2010年10月30日土曜日

琉球は歌と料理にいろどられて


「トロイメライ」


単行本: 254ページ
出版社: 角川書店
ISBN-10: 4048741004
ISBN-13: 978-4048741002
発売日: 2010/8/18

 さて、時代小説が続く。
 舞台は幕末の那覇のまち。主人公をはじめ、ユニークな登場人物が舞台を盛り上げる。
 三線と琉歌の天才ながら、筑作事と呼ばれる岡っ引きに任命されたばかりの武太。
 その幼なじみの部分美人の三姉妹、鍋(ナヴィー)、かめ(カミー)、竈(カマドゥ)。
 涅槃院の長老、大貫。

 そして、そして、前作の大冒険歴史ロマン「テンペスト」に登場したあの人この人たちが、それぞれの事件にからんでくる。
 
 墓泥棒にまつわる、沖縄の風習と悲しい歴史。
 正義を守る謎の黒覆面。岡っ引きでありながら、悪人を捕まえるより、弱い庶民を助けたいと意気込む武太。
 3人の捨て子が自分で生きて行こうとするのだが、貧しい沖縄で行き続けることの難しさ。しかし、人々が助けの手をさしのべようにも、自分が生きるだけで精一杯の人々は。
 王室に伝わる、名器の三線。武太の三線の腕がその名機の消失事件を解決するが。
 魔加那と呼ばれる絶世の美女。ジュリに身をやつしながら、男どもを手玉に取る女の正体とは・・・

 音楽と料理に彩られた琉球の世界が堪能できる。
 小道具となるのは沖縄方言と漢文で表現される、評定所のお裁き。

 トロイメライとはドイツ語で「夢想すること」、と著者がインタビューで述べている。すでに続編も進んでいるとかで、付き合う作家がまた増えた。

2010年10月24日日曜日

ちょっと時代小説づいてしまって・・・


「小太郎の左腕」


単行本: 322ページ
出版社: 小学館
ISBN-10: 4093862583
ISBN-13: 978-4093862585
発売日: 2009/10/28

「小太郎のひだりうで」と読む。
野球小説ではないので「さわん」ではないのだよ。
しかし、サウスポー。往年の名画「左利きの拳銃」ならぬ、この場合は左利きの火縄銃と言おうか。
「のぼうの城」が映画化されるのも話題の和田竜さんの第3作。少し古いけど、昨年秋に出たご本。

戦国時代、まだまだ世の中が方向付けられない時代。1556年という設定。物語には関係ないが、信長がまだ尾張半国を治めるに到っていない、などと述べられている。
戸沢家には「功名漁り」こと林半右衛門、児玉家には「功名餓鬼」こと花房喜兵衛がおり、それぞれの御館のためにしのぎを削っていた。

 戸沢家内部でも、盟主の甥である図書と半右衛門との対立などがあり、主人公である半右衛門も気を許せない。
 そこに戸沢家と児玉家のいくさが始まる。
 そこに現れるのが、小太郎。

 卓越した火縄銃の技を持ちながら、爺とふたり、ひっそりと世をすねて暮らしていた。
 しかしそこに伊賀の忍者が現われる。肉体的な苦痛をいっさい感じない、無痛と呼び名のある男。その忍びの使命は・・・

 戸沢城主が打ち出した籠城戦、そしてそれが続かないと悟った半右衛門が打ち出した作戦とは・・・
少し時代小説づいていて、次も時代小説になる。

2010年10月19日火曜日

年の瀬を控えて、江戸の町があわただしく

「今朝の春」 みをつくし料理帖
高田 郁


文庫: 290ページ
出版社: 角川春樹事務所
ISBN-10: 4758435022
ISBN-13: 978-4758435024
発売日: 2010/09/15


大阪の洪水で孤児となった「澪」が天満の料理屋吉兆庵で修業し、成長して江戸に出、つる屋の女板前となって活躍する短編シリーズの第4巻。
今回は神無月から年越しまでの短い期間に起こった事件を描く4篇。

『花嫁御寮』ー
ははきぎ飯
ははきぎとは帚木、いわゆる「とんぶりの実」ですな。
謎の侍・小松原の母親らしい人が現れ、腎の病に効くという、ほうき草の実の話題が続く。
加えて澪と同名の大商人の娘・美緒に大奥奉公にまつわる包丁修行の話が持ち上がり・・・


『友待つ雪』ー里の白雪(かぶら蒸し)
 吉原のあさひ太夫、実は澪の幼なじみの野江。その太夫を題材にして戯作を書くという清右衛門。
彼の調査により、幼い頃に別れてからの野江のその後が少しづつ明かされてくる。
だが、親友の過去を暴かれるのを恐れる澪は、ひとつの賭けをして・・・
『寒紅』ーひょっとこ温寿司
寿司は温めるもんじゃねえ、という江戸っ子。
つる屋でまかない仕事を勤めるおりょうの旦那・伊左三に、新宿の仕事にかこつけて浮気をしているのではないか、という噂がたつ。
なにやらそれらしい女が店のまわりをうろついて、つる屋の人々の騒動が始まる。
しかし伊左三の真意は・・・親子の情愛が涙をさそう感動篇。


『今朝の春』ー寒鰆の昆布締め
 江戸城の毒味役になにやら騒ぎがあったらしい。小松原がそれに関連しているのではないか、と澪は気をもむ。
しかし、登龍楼との鰆を使っての料理対決の話が持ち上がり・・・などというと、まるで「美味しんぼ」みたい。
年の瀬と新年、立春を控えた江戸の町が、料理対決で盛り上がる。

料理を通して人々と関わっていく澪が、料理を通じて成長して行く好評シリーズ。今回も快調。

 

2010年10月16日土曜日

やはりシミタツ、風が心地よい

「引かれ者でござい」―蓬莱屋帳外控―
志水辰夫

単行本: 286ページ
出版社: 新潮社
ISBN-10: 4103986069
ISBN-13: 978-4103986065
発売日: 2010/08/20

蓬莱屋の通し飛脚たちが活躍するシリーズ第2作。
今回も熱い
3篇の物語
「引かれ者でござい」
甲斐、本栖湖から田子の浦へ逃れる旅。
主人公の勝吉は前作「彼岸の旅」に引き続いての登場。
今回は江戸の大店から依頼され、そこの放蕩息子の現状を見定める役目を担った。尊王玄武党と称する組織に参加するのだという。同時にその資金として三百両の金を用意しろと言われている。まるでオレオレ詐欺みたいな話。
結局、金は払わずに、放蕩息子を尊王玄武党から引き離すことになった。ならば親元に連れ戻すという役目に様変わりしてしまう。下部から駿河まで富士
川を下るのだが、勤皇党の仲間が追ってくる
放蕩息子の明るさが救いとなるロードムービー。

「旅は道連れ」
越後から会津へ抜ける山越え道。
シリーズではおなじみの宇三郎は江戸への道を急いでいたが、大雨が行く手を阻む。ここを超えれば会津に出られるというのに、阿賀川が増水で渡れない。
土地の樵が助けてくれる。野猿の綱の付け替えを手伝えば帰り道が近くなるというのだ。それを手助けしようという、やからが五人も現れる。なにやらうさんくさい面子が、きな臭いにおいを漂わせて波乱を予感させる。
そしてまた、谷を渡ったところであらたな難儀が。いわくありげな武家の娘主従三人が旅に加わった。主従をねらう怪しげな浪人たちもうろつき始める。
九人という大所帯の道連れになった旅人たちは、それぞれの思惑を秘めて分かれ道へ・・・

「観音街道」
上総。
5年前に蓬莱屋をやめて突然姿を消した弟分の次郎吉を尋ねて、治助は上総の山をさまよう。家の事情で実家を告いだ次郎吉は炭焼きの仕事を余儀なくされ、山 ごもりの日々を送っていた。治助は治助で蓬莱屋の事情から次郎吉の復帰をねらっている。だが、次郎吉の村には掛川藩の御用商人から厳しい締め付けがあるよ うで・・・.
藩の犠牲となった樵の美しい未亡人や、抜け荷をたくらむたくましい農民たちも入り混じって治助を翻弄する。
ついに立ち上がった次郎吉たちを、見守る治助が考え出した手助けとは・・・

 

2010年10月9日土曜日

時代はハードボイルド。ん、違うか?

「つばくろ越え」


単行本: 340ページ
出版社: 新潮社 (2009/8/22)
ISBN-10: 4103986050
ISBN-13: 978-4103986058
発売日: 2009/8/22

シミタツが時代小説を書いた、ということで、ひところ話題になった。それが、若者が主人公だということで、少し敬遠していた。
ハードボイルドの雄がいまさら、という思いもあった。
昨年に出た「つばくろ越え」に続き、今年出版された「引かれ者でござい」がまたまた人気を呼んでいる。今回はおとなの男が主人公。
ということで、あわてて2作を立て続けに読む。実は、間に湊さんの新作をはさんでだけど。

さて、「蓬莱屋帳外控」シリーズという今回の作品、主人公は通し飛脚という、荷物を持ち、現金は腰に巻き付けて、ひとりきりで走り抜くという、スピードと責任を要求される職業。当然、ワケありのカネ、荷物、手紙を運ぶことになる。そして、それを阻もうとする敵も。こうなってくるとシミタツ節、全開だ。

「つばくろ越え」
会津。
仙造がふたたびその峠を訪れたのは、先輩の飛脚が襲われて隠した五百両の小判を取り戻すため。そこで出会ったのが巳之吉という孤児。歳は八つだというが、 乞食をしながら諸国をさまよっていたので、年もそう言えと言われていた。こいつを鍛えて自分の手下にしよう、いや人間として立ち行くように育ててやろう。 そう思いながら江戸へ連れていくのだが・・・

「出直し街道」
越前。
何年か働いたすえにようやくカネができたという男から、郷里の妻を迎えに行ってくれとの依頼を受けた宇三郎が任務につく。妻を亡くし、その連れ子とも別れることになった宇三郎には辛い仕事だった。しかし迎えに行った妻にはすでに新しい夫ともいえる男がいて・・・

「長い道草」
越後。
仙造が請け負ったのは薬草を医者のもとに届ける役目だった。仲の良い医者夫婦だったが、なにか影がある。追っ手がつきまとうのだ。それにもかかわらず、のんびり湯につかったりして大丈夫かいな。いわくありげな行いの訳は・・・

「彼岸の旅」
陸奥。
蓬萊屋の主人、勝五郎が子飼いにしていた半助が故郷に帰ると言って身を隠した。大病を患っていたらしい。死出の旅路なのか。手代の鶴吉を伴って追跡するのだが、半助の跡を追う旅は半助の過去を洗い出す旅でもあった・・・

いやあ、ハードボイルドですなあ。文体が時代小説を乗り越えている。
久方ぶりのシミタツ節を堪能。

2010年10月8日金曜日

手紙の中からそれぞれの真実が浮かび上がる

「往復書簡」


単行本: 265ページ
出版社: 幻冬舎
ISBN-10: 4344018834
ISBN-13: 978-4344018839
発売日: 2010/9/21

湊さんの最新作。今回は連作と銘打ってあるが、本当は短編集。
一人称で語るのは著者お得意の手法。今回は手紙の形式をとって、モノローグが交わされる。
そこには、書いた人が見えない、書き手自身の独断と偏見に満ちた世界が現れてくる。故意に書いた嘘もある。ねじまげられる真実がある。

「十年後の卒業文集」
高校時代放送部の仲間だった二人が結婚することになって、その友人たちが結婚式に集まった。ただ、メンバーの一人、千秋が参加していない。5年前に起こった事故のせいかもしれない。それぞれが胸に不安をかかえて結婚式に参加していたのだ。
10年後に交わされる書簡の数々。そこに現れるのは松月山の月姫伝説、放送部内で起こった恋のかけ引き、5年前の同窓会で起こった悲惨な事故。それにもかかわらず自分たちの愛を育んで結実させたふたりへの賛歌。
事故は過失なのか、故意だったのか。そして結婚式に参列していない千秋は意外なところから結婚式を見守っていた・・・

「二十年後の宿題」
恩師の依頼を受けて、同い年の6人の男女を訪ねることになった。
恩師の前の学校でおこった20年前の事件。恩師の夫が川に落ちた児童を救おうとして、おぼれて亡くなるという事故がおこったのだ。
同じ事件を体験した6人それぞれから話を聞き、彼らの現状報告としてそれを書き付けて恩師に送る手紙。そして報告に対して恩師から返される書簡には、その 事柄について、人柄についての解説が綴られている。そういう意味では往復書簡ではあるが、ケースごとの報告が会話体であり、きわめて小説的に出来ているこ とから、盛り上がりもあり、一番まとまっている。

「十五年後の補習」
万里子と純一の往復書簡。この1篇だけが、題名通りの書簡の往復で成り立っている。
中学のころ同級生だった純一との結婚を間近だと思っていた万里子に純一が打ち明けたのは、国際ボランティアのメンバーになって外国に行ってしまうという告白だった。それも2年間。ふたりの間を取り持つために多くの手紙が行き来する。
手紙の中で明かされるのは、高校時代の旧友の撲殺放火事件。そこに到るまでの万里子の生い立ち、純一の過去。旧友たちの間でのいじめ、軋轢、確執。
ふたりそれぞれに持っていた思い込みと誤解、それが白日のもとにさらされ、ふたりの仲もあわや、というとき・・・

映画「告白」が米アカデミー賞に出品されるとかで話題になり、淡路島での執筆状態なども取材されて、今や時の人。最新作も超人気。湊ファンはやめられない。

2010年10月4日月曜日

ほのぼの妖怪たちにまた逢える

「ゆんでめて」
畠中 恵

単行本: 263ページ
出版社: 新潮社
ISBN-10: 4104507121
ISBN-13: 978-4104507122
発売日: 2010/07/30

おなじみ超虚弱体質の若だんな・一太郎が、これまたおなじみの妖怪たちと繰り広げる冒険の数々。「しゃばけ」シリーズも今回が9作目。
今回は火事で行方知れずになった「屏風のぞき」を探す若だんながふと行き会った分かれ道から物語が始まる。
●第一話「ゆんでめて」
ゆんでとは弓手、つまり左手。めて=馬手とは馬の手綱を持つ右手。結局左右の手のこと。この小説では分かれ道としての左右のこと。兄の店を訪れようと思った一之助がふと、左にとるか右にとるか、と思い悩んで踏み出した一歩が、全編を通して一連の運命を暗示していく。
数年前の火事騒ぎのさなか大けがをした屏風のぞきを修理に出したのが失敗して、行方不明になってしまった事情と、その行方をうらなう謎の少年。
●第2話「こいやこい」
その前年、新しい友達の唐物屋の縁談にまつわる騒動。幼なじみの結婚話に付き合わされて、若だんなにもほのかな恋心が・・・
●第3話「花の下にて合戦したる」
その前年、第1話からは2年前。桜の花びらの妖精に導かれて、妖怪オールキャストでおとずれた飛鳥山のお花見騒動。
●第4話「雨の日の客」
表紙裏に描かれた、素敵に格好のいいお姉さんが登場する。若だんなを見守る長身の佐助の衣装をまとっても様になる男勝りの女の子。さて、何者か。江戸に降り続く雨の中、妖怪たちの戦いがクライマックスを迎えたとき・・・。実は第1話の3年前。
●第5話「始まりの日」
すべての始まりとなる日。一太郎は生まれたばかりの甥っ子を訪ねて行ったが、その途中に出会ったイキガミさまを追いかけて行って、右左を見失い・・・。
と、お話は第一話につながり、物語が逆転していくという構成。

9作目の今回も、ほのぼの感が充満。妖怪たちも元気だが、屏風のぞきの一件は、あれ、と思いながら読み進めると、あれれれれ、という展開になって・・・。
図書館のリクエストがまだ69件も残っている超人気作品。
夏はしゃばけのシーズン、とのコピーがあったが、「秋になってもしゃばけのシーズン」。

爺の読書録