2012年4月24日火曜日

ファイナル・オペラで奏でられる悲劇とは


「ファイナル・オペラ」
山田正紀

単行本: 403ページ
出版社: 早川書房
言語 日本語
ISBN-10: 4152092793
ISBN-13: 978-4152092793
発売日: 2012/3/23

日本推理作家協会賞・本格ミステリ大賞受賞作『ミステリ・オペラ』三部作完結――世界最古の探偵小説、秘能『長柄橋』。歴史的不可能犯罪に若き日の検閲図書館黙忌一郎が挑む!
昭和二十年東京。八王子の神社の神主を務める明比家に伝わる秘能。それは、衆人環視の状況下で如何にして母親が子殺しの人買いに復讐したかを観客が推理する、世界最古の探偵小説というべきものだった。内容に呼応するように、上演中、演者が何者かに殺される。身近な悲劇と終戦目前の歴史的悲劇に人はどう立ち向かうのか。若き日の検閲図書館黙忌一郎が導く驚愕の真相! 著者渾身の本格伝奇ミステリ。

 謡曲「隅田川」。人さらいに奪われた子供を尋ねて東国へやってきた母親が、我が子・梅若丸の死を知り悲嘆にくれる。
 明比(あさひな)家に伝わる秘曲「長柄橋」はその後日談。母親は我が子を亡き者にした人さらいのことを許すことが出来ず、人さらいを殺そうとする。だが、その能が演じられる最中、事件が起こるのだ。演者が殺されてしまう。だが、殺されたのは誰なのか?
 
 昭和20年8月6日午前8時15分、玉音放送があった。そして、戦争は終わった。
 その4日前、8月2日の未明の空襲で炎に包まれた蔵。
 その蔵にあった能面は、蔵を開けたとたんに酸素を供給された蔵の中で燃え尽きたのか、あるいは燃え尽きることなく今もそのまま蔵の中に残されているのか? 
 扉を開けて、能面の所在を確認するたびに世界は分裂していく・・・

 ぼくの言葉は信じないでほしい、ぼくの記憶を信じないでほしい。
 語り手は明比(あさひな)花科(はなしな)。八王子の長良神社を代々あずかる神職の3男。
 8月1日の夜から2日の未明にかけて行われた、明比家に代々伝わる家能「長柄橋」。 
 始まってすぐ、空襲警報が鳴り、能は中断された。そして、防空壕の中で叔母の青磁環が毒殺され、子供の薫が行方不明になった。 

 その日から14年前、昭和6年にも「長柄橋」は奉納された。
 祖父の俊徳が非業の死を遂げた。
 そのときは、品川のしなと呼ばれる娼婦まがいの女が殺され、女が連れていた子供が行方不明になった。

 そしてその14年前の大正3年にも事件があった。
 それはぼくが自ら書いた手記「逆神」に残された記録だ。独逸人逃亡俘虜と、東北の寒村から人買いに拉致された少女との心中事件。

 時をおき、繰り返し発生する事件。
 それらの事件は起こったのか、起こらなかったのか。
 多重的に語られる物語。それらの事件を解き明かしていく検閲図書館黙忌一郎。

 しかし、8月2日の空襲により、事態は思わぬ展開を遂げる。
 不確定性原理と量子論がもたらした謎の事件。
 戦争は終わったのか、8月6日はどうなった?
 

2012年4月17日火曜日

夏天の虹の下で、澪はよみがえるか


「夏天の虹」みをつくし料理帖7
高田 郁

文庫: 312ページ
出版社: 角川春樹事務所
言語 日本語
ISBN-10: 4758436452
ISBN-13: 978-4758436458
発売日: 2012/3/15

想いびとである小松原と添う道か、料理人として生きる道か・・・・・・澪は、決して交わることのない道の上で悩み苦しんでいた。「つる家」で料理を旨そうに頬張るお客や、料理をつくり、供する自身の姿を思い浮かべる澪。天空に浮かぶ心星を見つめる澪の心には、決して譲れない辿り着きたい道が、はっきりと見えていた。そして澪は、自身の揺るがない決意を小松原に伝えることに―――(第一話「冬の雲雀」)。その他、表題作「夏天の虹」を含む全四篇。大好評「みをつくし料理貼」シリーズ、〈悲涙〉の第七弾!!

「冬の雲雀-滋味重湯」
 小松原との婚約を解消し料理の道に生きることを決意した澪だったが、その心星にしたがうためにはらった犠牲の重さに自分自身が耐えられず、ついに身体をこわしてしまう。おまけに、この一年、新たな創作料理は店の人々に作ってやったものばかりだと澪が気付いたとき、おりしも今年の料理番付が発表される。そこには・・・

「忘れ貝-牡蛎の宝船」
 体をこわした澪のために、料理人の又次が吉原から助っ人にやってくる。自分の決意を分からせようと、野江との思い出の貝殻を弁当箱に潜ませ、又次に託す澪。昆布を宝船に見立て、牡蛎を味合わせる趣向を編み出したが、それもやがて街の飲み屋が真似をするにいたる。如月がやがて終わる頃、小松原の婚礼が行われるのを見た澪は・・・

「一陽来復-鯛の福探し」
 一大事が起こる。澪の体の異変は嗅覚、味覚にまで影響を及ぼしたのだ。澪は味付けが分からず、香りも感じなくなってしまう。つる屋の料理は又次が毎日手助けすることになり、店の経営にはさしつかえがなくなった。澪は自分の体の不調よりも、客に料理を食べさせることで不自由な体を回復させることになるならば、と鯛の粗炊きを「福探し」として客に供することに。そんな澪に日本橋の一柳の店主、柳吾は、鼻と舌が眠っている間に料理人としてすべきことがあるはずだ、と器を見る目を養うことをすすめるのだった。

「夏天の虹-哀し柚べし」
 筍の季節、初鰹の季節。2ヶ月前に又次が準備した柚べしが食べごろになったころ、又次が吉原へ帰ってしまう日がやってきた。お別れの会を終え、吉原の大門まで又次を送っていった澪とつる屋の店主だが、そこで大変な事件に遭遇する。

 ということで昨年8月から7ヶ月ぶりの澪さんの登場。
 おまけに、次の巻までには1年余裕をいただきたいとのお断りもあり、次が待ち切れない読者は念入りに読み込むのだろうが、この悲痛な物語はそうそうゆったりとは読ませてくれない。
 小松原との別離に悲しむ余裕もなく料理の道に戻った澪には、お客の要望があり、店の人々に対する遠慮があった。周囲の人々はそれぞれの立場で思いやり、気遣ってくれるのだが、澪の気を晴らせるのは料理だけなのだろうか。おまけに料理人としての危機が澪を襲う。波乱の第7巻。

 作中、「鯛の鯛」はよく聞くが、「鯛の九つ道具」については初めて目にしたので、調べてみた。以下のURLに詳しくイラストを交えてアップされているので、ご参考までに。

以下、このブログでの過去の記録(降順)。
2巻目からだけど、長いおつきあい。

「心星ひとつ」11年8月刊

「小夜しぐれ 11年3月刊

「今朝の春」10年9月刊

「想い雲」10年3月刊

「花ちらしの雨」09年10月刊

2012年4月12日木曜日

アイアン・ハウスは絶望と希望をもたらす

 「アイアン・ハウス」
ジョン・ハート ()
東野 さやか (翻訳

ハヤカワ文庫、上・下
単行本: 373ページ、405ページ
出版社: 早川書房
言語 日本語
ISBN-10: 4151767053
ISBN-13: 978-4151767050
ISBN-10: 4151767061
ISBN-13: 978-4151767067
発売日: 2012/1/25

凄腕の殺し屋マイケルは、ガールフレンドのエレナの妊娠を機に、組織を抜けようと誓った。育ての親であるボスの了承は得たが、その手下のギャングたちは足抜けする彼への殺意を隠さない。ボスの死期が近く、その影響力は消えつつあったのだ。エレナの周辺に刺客が迫り、さらには、かつて孤児院で共に育ち、その後生き別れとなっていた弟ジュリアンまでが敵のターゲットに! ミステリ界の新帝王が放つ、緊迫のスリラー。
マイケルは作家として成功を収めたジュリアンとの再会を果たす。だが、弟は深く心を病んでいた。孤児院アイアン・ハウスでの忌まわしい記憶にいまだ取り憑かれているのか。しかも、ギャングの魔の手が迫るなか、弟を養子にした上院議員の邸宅の敷地で無残な死体が見つかる。それは孤児院でジュリアンを虐めていた連中の一人の成れの果てだった。まさか、弟が犯人なのか。交錯する謎が新たな謎を呼ぶ! 著者の新境地。

 アイアン・ハウスとは、ノース・カロライナ州アッシュビルから40マイル西にはいったアイアン・マウンテンの裾野にある孤児院。10ヶ月の赤ん坊だったマイケルと、未熟児として生まれた弟のジュリアンはその孤児院に収容された。
 少年になったマイケルは孤児院で孤高の存在となる。悪ガキどもから一線を画し、決して負けない、くじけない少年だった。しかし弟のジュリアンはひよわでいじめられっこだ。ジュリアンを凶悪な少年たちから守り、ある事件からいじめっ子を刺殺してしまったジュリアンにかわり、自分が犯人として自首することでジュリアンを保護する。
 やがてマイケルはアイアンハウスから脱走。同じ頃、弟のジュリアンは上院議員の養子として引き取られていった。

 そして現在、マイケルは恋人エレナの妊娠を機に、ギャングの組織を抜けようとしている。しかし組織はそれを許さず、エレナにも魔の手が延びてくる。ふたりは、レストランの爆破という暴挙に出た組織からの逃避行を続ける。
 今や風変わりな児童書作家として成功しているジュリアンだったが、その精神には病んだ部分が今も広がっており、母親として愛情をそそぐ上院議員夫人アビゲイルは、自分の手に負えないものがあると思っている。

 さすがに苛烈。すべての書評がことしのナンバーワンの評価をくわえている。
 マイケルとエレナの逃避行をメーンに、それを追うギャング内部の確執、ジュリアンと上院議員家族たちの仮面的な生活。多彩な登場人物がきっちり描かれ、スピーディーな展開に、はらはらどきどき。

 マイケルは逃亡の中で、弟のジュリアンにも組織の手が及ぶのではないかと考え始める。心配して訪ねて行った上院議員の家はガードマンに厳重に守られ、その意味では身の安全は確保できているとひと安心。しかし、統合失調症により精神に変調を来たしたジュリアンにはマイケルを認識することができたのかどうかもはなはだ怪しい。

 そして、マイケルは議員の家の前の湖にあったボートハウスで死体を発見する。あたかも少年時代にジュリアンが悪童を刺し貫いた同じ場所にナイフが残っていた。手際よく湖に死体を始末するマイケルに愛想をつかしたエレナはひとりで逃げ出してしまう。
 警察はまもなく湖の底の捜査を始める。だれかが目撃して通報したのだ。だが引き揚げられた死体はマイケルが始末した死体ではなかった。ほかに2体の遺骸が現れる。
 
 マイケルは思い始める。すべての発端は「アイアン・ハウス」にあるのだ。アイアン・ハウスへ行かなければ・・・

 ここから下巻。
 マイケルはアイアン・ハウスの経営者だった男から、孤児院のいきさつを聞き、ハウスで夜を過ごすことに。過去が蘇ってくる。
 そのころエレナが組織につかまり、マイケルが知る組織の資金のありかを白状させるための人質となってしまう。
 凶悪なギャングが拷問を繰り返す。普通でも堪え難いものだろうが、ましてエレナは身重だ。マイケルは自らも傷つきながら、組織の仲間割れに乗じてエレナを救出することに成功、ふたたび上院議員夫妻の世話になることに。
 そこで明かされていく数々の謎。
 そしてマイケルとジュリアンの出生の秘密が明らかになる。
 だが、そこで破綻が・・・

 いやあ、疾風怒濤の大作。
 だがね、主人公はギャングなんだよ。すご腕の殺し屋だ。出て来るヤツは悪者ばかり。冷静なギャングの二代目、残酷な殺し屋。上院議員にしても、ギャングと結託して裏金作りに懸命だ。貧しさから子供を放り出す母親もいた。
 
 なのにこのさわやかさはどうだ。アクションも楽しめる。
 そして、最後の最後、末尾の一行に感動して涙するのは爺だけだろうか。 
 

2012年4月3日火曜日

鮫島の貌がもたらす災厄、解決する事件


「鮫島の貌 新宿鮫短編集」
大沢在昌

単行本: 281ページ
出版社: 光文社
言語 日本語
ISBN-10: 4334927998
ISBN-13: 978-4334927998
発売日: 2012/1/18

2011年の小説ベスト10に続々ランクインの超話題作『絆回廊 新宿鮫Ⅹ』の興奮冷めぬ中、「新宿鮫」初短編集、遂に刊行! 

新宿署異動直後の鮫島を襲う危機を描く作品や、
腐った刑事や暗殺者との対決、
人気コミック「こちら葛飾区亀有公園前派出所」両津勘吉、
「エンジェル・ハート」冴場リョウが登場する異色作、

『狼花 新宿鮫Ⅸ』のサスペンスフルな後日談など、
「鮫」にしかない魅力が一編一編に凝縮された全10作。

「区立花園公園」
 わたしは新宿署でマンジュウなどとあだ名されている冷や飯食いの警部だ。最近、本庁公安のキャリアでありながら、警部として署に配属されてきた鮫島という男に気になるものを感じている。署には大森という腐ったリンゴというべき刑事がおり、大森が悪さをしようとしているのに気付いたわたしは、新宿花園公園まで出向くことに・・・
 最新の作品だが、設定としては新宿署に移籍した当初のエピソード。

「夜風」
 組を破門されたヤクザが鮫島を呼び出した。訪ねたアパートの一室では、丸B担当だった警官が自分の銃で胸を撃たれて苦しんでいる。

「似た者どうし」
 ライブを明日にひかえて、わたしは新宿の街をさまよっていた。ビルの屋上に行くと、Tシャツを血で汚した男の子が身を乗り出している。やめなよ、ここからじゃ死ねないかも知れないよ、と声をかけたことからしばらく話をして別れた。次の日、チンピラに絡まれているその子を見つけたわたしとアイツが彼を助けようとすると、その先を越してアイツと同い年くらいのくせっ毛の男の人がいちはやくチンピラたちをのしてしまった。「冴羽」 と、アイツは声をかけたけど、冴羽はあいさつもそこそこに風のように消えてしまった。一緒にいた香という女性もアイツの知り合いらしい。結局4人でライブハウスに出掛け、リハーサルを見てもらうことになる。
 晶の一人称で語られる、シティーハンター冴羽獠との出会いのひとこま。

「亡霊」
 白い肌と赤い唇だが、つるつるに剃りあげた坊主頭。新宿では名うてのやくざ・須藤を久しぶりに見かけた。だが、なにか様子が違う。故買屋とのトラブルがからんだ因縁話が事件をもたらす。

「雷鳴」
 わたしが店番をしている酒場にやくざが現れた。そのあとにやってきた刑事が鉄砲玉だったというやくざの足を洗わそうと説得する。刑事は鮫島と呼ばれていたが、やくざが店を出て行ったあと、鮫島はわたしに向かって・・・

「幼な馴染み」
 正月ののんびりとした一日。晶と鮫島は鑑識の薮を伴って、浅草へ初詣。そこでスリに襲われた女の子たちを助ける老人と出会う。薮は佃煮屋に案内するが、そこで出会ったのは薮の幼なじみの警察官・両津勘吉、なんとあのコチ亀だった。

「再会」
 わたしが鮫島と久しぶりに再会したのは、高校の同窓会。恩師が元気なうちにと開かれた会だったが、そのお流れで六本木の高級クラブに鮫島を伴うことにした。そこでやくざ風の男たちがからんでくるが、鮫島は軽くあしらう。そして、鮫島を送って行くクルマのなかで、鮫島はわたしの本当の姿を指摘して・・・

「水仙」
 ママフォースという店につとめる謎の中国美人。安というのだが、彼女の周辺にはなにか怪しい動きがある。鮫島は彼女の誘いにつきあいながら探りをいれる。そこに公安の手が伸びて・・・

「五十階で待つ」
 おれはドラゴンの誘いと思われる指令にしたがって、ビルの50階に荷物を届けることに。ドラゴンに気に入られれば今の状態から抜け出して、新しい自分になれる。しかし、エレベーターを降りたときにおれを待ち受けていたのはジーンズに皮ジャケットの刑事だった。鮫島と名乗る刑事は・・・

「霊園」
 事件から1年たって野間の墓園を訪れた鮫島の前に、野間の息子だという男が現れる。鮫島は野間を射殺したという負い目を持ち、息子に対しても強い態度をとれない。息子はそれをよいことに事件の背景を暴こうとする。
 シリーズ第5作「炎蛹」から登場して前前作「狼花」で鮫島と最後の対決をしたロベルト村上、またの名を仙田、深見、そして、本名は間野総治。鮫島のライバルともいうべき男が死の間際にに発した言葉とは・・・

 という10作。中には、なにも鮫島警部が出て来なくてもいいのでは、という作もあるが、そこはそれ、大沢マジックにかかれば、現れた鮫島の風貌がそれまでの物語の流れを引き締め、鮫島のひとことが物語の行方を決めてしまう。
 ファンが期待する鮫島のあるべき姿がそこに描かれている、貴重な短編集。
 

2012年4月2日月曜日

開かせていただき光栄です。本のページも


「開かせていただき光栄です」
皆川 博子

単行本: 440ページ
出版社: 早川書房
言語 日本語
ISBN-10: 4152092270
ISBN-13: 978-4152092274
発売日: 2011/7/15

 開かれたのは、躰、本、謎。作家生活40年のキャリアを誇る著者の集大成にして新境地! 18世紀ロンドン。増える屍体、暗号、密室、監禁、稀覯本、盲目の判事……解剖医ダニエルとその弟子たちが辿りついた真実とは?
  18世紀ロンドン。外科医ダニエルの解剖教室から、あるはずのない屍体が発見された。四肢を切断された少年と顔を潰された男性。増える屍体に戸惑うダニエルと弟子たちに、治安判事は捜査協力を要請する。だが背後には、詩人志望の少年の辿った稀覯本をめぐる恐るべき運命が……解剖学が先端科学であると同時に偏見にも晒された時代。そんな時代の落とし子たちがときに可笑しくときに哀しい不可能犯罪に挑む。

 Dilated To Meet You   = 本書の英語タイトル 
 Delighted To Meet You = お目にかかれて光栄です

 というふうに、洒落でタイトルをつけてしまうのも皆川さんの貫禄のなせる技。
 かねてから「死の泉」に始まる、ドイツや英国が舞台の皆川ミステリーを読みたいと思いつつ、なかなか果たせなかった。これが久方ぶりの皆川ワールド。
 2012年の「文春ベスト」と、「このミス」でともに第3位。ことしは日本部門の1~3位がそれぞれ同一作品で占められていたというめずらしい結果になったが、さもあらんという内容。

 舞台は18世紀のロンドン。だが、会話をはじめ人物の設定はきわめて現代的だ。こんなふうには喋らないだろう、という書評もどこかで見かけた。当時の雰囲気をいかし、その時代でなければ起こりえなかった事件が展開される。

 登場人物も華やかだ。
 男装の麗人、美貌のヴァイオリニストにして犯罪捜査官、実は治安判事の姪、アン=シャーリー・モア。
 その叔父である盲目の治安判事、ジョン・フィールディング。
 この二人が探偵役として解決していくのは、謎の死体現出事件と連続殺人。そう、死体消失ではなく、死体が増えてしまったのだ。

 ダニエル・バートン。病院外科医であるが、私的に解剖教室を開いており、医療的な貢献ばかりでなく、解剖は犯罪捜査にも役立つと力説する。
 エドワード・ターナー、容姿端麗なダニエルの弟子。
 ナイジェル・ハート、天才的な細密画家、ダ・ビンチにもおとらず、ミケランジェルよりも巧緻に解剖の記録を残す。
 タイトルは彼らが遺体を目の前にして挨拶をするときのセリフなのだ。

 このメンバーがそろって解剖しているのが、6ヶ月の胎児を宿した男爵令嬢の死体。
 そこに治安判事直属の犯罪捜査犯人逮捕係のボウ・ストリート・ランナーズが乱入してくる。死体盗難の捜査に訪れたのだ。たしかに妊婦の死体は墓暴きから買い取ったものだったのだ。
 あわてて死体を暖炉の奥に隠し終えた3人だが、判事の部下たちが帰った後、その死体を再び取り出そうとしたところ、現れたのは四肢を切断された若い男性の死体だった。そんなはずはない、とあわててもう一度調べ出すと、こんどは顔をつぶされた男の死体が出現する。

 交互に語られるのは、田舎町からロンドンに辿り着いた詩人希望の青年ネイサン・カレンの物語。中世の詩編を屋根裏部屋で発見し、その研究の結果、自分でも古語に詳しくなり、その詩編を本にまとめようと伝手を頼ってきたのだが・・・
 ネイサンと令嬢エレインの出会い。
 そしてエドとナイジェルがネイサンと知己になったことから、ロンドンの街が徐々に暗い側面を呈して来る。

 ネイサンのエピソードは3ヶ月ほど前にさかのぼることが明らかになるが、そこでは中世詩編の実態、ロンドンの暴動、暴動のどさくさに刑務所に捕われれしまうネイサン、そこからの脱出行などが描かれていく。
 詩人を夢見た青年を脅して一儲けをたくらむ書店のあるじ。
 そして死体となって発見されたときに残されていた、自分で胸の上に書いたというダイイング・メッセージの謎は・・・

 後半、盲目の判事が活躍する部分はすこぶる痛快だ。盲目ながら、音、匂い、手の平による触覚など、あらゆる感覚を総動員して、人間嘘発見機そのままの能力で事情聴取にあたり、死体の謎、事件の実相を暴いて行く。
 その途中に起こる次の殺人事件。
 ダニエルの兄や野望を秘めた仲買人、ふたりの悪事を暴くべく活躍していた解剖学教室の弟子たちが何故、凶行に及んだのか。そしてネイサンはなぜ殺されてしまったのか。

 ユーモアに満ちた描写で、暗い陰鬱な物語が華やかなお芝居に変貌する。
 美男美女や威厳に満ちた判事、華やかな上流階級の人々や、ひとくせもふたくせもある悪漢ども。シェイクスピアの芝居に出て来るような墓荒らしやロンドンの底辺に住まう人々。
 ラストに訪れるカタルシスは、ある程度予測もつくし、そうあって欲しいと読者それぞれが望むものだろう。ことしのベスト3が納得出来る意欲作。
 

爺の読書録