2011年6月30日木曜日

やはりキング、なんたってキング



「アンダー・ザ・ドーム」(上・下)
スティーヴン・キング著 
白石 朗訳

単行本(ソフトカバー): 712ページ、688ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163804706
ISBN-13: 978-4163804705
9784163804804
発売日: 2011/4/28

 前の「悪霊の島」が2009年秋ということで2年ぶりのキングである。
 今回はメイン州の小さな町チェスターズビルが舞台。
 この町の境界近くに突然なんらかの力場ができる。その力場が壁となって町を取り囲んでしまうのだ。そう、これが<ドーム>。

 なにせ突然出来たものだから、そこにいた野うさぎが真っ二つになってしまう。小型飛行機の練習をしていた町の指導者夫人がそこにぶち当たり墜落する。当然バラバラになって落ちてくる。たまたまそこにトラックが通りかかっていたので、こちらもそのまま壁に衝突して大破した。
 町では、道路に着陸しようとした飛行機がトラックとぶつかった、という噂がささやかれることになる。
 なにも知らない人たちにすれば当然の認識だろう。

 事故の見物に来た町民がその壁に正面衝突して鼻血を出すのはましなほう。クルマでぶつかって衝突事故で亡くなってしまう人もでてくる。そうして徐々に壁の実態が分かってくる。どうやら町をぐるりと取り囲んでいるらしい。
 町の人々はまず神に祈る。このあたり、やはりアメリカ。今回の日本の災厄で一番欠けているのがそういった霊的なものへの畏怖、祈りだったという論評もあったが、こういう神様へのスタンスではやはりキリスト世界の伝統に感動する。
 そうそう、祈りのあとは大騒ぎ。これもいいね! 野原で祈りの会が開かれたものだから、それに便乗して在庫を処分したバーベキュー大会をおこなって、町のスーパーマーケットの経営者が大もうけ。これもアメリカ的。

 軍の調査によると、この壁は地下深く、地上は高さ1万数千メートルにまで達しているのだという。
 空気は通すが、わずかな微粒子しか通さない。そして破壊不可能だという結論。
 水は、食料は、燃料はどうなる?
 この閉鎖された空間で、人々は生き延びることが出来るのだろうか。

 この点、実はアメリカ的なものが逆に作用する。
 アメリカの田舎町は日常的に閉鎖的なのだそうだ。そういえば、ドラマや映画を見ていても、閉鎖的な町の人たちの中になにやら得たいの知れない男たちや女が現れてトラブルを起こしていく、ってのが通例だから、今回みたいに閉鎖されたところで急に何かが変わるわけでもない。

 そこで登場人物。
 町の独裁者ともいえる悪徳中古車業者ビッグ・ジム。当然、警察や聖職者も仲間に入っている。そのボスの息子であるジュニアという大学中退の悪ガキとその取り巻き連。
 かたやその連中と揉めたために、穏やかに町を出て行こうとしながら、閉じ込められてしまった元陸軍大尉のコック、バービー。
 両者の対立を中心に、閉ざされた町でそれぞれの駆け引きが始まる。

 その二人の対立を見守るのが、町の新聞社の女性編集長。
 そしてキング作品にはおなじみの、謎の力を持つ子供達。自分達はその意識がないまま、予言ともいえない未来の出来事を口にする。それが現実として発現するシーンはキング節炸裂だ。
 そしてそして、これもおなじみ、天才少年とその友人達。自転車で走り回り、ガイガーカウンターを探し出しては危機の本質を理解しようとする。
 女性編集者の飼い犬のウェルシュコーギーも大活躍。死者の声を聞き、大事なメッセージを発見する。
 ことしのハロウィンは来ないほうがいい、という通奏低音のもと、暴力の宴が重ねられていく。

 ラスト、すべての暴力が最大ピークを迎え暴発するとき、キングだけに許される、昇華ともいうべきカタルシスが訪れる。
 
 1400ページ、上下2段組みの大長編。
 長い物語を長い時間をかけて読み続ける。筆者はアクセル全開、という歌い文句だが、通勤読者には過酷な緊張感を強いられる。
 おかげで、5週間かかって1250ページまで読み進んだところで一旦中断。
 その後、2冊をはさんでようやく読了となったしだい。 

2011年6月28日火曜日

謎の新種生物と、新薬創出との関わりは


「ジェノサイド」
高野和明
単行本: 590ページ
出版社: 角川書店(角川グループパブリッシング)
ISBN-10: 4048741837
ISBN-13: 978-4048741835
発売日: 2011/3/30
  
 始まりはアメリカ、ホワイトハウス。大統領の下に人類絶滅の危機だというレポートが届く。アフリカで新種生物が発見されたというのだ。それはすでに30年前から危惧されていたことだという。
 かたや、傭兵生活で病気の息子の治療費を稼ぐイエーガーには、コンゴでの極秘任務が与えられる。息子の難病治療にかかる費用を思えば願ってもないことと、その任務に飛び込むことに。
 そして日本。こちらは大学院で薬学を専攻する古賀研人(けんと)を中心に物語が展開する。急死した父の葬儀が済んで間もなく、当の父から、生前に準備していたらしきメールが届く。新薬の研究を続けるように、というのだ。その準備はすでに整えられていた。そして協力者らしき人物も。
  
 さて、ジェノサイド、民族抹殺というわけだが、これには何種類か描かれる。
 アフガン、イラクのテロ組織による無差別攻撃。これは米軍による、アフガン、イラクへの攻撃への報復だと位置づけされる。
 あるいはアフリカの奥地で、民兵組織による地元民の虐殺。
 米大統領はその新種生物の抹殺を命じる。そう、新種生物とは新人類なのだ。
 
 コンゴの奥地で新人類の子供と出会ったイエーガーは仲間たちとともに、その新人類を救出するべく活動を始める。大統領にそむくことになるのだが、その代償は、新人類が作り出してくれる難病治療薬だ。
 治療薬は日本で、研人と協力者の韓国人留学生が、謎の創薬ソフトを使って試験を重ねている。テストの合間を縫って、研人は父の研究のあとを辿り、父が一時期コンゴで研究していたことを知る。しかし、米軍の追求が日本の警察の手を通じて研究を阻もうとする。
 
 新人類は現人類によって抹殺されていくというのが、昔からSFのストーリーに多い。名作も数多ある。いわばお決まりのストーリーだった。今回も大統領の命令により、新人類は抹殺される運命にあるのだが。
 イエーガーと仲間たちによる出アフリカの決死行はすさまじい迫力。
  
 現在の世界は、知能が高い人間がたったひとりで操作出来うる世界になっているようだ。たしかに世界に張り巡らされたネットの網が操作できれば、金融、軍事面での壁などないも同然。
 ただ、新人類は現人類に戦いを挑むわけではない。その遠大な計画には目を見張らせるものがある。
 進化した人間がかいま見せる世界に乾杯。
 

2011年6月16日木曜日

よろこびはここにある。18世紀のヴェネツィアへようこそ

「ピエタ」
大島真寿美

単行本: 336ページ
出版社: ポプラ社
言語 日本語
ISBN-10: 4591122670
ISBN-13: 978-4591122679
発売日: 2011/2/9

 わたしはエミーリア。
 45年前、ピエタに預けられた。
 ピエタとは慈善院。そう、わたしは捨て子だったのだ。

 そして、きのう、ピエタを育て上げてきたヴィヴァルディ先生の訃報が届けられた。
 わたしと親友のアンナ・マリーアはピエタを生き残らせるための方策を進める。
 なんといってもヴィヴァルディ先生あってのピエタだった。
 わたしとアンナ・マリーアはピエタの<合奏・合唱の娘たち>の一員であり、そのピエタの音楽を、いや、ヴェネツィアの音楽を、世界の音楽をリードしていたのはヴィヴァルディ先生だった。

 そして、ヴェロニカ。
 彼女は貴族の娘でありながらピエタでヴァイオリンを奏でていた。ただ、技術的には自分でも認めているのだが、ただの一員でしかなかった。
 ヴェロニカは先生の遺産の整理にともない、昔、いたずら書きをした楽譜の存在をほのめかす。
 楽譜の裏に、手書きで詩を書いたという。その楽譜を取り戻したいのだそうだ。

 その楽譜を探すうちにいろいろな人々と出会うことになった。
 まず、ヴィヴァルディ先生の姉妹たち。プリマ・ドンナとして名を馳せるジロー嬢もいるが、今は落ちぶれた貴族のお姉様。
 そしてヴェネツィアでは有名な高級娼婦のクラウディア。彼女の存在こそが先生の真実の姿をあばき出す。
 
 ヴェロニカの探す楽譜は見つからないまま、わたしたちの捜索は幕を閉じる。

 そしてその後、何年かの後、全ての解決が訪れる。

 1741年のヴェネツィアから始まる物語。
 わたしたちの、そして、ヴィヴァルディ先生の生きた時代をご覧下さい。


爺の読書録