2013年4月17日水曜日

望郷、そして光ある未来へ


「望郷」
湊 かなえ/著

単行本: 260ページ
出版社: 文藝春秋
言語 日本語
ISBN-10: 4163819002
ISBN-13: 978-4163819006
発売日: 2013/1/30

美しき海にかけられた白い吊り橋は、愛する故郷に、何をもたらし、何を奪っていったのか――。瀬戸内の島に生まれ育った人々の、愛憎半ばする複雑な心模様を描いた連作短篇集です。作中の1編「海の星」は、日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。選考委員の北村薫さんも選評で「群を抜いていた。鮮やかな逆転、周到な伏線、ほとんど名人の技である」と絶賛しています。鮮やかなストーリーテリングと細やかな心情描写、デビューから5年を迎えた著者の最高到達点がここにあります。特撮をしたカバー写真にも御注目ください。(SY)

白綱島(しらつなじま)。瀬戸内海のシチリア島。燧灘なんて名も出てくるから、そのあたり。
ひとつの島でひとつの市になっていた。白綱島市。
過疎化で人口が減り、本土の市に吸収合併されることになった。
そこが故郷だった人々の、望郷の想いが語られる。

「みかんの花」
 白綱島市の閉幕式。
 壇上で挨拶をしているのは、美香子の姉の桂木笙子。それはペンネームで、姉は作家として有名人になっていたのだ。
 姉は25年前に島を出奔している。健一というヒッチハイカーと駆け落ちしたのだ。
 それ以来、なんの音沙汰もなく、今度のセレモニーにもあわただしく参列して、直ちに帰ってしまうことになっていた。
 だが、姉に25年前の出来事を正すと、思いがけない事実が・・・

「海の星」
 浜崎洋平。最近、息子がさびき釣りで魚釣りを体験してきたという。サービス業の洋平は休みが合わず息子と遊ぶことがない。
 魚釣りの話で、母とふたりきりの、貧しかった子供のころの島での生活を思い出す。
 父が失踪したのは6年生の秋だった。そのころから、海岸で魚を釣っては夜ご飯のおかずの足しにする生活だった。
 そんな洋平に見知らぬおっさんが親しげに声をかけてきた。釣った魚を分けてくれたりもする。
 だが、母一人子一人の家庭に入ってくることだけはかろうじて防いできた。だが、最後の日にユリの花束を抱えてやってきたおっさんは、母に「親父さんは死んでいる」と告げる。母はそれを拒否し、おっさんを追い出してしまう。
 その後をつけた洋平はおっさんに「海の星」を見せてもらうことになった。
 そして今、かつての同級生だった真野美咲から連絡がきた。父のことで話があるというのだ。
 美咲がおっさんの娘であることはわかっていた。おっさんが母子家庭のふたりをボランティアで見守っていると言っていたことも。
 そして洋平は一度故郷へ、息子を連れて行ってみようと決心する。海の星を見せるために。
 表紙の写真がその「海の星」。これはCGだが、雰囲気は分かる。
 
「夢の国」
 夢都子にとって東京ドリームランドはあこがれの的だった。
 田舎の町からは遠いところにあった。
 その原因のひとつは祖母。田舎の旧家を支配している祖母。その祖母に従うしかない母。
 夢都子はそれに逆らおうとするが、結局今まで、夢の国を訪れることはできなかったのだ。
 商店街のくじでチケットが当選しても、母はそれを返してしまう。
 高校の修学旅行はスキーに変更されてしまう。そのとき、同級生の平川も同じように悔しがっていた。
 大学も家から通える大学を勝手に決められ、島から出る手段は絶たれてしまう。
 教師になることを決めた夢都子は平川と再会、なんとも思っていなかった彼とつきあい始める。
 そしてある夜、クルマで送ってもらい、いったん帰り着いたものの、玄関を開けることもなくふたたびクルマに乗り込み、そのまま平川と一夜を共にする。
 翌朝、前の晩に祖母が亡くなったことを聞く。その夜は母も会合で出掛けていて、家には祖母ひとりだったのだ。
 平川と結婚した夢都子は、平川の姑にいびられながらも、こどもたちを育て上げる。
 そして、ようやくこの日、夢の国を訪れたのだった。
 夢都子はアトラクションの列に並びながら、あの夜のことを思い出していた・・・

「雲の糸」
 大崎ヒロタカ。
 本名は磯貝宏高。新進ミュージシャンとして故郷の白綱島に帰ってきた。
 錦を飾るどころではない。そこはかつて自分と姉をいじめた人々が住む島だ。
 宏高がおさないころ、母は父を殺して服役していた。出所後、パートで働きながら島の清掃をしたりして宏高と姉を育ててくれていたが、島の人々は冷たい視線で見るばかりだった。
 的場もその一人だったが、こんどは県議候補として立候補するつもりだ。ヒロタカは格好の宣伝材料になるのだ。ほかの島の有力者たちも、ヒロタカをただのお飾りとしか思っていない。
 さんざんな目にあったパーティーのあと、宏高は姉から真実を明かされる・・・

「石の十字架」
 千晶の家に台風が襲いかかる。おだやかな筈の瀬戸内海の島だったのに。
 おまけに床上浸水。娘の志穂は怯えてしまいふるえるばかり。
 千晶は志穂を流し台の上にあげ、石鹸で十字架を彫り、お守りとして志穂に握らせる。
 そして子供のころの話を始めた。
 父親が鬱病で自殺した。その後祖母に引き取られ、この島に移り住んだ。だが父がいないことでいじめられ、母がいないことでいじめられ、だれも友達になってくれなかった。
 いやただひとり、めぐみだけは親身になってくれた。
 めぐみとふたり、白綱山に登りにいき、そこで隠れキリシタンの十字架を見つけ、ふたりでその十字架に祈りを捧げた。
 だが、めぐみも皆からいじめられていたのだった。あるとき、めぐみが自分の消しゴムに十字架を彫り付けているのを発見する。
 千晶は2年ばかりでこの島を出て、やがて結婚、志穂が生まれたが、志穂のいじめ問題からこの島に引っ越してきたのだった。
 台風が通り過ぎ、ようやく消防隊が救助に来てくれた。心配して救助を要請する電話をしてくれた人がいたのだという。それは・・・

「光の航路」
 教師の航(わたる)は悩んでいた。
 クラスのいじめ問題を解決しようとして、いじめっこの家を訪問したのだが、その母親から相手にされず、消沈しているところに、自宅の火事が起こり、消防署に助けられて入院してしまった。
 そこに教師だった父の元教え子で、今は中学の教師をしている
畑野忠彦
が現れる。

 
父も当時はクラスのいじめ問題に悩んでいた。畑野はその当時、いじめられっこで、死にたいとまで思い詰めていた。
畑野から父の思い出を聞き、
航は、島の造船所で最後に造られた船の進水式を見に行ったことを思い出す。

 母とふたりで行ったのだが、用事で来られないと言っていた父が、見知らぬ男の子を連れて来ていたことを告げると、畑野は、それは自分だと言い出す。
 進水式のあと、海にうかぶさまざまな船を見ながら、父は畑野に言ったという。
 「どの船も皆、進水式では大勢のひとから祝福されて海に出た。人間も一緒だ。待ちわびて生まれた赤ん坊に、願いを込めて名前をつけ、皆で喜び合い、希望を託して広い世界に送り出す。
 船は己の役割を果たしながら海を進む。人間もそれぞれの人生を歩む。
 ぼくの役割は、船を先導し、守ることだ。海が荒れれば、同じ航路を進む船同士を連結させるのも僕の仕事だ。どんな船だって他の船を沈めることは許されない。
 畑野忠彦という名の船は出港してから、まだどれほども進んでいないところにある。こんなところで、沈んじゃ、いけない。沈ませちゃ、いけないんだ」
 そして父がおこなったさまざまな方策を聞き、航は決意をあらたにする。
 どの船も祝福されて送り出されたのだ。そのことをいじめられている三浦麻衣に、いじめている深田碧にも、伝えることにしよう。
 瀬戸の海がそこにある限り、その先に光差す未来があることを伝えていこう。

 という6篇。
 母子家庭。犯罪者のこども。いじめっ子、いじめられっ子。そこから立ち直る子。姑にいびられる母、その母から逃げたいと思う娘。
 それぞれの望郷の想いがもたらすのは、失望なのか、救済なのか。


 いままで悪意ばかり書いていると言われていた湊さんだが、今回、この表紙のようにきらめく、人の心の底の光を描いてくれたと思う。そういう意味では新たな傑作。

 

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