2012年9月27日木曜日

西郷の貌はここにあった、のかな

「西郷の貌」
加治 将一

単行本: 368ページ
出版社: 祥伝社
言語 日本語
ISBN-10: 4396614136
ISBN-13: 978-4396614133
発売日: 2012/2/2
 
 
禁断の歴史シリーズ第5弾!
維新英傑の顔は、なぜ消されたのか?
その写真には若き日のリアルな姿があった──
チンケな肖像は、もう見飽きた。
「本物」をとことん味わえ!

「西郷隆盛」は実在しない──はずだった
歴史作家・望月真二(もちづきしんじ)は、一枚の古写真に瞠目(どうもく)した。「島津公(しまづこう)」とされる人物を中心に、総勢13人の侍(さむらい)がレンズを見据えている。そして、その中でひときわ目立つ大男……かつて望月が「フルベッキ写真」で西郷隆盛に比定した侍に酷似していたからだ。この男は、若き日の西郷なのか?
坂本龍馬(さかもとりょうま)や勝海舟(かつかいしゅう)らと違い、西郷を写した写真は現存しない、とされている。よく知られた西郷の肖像は、彼の死後、外国人が描いたものだ。「13人撮り」の大男が西郷だとしたら、この写真はいつ、何のために撮られたのか。謎を解明すべく、望月は鹿児島へ飛んだ。
明治維新の中心人物たちと「南朝」を結ぶ糸、西郷と公家の関係、武器商人・グラバーの影……望月は、次々と驚愕の事実に直面する。

 といった内容が、果たして小説になるのか?
 そこはそれ、手馴れたもので、暴漢に襲われ記憶喪失になって目覚めるプロローグから、鹿児島を出発して博多への旅、怪しげな男たちに襲われつつ、あるいは何者かにガードされながら、歴史をひもとき、ちょっとしたヒントを関連づけて行く。
 結論は初めから持っている。

 明治維新の黒幕。
「南朝復活」
 すべてがそこに集約されていく。

 今に残されている西郷の写真や銅像は偽物だ。
 鹿児島。西郷の墓地を訪れた望月を謎の集団がつけねらう。
 熊本。西南の役の真実とは。江藤新平の悲劇が表すのは。
 そこに暗躍する勝海舟の役目は何か。
 福岡。太宰府天満宮の秘密。
 麒麟が空から舞い降りる。武器商人グラバーがねらったものは・・・

 

2012年9月20日木曜日

断絶からよみがえる男たち

「断絶」
堂場 瞬一

単行本: 371ページ
出版社: 中央公論新社
ISBN-10: 4120039978
ISBN-13: 978-4120039973
発売日: 2008/12/20

 
閉塞感漂う地方都市・汐灘の海岸で発見された女性の散弾銃による変死体。県警は自殺と結論づけたが、捜査一課・石神謙は他殺の線で捜査をつづける。一方、地元政界は、引退する大物代議士・剱持隆太郎の後継選びで混迷を深めていた。石神と剱持、まったく異なる人生を歩んだ、二人の運命が交錯する。

 汐灘サーガ第2巻。
 まず、剱持隆太郎のパートから始まる。
 元運輸大臣も経験した現役の衆議院議院であり、県政に暗然たる勢力を及ぼす地元のボスだ。苦しい選挙を勝ち抜き、これが最後の選挙だと思っていた。次の選挙には息子の一郎を第一候補にあげている。

 そして2年後。
 石神謙。県警捜査一課の刑事。
 海岸で女性の死体が発見される。散弾銃で自殺した様子だ。だが身元がわからない。身元を示すものが何もない。石神は、所轄の大型刑事・身長182センチの坂東とともに捜査にあたる。坂東が、この事件は不審だと声を上げた。どうやってこんな所まで来たのだろう、タクシーだろうか。散弾銃で死んだにしては、どうやってその銃を運び込んだのか、銃を入れてきたカバンはどこへ行ったのか。
 石神は、これは自殺ではない、と考え始める。

 やがて、警察の上層部から横やりが入った。これは自殺だ。捜査は中止せよ。
 あやしい。その怪しさは、匿名の電話で弾ける。相澤紗季という女を調べろ、というのだ。

 石神は養子だ。捨て子を育てて来たと父は告白している。その設定がやがて「サーガ」の意味合いを深める。県の出納長を努めていた父は、今は退職して悠々自適の身だが、議員の劍持とは肝胆相照らす仲。劍持の思惑を理解しつつも、刑事である息子とやがて対峙することになっていく。

 劍持は、県知事が対立候補として次の選挙に乗り出そうとしているのが気に喰わない。第二公設秘書も裏切ろうとしている気配だ。そのうえ、息子の一郎が不始末をしでかしたようだ。
 
 ストーリーは一筋に進む。
 代議士の息子の不始末というのは、亡くなった女性と関係がありそうだ。
 代議士はその事件ををもみ消そうとする。
 石神は情報をつかむために東京へ出向き、神楽坂で、ある情報をつかむ。
 その証拠を持って汐灘へ戻った石神。そこに、劍持の第一秘書が出頭してきたという電話がはいる。なりふり構わぬ劍持の保身の姿勢に憤りをかくせない石神だが、そのとき、父が発した言葉は・・・

 
 前作に登場した伊達刑事も要所要所に登場して、同輩として、ポイントを押さえたアドバイスを残していく。彼もいまや男の子を持つ子煩悩な父親になっている。
 「断絶」というタイトルが意味するものは、政治家と国民の乖離。警察の真実追求にかける信念と、それにあらがう政治家独自のモラル。政治家とはどうしようもない生き物だ、という怒りが全編にあふれている。
 親と子の断絶は、しかし、血のつながりを超えた愛情を産み出すことになる。
 サーガと銘打たれた、悲劇から立ち上がる男たちの物語。

 

2012年9月13日木曜日

長き雨の烙印は消せるのか

「長き雨の烙印」
堂場 瞬一

単行本: 410ページ
出版社: 中央公論新社
ISBN-10: 4120038920
ISBN-13: 978-4120038921
発売日: 2007/11

 
殺人事件の犯人として連行される親友の庄司を、学生の伊達はただ見送るしかなかった。
県警捜査一課で中堅の刑事となった今、服役を終えた庄司が冤罪を申し立てた。
しかし、その直後に再び似通った手口の女児暴行事件が起きる。
伊達は20年前のある記憶を胸に、かつて庄司を逮捕したベテラン刑事・脇坂と対立しながらも、捜査にあたるが―。

 堂場さんには某(読売)新聞の「海外ミステリー応援隊」というコラムで、海外ミステリーの書評を読ませて頂いている(ネットで、ですけど)。月2回とはいえ、その都度膨大な作品紹介をこなしていながら、毎月のように新刊が出る。そしてその作品の分厚さ。いかにもハードボイルドという作品群。タイトルもかっこいい。
 そして今回新作が立て続けに上梓される。文庫化されるものもあって、それが「汐灘(しおなだ)シリーズ」という作品の3作目。シリーズの端緒となったのが2007年のこの作品だ。

 関東北部の海に面した町、汐灘。東京からクルマで2時間くらいの太平洋に面した町。そこで事件が起こる。
 7歳の女の子が乱暴され、海岸に埋められていたのだ。一命は取り留めたが、いまだ意識は戻らない。その犯人として逮捕されたのが庄司だ。庄司は20年前にも少女誘拐殺人の罪で逮捕され服役して、刑期を終え今は農家で細々と暮らしていた。今回は逮捕されたものの、捜査に行き過ぎがあったとして釈放されてくる。
 刑事の伊達は学生時代から庄司の友人であり、かれが20年前に逮捕されたその時も一緒に海を眺めていた。あいつか、あいつがやったのか。そう思いたくなかった。

 主要な登場人物の視点で描写されるので、初めは、今が誰のパートなのかが分かりづらかった。一気に読める人なら、そんなややこしさはないのだろうが。

 刑事の伊達。20年前に庄司を逮捕連行した先輩刑事の脇坂に反感をもちながら、今回の少女拉致事件を捜査する。伊達は庄司の無罪を信じながら、それでは警察を裏切る立場になる矛盾を抱えている。警察組織や同僚刑事に対するいらだちを持ちながら、庄司の無罪を立証する証拠を集めまわることになる。

 弁護士の有田。庄司の冤罪を信じ、彼を立ち直らせて自分の名前を売ろうと、後援会を主宰する。警察の暴力から庄司を救い出したが、市民の反感が庄司に向かうことを恐れ、ひそかにかくまっている。有田もまた、庄司の冤罪の証拠をつかむべく走り回り、確実と思われる証拠を手に入れたのだが。

 高級外車のディーラー社長の桑原。最初の事件で娘を失った桑原は、庄司が今回の事件を犯したと確信して、彼の潜伏先を監視している。心臓に病をかかえた桑原は、優秀な部下に会社を任せて引退を考えている。かれの最終目的は庄司に対する復讐だ。

 いかにもハードボイルドチックな筋で、展開する。
 だが、アクションが少なく、平板な感は否めない。
 動き回るまちは閉塞感漂う田舎町だ。
 そして、雨。

 巻末、すべての破局に向かって突き進む3人に、容赦なく雨が降りかかる。
 長き雨の烙印は3人それぞれに捺された、取り返しのつかない過去への妄執なのかもしれない。

 

2012年9月5日水曜日

事件でござるぞ、といわれても

「事件でござるぞ、太郎冠者」
井上尚登

単行本: 323ページ
出版社: 祥伝社 (2012/5/15)
言語 日本語
ISBN-10: 4396633874
ISBN-13: 978-4396633875
発売日: 2012/5/15


痛快・古典芸能ミステリー

『二人袴(ふたりばかま)』『附子(ぶす)』『瓜盗人(うりぬすびと)』……
推理の鍵は“狂言”の中に?
探偵コンビはイケメン狂言師と強面(こわもて)パンク女!?

煩悩、欲、見栄、嘘―――
狂言にはヒトの真実がてんこもり!?
人気狂言師・峰村(みねむら)みの吉(きち)が主宰する「狂言教室」の生徒が急死した。訃報にみの吉たちが驚く中、「それって筋が通らない」と言い出したのは、新入りの生徒・松永夏十(まつながなつと)だった。無愛想な上に、ツンツン立てた髪と濃いメイク、パンクスタイルで、とても狂言に興味があると思えない夏十だが、狂言の『二人袴(ふたりばかま)』をヒントに、意外な真相を探り出して・・・?

 住宅街の中の能楽堂。あとがきによれば、ある大蔵流の家元に、民家の内部に能舞台があるそうだ。杉並能楽堂といい、こちらは門構えの立派なお宅である。
 そういう住宅街の中にある能楽堂で狂言教室がおこなわれている。そこに新入門してきたのが、ドラゴン・タトゥーの女ならぬツンツンヘアに濃いメイク、黒いアイシャドー、上下黒服のパンク女・夏十。表紙の太郎冠者の後ろに顔を出している。素顔は美女らしい。
 そんな夏十と、バツイチ子持ちのイケメン30男・峰村みね吉、本名・光一郎の周囲に事件が起こる。

「二人袴」
 <中世、息子が嫁の実家にあいさつにいく儀式があった。頼りない駄目息子のために、親父が一緒に付いて行くことになるが、あいにく、袴が一枚しかない。息子が挨拶をしているときに、正式な服装の袴を履いていない親父は隠れていたのだが、そこを先方の太郎冠者に見つかってしまう。弱ったふたりは交代で袴をはいて、舅に挨拶するために右往左往する。ところが、最後に舅がふたり一緒に会いたいと言い出して、息子と親父は左右の袴を別々に履いて珍妙な舞いを披露するはめに・・・>
 狂言教室の生徒である和子が心臓発作でなくなったという。彼女は再婚した夫と一緒に狂言の会に行くはずだったのだが、夫は仕事の都合で来れなくなった。横にいた和子の友人の恵も教室の生徒だが、彼女もまた連れの男性が所用でこれなくなったとかで、ふたりの横はそれぞれ空席だったのだ。夏十はたまたまその会に来ており、その場面を目撃している。
 和子はその狂言の会の途中で様子がおかしくなり、その夜に亡くなっていた。
 夏十と、みの吉は、教室の生徒でもある刑事の保井を頼って、和子の周辺を探る。そこで和子の夫という人物には写真が残っていないということに気付き、なにか、訳があるのではないかと・・・

「花子」(はなご)
 <ある男、旅先で遊女に惚れてしまう。花子というその遊女に逢いたいために、女房には嘘をついて、お堂に籠るという。アリバイ作りのために太郎冠者に座禅襖という着物をかぶせていたが、それに女房が気付いてしまった。ほろ酔い機嫌で帰ってきた男の前には太郎冠者に代わって鬼の形相凄まじい女房が待っていて・・・>
 康子の夫である能役者の久作に殺人の嫌疑がかかる。殺されたのは玄葉という資産家。久作は玄葉に借金していたのだ。久作には浮気をしていた気配もある。その愛人らしき女が犯人と初めは思われていたが、犯行時間にはアリバイがあるという。
 康子の夫や愛人の動きをさぐるうちに、ある児童養護施設の存在が浮かび上がる。

「附子」
 <壷にあるのは『ぶす』という毒薬だから覗かぬように、と言いおいてご主人が出掛けてしまう。太郎冠者と次郎冠者は怖いものみたさのあまり、その『ぶす』の壷を覗き込む。そこには何やらうまそうなものがあり、ついついそれを食べてしまう。なんとそれは砂糖だったのだ。言いつけにそむいて叱られるのを察したふたりは一計を案じ、掛け軸を破るわ、大事な壷を割るわと乱暴狼藉。帰ってきた主人には、粗相をしてしまい申し訳なく、毒を飲んで死のうとしたがいくら飲んでも死に切れず、と訴えるのだが・・・>
 妻の不倫を咎めるため、妻とその不倫相手の目の前で毒薬を呑んで自殺するという事件が起こる。
 現場に乗り込んだ夏十は遠慮なく家捜しをして、ぬいぐるみの中にあるビデオカメラを発見した。そこには自殺したときの情景が録画されていた。

「武悪」(ぶあく)
 <武悪という部下が出仕しないと怒るあるじは、太郎冠者に武悪を始末せよと命じる。太郎冠者は魚釣りに誘い、隙を見て殺そうとするが果たせない。切ったことにしてあるじに報告するから、お前はどこかに逃げろ、と武悪を逃がす。報告を聞いたあるじは気を良くし、東山に遊山にいく。そこで都の名残に東山に参詣にきていた武悪と鉢合わせして大騒ぎ。太郎冠者はそれは武悪の幽霊だということにして、武悪には幽霊らしく振舞え、とたしなめる。調子に乗った武悪はあるじの元にあらわれ、冥土であるじの父親から言い付かったから刀剣を差し出せ、と命じる。あるじは父を懐かしく思い刀剣を差し出すが、かさにきた武悪は、あるじ本人も冥土へ連れて来いと仰せつかった、と追いかけだし・・・>
 康子にがんがみつかり、サッカーくじで手に入れた賞金を峰松家へ託すという遺書を書く。1年以内に甥が現れなければ、その遺産は峰村の家のものになるというのだ。甥は上杉幸次郎という立派な名前で、ふらふらと海外をさまよっており、生死も定かではないのだという。みね吉の祖父の3番目の妻・理恵など、その甥が現れませんようにと祈る始末。ところが、当の本人が現れたと、弁護士から連絡が入る。
 そのころ小学校あらしが連続していた。学校のガラスを割ったり、塀にペンキを塗ったり、今度は卒業生のモニュメントをこわしていた。
 果たして行方不明の幸次郎と学校あらしとは関係があるのだろうか。幸次郎は峰松家の弟・光二郎とは幼馴染。
 正体をあばこうとした夏十は・・・

「瓜盗人」
 <瓜を盗みに畑に入ったが、暗くてよくわからない。ごろごろ転がりながら瓜を取り込んだが、そこに人の影。許しを請うが相手はなにもしゃべらない。それは案山子だったのだ。腹をたてた瓜盗人は案山子もこわして立ち去る。次の日、畑の主は自分が案山子になって待ち受けている。そこにまたもや瓜盗人が現れ、瓜をとるばかりか、案山子を相手にお芝居の稽古を始めてしまう。初めは鬼の役で案山子をいじめるが、次は自分が罪人になって鬼に責められる場面を演じていると、背後から案山子が襲いかかってくる。やや、おぬしは。やるまいぞ、やるまいぞ・・・>
 2億円の絵画盗難事件。それもビデオカメラの記録では、停電があり、自家発電に切り替わる間の30秒間に消失しているのだ。絵の持ち主は、みの吉の別れた妻・桜子と付き合い始めたという商社の社長。
 かれは商売に行き詰まっていたというのだが・・・

「釣狐」(つりぎつね)
 <猟師に一族を殺された老狐。恨みをはらすため、猟師の伯父である白蔵主という僧侶に化けて猟師を諭す。狐は本来神であり、玉藻前の言い伝えでは退治された狐の怨念が殺生石になったという。それほどの威力をもつのだ。そんな狐をあたら殺してはいけない。恐ろしい話をきいた猟師は後悔し、狐釣りの罠を捨てる。その帰り、老狐は心ならずも狐釣りの餌に魅かれてしまい、変身を解いて餌を食べてやろうと姿を消す。猟師は、罠の餌がつつかれているのを見て、改めて罠を仕掛け直す。そこに老狐があらわれ罠にかかり、ふたたび猟師と渡り合うことに・・・>
 夏十の過去が明らかになる。
 ある病院で野口という老人を見舞う夏十。野口は狂言のファンでもあり、狂言で使われる面を集めていた。だが、泥棒に面が奪われ、そのときに突き飛ばされてけがを負っていたのだ。
 そして二人の女性と一匹の犬の行方不明事件が起こっていることがわかる。

 パンク女の夏十がなぜ、狂言の家元に居候になろうとしたのか。その理由が、事件の謎を解きながら、徐々に明らかになってくる。

 みね吉と夏十とのかかわり、前妻である桜子との関係も揺れ動きながら物語は進んで行く。
 でも、あんまり狂言のスジとは関係ないね。
 
 

爺の読書録