おもてなし課に協力させろ、というのだ。
 その伝説の職員・清遠の記録を探して見つけ出したのがアルバイトの多紀。映画では堀北真樹ちゃんが演じる。
 彼女との第一仕事は今は観光プロデューサーとして活躍している清遠への協力依頼。
 だが清遠の娘・佐和は父を追い出し、家族を崩壊させた県庁の職員たちを毛嫌いしている。電話では埒が明かないと、経営する民宿を訪れた掛水にバケツの水をぶっ掛ける迫力。

 それでも、清遠は観光のプロとしておもてなし課に協力し、掛水や多紀とともに高知県内の観光名所の見直しを進める。
 高知城の日曜市。旅先で出会ったらおもしろそうな催しだ、と再認識。
 台風が過ぎ去った直後の室戸岬。その浜辺の岩場で採った貝をそのまま食べた。
 
 やがて、作家の西門が一時的に里帰り、清遠のプランを後押しする形でおもてなし課に手助けしていく。
 西門と佐和、掛水と多紀、二組の恋も深まり、清遠がいなくても掛水たちは立派に観光立県めざして行動できるようになっていった。

 清遠のプランは高知県内「おらが村」シリーズとして続いて行く。
 吾川スカイパークではパラグライダーの体験をさせられるが、ここの運営が愛好者だけにゆだねられていることを知って掛水は驚く。

 だが、清遠の高知県下レジャーランド計画は県の上層部から煙たがられ、清遠はおもてなし課を追い出されてしまう。
 それを察していた清遠は掛水と多紀に、自分たちだけでことを進めることが出来るように教育していたのだ。
 掛水と多紀はふたりだけで馬路村の調査に出向く。そこは立派にレジャーランド化されて、県外からも大勢の観光客が訪れている。
 そこでふたりは「おもてなしマインド」にたどりつく。

 この本、2009年から10年にかけて地方紙に連載。巻末の座談会は角川書店の雑誌2011年1月号に掲載された。そして、3・11。出版は3月31日になっている。
 観光をテーマにしながら、日本の悲劇を乗り越えて、大きな話題になったわけだが、観光地が果たすべき役割、あるべき姿を描いて共感が広がる。
 観光地のトイレ、食べ物、受け入れる側の心配り。そのさりげなさを期待したい。
 そう言う意味で、どこの県の観光課の皆さんにも一度は読んでほしい一冊。
 

2013年2月20日水曜日

謎解きはディナーのあとで、推理は読みながら

「謎解きはディナーのあとで 」3
東川 篤哉

単行本: 269ページ
出版社: 小学館
言語 日本語
ISBN-10: 4093863474
ISBN-13: 978-4093863476
発売日: 2012/12/12


シリーズ累計300万部突破の人気ミステリ
国立署の新米刑事、宝生麗子は世界的に有名な『宝生グループ』のお嬢様。
『風祭モータース』の御曹司である風祭警部の下で、数々の事件に奮闘中だ。
大豪邸に帰ると、地味なパンツスーツからドレスに着替えてディナーを楽しむ麗子だが、難解な事件にぶちあたるたびに、その一部始終を話す相手は”執事兼運転手”の影山。
「お嬢様の目は節穴でございますか?」
――暴言すれすれの毒舌で麗子の推理力のなさを指摘しつつも、影山は鮮やかに謎を解き明かしていく。
2011年本屋大賞第1位、同年の年間ベストセラー第1位に輝いたシリーズ累計300万部突破の大人気ミステリ第3弾。
文芸誌『きらら』に連載した5編「犯人に毒を与えないでください」「この川で溺れないでください」「怪盗からの挑戦状でございます」「殺人には自転車をご利用ください」「彼女は何を奪われたのでございますか」に、書き下ろし「さよならはディナーのあとで」を加えた全6編。
【編集担当からのおすすめ情報】
敏腕探偵である執事の影山に頼り切りだった麗子が成長を遂げ、活躍するエピソードにご期待ください。そして、最終話では麗子と影山、風祭の3人の関係にも変化が訪れて…!?

「犯人に毒を与えないでください」
 青酸カリ中毒で亡くなったと思われる、老人の遺体。ベッドのそばの机には、飲みかけの水が入った湯のみ。ラベルがはがされたペットボトル。中身は普通の水らしい。乱れたタオルがそばに落ちている。部屋の捜査をした風祭警部は、薬をいれていたピルケースを見つけてご満悦だ。麗子は部屋の隅で、ちぎれた輪ゴムを見つけた。家族の話では、ペットの白猫が最近、行方不明になっており、老人は気落ちしていたのだという。そのショックで自殺したのだろうか。
 執事の影山は「ペットボトルと猫の共通点はなんですか?」と言い出す。そして、麗子には「お嬢様には、まったく進歩が見られません」とも。

「この川で溺れないでください」
 多摩川のほとりの空き地で、風祭が着るような白いスーツを身に着けた、やくざの死体が発見された。このやくざの遠い親戚だという富豪の屋敷に事情調査に赴いた風祭と麗子は、富豪の息子・娘たちから事情を聞く。そして殺されたやくざのアパートでは、風呂場から多摩川の水が入っていたとおぼしきバケツを発見する。犯行現場はここなのか。しかし・・・
 おりしも桜が舞い散る春の夜、富豪が所有する自家用の車の上には桜の花びらが降り積もっていた。
 「目の前にあるヒントにお気づきにならないとは―お嬢様にはがっかりです」と影山の、にくらしい一言。

「怪盗からの挑戦状でございます」
 宝生家に<怪盗レジェンド>からの挑戦状が届く。父のいいつけに従い、かかりつけの私立探偵・御神本光一を頼りにすることになった麗子。怪盗は高森鉄斎の名作、純金で彫られた『金の豚』という彫刻をねらっているらしい。果たして予告どおりあらわれた怪盗はまんまと皆を眠らせて『銀の豚』の塑像を奪っていく。だが、部屋の前では影山が見張っていたのだ。金の豚ではなく銀の豚を獲っていったのは何故なのか?
 影山はいきさつを解説しながら、「お嬢様、いま少し脳みそをお使いになったらいかがですか」。

「殺人には自転車をご利用ください」
 老婦人が食卓の赤ちゃん椅子に座らされた状態でこと切れていた。関係者には元競輪選手がおり、彼が怪しいのだが、いくら競輪用自転車とはいえ、犯行時間に自宅と現場を往復するのは至難の業だ。なおのこと、聞き込みで風祭警部が得た情報に従うと、犯行時間にその付近を往復していたとすると、時速90キロで走りぬいたことになる。
 そこで影山は言う。「お嬢様は風祭警部様とどっこいどっこいだと申し上げているのででございます」

「彼女は何を奪われたのでございますか」
 カトレア学園の女子大生が絞殺されているのが発見された。白いワンピースを着ていたが、ベルトやメガネなど身に着けていた装飾品がすべて奪われていた。その前日、被害者に出会った後輩の女子大生が、そのときの彼女の行動に不思議な違和感を覚えていたと証言する。被害者が所属していた映画研究会のサークル仲間とはべつに、卒業後の今も付き合っているというサークルの元部長を訪ねた麗子と風祭は、その男が怪しいと確信するのだが。
 「この程度の謎が分からないとは、お嬢様は本当に役立たずでございますね」

「さよならはディナーのあとで」
 夏の盛り、資産家が殺されていた。自分の持ち物である木刀で撲殺されていたのを次女が発見したのだ。最近、このあたりには泥棒騒ぎが続いており、泥棒に気付いた当主が抵抗したところを返り討ちにあったのかと思われた。
 「失礼ながら、お嬢様は無駄にディナーをお召し上がりになっていらっしゃいます」
 そして、事件は解決。その後、風祭警部が警視庁へ栄転するという辞令が伝えられる。最後の最後に、麗子は風祭と屋台の焼き鳥屋で別れのディナーを食べるのだった。

 第3作。超マンネリ。謎らしい謎もない。勝手な判断で、謎解きとはいえない。などとネットでは悪評ふんぷん。
 とはいえ、面白い。このギャグは若者向けとは思われない。そこそこの年寄りが読んでこそ、面白みがあるのではないか。
 ということで、映画化を控えて、夏に向けて話題が盛り上がりそうな一作。

 

2013年2月9日土曜日

母性を望む、母たち娘たち

「母性」
湊 かなえ

単行本: 266ページ
出版社: 新潮社
言語 日本語
ISBN-10: 4103329114
ISBN-13: 978-4103329114
発売日: 2012/10/31


「これが書けたら、作家を辞めてもいい。そう思いながら書いた小説です」著者入魂の、書き下ろし長編。
持つものと持たないもの。欲するものと欲さないもの。二種類の女性、母と娘。高台にある美しい家。暗闇の中で求めていた無償の愛、温もり。ないけれどある、あるけれどない。私は母の分身なのだから。母の願いだったから。心を込めて。私は愛能う限り、娘を大切に育ててきました──。それをめぐる記録と記憶、そして探索の物語。

 郊外の住宅地。
 高校生の娘が自宅アパートの4階から転落した。
 事故なのか、自殺なのか・・・
 その母は「愛能う限り、大切に育てた娘がこんなことになるなんて・・・」

第1章。 
「母の手記」から始まる物語は、神父さまへの告白という形をとる。
 夫と結婚することになったいきさつ。
 夫の実家に対する、友人からの忠告。あの家は息苦しい。
 夫の実家の人々は人を褒めるということをしない家族だ。
 でも、私は大丈夫。ちゃんと人の思惑を理解して先回りできるのだから。

 結婚後も実家に近い一軒家に住み、実家の母から妻としての教育を受ける。
 自分の母の思い入れがわかる。義母に嫌われてはいけない。
 でも私は大丈夫。褒められることはないけれど、叱られることもなかったのだから。

第2章からは「母性について」の章がはさまれる。
 亡くなった高校生は、同僚の国語教師が前任していた学校に在籍していた。
 「わたし」は新聞報道を見て、なにか、ひっかかるものを感じる。
 「母の手記」では、台風の夜に母が亡くなる悲劇が語られる。
 そして「娘の回想」。
 大好きなおばあちゃんは刺繍が得意なやさしいおばあちゃんだった。だが、台風の夜に自分をかばって亡くなってしまった。
 
第3章
 「母性について」。わたしは国語教師を、たこ焼き屋にさそい、話を聞こうとする。
 「母の手記」。夫の実家で暮らすことになり、いよいよこの家族がきらいになっていく。女子大を卒業した次女の律子が就職もせずに帰ってきて、その世話もせねばならない。
 だが次女はあやしい男にカネを貢いでいるようだ。
 「娘の回想」。実家の離れで暮らしながら、律子と交流を重ねるが、やがて出て行ってしまういきさつ。

第4章
 「母の手記」。嫁いだ長女がこのところ、毎日のように子供を連れて帰ってくる。子供は少し発達障害のようだ。
 そして母は妊娠に気付く。実家の母は気に入らなさそうだ。だが、お腹の子供はふとした事故で流産してしまう。
 「娘の回想」。伯母の子供が母にまとわりついて煩わしい。つい、手を上げてしまう。伯母は祖母といっしょになって母をないがしろにする。そんな時に母の流産騒動。

第5章
 「母性について」。同僚国語教師に聞く。「愛能う限りってなんでしょう?」
 「母の手記」。手芸教室に通うことで、ほっとできた日々。そこで知り合った霊能者のような人とのあれこれ。
 「娘の回想」。母が落ち着いてきたのはうれしいが、なにやらきな粉のような薬を飲まされるのには閉口した。手芸教室で知り合った人から勧められていたようだが、やがてそれもおさまっていく。

第6章
 「母性について」。母性を持たない母親。母親になっても誰かに庇護されていたいと願って母性をなくしてしまう親がいる。
 「母の手記」。夫の浮気。娘の自殺騒動。
 「娘の回想」。祖母が亡くなったときの本当の理由がわかった。私を助けようとして家具の下敷きになったのだが、その時に起こった本当のこと。それを告げたのは父の浮気相手だった。彼女をワインボトルで殴りつけた私は家に帰って桜の木にロープを巻き付ける。

終章
 「母性について」
 父は私の自殺騒動のあと姿を消したが、その15年後の3年前、ひょっこり帰って来て、今は母と暮らしている。認知症が進んだ祖母の介護に、母は明るい表情で臨んでいる。
 わたしは結婚してまもなく母になる。わたしは子供を愛するだろうが、決して「愛能う限り愛する」とは言わないだろう。
 愛を求めようとするのが娘であり、自分が求めたものを我が子に捧げたいと思うのが母性なのではないだろうか。


 という流れで、冒頭の高校生の転落さわぎと、実は18年以前に起こった「わたし」の自殺さわぎがリンクする。母という存在とはどういうものか。母になりたい、それよりも母の子供でいたい。「母性」のなりたちを、それぞれの立場から描く。
 印象がまとまらないので、このレビューを書くのに時間がかかった。
 母になれない娘、娘につらくあたることしか出来ない母。それでも母を愛する娘、母のような母親になりたくない娘。だが、そんな母でも娘を愛しているはずだ。そんな娘でも母を愛している筈だ。
 そういったことかな。少し違う気もするが。
 

 

2013年2月5日火曜日

アルカトラズ幻想は日本の悲劇を避けようとするが

「アルカトラズ幻想」
島田荘司

単行本: 537ページ
出版社: 文藝春秋
言語 日本語
ISBN-10: 4163816607
ISBN-13: 978-4163816609
発売日: 2012/9/23


1939年、ワシントンDCの森の中で、娼婦の死体が発見された。被害者は両手をブナの木の枝から吊るされ、性器の周辺がえぐられたため股間から膣と子宮が垂れ下がっていた。時をおかず第2の殺人事件も発生。凄惨な猟奇殺人に世間も騒然とする中、ジョージタウン大学の大学院生が逮捕され、サンフランシスコ沖に浮かぶ孤島の刑務所、アルカトラズに収監される。やがて、犯人は刑務所を脱獄し、島の地下にある奇妙な場所で暮らし始める――。現代ミステリーの最前線を走る著者の渾身の一作がついにベールを脱ぐ!(AK)

 文藝春秋・編集部さんの紹介文が、あれよあれよの展開なので、どうなってるの、という感想になってしまいそう。
 だけど、その通りに物語が進む。

 ワシントンDC、グローバーアーチボルドの森で女性の変死体が発見される。木から両手を吊るされ、下半身をくりぬかれていたため、内臓がというより膣と子宮が垂れ下がっていた。すわ猟奇的な殺人かと思われたが、死因は心臓麻痺だと判明する。死んだ後に下半身をえぐられたらしい。
 その死因が判明したと時を同じくして再び、吊り下げられた変死体が見つかる。先の事件と同じように吊り下げられた女性の死体。頭蓋骨折が直接の死因のようだ。そのうえ骨盤が割られ、鉛筆が挟まれて、元の状態に戻らないように工作されていた。これは交通事故で死亡した後に死体への冒涜がおこなわれたのだ。

 ここで第2章になるのだが、これがなんと「重力論文」。
 恐竜は実在しない、というのが結論。よくイラストや映画などで、首を振り回しているシーンを見受けるが、化石の骨を見ていると、構造上こんな動きは不可能なのだという。ティラノザウルスは2足歩行で、前足など両手のように見えるのだが、こんな、象よりも重い体重を後ろ足だけで支えることが出来たのだろうか。ましてや、地球の重力のもとでこんな身軽に動くことができたはずがない。
 ほかの恐竜にしても、血液が脳に到達するまでには心臓から送り出す力がどれほど必要だろうか。翼竜にしても、こんな体重の重い物体が空を飛べた筈がない。
 そこから導かれるのは、地球の引力は古生代には今よりもっと少なかったということだ。自転が早い惑星などでは、地球より引力が少なく、体重も軽くなる。地球もかつては今より自転が速かったのだが、小惑星の衝突などによって、急に回転が遅くなり、今の24時間となり、引力も現在のものに落ち着いたというのだ。

 そして第3章以降は、死体を傷つけた罪に問われたジョージタウン大学院生のバーナードが主役となる。
 バーナードが書いた重力論文に目をつけた刑事たちはバーナードから自白を引き出すことに成功。バーナードは殺人を犯したのではなく、自分の重力論文の正しさを立証しただけだった。マスコミは猟奇殺人をメーンにして、恐怖をあおった。裁判の陪審員にも女性が多く、被告には不利な条件のまま、バーナードは有罪宣告を受け、サンフランシスコに送られる。
 アルカトラズ監獄。過去に幾度か脱獄を試みたことがある凶悪犯を収容してきた監獄だ。初犯のバーナードがなぜここに送られたのか、わからないまま、彼は徐々にこの監獄に慣れていく。
 受刑者たちには大学院生という知識人がめずらしく、仲間にしたがる。監獄での話題はナチスの新兵器だ。新型爆弾でアメリカは焼き尽くされてしまう、という恐怖感が監獄を支配している。
 また、奇妙な噂があった。監獄の地下には別世界が広がっているというのだ。そして、囚人たちの議論は地球空洞説にまでおよんでいた。自分の重力理論から、それに反論するバーナード。
 そこに脱獄の計画が持ち上がる。長身のバーナードがいれば、脱走ルートはクリアできる。
 ある雨の夜、脱獄が始まる。気に沿わぬまま、そのプランに同行したバーナードだが、警備の機関銃が彼の足元で炸裂する。3階の屋上から転落、バーナードは意識もうろうとしたまま警備員から逃げ惑う。
 そのとき、小さな女がバーナードを導く。地面の鉄板を引きはがして、女はバーナードを階段に誘う。それは、監獄の地下に広がる謎の空間だった。

 第4章は「パンプキン王国」。
 背の低い黄色い顔をした人々が、植物と紙で出来た家に住んでいる。床も植物の繊維を編んだ柔らかいもので出来ている。そこがパンプキン王国―なんだいこれは。
 傷ついたバーナードは夢の中にいるように、王国をさまよう。案内役は雨の夜に彼を救ってくれたポーラだ。だが、それは現実離れした世界だ。
 窓がない地底世界。ここではパンプキンが主食だという。ポーラはことさらにパンプキンと言う言葉を強調した。そして「V605」と書かれた紙。ラジオからも時折「V605、PUMPUKIN」なる言葉が聞こえて来る。
 ポーラの案内で地下世界から階段を上ると、そこにはもうアルカトラズ監獄はなく、高層建築物が立ち並んでいた。
 ポーラは回復して来たバーナードに、しきりに日にちを尋ねる。その日はいつなのだ、と訊くのだがバーナードには意味不明だ。あるときポーラは行方をくらまし、そのあとを辿っていくバーナードは謎のドアの前に導かれる。不思議な4枚の図がそれぞれに描かれたドアの前で、男の声が、その図の意味が理解出来ればポーラの居場所が判るという。
 ドアを開けたバーナードはポーラに再会、突然、理解する。そして8月11日という日を思い出す。だが、天候不順でその日は早められるだろう。そうなら、それは今日9日だ。
 世界はあっけなく滅びていく。まばゆい閃光と轟音によって人々が焼き殺されてしまうのだ。

 エピローグ。すべての謎が判明する。
 2001年9月。ジョン・ストレッチャーはポール・高木という老人を長崎に訪ねる。
 ポーラは高木の妹だった。バーナードとポーラは戦後を生き延び、10年ばかり前に亡くなっていた。
 戦時中、バーナードが担っていた役割がわかる。そして、ポーラが彼の危機を救ったことも。だが、すべては遅かったのだ。

 謎の猟奇殺人かと思われた事件から、重力理論、地底世界、果ては第二次大戦中の日本軍の秘策まで。
 V605の意味、パンプキンの意味。
 巨匠だから許される、一風変わった超本格ミステリー。

 

爺の読書録