2012年2月27日月曜日

境遇がもたらす運命を変えるには


「境遇」
湊かなえ

単行本: 244ページ
出版社: 双葉社
ISBN-10: 4575237396
ISBN-13: 978-4575237399
発売日: 2011/10/5

デビュー作の絵本がベストセラーとなった陽子と、新聞記者の晴美は親友同士。共に幼いころ親に捨てられた過去を持つ。ある日、「真実を公表しなければ、息子の命はない」という脅迫状とともに、陽子の息子が誘拐された。「真実」とは何か……。それに辿り着いたとき、ふたりの歩んできた境遇=人生が浮き彫りになっていく。人は生まれた環境で、その後の人生が決まるのではなく、自分で切り拓いていけるもの。人と人との繋がりを考えさせられるヒューマンミステリー。昨年12月に放送された、ABC創立60周年記念スペシャルドラマ原作。

境遇-陽子と晴美は生後すぐ施設に預けられて育った。
境遇-陽子は幼い頃に施設から引き取られ、養父母のもとで育った。
境遇-晴美は奨学金で大学を卒業、新聞記者として働いている。
境遇-ふたりは大学時代に知り合い、お互いの境遇が似通っていることや、施設でのボランティアを通じて親しくなった。いまや親友としてきってもきれない仲。
境遇-陽子は県会議員の妻となり、絵本作家としてもデビュー。だが、地元の名士の妻としての立場では重苦しいものを抱えている。
境遇-晴美は絵本作家としての陽子をインタビュー、TVのインタビュー番組に出演する陽子を応援することに。

 ある日、陽子の息子が帰ってこない。スイミングスクールに迎えに来たおばあちゃんらしき人と帰ったきり消息不明になったのだ。
 そして、FAXで脅迫状が届く。「真実を公表しろ」。真実とは何か?

 それぞれの境遇が、それぞれの立場での思惑を呼んでいく。
 湊さんの過去の作品と同じく、それぞれの人の思い入れ、気の利かせ方、優しさが逆にその人を窮地に追い込んでいく。それがその人の境遇がもたらすものだとしたら、それを変えるにはその人が、境遇をはね返す力を持たねばならない。

 今回、ストーリーが一直線に進み、波乱含みの展開がなく、その点で損をしているようだ。書評にも厳しいものが多い。
 確かに、初期の作品を超えていくことは難しいのだが、読者はそれを期待している。
 筆者と読者は、そういう境遇にあるのだ。
 

2012年2月24日金曜日

悪道パート2は西国の雄藩で


「悪道 西国謀反」
森村誠一

単行本: 306ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062172828
ISBN-13: 978-4062172820
発売日: 2011/10/14

吉川英治文学賞受賞『悪道』シリーズ新作!
犬公方・綱吉の悪政を糺すべく登場した、稀代の名君・影将軍を襲う新たな危機。西の押え、中国地方の大藩・浅尾家に渦巻く暗雲。歴代当主の相次ぐ不審死。戦国忍者の末裔・流英次郎に密命下る。
爽快時代小説。闘いの舞台は、奥州路から中国筋に!

当代の宗義も風前の灯
側室と通じ、柳沢吉保と手を組み、お家乗っ取りを図る君側の奸・外村監物。最強、残忍な暗殺忍軍・風炎衆と流軍団の死闘。英次郎一統は浅尾藩を救い、影将軍を守り通せるか。
一気に読める、エンターテインメント時代小説の最高峰

 さて、影将軍の密命のもと、幕府隠密として英次郎たちが活躍する第2弾。
 今回の舞台は中国地方の雄藩・浅尾家という架空の藩。今の広島県あたりを支配している巨大な藩だ。おまけに前巻で討ち入り騒ぎがあった浅野家とも関係が深いという因縁もある。
 その国家老・外村監物、これが悪人。
 浅尾家では3代にわたって国主が急死している。当代の宗義もなにやら病気がちだったが、それを英次郎とともに西国に赴いた医者のおそでが治療したことから、チームの存在感を高めることになる。
 監物はおのれが側妻に生ませた虎之助を国主の座にあげるべく画策しているのだが、その虎之助もおたふく風邪にかかってあぶないところをおそでに救ってもらう。

 監物の野望は将軍暗殺という暴挙にもあらわれる。忍者軍団・風炎衆を駆使して江戸城への攻撃を仕掛けるが、いちはやく気付いた英次郎は単身、江戸へ立ち戻りその暴挙を押しとどめることに成功。
 やがて監物は、いまの将軍・綱吉が以前の綱吉とは少し異なっていることに不審を抱く。そこで手をつなごうとするのは柳沢吉保だ。
 吉保と手を組めば、国主の座と将軍抹殺の一石二鳥だ。
 さりげなく影の存在を示唆した監物に、吉保も保証としての手紙を預ける。
 そして、吉保が送り出したのは、紀文・紀伊国屋文左衛門だった。そして、紀文が子飼いにしている喜和と呼ばれる謎の美女。
 その魔の手は性懲りもなく、宗義に伸びて来る。
 
 あの手この手で繰り出される風炎衆たちの攻撃をかわし、宗義を守り抜く隠密たち。
 波瀾万丈、奇想天外な忍法も登場、時代劇エンタメはこうだろう、という作者の意気込みが結実した一篇。ラスト、江戸へ向かう英次郎たちのあとをつけて来る謎の影。
 さあ、次の悪道はどこだ。

2012年2月17日金曜日

悪道を突き進む悪童たち


「悪道」 
森村 誠一

単行本: 406ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062164868
ISBN-13: 978-4062164863
発売日: 2010/8/10

人間とは、宿命という檻の中で競り合う動物なのだ。
歴史を覆す大胆な設定で、究極の悪と、人間の本性を描く。
著者10年ぶりの単行本書き下ろし!

孤独の行路の狩人か、宿命の檻の終身囚となるか。おれは宿命というものと、命ある限り対決する。
百花繚乱たる人間群像ひしめく元禄の江戸。恐るべき独裁者、犬公方をめぐって張りめぐらされた巨大な罠とは何か。その仕掛けを見破った下忍と少女の生き残りをかけた壮絶な戦いの果ては!

「大胆不敵な着想をベースにした逃亡と抵抗のドラマが、権力への怒りと、人間性への共感を呼ぶ。これが物語だ、これが森村誠一だ」――(文芸評論家・細谷正充氏)

講談社創業100周年記念出版
45回吉川英治文学賞受賞

 将軍・徳川綱吉が急死。
 それも柳沢吉保の私邸で、能を舞いながら突然倒れたのだ。御殿医の山瀬養安が脈をとり、その死を確認した。
 いままで綱吉とともに天下を牛耳っていた吉保は、おのれの保身と幕府の今後を思い、対策を練る。そこに綱吉や将軍生母の桂昌院とつながりの深い僧・隆光が耳打ちする。
 「影をお使いなされ」
 
 森村誠一さんの時代劇は初めて。
 昨年10月に続編が出た「悪道」シリーズの、これが第一作。
 影武者ものは面白い。隆慶一郎さんの家康ものを読んだときには驚いたものだ。歴史のはざ間でいきいきと影武者が動き回る。その行動や結果にはこういう意味があったのか、さもあらん、と感嘆した覚えがある。
 今回、綱吉の影武者となった男は、綱吉以上に頭脳プレイが鮮やかで、生類憐れみの令で苦しむ庶民を救う手立てを講じたりする。
  
 だが、主人公は影武者その人ではない。
 本能寺の変いらいの徳川家のお抱えとなっていた伊賀者の末裔・流英次郎、本物の綱吉の死を看取った医師・山瀬養安の娘おそで、そして影をいざそのときに役立てるため育てて来た影役の息子・立村道之介。
 影武者を影だと知る3人を、柳沢吉保は追いつめる。
 今の将軍綱吉が影武者だとばれてしまうと、吉保には困ったことになる。
 英次郎とおそでは江戸を抜け出し、陸奥を目指す。10年ばかり前に亡くなった芭蕉の足跡をそのまま辿る、おくのほそ道の旅になる。
 そこで、あたかも芭蕉に導かれるように、影武者の出生地とおぼしき村の存在が・・・
 そして、吉保が送った忍び・猿蓑衆の急襲、それを助ける道之介とともに、幾多の危難を乗り越えるたびに、仲間が増えていく。
 
 悪道とは、の説明は実はことし出た続編の冒頭に出て来る。
 仏教では地獄・餓鬼・畜生・阿修羅の四悪道。また優れたもの、超越したものを示す時にも悪を接頭語にする言葉もある。タイトルの悪道とは通常の道ではなく、克服せねばならない超常の道の意だという。
 
 そして3人を中心にした集団に、ごまのはえ上がりの馬子、剣客、スリ、猿蓑衆から抜け出した忍びなどが加わり、襲い来る敵を逆襲し、奥の細道をたどりながら、やがて日本海・酒田まで行き着く。そして、英次郎は、北前船に乗って江戸を目指す、と告げるのだ。
 江戸では、仙谷伯耆守が新しい綱吉のよき協力者として、その実態を知らぬまま仕えていた。吉保はおのれの愛人・おそめを綱吉の側室に差し出し、生まれる子供を世継ぎにさせようと画策していた。折りも折り、赤穂義士の吉良邸討ち入りがせまっている。
 
 世情騒然とした江戸で彼らを迎えるのは、立派に将軍のつとめを果たしている影武者の綱吉。そして南町奉行所の同心・祖式弦一郎は、すべての謎を解き明かしたうえで、影の綱吉や英次郎に力を貸すことになる。
 そこで綱吉と英次郎との間にかわされた密約とは・・・
 

2012年2月13日月曜日

ハイゼンベルクの顕微鏡は何を見たのか

「ハイゼンベルクの顕微鏡」 
石井 茂/著 
 単行本: 272ページ 
出版社: 日経BP社 
ISBN-10: 4822282333 
ISBN-13: 978-4822282332 
発売日: 2005/12/28 

 ハイゼンベルクが発見した不確定性原理は、量子力学の一応の完成を告げると同時に、量子力学の物理的解釈をめぐって論争の種をまくことになった。量子力学の数学的定式化はフォン・ノイマンによって達成されるが、このときノイマンは不確定性原理がもたらす量子の観測問題にも手を染めた。量子力学を疑う人々がほとんどいなくなっていったこととは裏腹に、観測問題については「シュレディンガーの猫」「ウィグナーの友人」「EPRパラドックス」などのさまざまな疑問が提出され、長い間にわたって論争が続いてきた。
 量子力学における観測問題を決着させたのは、日本の数理物理学者であった。その新しい観測理論は、ハイゼンベルクの不確定性原理に修正を迫る結果になった。
 本書はハイゼンベルクやシュレディンガーなどのあまり知られていないエピソードをたっぷりと紹介しながら、不確定性原理がいかに発見され、その後いかなる道をたどったかを物語る。

  ということで、読み始めた。 
 やたら方程式が出てくるのだが、さして読みにくいことはない。 
 いろいろなエピソードが重ねられ、1930年代の理論物理学の成り立ちがよく分かる。   
 先週だったか、週間文春で立花さんが紹介していたので、7年前の本ながら、こうしてブックレビューの対象になったわけ。
というのも、先月2012年1月16日に、不確定性原理を破る実験に成功したというニュースが飛び交ったときの参考書としてどうだ、というスタンス。 
   
http://www.nikkeiscience.com/wpcontent/uploads/2012/01/f260438a2dc09158e17791375ec00f221.pdf 
 
 はっきり言って本質的なところは意味不明。
  それでも、こうして読み進めるのが面白い。
  1930年代から第二次世界大戦、そして、現代につながる実験、論証。
  いまのハイテクワールドの元になったのがハイゼンベルグたちの理論だという結論。
  たまには、頭に入らないが面白い本も読んでおります。  
 

2012年2月7日火曜日

いとま申していざさらば、去りゆくものは


「いとま申して」『童話』の人びと
北村薫

単行本: 335ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163299203
ISBN-13: 978-4163299204
発売日: 2011/02/25

著者の父の遺した日記が書かせた追憶の記
大正末期、旧制中学に通う少年は創作への夢を抱き、児童文学の現場で活躍する若者たちと親交を持つ。文化薫る著者の父の評伝風小説

北村薫さんは、読書の達人にして博覧強記、身近に接していていつもその教養の高さにため息が出てしまいます。本書はその著者の父・宮本演彦(のぶひこ)氏の日記をもとに、大正末から昭和初年の主人公の青春を描く評伝風小説です。旧制中学に通いながら、読書や映画を愛し、当時隆盛だった児童文学雑誌『童話』に投稿し、その世界の先輩たちとの交流を深める演彦。その姿に、まさに北村さんのルーツを見る思いがします。(YB)

 大正13年、大震災の翌年に書き始められた父の日記。
 そこには県立神奈川中学生として、誇り高き学生時代を送る少年の姿があった。
 一日に何行かの著述から、北村さんの夢想はあちらへとび、こちらへたなびき、博覧強記そのものの筆の運びで、その時代の文学、文学を夢見る人々の熱いエネルギーを活写する。

 「いとま申して」とは父上の辞世の句から出た言葉。それも注釈つきの辞世だったそうだ。高校教師だった父上らしい、と自慢の父上なのだろう。
 
 素材として素晴らしいものを手に入れたといえる。
 ノンフィクションとしての父の記録。
 そこに残された記録から、北村さんは自分なりに調査を始める。気になる人名、雑誌、書物などはもちろん、古書をあさり、新聞のデータベースをあたる。
 そこには自動文学雑誌「童話」に投稿して、そこに採用されるかどうかで一喜一憂する少年がいた。そしてその「童話」の同人には金子みすず、淀川長治さんなども参加していたというのだ。

 名家の出で旧制中学に通うにもなんの苦労もいらなかった父。中学生にはそういった世の中のしがらみ、仕組みはまだピンと来ない。自分では文学修業の苦労を披瀝し、映画や芝居や歌舞伎などにも傾注して、そこからの交友も広がっていく。だが、周辺の人々にもやがて、生活の苦労が及んで来る。

 家族のルーツなども広がっていく。祖父にあたる人の葬儀の話題などが間にはさまれる。北村さんの想像力は、江戸時代、明治初期の神奈川の田舎の庄屋にまで及んでいく。

 やがて父上は慶応に入学、三田の学生として華やかな青春をおくることになる。
 歌舞伎熱が嵩じて、芝居の脚本募集に応じてみたり、妹さんの童話同人誌への応募を応援したり、昭和初期のまだまだ穏やかな時代が過ぎて行く。

 ラストシーン、冒頭のエピソードで、北村さんが幼い時に出会った、父や母を訪ねて来た「春来る人」の謎が残っていることを思い出させてくれる。
 そして、父上の日記は戦前の時期まで書き継がれており、物語は書かれることを待っている、と結ばれる。
 それなら、待つしかない。
 だが、今回はこのあたりで、このレビューもそろそろ、いとま申さねばなるまい。
 

2012年2月3日金曜日

夢の花、咲く、ひとそれぞれに


「夢の花、咲く」
よう子

単行本: 285ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163810404
ISBN-13: 978-4163810409
発売日: 2011/12/20

『一朝の夢』で松本清張賞を受賞した梶さん。朝顔の栽培だけが生きがいという同心・中根興三郎が思わぬ形で幕末の政情に絡んでいく物語で、好評を博しました。本書はその姉妹編、あの朝顔同心が帰ってきます! 時は前作から遡ること5年。ひとりの植木職人が殺され、物語の幕が開きます。安政の大地震、将軍継嗣問題と、なにやら現代を映したような舞台で、頼りなげでも誠実であろうとする興三郎の活躍を、ぜひご堪能ください。(YB)

 幕末の江戸。
 窓際族の同心、中根興三郎。名簿係りなどというパッとしない仕事をまかされているが、本人はいたってその職に満足している。剣術にも自信がない彼は、変種の朝顔栽培を生きがいとして、夏から秋にかけての一時期がそのもっとも輝く時期だ。

 変種の朝顔というのは八重咲きや花弁が細いものなど、変化朝顔のこと。江戸時代から御家人などを中心に、花を掛け合わせることで変化を生み出す、その栽培が盛んになっていたらしい。江戸時代の人々は体験的にメンデルの法則を理解していた?

 だが、そこに職人の斬殺事件が起こる。
 河原で斬り殺されていたのだが、被害者の体を検視して、これは植木職人だと見当をつける。そのときたまたま知り合った男が、被害者の似顔絵をスラスラと描き上げてくれた。似顔絵をたよりに調査をすすめると、その男は朝顔栽培にも手を出していたことがわかる。おりしも開かれた朝顔の競い合わせに関係していたというのだ。

 その似顔絵を描いたのは河鍋周三郎。河鍋暁斎という名で現在も名を残す有名な風刺画家だった。当時はまだ駆け出しで、仮名垣魯文とつるんで一旗あげようとたくらんでいるところ。
 黒船に乗った異人たちを描いた暁斎の似顔絵などを見たことがおありだろう。
 この物語の中では、安政の大地震で暴れ回るナマズの絵が大きな比重を締め、それを通じて変化朝顔栽培にまつわる連続殺人事件の謎も解かれて行く。

 実はさきの「親鸞・激動篇」をあいだにはさんで読みついできたので、ストーリーの大きな流れが少し記憶から遠のいてしまっていた。
 河鍋暁斎、仮名垣魯文など、明治になっても活躍する有名人のサブストーリーとしても面白い。
 ということで、夢の花は咲くのだろうか。

爺の読書録