2013年4月23日火曜日

長生きしたけりゃ肉は食べるな、と言われてもねえ


「長生きしたけりゃ肉は食べるな」
若杉 友子

単行本: 246ページ
出版社: 幻冬舎
ISBN-10: 4344023285
ISBN-13: 978-4344023284
発売日: 2013/1/24

76歳で白髪なし!
老眼なし!
病院に行ったこともない!
食事を変えるだけで身体に奇跡が訪れる。
私の話を聞いて、食事法を実践してくれた人たちは、
「病氣が治った」「黒髪がどんどん生えてきた」「視力が上がった」等々、
身体のミラクルに驚いています。
実は私の夫も、病院から余命2カ月と宣告されたのに
私の食事法を実践したら、ガンが消えました。
「たかが食べ物、されど食べ物」なのです。

◎いくら薬を飲んでも、よくならないわけ
◎日本人に肉は合わない
◎現在手に入る卵に栄養はない
◎牛乳は身体に悪い
◎牛乳を飲むとアレルギーがでやすいわけ
◎甘い物を食べるとうつになる
◎電子レンジは身体を毒する
◎白米より玄米のほうが身体にいいわけ
◎パン食をやめてごはん食にしたら10キロやせた
◎お米を食べて体質改善、視力もアップ!
◎スーパーで売っている精製塩は「塩」ではない
◎低体温の人は減塩するな
◎安くて青々としたキャベツには農薬がたっぷり
◎安全なはずの有機野菜も安全じゃない
◎あま~い人工甘味料には要注意!
◎「酢は身体にいい」はウソ
◎日に3度の食事は食べすぎ!
◎白髪が黒髪に大変身!
◎食べ物を変えたら、赤ちゃんができた
◎人工の菌を使って大量生産した納豆が身体にいいはずはない
◎みそは味礎だから飲む点滴。老化防止にもなる
◎ナス科の野菜を食べると腰痛になる
◎野菜サラダより、ゆでた根菜類がいい
◎干物を食べると白髪になり、ガンにもなりやすい
◎パン食は万病のもと
◎キノコ類、モヤシ、カイワレダイコンは食べるな
◎お酒を飲むなら日本酒がいい
◎働き盛りほど一汁一菜を!
◎食べ物を変えれば、口臭や加齢臭も消える!

 というようなことが書かれている。
 食養という、昔からの養生法らしい。
 長生きしたけりゃ、というほど、長生きしようとは思わないが、健康でありたいという思いは人類の永遠の願望。
 病氣にならずに元氣でいよう、などと、米を大事にする人らしく、漢字まで米が入っている。

 ただ、食べ方を変えれば赤ちゃんができた、とか、癌がどこかへ行ったとかいう話しが出てくると、どうかな、などと思ってしまう。
 そんな苦しい思いを持つ人たちも多いだろうに、そこまで言い切ってしまうと、もはや宗教に近いものになってしまう。

 そして、一汁一菜を勧めれるわけだが、かといって、あれは食べてはだめ、これは温めて食べなさい、自然食品でないといけない、などとまくしたてれると、何を食べてよいのやら、困ってしまう。ましてや、本物の野菜や、自然塩を使え、といわれると、どこから手を付けてよいのやら。
 では肉を食べるのは少なめにして、ハムやベーコンも駄目なんだろうな。魚は干物じゃいけないといわれたら、高くついてしょうがない。それにほうれん草はしゅう酸があるから駄目だそうな。便利なんだけどね。
 とりあえず、レンコンとごぼうを買って帰ろう。
 

2013年4月17日水曜日

望郷、そして光ある未来へ


「望郷」
湊 かなえ/著

単行本: 260ページ
出版社: 文藝春秋
言語 日本語
ISBN-10: 4163819002
ISBN-13: 978-4163819006
発売日: 2013/1/30

美しき海にかけられた白い吊り橋は、愛する故郷に、何をもたらし、何を奪っていったのか――。瀬戸内の島に生まれ育った人々の、愛憎半ばする複雑な心模様を描いた連作短篇集です。作中の1編「海の星」は、日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。選考委員の北村薫さんも選評で「群を抜いていた。鮮やかな逆転、周到な伏線、ほとんど名人の技である」と絶賛しています。鮮やかなストーリーテリングと細やかな心情描写、デビューから5年を迎えた著者の最高到達点がここにあります。特撮をしたカバー写真にも御注目ください。(SY)

白綱島(しらつなじま)。瀬戸内海のシチリア島。燧灘なんて名も出てくるから、そのあたり。
ひとつの島でひとつの市になっていた。白綱島市。
過疎化で人口が減り、本土の市に吸収合併されることになった。
そこが故郷だった人々の、望郷の想いが語られる。

「みかんの花」
 白綱島市の閉幕式。
 壇上で挨拶をしているのは、美香子の姉の桂木笙子。それはペンネームで、姉は作家として有名人になっていたのだ。
 姉は25年前に島を出奔している。健一というヒッチハイカーと駆け落ちしたのだ。
 それ以来、なんの音沙汰もなく、今度のセレモニーにもあわただしく参列して、直ちに帰ってしまうことになっていた。
 だが、姉に25年前の出来事を正すと、思いがけない事実が・・・

「海の星」
 浜崎洋平。最近、息子がさびき釣りで魚釣りを体験してきたという。サービス業の洋平は休みが合わず息子と遊ぶことがない。
 魚釣りの話で、母とふたりきりの、貧しかった子供のころの島での生活を思い出す。
 父が失踪したのは6年生の秋だった。そのころから、海岸で魚を釣っては夜ご飯のおかずの足しにする生活だった。
 そんな洋平に見知らぬおっさんが親しげに声をかけてきた。釣った魚を分けてくれたりもする。
 だが、母一人子一人の家庭に入ってくることだけはかろうじて防いできた。だが、最後の日にユリの花束を抱えてやってきたおっさんは、母に「親父さんは死んでいる」と告げる。母はそれを拒否し、おっさんを追い出してしまう。
 その後をつけた洋平はおっさんに「海の星」を見せてもらうことになった。
 そして今、かつての同級生だった真野美咲から連絡がきた。父のことで話があるというのだ。
 美咲がおっさんの娘であることはわかっていた。おっさんが母子家庭のふたりをボランティアで見守っていると言っていたことも。
 そして洋平は一度故郷へ、息子を連れて行ってみようと決心する。海の星を見せるために。
 表紙の写真がその「海の星」。これはCGだが、雰囲気は分かる。
 
「夢の国」
 夢都子にとって東京ドリームランドはあこがれの的だった。
 田舎の町からは遠いところにあった。
 その原因のひとつは祖母。田舎の旧家を支配している祖母。その祖母に従うしかない母。
 夢都子はそれに逆らおうとするが、結局今まで、夢の国を訪れることはできなかったのだ。
 商店街のくじでチケットが当選しても、母はそれを返してしまう。
 高校の修学旅行はスキーに変更されてしまう。そのとき、同級生の平川も同じように悔しがっていた。
 大学も家から通える大学を勝手に決められ、島から出る手段は絶たれてしまう。
 教師になることを決めた夢都子は平川と再会、なんとも思っていなかった彼とつきあい始める。
 そしてある夜、クルマで送ってもらい、いったん帰り着いたものの、玄関を開けることもなくふたたびクルマに乗り込み、そのまま平川と一夜を共にする。
 翌朝、前の晩に祖母が亡くなったことを聞く。その夜は母も会合で出掛けていて、家には祖母ひとりだったのだ。
 平川と結婚した夢都子は、平川の姑にいびられながらも、こどもたちを育て上げる。
 そして、ようやくこの日、夢の国を訪れたのだった。
 夢都子はアトラクションの列に並びながら、あの夜のことを思い出していた・・・

「雲の糸」
 大崎ヒロタカ。
 本名は磯貝宏高。新進ミュージシャンとして故郷の白綱島に帰ってきた。
 錦を飾るどころではない。そこはかつて自分と姉をいじめた人々が住む島だ。
 宏高がおさないころ、母は父を殺して服役していた。出所後、パートで働きながら島の清掃をしたりして宏高と姉を育ててくれていたが、島の人々は冷たい視線で見るばかりだった。
 的場もその一人だったが、こんどは県議候補として立候補するつもりだ。ヒロタカは格好の宣伝材料になるのだ。ほかの島の有力者たちも、ヒロタカをただのお飾りとしか思っていない。
 さんざんな目にあったパーティーのあと、宏高は姉から真実を明かされる・・・

「石の十字架」
 千晶の家に台風が襲いかかる。おだやかな筈の瀬戸内海の島だったのに。
 おまけに床上浸水。娘の志穂は怯えてしまいふるえるばかり。
 千晶は志穂を流し台の上にあげ、石鹸で十字架を彫り、お守りとして志穂に握らせる。
 そして子供のころの話を始めた。
 父親が鬱病で自殺した。その後祖母に引き取られ、この島に移り住んだ。だが父がいないことでいじめられ、母がいないことでいじめられ、だれも友達になってくれなかった。
 いやただひとり、めぐみだけは親身になってくれた。
 めぐみとふたり、白綱山に登りにいき、そこで隠れキリシタンの十字架を見つけ、ふたりでその十字架に祈りを捧げた。
 だが、めぐみも皆からいじめられていたのだった。あるとき、めぐみが自分の消しゴムに十字架を彫り付けているのを発見する。
 千晶は2年ばかりでこの島を出て、やがて結婚、志穂が生まれたが、志穂のいじめ問題からこの島に引っ越してきたのだった。
 台風が通り過ぎ、ようやく消防隊が救助に来てくれた。心配して救助を要請する電話をしてくれた人がいたのだという。それは・・・

「光の航路」
 教師の航(わたる)は悩んでいた。
 クラスのいじめ問題を解決しようとして、いじめっこの家を訪問したのだが、その母親から相手にされず、消沈しているところに、自宅の火事が起こり、消防署に助けられて入院してしまった。
 そこに教師だった父の元教え子で、今は中学の教師をしている
畑野忠彦
が現れる。

 
父も当時はクラスのいじめ問題に悩んでいた。畑野はその当時、いじめられっこで、死にたいとまで思い詰めていた。
畑野から父の思い出を聞き、
航は、島の造船所で最後に造られた船の進水式を見に行ったことを思い出す。

 母とふたりで行ったのだが、用事で来られないと言っていた父が、見知らぬ男の子を連れて来ていたことを告げると、畑野は、それは自分だと言い出す。
 進水式のあと、海にうかぶさまざまな船を見ながら、父は畑野に言ったという。
 「どの船も皆、進水式では大勢のひとから祝福されて海に出た。人間も一緒だ。待ちわびて生まれた赤ん坊に、願いを込めて名前をつけ、皆で喜び合い、希望を託して広い世界に送り出す。
 船は己の役割を果たしながら海を進む。人間もそれぞれの人生を歩む。
 ぼくの役割は、船を先導し、守ることだ。海が荒れれば、同じ航路を進む船同士を連結させるのも僕の仕事だ。どんな船だって他の船を沈めることは許されない。
 畑野忠彦という名の船は出港してから、まだどれほども進んでいないところにある。こんなところで、沈んじゃ、いけない。沈ませちゃ、いけないんだ」
 そして父がおこなったさまざまな方策を聞き、航は決意をあらたにする。
 どの船も祝福されて送り出されたのだ。そのことをいじめられている三浦麻衣に、いじめている深田碧にも、伝えることにしよう。
 瀬戸の海がそこにある限り、その先に光差す未来があることを伝えていこう。

 という6篇。
 母子家庭。犯罪者のこども。いじめっ子、いじめられっ子。そこから立ち直る子。姑にいびられる母、その母から逃げたいと思う娘。
 それぞれの望郷の想いがもたらすのは、失望なのか、救済なのか。


 いままで悪意ばかり書いていると言われていた湊さんだが、今回、この表紙のようにきらめく、人の心の底の光を描いてくれたと思う。そういう意味では新たな傑作。

 

2013年4月13日土曜日

痛みがもたらす新たな警察小説

「痛み」
貫井 徳郎:福田 和代:誉田 哲也 (著)


単行本(ソフトカバー): 216ページ
出版社: 双葉社
ISBN-10: 457523771X
ISBN-13: 978-4575237719
発売日: 2012/5/16


現在最も注目を集める気鋭の作家による警察小説アンソロジー。犯罪と量刑のありかたを問う「見ざる、書かざる、言わざる ハーシュソサエティ」(貫井徳郎)、警視庁保安課刑事と通訳捜査官の活躍を描く「シザーズ」(福田和代)、留置場で何が起きたのか「三十九番」(誉田哲也)の圧倒的に面白い短・中編を凝縮してお届け!
内容(「BOOK」データベースより)
『見ざる、書かざる、言わざる ハーシュソサエティ』―目と手と舌を奪われたデザイナー。裁判員制度と厳罰化。社会情勢が生み出した“狡猾な犯罪”の正体とは? 
『シザーズ』―刑事と通訳捜査官、俺が捕まえあいつが落とす。中国人の犯罪組織に、まるでハサミの刃のように、二人揃って鋭く切り込む!
『三十九番』―このまま、時は平穏に過ぎていくはずだった。「三十九番」の名を再び聞くまでは。留置係員は何を見たのか。衝撃のラスト。警察小説の新たな大地を切り開く3編。

『見ざる、書かざる、言わざる  ハーシュソサエティ』貫井 徳郎
 これは「痛い」ぞ。被害者は野明慎也、服飾デザイナー。目をつぶされ、両手の指すべてを切り取られ、なおかつ舌を切り取られているところを発見される。
 妻の千佳はそれでも、夫から情報をひきだす。見えないまま、画板に文字を書かせるのだ。
 刑事の吉川。まだ若手だ。幼い姪が変質者に殺されたという怒りを胸に秘め、捜査に当たる。変質者は罪に問われなかった。
 日本にはいまだに死刑制度が残っており、世界から野蛮な国だと思われているようだが、人ひとりを殺しただけでは死刑にならない。ましてや、今回の犯人も殺人罪に問われることはないだろう。
 近藤は50代の本庁の刑事。被害者がしゃべれないのはともかく、見えない、描けないでは、デザイナーの仕事は出来るわけがない。殺されたほうがましだ、とまでつぶやく。
 刑事たちが目をつけたのは田辺という野明の部下。そこまでして野明を痛めつける理由とは。

『シザーズ』福田 和代
 上月千里。警視庁の保安課刑事。警察の寮に妻と住んでいる。
 城正臣。警視庁通訳センターに所属する通訳捜査官。ホノカという4歳の娘、凛子と二人暮らし。上月の隣の部屋だ。
 事件は単純な管理売春の捜査だった。そこから、芋づる式に偽ブランド品の倉庫らしきものが判明する。
 城は、S(捜査協力者)として、町のチンピラや在留外国人を手足のように使っている。
 そこに劉好(ハオ)の存在が浮かび上がる。
 ハサミの2本の刃のように、上月と城が組んだときの切れ味が素晴らしい、と妻が評する。
 相棒ものとして、今後も続きそうな予感?

『三十九番』誉田 哲也
 小西逸男。留置担当官として過ごしてきたが、もはや定年も間近だ。
 留置所では拘置者は名前でなく番号で呼ばれる。
 さまざまな理由で留置されてくる人々。たまに長く、最長で23日間にわたって拘留される被疑者もいる。そんなひとりが加賀見だった。
 その加賀見の留置番号が三十九番だったのだ。
 生活安全課の川部が、その加賀見を出所後さがしていたのだが、最近見かけないと訴えて来る。
 小西には身に覚えがあった。小西は、非番の日を使って横浜に出向くが・・・

 短編を3篇あつめたアンソロジー。
 はやりのバディー(相棒)ものとも、少しちがう警察小説。
 痛みとタイトルしたのは、被害者の痛み、それぞれの主人公が身内にもつ痛み、さまざまな痛みだ。
 気になる作家3人がひらく、新たな警察小説。 

2013年4月9日火曜日

ジョン・マンがジョン・マンになる日


「ジョン・マン 望郷編」
山本 一力

単行本: 354ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062181193
ISBN-13: 978-4062181198
発売日: 2012/12/21

いまはまだ帰れない。負けたらいかんぜよ!
山本一力が初めて挑む歴史大河小説 白熱の第3
郷土の先達、中浜万次郎ことジョン・マンの奇跡の生涯

Wow! ついに辿り着いたアメリカ本土、ニューベッドフォード港に、ジョン・マンの雄叫びが響き渡る。ハワイ、グアム、南氷洋、ブラジル。そして故郷の土佐・室戸沖では、津呂組の鯨獲りに遭遇。日本独自の鯨漁に乗組員たちが感嘆の声を上げる中、一人、万次郎は海を見つめ、唇を噛みしめる。
仲間が待っている。いまはまだ帰れない――
二年にわたる長き航海と、少年の成長。16歳になったジョン・マン、新天地での暮らしが始まる。

 波濤編、大洋編と続いてきた山本一力版・中浜万次郎伝、第3巻。
 ついにアメリカ本土に到着したジョン・マン。
 ニューベッドフォードの港で、船乗りたちが評判にするロイズの店。朝食に食べた目玉焼きのポテトに添えられたケチャップが思い出させたのは、ハワイでの出来事だった。
 
 ハナロロと呼ばれたホノルルでは、まだカメハメハ王国。
 入国に審査がある。万次郎はさきにジョン・ハウランド号で見せたシイラ獲りの技を披露して無事に入国許可を得る。
 そして仲間たちは漁師としてハワイにとどまることに。万次郎ひとり、仲間たち全員の琉球への渡航費用を稼ぐためにハウランド号に乗り込む。

 グアムはギューアン島と呼ばれている。
 船員たちの楽しみは上陸しての休暇。だが、上陸した水夫のうち、ハワイで雇った3人が逃亡するという事態が発生。船員たちに重苦しいムードが広がる。
 しかし、万次郎はグアムの風のなかに故郷の中ノ浜と同じ匂いを嗅いだ。

 そして捕鯨のためにハウランド号は室戸岬の沖合いにまで遠征する。
 そこでは、たまたま地元・土佐の津呂組の鯨獲りに遭遇。猟師たちの、尊厳に満ちた捕鯨の技にアメリカ人たちは感嘆する。万次郎も、いまなら故郷の漁師たちに助けてもらえると思うのだが、ハワイに残された仲間をおいて自分だけが助かる訳にはいかないと、あきらめる。
 
 だが、天候の不順でハウランド号はハワイを目前にして進路を変更、ふたたびグアムに向かう。グアムの地図店で世界地図と方位磁石を買い求めた万次郎は世界への思いを馳せるのだった。
 
 そして南氷洋。ハウランド号は南米大陸の最南端を迂回するコースを採る。
 そこでも捕鯨をして鯨油をたっぷり積み込み、故郷を目指すつもりだった。
 だが、万次郎と仲がよかった水夫のレイが氷の海に転落する事故が起こる。ハウランド号は急停止したが転落場所からはかなりの距離を進んでしまっている。万次郎はそのときの星座の位置を覚えており、凍り付いたレイを救出することに成功した。
 船長のホイットフィールドは万次郎の素質を見抜いた。

 今回、ハウランド号の故郷ニューベッドフォード入港から始まった物語は、鳥島から救出されて到着したハワイへの上陸、捕鯨をしながら、グアム、日本近海、南氷洋、ケープ・ホーンへの航海を、万次郎の回想として綴られて行く。
 そして合間には土佐の徳右衛門の動きが語られ、母の想い、故郷の漁師たちの今が明らかになる。

 万次郎は仲間の船乗りたちからも認められ、ジョン・マンの愛称を得ることになる。
 ジョン・マン誕生である。
 

2013年4月7日日曜日

蜩ノ記が残したものは、未来への希望だったのか

「蜩ノ記」
葉室

ハードカバー: 327ページ
出版社: 祥伝社
言語 日本語, 日本語, 日本語
ISBN-10: 4396633734
ISBN-13: 978-4396633738
発売日: 2011/10/26

146回 直木賞受賞作
鳴く声は、いのちの燃える音に似て──
幽閉先での家譜編纂(へんさん)と十年後の切腹を命じられた男。
何を思い、その日に向かって生きるのか?
心ふるわす傑作時代小説!
命を区切られたとき、人は何を思い、いかに生きるのか?
豊後(ぶんご)・羽根(うね)藩の奥祐筆(おくゆうひつ)・檀野庄三郎(だんのしょうざぶろう)は、城内で刃傷(にんじょう)沙汰に及んだ末、からくも切腹を免れ、家老により向山村(むかいやまむら)に幽閉中の元郡(こおり)奉行・戸田秋谷(とだしゅうこく)の元へ遣わされる。秋谷は7年前、前藩主の側室と不義密通を犯した廉(かど)で、家譜編纂(へんさん)と10年後の切腹を命じられていた。庄三郎には編纂補助と監視、7年前の事件の真相探求の命(めい)が課される。だが、向山村に入った庄三郎は秋谷の清廉(せいれん)さに触れ、その無実を信じるようになり……。命を区切られた男の気高く凄絶な覚悟を穏やかな山間(やまあい)の風景の中に謳(うた)い上げる、感涙の時代小説!

 豊後羽根藩という架空の国。
 山桜が花びらを舞い散らせるころ、新緑の中、庄三郎は向山村を訪れた。戸田秋谷の手助けという名目で、彼の監視役をおおせつかったのだ。
 秋谷は七年前、藩主の側室と密通したとして山奥の村に幽閉され、十年の猶予の後、切腹を命じられている。その時までに藩の歴史<三浦家譜>を仕上げることが使命でもあった。
 その家譜編纂にあたる備忘録を残していた。それが「蜩ノ記」と名付けられた日記だった。

 庄三郎自身も城中での不始末から、切腹は免れたものの、秋谷が家譜を編纂する過程で彼が手にする藩の秘密の監視、ひいては他国へ逃さぬための見張り、いざ秋谷が村から逃げ出そうとしたときには妻子ともども切り捨てよと命じられていた。

 秋谷は妻の織江、薫という娘、元服前の郁太郎という息子と三人暮らしだった。
 郁太郎の友人は源吉という百姓の子供だ。かれにはお春という妹がいた。

 庄三郎は、かれらとともに過ごしながら、秋谷が自分の運命に何の不服も持っていないのが不思議に思えてくる。

 その秋、不作になった村では御用商人の播磨屋に対する不満がつのり、強訴すべしという談合がもたれている。秋谷はそれを身を呈してとどめる。村人の命を粗末にしないことをのみ願う秋谷の姿勢に庄三郎は感銘を受ける。

 ある文書から、秋谷の密通相手である松吟尼が3年前に許されていたことが判る。
 庄三郎は城下の港町にある寺に松吟尼を訪ねる。
 そこで、秋谷に対する赦免の内意も領主から伝えられたということを聞く。そうでありながら、秋谷は甘んじて切腹しようとしているのか。

 松吟尼は、お由という名で、もとは秋谷の実家である柳内家で下働きをしていた。そのころの秋谷は順右衛門という名で藩の勘定方として頭角を現そうとしていた。
 お由は先代藩主にみそめられ、側室として召し上げられ、江戸屋敷に住んでいた。だが、あるとき何者かに毒殺されそうになった。そのとき秋谷が救ってくれて、いっしょに逃げたことが密通さわぎとなっていたのだ。

 庄三郎は秋谷の潔白を信じると同時にますます秋谷を救いたいと思うようになる。
 村の夏祭りは暗闇祭りといって、篝火が消された境内を、本殿から下社にむけて神輿が横断する。星明かりと太鼓だけの祭りだった。
 その夜、播磨屋の番頭が殺される。農民たちが狩りに使う鎖分銅が首に巻き付けらrていた。

 翌年の正月、村の寺にきた松吟尼は、庄三郎に一通の文書を手渡す。それは先代の正室お美代の方の出自を明らかにした由緒書きだった。
 秋谷に敵対している赤座一族の長が死の間際に松吟尼に託したものだという。
 だが、その由緒書きそのものにはなにも目新しいものはなく、それほど大事なものとは思われない。

 その秋、豊作に村はわいた。だが、秋口の天候不順の兆しがうかがえ始め、村人たちは早めの刈り入れを役人に訴え出る。しかし、頭の固い役人はそれを許そうとしない。
 秋谷は過去の例をひもとき、早めの刈り入れが叶わず、せっかくの豊作を無にしたために役人が責任をとって切腹したことがあった歴史を披瀝する。役人はその説得に応じ取り入れを許可した。
 案の定、村は水害に襲われ、家や畑は水没するが、年貢米は庄屋の蔵に避難できて無事に済んだ。
 だが、水害のあとを見回っていた役人は鎖分銅を首に巻き付けられ、木に吊るされているのを発見された。
 
 そして、秋谷が煽動して一揆を企てている情報をつかんだとして、家老の部下が秋谷を訪ねてくる。秋谷の家の行く末を配慮するから、由緒書きを差し出せと言い出す。
 秋谷はつっぱねるが、一揆の扇動者をめぐって村人たちから被害者が出る。
 それは、播磨屋の手先となっていたことを暴かれ村八分になっていた万治の息子の源吉だった。拷問を受けて死んでしまった友人の恨みをはらすために、秋谷の息子・郁太郎と庄三郎は家老屋敷に向かう。
 秋谷はそれを止めない。
 ふたりは家老に訴えるが、家老は歯牙にもかけない。それより、いい加減にしないと源吉の母や妹まで類が及ぶぞ、などと卑怯な脅迫をする。ふたりは座敷牢にとらわれの身となってしまう。

 秋谷は知らせに来てくれた庄三郎の友人の馬で家老屋敷に駆け込む。だが、幽閉中の身でありながら、城下に足を運ぶのは許されないことなのだ。
 それを許すかわりに由緒書きを差し出せと家老は命ずる。
 家老は秋谷とは同年代で、藩校にも友に通った同志だった。
 そのころから家老の父は秋谷に一目置いていたのだと、家老は告白する。その引け目が秋谷に対する仕打ちになっていたのだ。

 と、ついつい長々とネタばらしをやってしまった。
 昨年春の直木賞。これは葉室さんのベストではない、という評価もきくが、いやいや涙ながらに読み終えるカタルシスはなかなかのもの。
 蜩の声とともに散った命が救ったのは、侍としての家老のあるべき姿、一揆を免れた農民たちと、そして残された家族やすべての者たちの未来そのものだったのだ。
 

2013年4月2日火曜日

コブラは麻薬組織壊滅に向けてのマニュアルだ

 「コブラ」
:フレデリック・フォーサイス
:黒原 敏行

単行本: 245ページ
出版社: 角川書店(角川グループパブリッシング
言語 日本語
ISBN-10: 4041102022
ISBN-13: 978-4041102022
発売日: 2012/12/1

コロンビアからもたらされるコカインの脅威に、米大統領は麻薬カルテル「エルマンダード」の壊滅を命じた。「コブラ」の異名を持つ有能かつ冷徹な元CIA工作員ポール・デヴローが立案した9か月計画とは?
麻薬はもはやテロと同じ国家的脅威と認めた米大統領の秘密指令で、かつての敵、アヴェンジャーことキャル・デクスターも仲間に加えたプロジェクト・コブラ。着実にカルテルを追いつめてゆく。作戦の行方は?
内容(「BOOK」データベースより)
少年のコカイン中毒死をきっかけに、米大統領は南米コロンビアから流入するコカイン産業の撲滅を決意した。白羽の矢が立ったのは、「コブラ」の異名を持つ元CIA局員、ポール・デヴロー。冷戦を戦い抜き、その後の対テロ戦争にも従事した男。大統領から白紙委任状を取りつけたコブラはまず、「復讐者」ことキャル・デクスターを仲間に加えた。ドン・ディエゴ・エステバン率いるコロンビアのコカイン・カルテル兄弟団を目標とする、「プロジェクト・コブラ」の作戦が幕を開けた! 国際謀略小説の巨匠が放つ、ノンストップ・テクノスリラー。

 「アベンジャー」「アフガンの男」と数年おきに読み継いでいるフォーサイス。
 今回は「アベンジャー」ことキャル・デクスターを配して、南米の麻薬カルテルを壊滅させようという作戦。
 前作、前々作はアフガンやアルカーイダ殲滅にかけるワンマンプレーの軍事行動だったが、今作で描かれるのはチームとしてのど派手な作戦。

 オバマ大統領をモデルにしたと思われる米大統領は、孫をコカインの過剰摂取で亡くした祖母の嘆きを耳にして、部下に、コカインについての報告を求める。
 その結果、大統領は、コカインにまつわる犯罪は国家の脅威として、すべてに優先してこれを撲滅せよと命令を下す。

 元CIA局員のコブラことデブローがこの任にあたる。アメリカ政府から20億ドルの資金提供を受けて実践に乗り出す。
 彼が選んだメンバーの第一はアベンジャーことデクスターだった。
 
 デクスターはまず、密輸ルートを絶つために必要な装備を準備する。
 穀物輸送船を改造した、兵員輸送船、これは麻薬運搬人たちを捕らえたときの護送船にもなる。
 輸送船には武装ヘリも着艦でき、格納できる装備を備える。
 そして無人偵察機による海上監視、およびデータ通信を不能にする設備まで。

 下準備は完璧だ。
 作戦が始まる。
 麻薬運搬船を改造した船舶技師を問い詰め、船名を突き止める。
 船の現在位置は無人偵察機がつかんでくる。
 そして急襲。水平線にかくれた船から武装ヘリが襲い掛かる。

 あるいは空輸されるコカインは空中で撃破。
 その役目は、弟をコカイン過剰摂取で亡くした空軍兵士がになう。

 麻薬運搬ルートの流れをたつために、ひとりの女子大生が狙われる。彼女の父は麻薬カルテルの重鎮だった。
 彼女のバッグにコカインを忍ばせ、それが入国時に発見される。彼女の無実を証明するために父親は販売ルートの有力者名を白状する。

 次は販売ルートの仲間割れを狙う。
 輸出されたコカインが途中で奪われる事件が多発。はじめは偶然だった。だが、供給ルートの到達率が50%を切る事態になる。
 なおのこと、奪われたコカインのコードをつけたコカインが別の場所で見つかるにおよんで、仲間同士の猜疑心が火を吹く。
 
 こうして、麻薬カルテルの裏切り、仲間割れから組織は空中分解していく。これが現実におこなわれたのなら、コカインルートは壊滅するだろう、とフォーサイスは自信をもって宣言している。
 だが、巻末、絶海の孤島に秘匿されたコカインをめぐって最後の裏切りが明かされる。皮肉な結末が人間の業をあぶりだす。
 

爺の読書録