2012年3月19日月曜日

ブラック・アゲートの災厄が日本を覆っている

「ブラック・アゲート」
上田 早夕里

単行本: 347ページ
出版社: 光文社
言語 日本語
ISBN-10: 4334928064
ISBN-13: 978-4334928063
発売日: 2012/2/18


「殺人バチ」の忍び寄る恐怖。
私たちに残された時間はあと僅かしか、ない。
日本各地で猛威を振るう未知種のアゲート蜂。
人間に寄生し、羽化する際に命を奪うことで人々に恐れられていた。
瀬戸内海の小島でもアゲート蜂が発見され、病院で働く事務長の暁生は、娘・陽菜の体内にこの寄生蜂の幼虫が棲息していることを知る。
幼虫を確実に殺す薬はない。
未認可の新薬を扱っている本土の病院を教えられた暁生は、娘とともに新薬を求めて島を出ようとするが、目の前に大きな壁が立ちはだかる……。
暁生親子の運命はいかに? 

怖い話だ。
蜂が怖い。
 瑪瑙(アゲート)に似た模様を持つ新種の蜂。体長18ミリメートル。鋭い口吻で刺されると、人間は何も感じないまま卵を産みつけられてしまう。
 アゲート蜂に刺され寄生されて起きる症状を<AWS>と呼ぶ。炎症、発熱、脳障害、ショック死などを伴う。卵は1ヶ月で成虫になるが、そのときに宿主の生命を奪う。生命が助かっても寄生された人間は脳症を患い、徘徊、凶暴性を呈する。
 予防する薬はない。それよりなにより、蜂を駆除する手だてがない。
 寄生されて死んだ人間は直ちに焼却して蜂の増殖を防ぐことになる。葬儀もできず、家族自ら死体を焼却する風景も日常的になってしまった。だが、それでも蜂は繁殖する。人間のみならず、動物にも寄生するからだ。
 人類に未来はあるのか。

人間が怖い。
 警察庁の下部組織として<AWS対策班>が組織される。蜂症にかかった人間を隔離し見張る役目を負い、蜂の拡散を防ぐ。そのためには暴力をためらわない。自衛隊、警官出身の男たちで組織され、命令を忠実に実行する。
 一般人も怖い。蜂症患者が出た地区は封鎖されるが、そこから人が出ないように見張る。封鎖地区から脱出した人たちを差別する。だが、いつ自分がその対象にならないとも限らない。

国が怖い。
 AWS対策班を組織し、蜂症患者を隔離するが、それも後手後手にまわっている。すでに日本には北海道や東北の一部を除いて発生していない地区はほとんどない。
 膨大な医療費増加にともない、消費税率アップと健保自己負担率の増加は両立するのか。なすすべもなく、経済的な破綻が近づいている。なにしろ、働き手がいなくなっているのだ。
 
 瀬戸内海の小さな島で起こる追跡劇。
 6月。島の病院で事務長を勤める高寺暁生が訪れた神戸・三ノ宮で遭遇した事件は、AWSを発症して凶暴化した患者が無差別殺人を起こす現場だった。
 島に帰った暁生に悲報がもたらされる。中学時代の恩師が亡くなったのだ。その通夜の場で、恩師の死骸から蜂が飛び出すのを目撃する。島はすでに蜂におかされていた。
 島民の検査が行われ、一人娘の陽菜(ひな)がAWS検査で陽性と判定されてしまう。病院長の野口は本土の研究機関で治療にあたることを提案する。野口とは中学時代から先輩後輩として将棋クラブで切磋琢磨していた間柄だった。
 妻と娘とともに島を出る用意をしていた暁生だが、そのときすでに、AWS対策班の村綺が指揮する一隊が島を封鎖していた。

 上田さんの作品は昨年の「華竜の宮」が懐かしい。水没した世界で起こる冒険が華やかだった。今回は蜂という小さな昆虫に翻弄される人類を描く。前作の前にも、寄生した茸の病気で日本が覆われるという作品もあったそう。
 パニックに陥る日本をそのまま描くのではなく、それを背景として、ひとつの家族の冒険行が描かれる。

 AWS対策班と病院長の知恵比べ。拷問も辞さない村綺と、将棋できたえた頭脳プレーとハイテクの知識でそれをかわして行く野口の対決が見物。
 暁生にも助太刀が現れる。本土の医療機関に協力するボランティアの沢井親子が脱出の手助けをする。息子の健太は、島に移り住んだ当時の陽菜の同級生だった。彼は昆虫マニア。蜂の生態にも詳しい。
 
 島を横断して、南端の岬から、迎えのボートに乗り込もうとする寸前、ついにAWS対策班が暁生たちに追いつく。村綺の銃口が火を噴き沢井がその餌食になってしまう。無慈悲な村綺はつぎに健太に狙いをさだめた。その時・・・

 ストーリーとしては一直線。だが、その背景にあるものには寒気がする。村綺の無慈悲さにも怖気を震うが、彼の成り立ちも理由付けされ、悲劇の象徴としていい役を担っている。

 「蜂は悪くない。怖いのは人間のほうや——
 昆虫少年の健太がつぶやくその言葉が、人間と昆虫が共存する世界を築くよすがになるのだろうか。
 

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