2013年2月5日火曜日

アルカトラズ幻想は日本の悲劇を避けようとするが

「アルカトラズ幻想」
島田荘司

単行本: 537ページ
出版社: 文藝春秋
言語 日本語
ISBN-10: 4163816607
ISBN-13: 978-4163816609
発売日: 2012/9/23


1939年、ワシントンDCの森の中で、娼婦の死体が発見された。被害者は両手をブナの木の枝から吊るされ、性器の周辺がえぐられたため股間から膣と子宮が垂れ下がっていた。時をおかず第2の殺人事件も発生。凄惨な猟奇殺人に世間も騒然とする中、ジョージタウン大学の大学院生が逮捕され、サンフランシスコ沖に浮かぶ孤島の刑務所、アルカトラズに収監される。やがて、犯人は刑務所を脱獄し、島の地下にある奇妙な場所で暮らし始める――。現代ミステリーの最前線を走る著者の渾身の一作がついにベールを脱ぐ!(AK)

 文藝春秋・編集部さんの紹介文が、あれよあれよの展開なので、どうなってるの、という感想になってしまいそう。
 だけど、その通りに物語が進む。

 ワシントンDC、グローバーアーチボルドの森で女性の変死体が発見される。木から両手を吊るされ、下半身をくりぬかれていたため、内臓がというより膣と子宮が垂れ下がっていた。すわ猟奇的な殺人かと思われたが、死因は心臓麻痺だと判明する。死んだ後に下半身をえぐられたらしい。
 その死因が判明したと時を同じくして再び、吊り下げられた変死体が見つかる。先の事件と同じように吊り下げられた女性の死体。頭蓋骨折が直接の死因のようだ。そのうえ骨盤が割られ、鉛筆が挟まれて、元の状態に戻らないように工作されていた。これは交通事故で死亡した後に死体への冒涜がおこなわれたのだ。

 ここで第2章になるのだが、これがなんと「重力論文」。
 恐竜は実在しない、というのが結論。よくイラストや映画などで、首を振り回しているシーンを見受けるが、化石の骨を見ていると、構造上こんな動きは不可能なのだという。ティラノザウルスは2足歩行で、前足など両手のように見えるのだが、こんな、象よりも重い体重を後ろ足だけで支えることが出来たのだろうか。ましてや、地球の重力のもとでこんな身軽に動くことができたはずがない。
 ほかの恐竜にしても、血液が脳に到達するまでには心臓から送り出す力がどれほど必要だろうか。翼竜にしても、こんな体重の重い物体が空を飛べた筈がない。
 そこから導かれるのは、地球の引力は古生代には今よりもっと少なかったということだ。自転が早い惑星などでは、地球より引力が少なく、体重も軽くなる。地球もかつては今より自転が速かったのだが、小惑星の衝突などによって、急に回転が遅くなり、今の24時間となり、引力も現在のものに落ち着いたというのだ。

 そして第3章以降は、死体を傷つけた罪に問われたジョージタウン大学院生のバーナードが主役となる。
 バーナードが書いた重力論文に目をつけた刑事たちはバーナードから自白を引き出すことに成功。バーナードは殺人を犯したのではなく、自分の重力論文の正しさを立証しただけだった。マスコミは猟奇殺人をメーンにして、恐怖をあおった。裁判の陪審員にも女性が多く、被告には不利な条件のまま、バーナードは有罪宣告を受け、サンフランシスコに送られる。
 アルカトラズ監獄。過去に幾度か脱獄を試みたことがある凶悪犯を収容してきた監獄だ。初犯のバーナードがなぜここに送られたのか、わからないまま、彼は徐々にこの監獄に慣れていく。
 受刑者たちには大学院生という知識人がめずらしく、仲間にしたがる。監獄での話題はナチスの新兵器だ。新型爆弾でアメリカは焼き尽くされてしまう、という恐怖感が監獄を支配している。
 また、奇妙な噂があった。監獄の地下には別世界が広がっているというのだ。そして、囚人たちの議論は地球空洞説にまでおよんでいた。自分の重力理論から、それに反論するバーナード。
 そこに脱獄の計画が持ち上がる。長身のバーナードがいれば、脱走ルートはクリアできる。
 ある雨の夜、脱獄が始まる。気に沿わぬまま、そのプランに同行したバーナードだが、警備の機関銃が彼の足元で炸裂する。3階の屋上から転落、バーナードは意識もうろうとしたまま警備員から逃げ惑う。
 そのとき、小さな女がバーナードを導く。地面の鉄板を引きはがして、女はバーナードを階段に誘う。それは、監獄の地下に広がる謎の空間だった。

 第4章は「パンプキン王国」。
 背の低い黄色い顔をした人々が、植物と紙で出来た家に住んでいる。床も植物の繊維を編んだ柔らかいもので出来ている。そこがパンプキン王国―なんだいこれは。
 傷ついたバーナードは夢の中にいるように、王国をさまよう。案内役は雨の夜に彼を救ってくれたポーラだ。だが、それは現実離れした世界だ。
 窓がない地底世界。ここではパンプキンが主食だという。ポーラはことさらにパンプキンと言う言葉を強調した。そして「V605」と書かれた紙。ラジオからも時折「V605、PUMPUKIN」なる言葉が聞こえて来る。
 ポーラの案内で地下世界から階段を上ると、そこにはもうアルカトラズ監獄はなく、高層建築物が立ち並んでいた。
 ポーラは回復して来たバーナードに、しきりに日にちを尋ねる。その日はいつなのだ、と訊くのだがバーナードには意味不明だ。あるときポーラは行方をくらまし、そのあとを辿っていくバーナードは謎のドアの前に導かれる。不思議な4枚の図がそれぞれに描かれたドアの前で、男の声が、その図の意味が理解出来ればポーラの居場所が判るという。
 ドアを開けたバーナードはポーラに再会、突然、理解する。そして8月11日という日を思い出す。だが、天候不順でその日は早められるだろう。そうなら、それは今日9日だ。
 世界はあっけなく滅びていく。まばゆい閃光と轟音によって人々が焼き殺されてしまうのだ。

 エピローグ。すべての謎が判明する。
 2001年9月。ジョン・ストレッチャーはポール・高木という老人を長崎に訪ねる。
 ポーラは高木の妹だった。バーナードとポーラは戦後を生き延び、10年ばかり前に亡くなっていた。
 戦時中、バーナードが担っていた役割がわかる。そして、ポーラが彼の危機を救ったことも。だが、すべては遅かったのだ。

 謎の猟奇殺人かと思われた事件から、重力理論、地底世界、果ては第二次大戦中の日本軍の秘策まで。
 V605の意味、パンプキンの意味。
 巨匠だから許される、一風変わった超本格ミステリー。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿

爺の読書録