2012年4月2日月曜日

開かせていただき光栄です。本のページも


「開かせていただき光栄です」
皆川 博子

単行本: 440ページ
出版社: 早川書房
言語 日本語
ISBN-10: 4152092270
ISBN-13: 978-4152092274
発売日: 2011/7/15

 開かれたのは、躰、本、謎。作家生活40年のキャリアを誇る著者の集大成にして新境地! 18世紀ロンドン。増える屍体、暗号、密室、監禁、稀覯本、盲目の判事……解剖医ダニエルとその弟子たちが辿りついた真実とは?
  18世紀ロンドン。外科医ダニエルの解剖教室から、あるはずのない屍体が発見された。四肢を切断された少年と顔を潰された男性。増える屍体に戸惑うダニエルと弟子たちに、治安判事は捜査協力を要請する。だが背後には、詩人志望の少年の辿った稀覯本をめぐる恐るべき運命が……解剖学が先端科学であると同時に偏見にも晒された時代。そんな時代の落とし子たちがときに可笑しくときに哀しい不可能犯罪に挑む。

 Dilated To Meet You   = 本書の英語タイトル 
 Delighted To Meet You = お目にかかれて光栄です

 というふうに、洒落でタイトルをつけてしまうのも皆川さんの貫禄のなせる技。
 かねてから「死の泉」に始まる、ドイツや英国が舞台の皆川ミステリーを読みたいと思いつつ、なかなか果たせなかった。これが久方ぶりの皆川ワールド。
 2012年の「文春ベスト」と、「このミス」でともに第3位。ことしは日本部門の1~3位がそれぞれ同一作品で占められていたというめずらしい結果になったが、さもあらんという内容。

 舞台は18世紀のロンドン。だが、会話をはじめ人物の設定はきわめて現代的だ。こんなふうには喋らないだろう、という書評もどこかで見かけた。当時の雰囲気をいかし、その時代でなければ起こりえなかった事件が展開される。

 登場人物も華やかだ。
 男装の麗人、美貌のヴァイオリニストにして犯罪捜査官、実は治安判事の姪、アン=シャーリー・モア。
 その叔父である盲目の治安判事、ジョン・フィールディング。
 この二人が探偵役として解決していくのは、謎の死体現出事件と連続殺人。そう、死体消失ではなく、死体が増えてしまったのだ。

 ダニエル・バートン。病院外科医であるが、私的に解剖教室を開いており、医療的な貢献ばかりでなく、解剖は犯罪捜査にも役立つと力説する。
 エドワード・ターナー、容姿端麗なダニエルの弟子。
 ナイジェル・ハート、天才的な細密画家、ダ・ビンチにもおとらず、ミケランジェルよりも巧緻に解剖の記録を残す。
 タイトルは彼らが遺体を目の前にして挨拶をするときのセリフなのだ。

 このメンバーがそろって解剖しているのが、6ヶ月の胎児を宿した男爵令嬢の死体。
 そこに治安判事直属の犯罪捜査犯人逮捕係のボウ・ストリート・ランナーズが乱入してくる。死体盗難の捜査に訪れたのだ。たしかに妊婦の死体は墓暴きから買い取ったものだったのだ。
 あわてて死体を暖炉の奥に隠し終えた3人だが、判事の部下たちが帰った後、その死体を再び取り出そうとしたところ、現れたのは四肢を切断された若い男性の死体だった。そんなはずはない、とあわててもう一度調べ出すと、こんどは顔をつぶされた男の死体が出現する。

 交互に語られるのは、田舎町からロンドンに辿り着いた詩人希望の青年ネイサン・カレンの物語。中世の詩編を屋根裏部屋で発見し、その研究の結果、自分でも古語に詳しくなり、その詩編を本にまとめようと伝手を頼ってきたのだが・・・
 ネイサンと令嬢エレインの出会い。
 そしてエドとナイジェルがネイサンと知己になったことから、ロンドンの街が徐々に暗い側面を呈して来る。

 ネイサンのエピソードは3ヶ月ほど前にさかのぼることが明らかになるが、そこでは中世詩編の実態、ロンドンの暴動、暴動のどさくさに刑務所に捕われれしまうネイサン、そこからの脱出行などが描かれていく。
 詩人を夢見た青年を脅して一儲けをたくらむ書店のあるじ。
 そして死体となって発見されたときに残されていた、自分で胸の上に書いたというダイイング・メッセージの謎は・・・

 後半、盲目の判事が活躍する部分はすこぶる痛快だ。盲目ながら、音、匂い、手の平による触覚など、あらゆる感覚を総動員して、人間嘘発見機そのままの能力で事情聴取にあたり、死体の謎、事件の実相を暴いて行く。
 その途中に起こる次の殺人事件。
 ダニエルの兄や野望を秘めた仲買人、ふたりの悪事を暴くべく活躍していた解剖学教室の弟子たちが何故、凶行に及んだのか。そしてネイサンはなぜ殺されてしまったのか。

 ユーモアに満ちた描写で、暗い陰鬱な物語が華やかなお芝居に変貌する。
 美男美女や威厳に満ちた判事、華やかな上流階級の人々や、ひとくせもふたくせもある悪漢ども。シェイクスピアの芝居に出て来るような墓荒らしやロンドンの底辺に住まう人々。
 ラストに訪れるカタルシスは、ある程度予測もつくし、そうあって欲しいと読者それぞれが望むものだろう。ことしのベスト3が納得出来る意欲作。
 

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