2012年3月27日火曜日

焼け跡の浅草から笑いを届けようと

「笑い三年、泣き三月。」
木内 昇

単行本: 416ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163808507
ISBN-13: 978-4163808505
発売日: 2011/9/16


直木賞受賞大型新人が戦後の昭和に挑戦した傑作
終戦直後、焼け跡で出会った男3人。年齢も境遇も違う彼らは浅草のストリップ小屋で家族のように暮らし始める。直木賞受賞第一作

昭和21年、焼き払われたあとの東京で出会った男3人。岡部善造は旅回りの万歳芸人だが、一旗あげようと上京してきたお人好し。鹿内光秀は映画会社を解雇されたあと南洋の島に送られた、ひねくれ者の復員兵。田川武雄は活字中毒の戦災孤児。彼らは浅草のストリップ小屋に拾われ、ボロアパートで家族のように暮らし始める。この1冊で、戦後の芸能史、食料事情、政治状況が丸わかりです。極上のエンターテインメントが誕生しました。(KH)

 一昨年の「漂沙のうたう」から1年後に刊行された直木賞受賞後第一作。
 前作は明治維新のごたごたが収まりかけた明治10年が舞台だったが、今回は戦後のどさくさがまださめやらぬ昭和21年秋の浅草から始まる物語。
 金沢からの列車で上野駅に降り立った、三河万歳の旅芸人の岡部善造。馴れ馴れしい浮浪児・田川武雄が声をかけてくる。エンコこと浅草公園まで案内してやるというのだ。
善造は途中で出会った復員兵・鹿内光秀とともに浅草を目指す。

 戦前の砧の撮影所で助監督だった杉浦保は、浅草6区にミリオン座と名付けた小屋を構え、興行を始めていた。光秀はそこの下働きだった。
 帝都座5階劇場で見た額縁ショーが気に入り、ミリオン座の演し物は当今はやりのエロに決まった。その出演者募集に応じて来たのが風間時子、なぜかふう子と呼ばれる。ほかにふたりの踊り子が雇われ、7人の奇妙な生活が始まった。
 そこに、光秀が戦前、松竹で働いていたときにカメラマンを勤めていた大森が現れる。

 戦後の世相、浅草の復興、軽演劇の変遷などが描かれる。物価の高騰。買い出しに出掛けた東京近郊の農家の横柄さ。そんな中でも、徐々に昔の生活にもどっていく人々。

 戦災孤児の武雄はおとなたちにまざって成長していく。印刷工場を経営していた父を空襲で亡くした悲しさから心を閉ざして反発していた武雄だが、ふう子や大森とのふれあいから徐々に自分を取り戻していく。
 やがて昭和25年の新年。
 杉浦保はミリオン座の経営を安定させ、その従業員たちの行く末の世話をしてやる。
 光秀はミリオン座の照明係、演出家としての自分にあきたらず、共産党員の助監督にさそわれ映画会社につとめを見つけ出すのだが・・・

 善造のもとには、金沢まで万歳の相方を続けて来ていたとしちゃんが数年ぶりに現れ・・・
 そして武雄は大森に教えられたカメラの魅力にとりつかれ、自分の未来をそれに託そうと思い始める。

 戦後の苦しい時期、吹き寄せられて集まった男たちや女たちが、ひとりの孤児を守りながらようやく戦後から抜け出して行く。
 自分ではどうしようもなかった運命から解き放たれ、自分の足で歩き出す人々。人は自分で笑えるときには寄席や映画に行ったりすることはない、と保が述懐するとおりだ。

 物語では4年ばかりが経過するが、笑い3年といわれる芸道修行の厳しさよりも長い時をすごした人たちは、心から笑える日々を迎えることが出来たのだろうか。
 

2012年3月19日月曜日

ブラック・アゲートの災厄が日本を覆っている

「ブラック・アゲート」
上田 早夕里

単行本: 347ページ
出版社: 光文社
言語 日本語
ISBN-10: 4334928064
ISBN-13: 978-4334928063
発売日: 2012/2/18


「殺人バチ」の忍び寄る恐怖。
私たちに残された時間はあと僅かしか、ない。
日本各地で猛威を振るう未知種のアゲート蜂。
人間に寄生し、羽化する際に命を奪うことで人々に恐れられていた。
瀬戸内海の小島でもアゲート蜂が発見され、病院で働く事務長の暁生は、娘・陽菜の体内にこの寄生蜂の幼虫が棲息していることを知る。
幼虫を確実に殺す薬はない。
未認可の新薬を扱っている本土の病院を教えられた暁生は、娘とともに新薬を求めて島を出ようとするが、目の前に大きな壁が立ちはだかる……。
暁生親子の運命はいかに? 

怖い話だ。
蜂が怖い。
 瑪瑙(アゲート)に似た模様を持つ新種の蜂。体長18ミリメートル。鋭い口吻で刺されると、人間は何も感じないまま卵を産みつけられてしまう。
 アゲート蜂に刺され寄生されて起きる症状を<AWS>と呼ぶ。炎症、発熱、脳障害、ショック死などを伴う。卵は1ヶ月で成虫になるが、そのときに宿主の生命を奪う。生命が助かっても寄生された人間は脳症を患い、徘徊、凶暴性を呈する。
 予防する薬はない。それよりなにより、蜂を駆除する手だてがない。
 寄生されて死んだ人間は直ちに焼却して蜂の増殖を防ぐことになる。葬儀もできず、家族自ら死体を焼却する風景も日常的になってしまった。だが、それでも蜂は繁殖する。人間のみならず、動物にも寄生するからだ。
 人類に未来はあるのか。

人間が怖い。
 警察庁の下部組織として<AWS対策班>が組織される。蜂症にかかった人間を隔離し見張る役目を負い、蜂の拡散を防ぐ。そのためには暴力をためらわない。自衛隊、警官出身の男たちで組織され、命令を忠実に実行する。
 一般人も怖い。蜂症患者が出た地区は封鎖されるが、そこから人が出ないように見張る。封鎖地区から脱出した人たちを差別する。だが、いつ自分がその対象にならないとも限らない。

国が怖い。
 AWS対策班を組織し、蜂症患者を隔離するが、それも後手後手にまわっている。すでに日本には北海道や東北の一部を除いて発生していない地区はほとんどない。
 膨大な医療費増加にともない、消費税率アップと健保自己負担率の増加は両立するのか。なすすべもなく、経済的な破綻が近づいている。なにしろ、働き手がいなくなっているのだ。
 
 瀬戸内海の小さな島で起こる追跡劇。
 6月。島の病院で事務長を勤める高寺暁生が訪れた神戸・三ノ宮で遭遇した事件は、AWSを発症して凶暴化した患者が無差別殺人を起こす現場だった。
 島に帰った暁生に悲報がもたらされる。中学時代の恩師が亡くなったのだ。その通夜の場で、恩師の死骸から蜂が飛び出すのを目撃する。島はすでに蜂におかされていた。
 島民の検査が行われ、一人娘の陽菜(ひな)がAWS検査で陽性と判定されてしまう。病院長の野口は本土の研究機関で治療にあたることを提案する。野口とは中学時代から先輩後輩として将棋クラブで切磋琢磨していた間柄だった。
 妻と娘とともに島を出る用意をしていた暁生だが、そのときすでに、AWS対策班の村綺が指揮する一隊が島を封鎖していた。

 上田さんの作品は昨年の「華竜の宮」が懐かしい。水没した世界で起こる冒険が華やかだった。今回は蜂という小さな昆虫に翻弄される人類を描く。前作の前にも、寄生した茸の病気で日本が覆われるという作品もあったそう。
 パニックに陥る日本をそのまま描くのではなく、それを背景として、ひとつの家族の冒険行が描かれる。

 AWS対策班と病院長の知恵比べ。拷問も辞さない村綺と、将棋できたえた頭脳プレーとハイテクの知識でそれをかわして行く野口の対決が見物。
 暁生にも助太刀が現れる。本土の医療機関に協力するボランティアの沢井親子が脱出の手助けをする。息子の健太は、島に移り住んだ当時の陽菜の同級生だった。彼は昆虫マニア。蜂の生態にも詳しい。
 
 島を横断して、南端の岬から、迎えのボートに乗り込もうとする寸前、ついにAWS対策班が暁生たちに追いつく。村綺の銃口が火を噴き沢井がその餌食になってしまう。無慈悲な村綺はつぎに健太に狙いをさだめた。その時・・・

 ストーリーとしては一直線。だが、その背景にあるものには寒気がする。村綺の無慈悲さにも怖気を震うが、彼の成り立ちも理由付けされ、悲劇の象徴としていい役を担っている。

 「蜂は悪くない。怖いのは人間のほうや——
 昆虫少年の健太がつぶやくその言葉が、人間と昆虫が共存する世界を築くよすがになるのだろうか。
 

2012年3月13日火曜日

リヴァイアサン、血沸き肉踊る冒険活劇をどうぞ

「リヴァイアサン」
スコット・ウエスターフェルド(著)
小林 美幸(訳)

新書: 416ページ
出版社: 早川書房
言語 日本語
ISBN-10: 415335001X
ISBN-13: 978-4153350014
発売日: 2011/12/7


【ローカス賞/オーリアリス賞受賞】世界的ベストセラーの冒険スチームパンク三部作、ここに開幕!
1914年、ヨーロッパではふたつの勢力が拮抗していた。遺伝子操作された動物を基盤とする、英国などの〈ダーウィニスト〉と、蒸気機関やディーゼル駆動の機械文明を発達させたドイツら〈クランカー〉。両者の対立は深まり、オーストリア大公夫妻の暗殺につながった……。両親を殺した一派に追われる公子アレックと、空への憧れから男装し英国海軍航空隊に志願した少女デリン。ふたりの運命はやがて巨大飛行獣リヴァイアサンで邂逅する! 奇妙なテクノロジーが彩る第一次大戦下の世界で少年と少女の成長と絆を描く、ローカス賞受賞の冒険スチームパンク三部作、開幕篇。

 オーストリア大公夫妻が暗殺された。その知らせが届いた夜、息子であるアレックは4人の家臣とともに屋敷を脱出。それを追ってドイツ軍が攻撃を仕掛けて来る。
 かたやロンドンでは、女であることを隠して航空隊をめざす少女デリンが、新兵いじめの儀式めいた飛行訓練を受けていた。

 と書くと、少年少女の成長物語の始まりだな、と理解していただけるだろう。
 だが、時代は1914年。第一次世界大戦が始まる年だ。
 アレックが脱出するときに使うのはダイムラー社製のエンジンを積んだ2足歩行型ウォーカー。攻撃して来た敵は6足歩行の巨大ウォーカーを操って砲火を浴びせて来る。
 デリンが搭乗するのはハクスリーと呼ばれるエア・ビースト(空獣)。人造のクラゲだ。自らの排気で作られた水素を体内に蓄積する、生きたエア・バルーンなのだ。

 スチーム・パンクと呼ばれる。
 少し前の、近代黎明期。現在の単なる過去ではなく、独自の科学が発達している世界。イギリスではダーウィンの進化論に基づき、遺伝子組み換えによる人造生物が人類の手助けをしている。
 また、大陸では蒸気機関やディーゼルエンジンを駆使する機械文明が発達している。やはりドイツが世界の覇者として君臨する野望を抱いているようだ。

 ハプスブルグ家の末裔としてオーストリア=ハンガリー帝国を再生させるために、アレックはドイツ軍の追跡をかわし、スイスへ逃れるべく、従者たちと雪のアルプス越えを試みる。
 デリンは空軍士官候補生と認められ軍に入隊。巨大な生物飛行船・リヴァイアサンの乗員として訓練の日々を過ごしている。そこに密命が下され、ロンドンの生物学博士をコンスタンティノープルへ移送することに。

 そしてアルプスの氷河に埋もれた山頂の城に逃げ延びて潜んでいるアレックたち主従の前に、敵の攻撃を受けて傷ついたリヴァイアサンが不時着する。
 そして、ふたりは出逢った。

 ストーリーとしては単純。それぞれ身分を隠しながら、関わらざるを得なくなるふたりの活躍が楽しい。

 それよりなにより、異様な機械文明、生物兵器、生体乗りもの、それらが数ページおきにはさまれるイラストが理解を助けてくれる。このイラストがないと、読者自身の想像力は恐らく追いついていかないだろう。

 
 巻末、飛行獣リヴァイアサンは地中海の上を漂っている。
 だが、すべての解決は次巻までおあずけだ。
 博士が大事に守ってきた卵からは何が生まれるのか。
 正体を明かさないハプスブルグ家の末裔は世界の平和にどう役立っていくのか。
 そして頑迷固陋だが忠実な家老たち。主家の御曹司を守るためなら厳しい指導を欠かさない。まるで日本の時代劇だね。
 デリンは女として生きることを選ぶことができるのか。


 血沸き肉踊る冒険活劇。なにか懐かしいムードが漂い、むかし、こんな思いを持って読みふけった本があったなあ、と思ったりする。自分が歳取ったのか、今まで読んできた本が悪いのか。


 さあ、異なった文明がつくる第一次大戦前夜の世界をのぞいてみよう。
 

2012年3月7日水曜日

謎解きは続く、ディナーの後にも


「謎解きはディナーのあとで 2」
東川 篤哉

単行本: 256ページ
出版社: 小学館
言語 日本語
ISBN-10: 4093863164
ISBN-13: 978-4093863162
発売日: 2011/11/10

毒舌執事&令嬢刑事の活躍を描く、第2弾! 

2011年の本屋大賞第1位を獲得し、ミリオンセラーとなった『謎解きはディナーのあとで』の第2弾が、早くも刊行です。ミステリ界の新たな名コンビ(!?)となった毒舌執事と令嬢刑事が、鮮やかに事件の真相を明らかにしていきます。
宝生麗子は、世界的に有名な宝生グループのお嬢様にして、国立署の新米刑事。麗子は、上司でかつ風祭モータースの創業者の御曹司である風祭警部と捜査に当たりますが、真犯人を特定するまでにはいくつかの謎があり、捜査は難航するかに思えます。
そこに現れるのが、宝生家の執事にして、麗子のお抱え運転手である影山です。「本当は、プロ野球選手かプロの探偵になりたかった」という影山には、麗子の話を聞いただけで、事件の謎を解いてしまうという眼力がありました。麗子に向かって時に厳しい毒舌を吐くのが、玉にキズなのですが……
テンポのいい二人の会話や、風祭警部のミョーな存在感など、前作同様の楽しさいっぱいの本格ユーモアミステリです。
小説誌「きらら」に連載された5編に、書き下ろしを加えた全6編。
そして、今回のラストでは、とんでもない展開が待っています!
早くも、次が読みたくなる…… 

【編集担当からのおすすめ情報】 
1冊目で話題になった中村佑介さんのイラストを、今回はカバーだけではなく、いろいろと使わせていただきました。

第1話 アリバイをご所望でございますか
 三角関係のもつれから殺害されたとみられる35歳の女性。
 宝生麗子と風祭警部は、女性のアパートがある国分寺から立川までの距離を、クルマと電車で調査して犯行時間を割り出すことに成功。ところが、麗子から調査結果をもとにした推理をきいた執事の影山は
 「失礼ながらお嬢様――先ほどから、のうのうとソファでくつろいで、高いワインをがばがば飲みながら、これにて一件落着みたいな顔をしていらっしゃいますが、本当にそれでよろしいのでございますか」

第2話 殺しの際は帽子をお忘れなく
 工場を改装した優雅な部屋でひとりの女性が殺されていた。部屋に設置してある猫脚つきの浴槽で溺死していたのだ。被害者が贔屓にしていた帽子店の店員が部屋をみまわして発見する。「あら、クローゼットにしまってあった帽子が全部無くなっている」
 影山は帽子のあれこれについて薀蓄を足れながら、こういう。
 「失礼ながらお嬢様、お嬢様は冗談をおっしゃっているのでございますか。もしそうだとするなら、『ウケる~』でございます」

第3話 殺意のパーティにようこそ
 麗子の同級生の父親のひとりが還暦のパーティーを開く。同級生達が集まってかしましいばかりだが、そこで、ひとりの友人が何者かに殴打される事件が発生。命は助かったが、被害者の証言では、赤いドレスを着た犯人の胸元に大きな緑色の宝石が輝いていた、というのだ。
 麗子に手伝わせて、ひと芝居うつために影山は
 「詳しく説明していたら日が暮れてしまいます」

第4話 聖なる夜に密室はいかが
 クリスマスイブの朝。国立周辺は雪の朝を迎えた。麗子は執事の影山と口喧嘩して、バスで通勤することに。ところが、降り立ったバス停で事件発生の知らせを聞く。雪にとざされたアパートで、女性が自室のロフトの階上から転落して死んでいるというのだ。
 折悪しく、ジャガーでの通勤をあきらめた風祭警部がバスに乗ってあらわれ、聞き込み調査が始まる。
 野球賭博に負けて、ケーキ屋で店頭販売の手伝いをしていた、サンタクロースに扮装した影山は
 「大変失礼ながら、お嬢様の単純さは、まさに幼稚園児レベルかと思われます」

第5話 髪は殺人犯の命でございます
 国立市の資産家・花柳家の豪邸の一室で、花柳姉弟のいとこが刺殺されていた。
 それも髪の毛をバッサリ切り取られ、その髪の毛を暖炉で燃やされていたのだ。
 凶器はナイフなのだが、髪の毛はハサミで切り取られている。影山は不審に思いながら
 「これだけの情報を得ておきながら、まるで真相にたどり着けないとは、お嬢様は頭がお悪いのではありませんか」

第6話 完全な密室などございません
 国立市の片隅にある広大な松下画伯邸で、松下慶山画伯その人が刺されていた。
 そのアトリエには巨大な壁があり、画伯自身の手になるフレスコ画「眠り姫と妖精」が描かれている。 
 第一発見者のふたりの女性によると、事件が発生した瞬間に、このアトリエから出入りした人間はおらず、それを信ずるならばこのアトリエは密室状態となる。
 麗子はひととおりの捜査の経過を説明し、自分の推理を影山に明かすと、感極まった影山は
 「ああ、お嬢様! まさにお嬢様のおっしゃったとおりでございます。確かに、お嬢様の凡庸な閃きなど、誰かに話すほどのものではございません。聞くだけ時間の無駄でございました」

 昨年にはドラマ化され、この第2巻からもすでに何作かが映像化されている。それを思い出しながら読み進めたが、やはり櫻井くんや北川景子さんの顔や声が浮かんでしまう。ビジュアルの力はおそろしい。
 ただ、ドラマで執事の影山役の櫻井くんが「謎解きはディナーのあとにいたしましょう」と、CMの前にいうシーンは余計なような気がするのは爺だけだろうか。
 それにしても、ガールズ・ミステリー。面白いのだが、6話のうち被害者が女性5人というのは、少しかわいそう。
 超話題作ということで、図書館の予約リクエストもまだまだ3ケタ台を保持している。
 読むのにさほど時間がかからない、肩の凝らない一冊。
 

2012年3月3日土曜日

裏閻魔は人を救えるのか


「裏閻魔」  
中村 ふみ

単行本: 473ページ
出版社: エイ出版社
ISBN-10: 477791870X
ISBN-13: 978-4777918706
発売日: 2011/3/4

「ゴールデン・エレファント賞」第1回〈大賞〉受賞作!壮大なスケールでおくる、超弩級エンタテインメント・ストーリー!!

時は幕末。
長州藩士・一之瀬周は、新撰組に追われて瀕死の重傷を負うが、刺青師・宝生梅倖が掌に彫った「鬼込め」と呼ばれる呪いの刺青で命を救われる。
周は不老不死の運命を背負うこととなり、明治から昭和へと激動の時代を刺青師・宝生閻魔として人目を憚るようにして生きていく。
傍らには常に、友人の遺児・奈津の姿があった。
その奈津を狙うのは、姉の仇で同じ鬼込めの技を持つもう一人の刺青師・夜叉。
少女だった奈津もやがて女として閻魔を意識しつつ、純愛を貫きながら彼の年を追い越し老いていく……

「ゴールデン・エレファント賞」とは……
日本の優れたコンテンツ・クリエーターによるオリジナル小説作品を発掘し、各国言語で世界にリリースすることを目的に2009年に設立された、国際的 エンタテインメント小説アワード。

序 安政6年(1859)長州 萩
 萩。ひとりの女が、橋の上で自殺しそうな若者に出逢う。周(あまね)の姉、一ノ瀬佐和である。「もし、死んではなりません」「ご心配なく、死ねませんから。それより、あなたのほうが死にたそうに見える。殺してあげましょうか」

第1幕 慶応2年~3年(1866~1867)久遠の獣
 幕末の京都。一ノ瀬周は長州のスパイとして新撰組にもぐりこんでいた。それが発覚し、同志の岡崎に斬られてしまう。瀕死の周を救ったのは彫り師(入れ墨師)の宝生梅倖。梅倖は周の掌に鬼込めの入れ墨を彫る。それは不死を約束する彫り物だった。そして周は閻魔としての生を生きることに。

 不死の一族が、ある時代を秘かに生き抜くというのはよくあるストーリー。
 なつかしの「ポーの一族」や、今なら「トワイライト・サーガ」かな。
 不老不死となった一ノ瀬周が明治という世を生き抜く、そこで描かれるのは、ひとつのラブストーリー。

第2幕 明治16年(1883)約束
 閻魔は彫り師として横浜で秘かに生き抜いて来た。あるきっかけで、新撰組時代に自分を斬った岡崎と出逢うが、岡崎は官憲につかまり、拷問を受けることに。彼を釈放させるために、警察の上部組織にいる牟田信正という警視の力を借りるのだが、結局岡崎はその怪我がもとで死んでしまう。閻魔と、岡崎の娘・奈津とのふたりの生活が始まる。

第3幕 明治23年(1890)横浜リッパー
 明治も半ばとなり、外人の新聞記者が闊歩する横浜。奈津は東京で医学の勉学に励んでいる。だが、横浜では連続殺人事件が発生、件の外人記者によればロンドンでも切り裂きジャックの事件が起こっていたという。
 それと呼応するように、閻魔の前に謎の美青年が現れる。それは維新の前に故郷の萩で姉を殺害した、もうひとりの不死人・宝生夜叉こと鬼月だった。夜叉は閻魔に挑戦してくる。

 こうして、不死のさだめを持つ二人が出会う。
 不死とはいえ、一瞬にして首を切り落とすか心臓を止めてしまえば、蘇ることはできない。あるいは、掌に込められた「鬼」を消すことが出来れば、たちどころに死ぬことになる。
 ふたりの周りには、ふたりの実相を知る人たちも増えてくる。閻魔が救った元アル中の牟田信正は官憲という立場から閻魔の生活を影から支えることになる。
 ふたりの不死人に関わる奈津は、閻魔に想いをつのらせるが、閻魔は奈津を不死の運命に誘いこむことに強い抵抗を感じ、ついつい距離をおくことになる。
 それぞれのジレンマがもどかしい。

第4幕 明治28年(1895)白日夢
 ベースボールの観戦に出向く奈津。誘ってくれた学生はどうやら奈津に気があるようだ。
 かたや閻魔は、ある貴婦人の屋敷に囚われの身となり、貴婦人に彫り物をせがまれる。好きだった男をあきらめることが出来るような「鬼」を込めろというのだ。この女も牟田からの紹介だった。
 囚われの閻魔は衰弱し、朦朧とした意識のまま彫り物を続ける。そこで事件が起こる・・・ 
 かたや、プロポーズを受けた奈津はそれを断ってしまう。自分の心はとうに分かっていたのだ。

第5幕 昭和20年(1945)百年の夜明け
 閻魔も夜叉も混乱の世を生き抜いてきた。
 奈津は70代なかばの女医として、焼け野原と化した東京を駆け回る。
 閻魔の前に若い画家が現れる。病弱な彼に好意をもった閻魔は、その掌に不死の鬼を彫り込んでしまう。
 画家は兵隊となって戦地に赴き、負傷して帰国する。片手と左目を失ったがその目がいつか再生していた。それをかくして秘かに生き抜いていたが、負傷兵として故郷の長崎へ帰っていく。夜叉も何年か前から長崎で生活していたが、そこで起こるのは・・・

 最後の対決は長崎の、廃墟となった灯台が舞台となる。夜叉が持ち出した菊一文字の刀が、閻魔こと一ノ瀬周に、武士としての昔を思い出させ、明治からここまでの歳月が夢のように思えてくる。

 さて、冒頭にあるように、この作品はゴールデン・エレファント賞の受賞作。日米中韓の同時リリースだそうな。
 作者の中村ふみさんは1961年生まれの秋田に暮らすおばさん。
 たっぷり面白さがつまったエンタメ小説はこんな人から生まれてくる。
 

爺の読書録