2010年12月27日月曜日

日本の企業よ誠意をもって一歩前に進め

「トイレのポツポツ」
原 宏一

単行本: 248ページ
出版社: 集英社
言語 日本語
ISBN-10: 4087712796
ISBN-13: 978-4087712797
発売日: 2009/2/26

 こちらは少し古いご本。
 タイトルは奇妙だが、ストーリーは企業のあるべき姿を描いて説得性のある物語。
 短編集であり、語り手は各篇ごとに異なっている。舞台は、家業から企業に変貌を遂げようとしている製麺会社。

「トイレのポツポツ」

 派遣社員の女子従業員が語る。製造工場長から転進した営業部長から命じられた、男子トイレをきれいに使えという社内一斉メール。この一件が部長のセクハラ問題にまで発展して・・・。
「ムカチョー」 
 新製品の麺を作り出した男子社員は、科学調味料無添加=すなわちムカチョーの製品を作り出した自負が踏みにじられる事態になり・・・。
「虹色のパレット」
 工場の配送部門では、フォークリフトの運転では多大な自信を持つ担当者が、ムカチョー製品販売に対する経営者側の陰謀に気付き・・・。リフト運搬で使う畳半畳くらいの大きさのスノコのような台をパレットというそうだ。
「カチューシャ」
 経理部でうさんくさい上司をとっちめようと思うお局さま、販売促進部の新任部長や各部の女子社員と一緒になって社内の黒い部分を浮き出さそうとするが・・・。
「ラブホ出勤」
 時すでに遅く、ムカチョー製品の販売にまつわるどたばたがTV局リポーターの格好の餌食になってしまい、なおのこと製品に異物混入の疑いがおこり、社の滅亡にまで発展。社外の公園で内部暴露の記者会見をおこなうのだが。
「チェンイー」

 麺の包装を受け持つ印刷会社から見た製麺会社の実情を描く最終章。旧弊にとらわれた経営を続けて来た印刷会社の存亡とともに、中国との業務提携で露になる、日本的体質の経営での限界。その中で麺会社の復興への期待が語られる。チェンイーとは「誠意」の中国語。
 確かに誠意をもって仕事をして、誠意をもって製品を送り出す、その根本こそが日本の企業のあり方だったはずだが、それがいつの間にかどこかに行ってしまっていないか。チェンイーのない企業、その象徴がトイレのポツポツなのだ、と訴えている。
 知る人ぞ知る名作。

2010年12月25日土曜日

雪に埋もれた遠野で見つけたものは

「雪姫(ゆき) 遠野おしらさま迷宮」
寮美千子著

単行本: 285ページ
出版社: 兼六館出版
ISBN-10: 4874620671
ISBN-13: 978-4874620670
発売日: 2010/09/10

 遠野までよくいらっしゃいだんだ。
 本文中にもあるのだばって、遠野は名前で損ばしちゅうようだ。東京からだと3時間半で行くことが出来るくらいの近さらしいんずや。
 主人公の雪姫(ゆき)も意外な近さに驚いてら。
 東京でアルバイト保育士ばしていた雪姫のもとに、祖母の実家ば相続して欲しいとの依頼が届く。

 縁もゆかりもなかったはずの遠野へ出掛けていった雪姫は花巻から乗った列車の中で奇妙な連中と出会うね。
 花巻の誇る宮沢賢治に詳しい案内人に導かれて、エスペラント語で案内される汽車の旅。昔は気動車といわれたディーゼルカーの旅だ。
 妙に馴れ馴れしい河童のような男。おみやげにキャラメルば与えたりしちゅうね。


 読みにくいから標準語でいこう。少し遠野あたりの言葉とは違うようだし。


 雪姫は遠野の駅からタクシーで祖母の家に向かう。
 藁葺きの家の前で、雪に包まれた風景を目にしたとき、雪姫は懐かしさとともに記憶が戻ったように思う。・・・ここには、来たことがある。

 ここからは急展開につぐ急展開。
 閉ざされていた藁葺き屋根の屋敷には紅絵という老婆がおり、この家の守り人だという。
 川太郎という河童のような男が世話を焼いてくれる。山人という大男がいろんな食べ物を運んでくる。
 なにより、屋敷内の厩に飼われている馬が別の時間を生きているように成長が早い。
 馬の成長とともに守り人の紅絵の話す昔話が楽しみになっていく雪姫だが、その昔話から伺われる祖母の悲しみを通して母のルーツを理解していく。


 著者の寮さんは奈良にお住まいだということで、せんとくんを主人公にした著作もあおりだとか。
 遠野というイメージを先行させて、悲劇の予兆も含んで話が進む。ファンタジーとも怪奇小説ともとれる一作だが、快い寝覚めが味わえる。
  

2010年12月17日金曜日

仮想世界を悪用するやつは日本の道路を歩くな

「プラ・バロック」 
結城 充考

単行本: 376ページ
出版社: 光文社
ISBN-10: 433492655X
ISBN-13: 978-4334926557
発売日: 2009/3/24

 刊行は昨年春と、少し古い本だけど、記憶の隅っこを刺激していて、読んで読んで、という圧力があった。
 ようやく、手にとって読むことが出来た。だが、内容は決して古くはない。
 第12回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作、ということで評価は固まっているのだが、ブックレビューなんかでは、毀誉褒貶が交じる。

 主人公は神奈川署・機動捜査隊の女刑事。クロハ、とカタカナで表記される。彼女だけではない。クロハと対立する上司のカガ、コンピューターに強く彼女の強い味方となるサトウなど、周囲の人物はすべてカタカナで表される。この書き方で翻訳ものめいた印象を与えようというのか、ハードボイルドらしさを出そうというのか、著者の意図は不明だが、逆に物語りに入り込むときの障害ともなりそう。
 だが、被害者は漢字で書かれている。

 機動捜査隊での最初の事件は殺人、鋭利な金属棒で頚動脈を突き刺され失血多量で死に至らしめる凶悪犯。しかも何件か連続して発生している。
 その捜査班から締め出されたクロハが向かったのは港湾倉庫。倉庫の貸し出しが延滞になっており、民事的に問題になるかもしれないので警察に立ち会ってもらい開封するというのだ。しかし、その冷凍倉庫から現れたのは整然と並んだ14人の冷凍死体。
 しかも、同じような冷凍死体が再び都内の違う場所からも発見される・・・

 ショッキングな事件が続き、波乱の展開だが、途中にクロハが訪れる仮想世界の描写がある。そこでひとときの安らぎを得ているのだが、そこに謎の凶悪なアバターが出現する。
 仮想世界の描写はさきの「ロードサイド・クロス」が秀逸だったが、日本でもここまでの愛好者が育っているというのは驚き。ま、爺の周辺にはそんなのがいないというだけのことだろうが。そして仮想世界にある塔の最上階に、あるものが掲示されているという情報がもたらされ・・・
 
 シリーズで第2作も刊行されているので、また、その時に。
 

2010年12月10日金曜日

爺は何でできているのか

「宇宙は何でできているのか」 
村山 斉

新書: 226ページ
出版社: 幻冬舎
ISBN-10: 434498188X
ISBN-13: 978-4344981881
発売日: 2010/9/28

 宇宙には愛と憎悪がつまっている。
 また、宇宙には悪と正義が満ち満ちている。
 
 そうではないのだよ、と教えてくれるのかと思っていたが、少し違う。
 やはり宇宙にはエネルギーが満ちているのだ。

2010年12月9日木曜日

過去との再会がもたらすカタルシス

「再会」
横関 大

単行本: 348ページ
出版社: 講談社

ISBN-10: 4062164655
ISBN-13: 978-4062164658
発売日: 2010/8/6

 第56回江戸川乱歩賞受賞作。
 子供が万引きした、との電話で呼び出された母親。小さなスーパーの店長は母親を脅迫する。30万円出せば学校へも秘密にしてやる。
 次の日、その店長が拳銃で殺されているのが発見される。
 店長は、母親の幼なじみの兄だった。



 幼なじみは4人。ひとりは母親の元夫、ひとりは神奈川県警の刑事、そして殺されたスーパー店長の弟。
 小学校時代、事件がおこった。強盗犯を追いかけていた警官が殺され、それを目撃していた子供たちが警官の拳銃を手に入れたのだ。それが23年の時を超えて、店長殺害の凶器になったという。

 子供たちは廃校になる小学校の校庭にタイムカプセルを作って、その拳銃を埋めることにした。・・・はずだった。
 その時の秘密をかかえた4人が、今回の店長殺害事件で23年ぶりに顔を合わせることになる。

 4人それぞれの視点で事件の流れが描かれることで、なにやらはぐらかされていくような印象を受ける。それがテクニックだったりするのだが、動きが少ない分、はがゆさが残る。


 県警本部から派遣されたエリート警部が活躍する。
 万引き事件をもみ消そうとする元夫婦、母親をかばって兄殺しを自白する弟、警官でありながら過去の秘密が暴かれるのを恐れる刑事。彼らをかばいつつ、彼らの秘密を共有していく。それはなぜか?

 やがて明かされる店長殺しの真相。
 そして23年前の事件の実態。
 その裏に潜んでいたエリート警部の秘密。
 再会がもたらした、それぞれのカタルシスがうれしい。

2010年12月4日土曜日

ネットの闇を悪用するやつは許さない。

「ロードサイド・クロス」
ジェフリー・ディーヴァー・著

池田 真紀子・訳

単行本: 512ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163297200
ISBN-13: 978-4163297200
発売日: 2010/10/28

 2010年度・文春年間ベストで第2位。


路肩の十字架、という意味。
パトロールの警官がハイウエイで発見した、路傍に建てられた十字架。交通事故が発生した現場に飾られる、死者を弔うための十字架だが、なにかおかしい。未来の日付が記入されているのだ。誰かのいたずらなのか、それとも明日、誰かが死ぬのが分かっているのか。それとも、誰かを殺そうというのだろうか・・・

リンカーン・ライム・シリーズのゲストとして出演した、カリフォルニアの女性捜査員キャサリン・ダンスが独り立ちして活躍する長編2作目。前作「スリーピング・ドール」事件から数週間後という設定で、先の事件の余波がストーリーを盛り上げる。

女子高校生が自分の車のトランクに押し込められ、これから満潮になろうとする海岸に放置される。
彼女のパソコンのハードディスクから見つかったのは、有名なブログにあらわれた「ロードサイド・クロス」と名づけられたスレッド。そこではある交通事故にまつわる中傷と、それをやじる面白半分の書き込み。炎上するブログを見て、事件解決のためにヒントになると考え、コンピューターの教授に教えを請いながら捜査を進めるダンス捜査官。

二人目の被害者は同じくブログでいじめ発言をおこなった女子高生、今度は自宅で塩素ガスによる襲撃を受ける。
そして、半月前に発生した事件が尾を引き、ダンスの母が安楽死殺人の加害者として検察に拘留される。
続いて、ジョギング中の男性が拳銃で撃たれる事件が発生。ブログに関係した人物が狙われ始めたのか、そして、次の標的とされたのは、ブログの主宰者・・・

ブログの実態、ネットゲームのリアルさ、アメリカの政治運動、環境保護活動の実態。
ダンスが捜査に協力する大学教授にほのかにあこがれを抱いたり、同僚捜査官との愛の行方も気になる、続編必至の傑作。

2010年11月22日月曜日

アフリカを、世界を救うのは誰だ

「ピスタチオ」
梨木 香歩

単行本: 290ページ
出版社: 筑摩書房
ISBN-10: 4480804285
ISBN-13: 978-4480804280
発売日: 2010/10/10

 もうすぐ40歳になるというフリー・ライターの山本翠。イギリスの画家ターナーからとったというペンネームが「棚」。

 棚には結婚していないがパートナーと呼ぶべき恋人・鐘二がいる。自分は実家の賃貸マンションに間借りしながら、11歳の犬・マースと暮らしている。
 アフリカでリポーター風な仕事をしていたが、帰国してから11年になる。

 ちょっと理想的な生き方をしていますな。高等遊民というのか・・・、たとえが古いからやめておこう。
 この世代のあこがれみたいなものかも知れない。ずいぶん前に読んだ「家守奇談」では学士あがりの主人公ののんびりした日常を描いていた。
 そういうムードを期待しながら読むのだが、少し趣が違う。

 まず、老犬が子宮の病気になる。出来物が出来て大学病院で手術となるのだが、その時の扱われ方にショックを受ける。
 瘤だというが実態はわからない。手術の痕も痛々しい。だが、とりあえずの危機は脱したようだ。
 
 古本屋で、前にアフリカで知り合った片山海里の著書を見つけた。「アフリカの民話」。
 その本の中に、悪霊「ダバ」が現れる。マースに巣くった瘤はダバだったのかも知れない。
 鐘二にそれを話すと意外な事実が帰ってきた。片山海里はすでに死んでいる。
 そのあたりから、アフリカがどんどん近づいてくる。出版社からアフリカの現状をリポートしてくれ、という仕事が舞い込むのだ。
 そして片山は膨大なアフリカの呪術の記録を残していたことが分かる。その本に導かれるようにして棚はアフリカへ行くことになる。 
 
 ウガンダを訪れた棚は現地のガイド・マティとともに呪術医を訪ねる。
 ダンデュバラという呪術医に一夜の宿を与えられた翌日、鐘二の友人・三原が訪ねてくる。鐘二が心配して三原に棚の様子をチェックしてもらうよう依頼されていたのだという。
 三原やマティと一緒にアフリカ奥地を訪ねることになった棚だが、そこで出会った、双子の妹を捜す女性の生い立ちが、ウガンダの現実を浮かび上がらせる。

 巻末、「ピスタチオ」と題された棚の短編小説が提示される。
 いつの時代か、鳥検番として生きた捨て子の話だ。
 洪水から人々を救い出し、アフリカを救ったのはピスタチオだった。
 だが、現実のアフリカはどうだ・・・

 ファンタジーになりそうでならない、だが、これはこれで梨木ワールド。

2010年11月15日月曜日

歴史のはざまで遊ぶ。家康はどこにいる

「家康、死す」(上・下)
宮本昌孝

単行本: 306ページ、
266ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062165015
ISBN-13: 978-4062165013
発売日: 2010/9/10

 冒頭、始まって7ページ目で26歳の家康が殺される。兄弟だという僧侶の見舞いにいく途中、鉄砲の一斉射撃を受けたのだ。

 家康の忠臣である世良田次郎三郎はその死を隠す方策を思い巡らせる。せめて何年か秘密を通せば、嫡男信康の時代が来る。そう思ったのだ。

 歴史の裏側好きにはたまらない影武者もの。
  隆慶一郎の「影武者徳川家康」は、関が原で殺された家康の影武者を務める男の話だったが、今回はまだ26歳の家康。徳川家などまだまだ浜松の小さな豪族で しかない。敵は武田家はじめ、衰えたりとはいえ今川、真田などあまたの武家が周囲をうかがっている。織田からの圧力もかかってくる。

 次郎三郎が替え玉に選んだのは冒頭に家康が尋ねようとしていた恵最という僧侶。異母弟だというが、瓜二つなのだ。そして二人は生年月日もまったく同じ。ここに大きな秘密が隠されている。
 傷を負った家康が治療中であるとして、半年の間、姿を隠し、徳川宰相としての教育が進む。そして恵最もそれに答えて立派な徳川家康に変貌していく。
 その間、次郎三郎は恵最の背後を探る。生まれ、育ちは、そして家康の影武者を引き受けた目的は。なぜこうまで家康に成りきれるのか。

 時代は徳川家を翻弄する。
 家康の長男、信康に対する周囲の期待、それに応える家康の本音は?
 次郎三郎は家康の野心を押しとどめるべく奔走するのだが、歴史の波は我々の知る歴史の通り進んでいく。この辺りがおもしろい。
 そして、武田家の興亡、足利将軍家の滅亡、織田信長の台頭、それに大きく貢献する徳川家。
 だが、信長の魔手は・・・
 じつのところ、信康の存在が大きくなってきたころから、あれ、これは、と思い始めたが、事実は曲げられない。そう、歴史の大きな真実。こう信長がからんでくるとは思わなかった。

 終章、あっと驚く仕掛けで読者を納得させる。
 歴史の狭間で遊ぶ面白さを堪能する一冊。

2010年11月4日木曜日

天は信長を見捨てたのか、その真相は

「天主信長」
上田秀人著

単行本: 322ページ
出版社: 講談社
ISBN-10: 4062161656
ISBN-13: 978-4062161657
発売日: 2010/8/26

 序章、本能寺に向かう明智光秀一行が描かれる。

 そして本能寺の全焼。しかし、死体は見つからない。だが光秀は部下たちに命じる、「信長は死んだと触れ回れ」。

 その後始まる第1章から4章までは、歴史小説どおりのはこびとなる。比叡山の焼き討ち、一向宗の弾圧、石山本願寺との抗争。ルイス・フロイスとの交流、その中で世界を理解しようと努める信長。壮大華麗な安土城築城。
 だが、信長の思いが変質していく。なぜそこまで非情になれるのか、なぜそこまで厳しくするのか。
 軍師の存在も大きい。竹中半兵衛、黒田官兵衛ふたりの結びつき、二人が見た信長の実像。軍師二人が影の主人公だともいえる。

 本能寺の裏話となると、いつも、明智光秀が信長を裏切った動機は何か、本能寺の仕掛けとはどんなものか、などが中心となる。
 この物語はしかし、信長の内面にひとつの論理を探り当て、その心の動きのままに周囲の者を巻き込むことで支配を続けようとする行動が描かれていく。

 そして第5章。
 光秀は信長に命じられた通りに動く。秀吉も信長の命令に従い、高松城攻めを予定通りに進め、いよいよ、京に戻る日が来る。
 そのとき、黒田官兵衛が発した言葉は・・・

 タイトルが全てを語っている。そう読んでも間違いではない。

2010年10月30日土曜日

琉球は歌と料理にいろどられて


「トロイメライ」


単行本: 254ページ
出版社: 角川書店
ISBN-10: 4048741004
ISBN-13: 978-4048741002
発売日: 2010/8/18

 さて、時代小説が続く。
 舞台は幕末の那覇のまち。主人公をはじめ、ユニークな登場人物が舞台を盛り上げる。
 三線と琉歌の天才ながら、筑作事と呼ばれる岡っ引きに任命されたばかりの武太。
 その幼なじみの部分美人の三姉妹、鍋(ナヴィー)、かめ(カミー)、竈(カマドゥ)。
 涅槃院の長老、大貫。

 そして、そして、前作の大冒険歴史ロマン「テンペスト」に登場したあの人この人たちが、それぞれの事件にからんでくる。
 
 墓泥棒にまつわる、沖縄の風習と悲しい歴史。
 正義を守る謎の黒覆面。岡っ引きでありながら、悪人を捕まえるより、弱い庶民を助けたいと意気込む武太。
 3人の捨て子が自分で生きて行こうとするのだが、貧しい沖縄で行き続けることの難しさ。しかし、人々が助けの手をさしのべようにも、自分が生きるだけで精一杯の人々は。
 王室に伝わる、名器の三線。武太の三線の腕がその名機の消失事件を解決するが。
 魔加那と呼ばれる絶世の美女。ジュリに身をやつしながら、男どもを手玉に取る女の正体とは・・・

 音楽と料理に彩られた琉球の世界が堪能できる。
 小道具となるのは沖縄方言と漢文で表現される、評定所のお裁き。

 トロイメライとはドイツ語で「夢想すること」、と著者がインタビューで述べている。すでに続編も進んでいるとかで、付き合う作家がまた増えた。

2010年10月24日日曜日

ちょっと時代小説づいてしまって・・・


「小太郎の左腕」


単行本: 322ページ
出版社: 小学館
ISBN-10: 4093862583
ISBN-13: 978-4093862585
発売日: 2009/10/28

「小太郎のひだりうで」と読む。
野球小説ではないので「さわん」ではないのだよ。
しかし、サウスポー。往年の名画「左利きの拳銃」ならぬ、この場合は左利きの火縄銃と言おうか。
「のぼうの城」が映画化されるのも話題の和田竜さんの第3作。少し古いけど、昨年秋に出たご本。

戦国時代、まだまだ世の中が方向付けられない時代。1556年という設定。物語には関係ないが、信長がまだ尾張半国を治めるに到っていない、などと述べられている。
戸沢家には「功名漁り」こと林半右衛門、児玉家には「功名餓鬼」こと花房喜兵衛がおり、それぞれの御館のためにしのぎを削っていた。

 戸沢家内部でも、盟主の甥である図書と半右衛門との対立などがあり、主人公である半右衛門も気を許せない。
 そこに戸沢家と児玉家のいくさが始まる。
 そこに現れるのが、小太郎。

 卓越した火縄銃の技を持ちながら、爺とふたり、ひっそりと世をすねて暮らしていた。
 しかしそこに伊賀の忍者が現われる。肉体的な苦痛をいっさい感じない、無痛と呼び名のある男。その忍びの使命は・・・

 戸沢城主が打ち出した籠城戦、そしてそれが続かないと悟った半右衛門が打ち出した作戦とは・・・
少し時代小説づいていて、次も時代小説になる。

2010年10月19日火曜日

年の瀬を控えて、江戸の町があわただしく

「今朝の春」 みをつくし料理帖
高田 郁


文庫: 290ページ
出版社: 角川春樹事務所
ISBN-10: 4758435022
ISBN-13: 978-4758435024
発売日: 2010/09/15


大阪の洪水で孤児となった「澪」が天満の料理屋吉兆庵で修業し、成長して江戸に出、つる屋の女板前となって活躍する短編シリーズの第4巻。
今回は神無月から年越しまでの短い期間に起こった事件を描く4篇。

『花嫁御寮』ー
ははきぎ飯
ははきぎとは帚木、いわゆる「とんぶりの実」ですな。
謎の侍・小松原の母親らしい人が現れ、腎の病に効くという、ほうき草の実の話題が続く。
加えて澪と同名の大商人の娘・美緒に大奥奉公にまつわる包丁修行の話が持ち上がり・・・


『友待つ雪』ー里の白雪(かぶら蒸し)
 吉原のあさひ太夫、実は澪の幼なじみの野江。その太夫を題材にして戯作を書くという清右衛門。
彼の調査により、幼い頃に別れてからの野江のその後が少しづつ明かされてくる。
だが、親友の過去を暴かれるのを恐れる澪は、ひとつの賭けをして・・・
『寒紅』ーひょっとこ温寿司
寿司は温めるもんじゃねえ、という江戸っ子。
つる屋でまかない仕事を勤めるおりょうの旦那・伊左三に、新宿の仕事にかこつけて浮気をしているのではないか、という噂がたつ。
なにやらそれらしい女が店のまわりをうろついて、つる屋の人々の騒動が始まる。
しかし伊左三の真意は・・・親子の情愛が涙をさそう感動篇。


『今朝の春』ー寒鰆の昆布締め
 江戸城の毒味役になにやら騒ぎがあったらしい。小松原がそれに関連しているのではないか、と澪は気をもむ。
しかし、登龍楼との鰆を使っての料理対決の話が持ち上がり・・・などというと、まるで「美味しんぼ」みたい。
年の瀬と新年、立春を控えた江戸の町が、料理対決で盛り上がる。

料理を通して人々と関わっていく澪が、料理を通じて成長して行く好評シリーズ。今回も快調。

 

2010年10月16日土曜日

やはりシミタツ、風が心地よい

「引かれ者でござい」―蓬莱屋帳外控―
志水辰夫

単行本: 286ページ
出版社: 新潮社
ISBN-10: 4103986069
ISBN-13: 978-4103986065
発売日: 2010/08/20

蓬莱屋の通し飛脚たちが活躍するシリーズ第2作。
今回も熱い
3篇の物語
「引かれ者でござい」
甲斐、本栖湖から田子の浦へ逃れる旅。
主人公の勝吉は前作「彼岸の旅」に引き続いての登場。
今回は江戸の大店から依頼され、そこの放蕩息子の現状を見定める役目を担った。尊王玄武党と称する組織に参加するのだという。同時にその資金として三百両の金を用意しろと言われている。まるでオレオレ詐欺みたいな話。
結局、金は払わずに、放蕩息子を尊王玄武党から引き離すことになった。ならば親元に連れ戻すという役目に様変わりしてしまう。下部から駿河まで富士
川を下るのだが、勤皇党の仲間が追ってくる
放蕩息子の明るさが救いとなるロードムービー。

「旅は道連れ」
越後から会津へ抜ける山越え道。
シリーズではおなじみの宇三郎は江戸への道を急いでいたが、大雨が行く手を阻む。ここを超えれば会津に出られるというのに、阿賀川が増水で渡れない。
土地の樵が助けてくれる。野猿の綱の付け替えを手伝えば帰り道が近くなるというのだ。それを手助けしようという、やからが五人も現れる。なにやらうさんくさい面子が、きな臭いにおいを漂わせて波乱を予感させる。
そしてまた、谷を渡ったところであらたな難儀が。いわくありげな武家の娘主従三人が旅に加わった。主従をねらう怪しげな浪人たちもうろつき始める。
九人という大所帯の道連れになった旅人たちは、それぞれの思惑を秘めて分かれ道へ・・・

「観音街道」
上総。
5年前に蓬莱屋をやめて突然姿を消した弟分の次郎吉を尋ねて、治助は上総の山をさまよう。家の事情で実家を告いだ次郎吉は炭焼きの仕事を余儀なくされ、山 ごもりの日々を送っていた。治助は治助で蓬莱屋の事情から次郎吉の復帰をねらっている。だが、次郎吉の村には掛川藩の御用商人から厳しい締め付けがあるよ うで・・・.
藩の犠牲となった樵の美しい未亡人や、抜け荷をたくらむたくましい農民たちも入り混じって治助を翻弄する。
ついに立ち上がった次郎吉たちを、見守る治助が考え出した手助けとは・・・

 

2010年10月9日土曜日

時代はハードボイルド。ん、違うか?

「つばくろ越え」


単行本: 340ページ
出版社: 新潮社 (2009/8/22)
ISBN-10: 4103986050
ISBN-13: 978-4103986058
発売日: 2009/8/22

シミタツが時代小説を書いた、ということで、ひところ話題になった。それが、若者が主人公だということで、少し敬遠していた。
ハードボイルドの雄がいまさら、という思いもあった。
昨年に出た「つばくろ越え」に続き、今年出版された「引かれ者でござい」がまたまた人気を呼んでいる。今回はおとなの男が主人公。
ということで、あわてて2作を立て続けに読む。実は、間に湊さんの新作をはさんでだけど。

さて、「蓬莱屋帳外控」シリーズという今回の作品、主人公は通し飛脚という、荷物を持ち、現金は腰に巻き付けて、ひとりきりで走り抜くという、スピードと責任を要求される職業。当然、ワケありのカネ、荷物、手紙を運ぶことになる。そして、それを阻もうとする敵も。こうなってくるとシミタツ節、全開だ。

「つばくろ越え」
会津。
仙造がふたたびその峠を訪れたのは、先輩の飛脚が襲われて隠した五百両の小判を取り戻すため。そこで出会ったのが巳之吉という孤児。歳は八つだというが、 乞食をしながら諸国をさまよっていたので、年もそう言えと言われていた。こいつを鍛えて自分の手下にしよう、いや人間として立ち行くように育ててやろう。 そう思いながら江戸へ連れていくのだが・・・

「出直し街道」
越前。
何年か働いたすえにようやくカネができたという男から、郷里の妻を迎えに行ってくれとの依頼を受けた宇三郎が任務につく。妻を亡くし、その連れ子とも別れることになった宇三郎には辛い仕事だった。しかし迎えに行った妻にはすでに新しい夫ともいえる男がいて・・・

「長い道草」
越後。
仙造が請け負ったのは薬草を医者のもとに届ける役目だった。仲の良い医者夫婦だったが、なにか影がある。追っ手がつきまとうのだ。それにもかかわらず、のんびり湯につかったりして大丈夫かいな。いわくありげな行いの訳は・・・

「彼岸の旅」
陸奥。
蓬萊屋の主人、勝五郎が子飼いにしていた半助が故郷に帰ると言って身を隠した。大病を患っていたらしい。死出の旅路なのか。手代の鶴吉を伴って追跡するのだが、半助の跡を追う旅は半助の過去を洗い出す旅でもあった・・・

いやあ、ハードボイルドですなあ。文体が時代小説を乗り越えている。
久方ぶりのシミタツ節を堪能。

2010年10月8日金曜日

手紙の中からそれぞれの真実が浮かび上がる

「往復書簡」


単行本: 265ページ
出版社: 幻冬舎
ISBN-10: 4344018834
ISBN-13: 978-4344018839
発売日: 2010/9/21

湊さんの最新作。今回は連作と銘打ってあるが、本当は短編集。
一人称で語るのは著者お得意の手法。今回は手紙の形式をとって、モノローグが交わされる。
そこには、書いた人が見えない、書き手自身の独断と偏見に満ちた世界が現れてくる。故意に書いた嘘もある。ねじまげられる真実がある。

「十年後の卒業文集」
高校時代放送部の仲間だった二人が結婚することになって、その友人たちが結婚式に集まった。ただ、メンバーの一人、千秋が参加していない。5年前に起こった事故のせいかもしれない。それぞれが胸に不安をかかえて結婚式に参加していたのだ。
10年後に交わされる書簡の数々。そこに現れるのは松月山の月姫伝説、放送部内で起こった恋のかけ引き、5年前の同窓会で起こった悲惨な事故。それにもかかわらず自分たちの愛を育んで結実させたふたりへの賛歌。
事故は過失なのか、故意だったのか。そして結婚式に参列していない千秋は意外なところから結婚式を見守っていた・・・

「二十年後の宿題」
恩師の依頼を受けて、同い年の6人の男女を訪ねることになった。
恩師の前の学校でおこった20年前の事件。恩師の夫が川に落ちた児童を救おうとして、おぼれて亡くなるという事故がおこったのだ。
同じ事件を体験した6人それぞれから話を聞き、彼らの現状報告としてそれを書き付けて恩師に送る手紙。そして報告に対して恩師から返される書簡には、その 事柄について、人柄についての解説が綴られている。そういう意味では往復書簡ではあるが、ケースごとの報告が会話体であり、きわめて小説的に出来ているこ とから、盛り上がりもあり、一番まとまっている。

「十五年後の補習」
万里子と純一の往復書簡。この1篇だけが、題名通りの書簡の往復で成り立っている。
中学のころ同級生だった純一との結婚を間近だと思っていた万里子に純一が打ち明けたのは、国際ボランティアのメンバーになって外国に行ってしまうという告白だった。それも2年間。ふたりの間を取り持つために多くの手紙が行き来する。
手紙の中で明かされるのは、高校時代の旧友の撲殺放火事件。そこに到るまでの万里子の生い立ち、純一の過去。旧友たちの間でのいじめ、軋轢、確執。
ふたりそれぞれに持っていた思い込みと誤解、それが白日のもとにさらされ、ふたりの仲もあわや、というとき・・・

映画「告白」が米アカデミー賞に出品されるとかで話題になり、淡路島での執筆状態なども取材されて、今や時の人。最新作も超人気。湊ファンはやめられない。

2010年10月4日月曜日

ほのぼの妖怪たちにまた逢える

「ゆんでめて」
畠中 恵

単行本: 263ページ
出版社: 新潮社
ISBN-10: 4104507121
ISBN-13: 978-4104507122
発売日: 2010/07/30

おなじみ超虚弱体質の若だんな・一太郎が、これまたおなじみの妖怪たちと繰り広げる冒険の数々。「しゃばけ」シリーズも今回が9作目。
今回は火事で行方知れずになった「屏風のぞき」を探す若だんながふと行き会った分かれ道から物語が始まる。
●第一話「ゆんでめて」
ゆんでとは弓手、つまり左手。めて=馬手とは馬の手綱を持つ右手。結局左右の手のこと。この小説では分かれ道としての左右のこと。兄の店を訪れようと思った一之助がふと、左にとるか右にとるか、と思い悩んで踏み出した一歩が、全編を通して一連の運命を暗示していく。
数年前の火事騒ぎのさなか大けがをした屏風のぞきを修理に出したのが失敗して、行方不明になってしまった事情と、その行方をうらなう謎の少年。
●第2話「こいやこい」
その前年、新しい友達の唐物屋の縁談にまつわる騒動。幼なじみの結婚話に付き合わされて、若だんなにもほのかな恋心が・・・
●第3話「花の下にて合戦したる」
その前年、第1話からは2年前。桜の花びらの妖精に導かれて、妖怪オールキャストでおとずれた飛鳥山のお花見騒動。
●第4話「雨の日の客」
表紙裏に描かれた、素敵に格好のいいお姉さんが登場する。若だんなを見守る長身の佐助の衣装をまとっても様になる男勝りの女の子。さて、何者か。江戸に降り続く雨の中、妖怪たちの戦いがクライマックスを迎えたとき・・・。実は第1話の3年前。
●第5話「始まりの日」
すべての始まりとなる日。一太郎は生まれたばかりの甥っ子を訪ねて行ったが、その途中に出会ったイキガミさまを追いかけて行って、右左を見失い・・・。
と、お話は第一話につながり、物語が逆転していくという構成。

9作目の今回も、ほのぼの感が充満。妖怪たちも元気だが、屏風のぞきの一件は、あれ、と思いながら読み進めると、あれれれれ、という展開になって・・・。
図書館のリクエストがまだ69件も残っている超人気作品。
夏はしゃばけのシーズン、とのコピーがあったが、「秋になってもしゃばけのシーズン」。

2010年9月23日木曜日

漢字の成り立ちと日本国の成り立ちと

「失われたミカドの秘紋」
エルサレムからヤマトへ 「漢字」がすべてを語りだす!
加治 将一

482ページ
出版社: 祥伝社 (2010/8/05)
言語 日本語
ISBN-10: 4396613709
ISBN-13: 978-4396613709
発売日: 2010/7/27

ブックレビューとして紹介しようとすると、すべてネタバレになりそう。
小説のスタイルをとって、古代史の謎を読み解いていく手法。昔、70年代に荒巻義雄さんの古代史「空白」シリーズを刮目して読んでいたことを思い出す。
その当時は大和朝廷の謎や、古墳を結ぶ謎の直線、太平洋を渡って伝わった文化、イースター島やムー大陸など、はらはらどきどきと読み継いでいたもの。

だが、今回、前から気になっていた加治さんの、日本と世界を結ぶ古代史をテーマにした最新刊を読むと、そのスケール感に驚く。
三井家の鎮護社にある三本柱の鳥居から始まって、中国王朝の成り立ち、秦の始皇帝の謎、長安にそびえるモスク、清の時代に西安に建てられたというキリスト教寺院。
魅力的な謎が次々と提示され・・・
小説仕立てということで、昭和天皇の薨去をめぐる真相を追求していた仲間が謎の転落事故で死亡したり、主人公の周辺にも怪しい人物が現れたりと、謎が一層深まる仕掛けがしてある。

読了すれば、タイトルが全てを語っているのが分かる。
孔子が漢字を作った。それも旧約聖書をを広めるために。
そんな〜、と思うのも当然だが、ついつい、さもありなん、と思わせる説得力がある。
そして、ヤマトへわたってきた大王は誰なのか、なぜ、倭国が大和になり日本になったのか。そしてミカドとは・・・

暑い夏の終わりに、ひんやりとした一瞬を楽しめた一冊。

2010年9月10日金曜日

崩壊した家族を再生するために、少年は走る




おめでとう、2010年度文春ベスト第1位。


ラスト・チャイルド(上・下)

ジョン・ハート 著
東野さやか 訳

文庫: 367、345ページ
出版社: 早川書房
言語 日本語
ISBN-10: 4151767045
ISBN-13: 978-4151767043

発売日: 2010/4/30

13歳の少年・ジョニーが主人公。舞台はノース・カロライナ。
ジョニーの双子の妹・アリッサが拉致され行方不明になって1年になる。父は妹が拉致されたときの母の非難を受けて蒸発してしまった。その母も娘と夫を無くした喪失感 からくる倦怠と、そのスキに乗じて接近してきた街の有力者との絶ちがたい関係への嫌悪からクスリ漬けの日々を送っている。
ジョニーを見守るのは刑事のハント。ハントの同僚刑事の息子であるジャックはジョニーの親友だ。
家庭崩壊した少年とその母を見守る刑事、孤立しながらも自分のなすべきことだと信じて妹探しを続ける少年。刑事は少年の無謀を押し止めようとするが、反面、少年が指摘する犯人像が次々に真実味があるように思えてきて・・・。

早川書房創立65周年&ハヤカワ文庫40周年記念作品。ということで文庫版とミステリーブックス版で同時刊行。
冒頭、ワシの巣を狙いに自転車で走る少年の冒険が描かれる。文庫版では表紙に描かれているのがそのシーン。
まるでスティーヴン・キングの少年ものを彷彿とさせる。
そして猟奇的な事件の連続はトマス・ハリスか。
いや、これがアメリカの現実なのかもしれない。やりきれない現実と、それを乗り越える努力、その努力すら無くして行く人々。ひたすら、真実を追い求めるのは子供たち。救いは少年たちなのか・・・

そして、著者がひとつの手掛かりとして提出したのが、古来からの原住民、あるいは異国からつれて来られた奴隷たちの信奉していた闇の力、そして彼等には禁じられていたキリスト教の秘蹟。
自分に残された希望がそれ一つでしかなくなってしまったとき、少年は力を発揮する。その力を使って犯人を追いつめたとき・・・
というホラー小説的な読み方も出来る。

だが、ミステリー。そこにはきちんとした解決が用意されている。関係者はすべてそろっていた。すべての伏線がひとつの焦点を結んだとき・・・

家族の崩壊と少年の成長を描き、結末は悲しいが、後味は悪くない傑作。

2010年8月27日金曜日

追想のかなたに浮かび上がるもの

「追想五断章」
米澤 穂信

単行本: 240ページ
出版社: 集英社 (2009/8/26)
言語 日本語
ISBN-10: 4087713040
ISBN-13: 978-4087713046
発売日: 2009/8/26

2010年度ミステリーベストで文春5位、このミス4位。

平成4年という設定、バブルの崩壊で時代が閉塞されていく時代。
実家の倒産で大学休学を余儀なくされ、伯父の古書店でアルバイトをしている主人公。
彼のもとに可南子という女性が現れ、彼女の亡くなった父が22年前に書いた5編の短編小説を探してほしいという依頼をしてくる。

平成4年からみた22年前、昭和50年前後の時代を顧みるという設定。もうひとつ時代感覚にはなじめないが、著者の若さではしようがないか。
そして、結末を明らかにしないことで2つの解釈が可能になる「リドルストーリー」と位置づけられた5編の父の小説。そのどれもが、かつてどこそこを旅行し たとき、ある国のこういう街で奇妙な話を聞いた、というフレーズで始まるのだ。そして語り終えた物語には結末がない。読者は自分で結末を着けなければなら ない。
しかし可南子の元には父の遺品というべき5枚の原稿用紙が残されていた。その1枚ずつにしたためられた、5編の「結末」の1行。それが、読者の元には随時提示されていくのだが、つねにどこかに不安定な思いが残る。その結末はそれでよいのかしら?

「奇跡の娘」 欧州を旅行した折、ルーマニアのブラショフという街で
「転生の地」 南アジアを旅行した折、インドのジャーンスィーという街で
「小碑伝来」 中国を旅行した折、四川の綿陽という街で
「暗い隧道」 南米を旅行した折、ボリビアのポトシという街で

そのどれもに、自分勝手な男とその妻、あるいは妻子が関連する。おのれの所業により妻と子を命の瀬戸際に追い込む男の姿。結末では読者は犠牲者は男か、妻子なのかを問われることになる。
そして父自身のエピソードが明らかになる。昭和45年、ベルギーのアントワープで、妻が自殺したことで殺人の嫌疑にかけられたというのだ。その場には当時4歳の可南子がいた筈なのだが、自身にはその記憶がない。

主人公自身の断章をはさみ、自身の身の振り方を固めるため、主人公は可南子の住む信州は松本の山間の村に出向いていく。村は祭りのさなかで、にぎやかな中にも祭りの淋しさという空気も流れている。ここで、これまでの4篇の断章の謎解きが始まる。
そして、謎が明らかにされたあとに第5篇の小説が呈示される。それは亡くなった妻を想い詰める、残された男の思慕を描いた小説で、舞台は当然、外国だ。
「雪の花」 スカンディナビアを旅行した折、スウェーデンのボーロダーレンにほど近い街で・・・

1年前の出版で、すでに評価は決まっているのだが、やはり読んでおいてよかったと思わせる一冊。

2010年8月22日日曜日

壊れていく世界を救う祈りとは

おめでとう、2010年度文春ミステリーベスト第2位。

叫びと祈り
梓崎 優

単行本: 288ページ
出版社: 東京創元社 (ミステリ・フロンティア)
ISBN-10: 4488017592
ISBN-13: 978-4488017590
発売日: 2010/2/24

この年末のミステリーベストで上位を占めるだろう、などとコピーを付けられて書店の目立つところに置かれていた。まさかの2位、新人賞だったね。

短編連作。
斉木と呼ばれる主人公が貿易会社社員、海外調査員、などの肩書きで世界の片隅で遭遇する事件の数々。
たしかに世界の片隅であり、辺境とも呼べる地が舞台となる。一話ごとに3人称になったり、一人称になったり、一人称の語り手もエピソードごとに異なる。共通するのは斉木が謎を明かしていくということ。
アフリカの砂漠で突然起こる連続殺人。その動機が前代未聞だとされる「砂漠を走る船の道」。たしかに前代未聞で、ありえない、小説世界でしかあり得ないだ ろう動機だ。だがそれが価値観の相違でおこる殺人だと、平和な日本人は納得する。それとともに登場するキャラバン隊長の跡継ぎと目される存在にびっくり。 砂漠を走る船というのはラクダのこと。ラクダの足跡が残る砂漠の起伏を越えていく道が目に浮かんできたら、著者の術中にはまってしまったといえるだろ う。。
真夏のスペインの丘陵で起こる人間消滅の謎。軍隊が消失したという伝説が残る白い土地で起こった恋人消滅事件。「白い巨人(ギガンテ・ブ ランコ)」と表現されるのはドン・キホーテでおなじみ風車のこと。歴史に残る軍隊消失事件が起こった白い風車の中に消えていった恋人は・・・
先の2作が暑い乾燥した土地を舞台にしていたのに比べ、「凍れるルーシー」は南ロシアの修道院が舞台となる。死後も生前の姿をとどめる修道女は聖女と認められるのか。息も凍る修道院の回廊でひとりの修道女が見たものは、霧のベールに包まれた幻だったのか。
エボラ出血熱の恐怖がアマゾンの奥深い闇で燃え上がる「叫び」。アフリカではなく南米アマゾンの地で、集落の地面に撒かれる白い灰。それは血の恐怖から火 葬にされた犠牲者の村人の屍骸の灰だ。アウトブレイクの恐怖とそれを断ち切ろうとする人間たちの行動の恐怖が斉木の叫びと重なる。
そして「祈り」の地で「ぼく」の胸によみがえったのは、白い砂漠、白い丘、白い灰。

世界の価値観と対峙するかたちで人々の恐怖とつきあってきた読者が最後に出会えたのは、この祈りの世界なのだ。
脅威の大型新人と評される著者の名前は「しざき ゆう」と読む。間違って柿崎のコーナーをさがしてもありません。

2010年8月14日土曜日

とざい東西、ここにお披露目いたしまするは

「星と輝き花と咲き」
松井 今朝子

単行本: 266ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062163551
ISBN-13: 978-4062163552
発売日: 2010/7/16

第2章。明治19年、10歳の少女とその母親が神戸港から東京に向かって出発する。藤田園という少女は耳で聞いただけの義太夫節を覚え込み、天性の声で朗々と謡い上げることが出来たのだ。
義太夫の三味線方である園の母は早くから少女の才能に気付いてはいたが、芸人のはかなさ、悲しさを知り抜いていることから、園を芸人にすることには抵抗を 感じていた。だが周囲の人たちや文楽の師匠にも認められたことで心が揺れる。そして前年の大阪の大洪水が追い打ちをかけ、遠い親戚である東京の医者を頼り に上京することになったのだ。

義太夫と浄瑠璃は異なる、ということが、今、調べてみて分かった。浄瑠璃の一派なのだそうだ。浄瑠璃のなかには常磐津、清元などがあるということで、派生的には文楽、歌舞伎の音曲の元になるということかな。

少女は東京でも義太夫の語りの才能を発揮したことから、有象無象がうごめき始める。
まず、近藤久次郎という芸能プロデューサー。彼が今後の園の人生を支配することになる。
そして、最初のごひいきになったのは芳町の芸者。園のことを男と思い込んだことでとんだ勘違いを産むエピソードは巻末のひとつの伏線として効果を出している。
だが、園の才能はおのずと花開くことになる。東京の権威のもとで披露した義太夫節が認められ、みずから竹本綾之助を名乗ることを訴え、その通りになる。
その後の活躍は元祖アイドルといわれるごとくすさまじいもの。

「竹本綾之助はそんじょそこらの芸人じゃねえ。天からの授かりもんだ」
学士たちの追っかけ。「どうする連」といわれる応援隊。
同じ日に2軒の寄席でトリを務めるなど、前代未聞の活躍が始まる。
それを見守るステージママの母、俥引き、マネージャー。

その栄光の日々にも綾之助の女心は揺れ動く。芸人たちの私生活を目の当たりにし、また周囲からも刺激を受けながら、芸に結びつく恋愛感情は抑えてきたのだ。
だがそこに、ひとりの男があらわれ、綾之助の人生は反転する。

突然の引退宣言、それがもたらす周囲への影響。そして、、、、

一気読み確実な作品。
浄瑠璃や義太夫に興味のある方もない方も、とざい東西〜 ひとりのアイドルの誕生にお立ち会いくださいませ。

2010年8月9日月曜日

世界はこの真珠のように丸く美しいのだよ

「マルガリータ」
村木 嵐

単行本: 304ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163295100
ISBN-13: 978-4163295107
発売日: 2010/6/24

冒頭、肥前大村・伊木力の地で、将軍家光の手先として訪れた役人に尋問される老婆が登場。老婆は齢64歳で、珠(たま)と名乗り、おのれの過去を語り始め る。珠の夫は千々岩ミゲルといい、生きていたなら70歳にとどいているだろうという。ミゲルは天正年間に13歳で仲間4人の使節として南蛮へわたり、羅馬 (ローマ)を訪れ、20歳のときに帰国して修道士となった。ただ、ほかの3人とはことなり司祭になることはなかった。いや、司祭になる以前に棄教してし まったのだ。その、夫であった男が、先の一揆の首謀者である天草四郎の父親ではないかと疑われているらしい。珠は一笑に付せる。

平成22年度松本清張賞受賞作。
天正少年遣欧使節。千々岩ミゲル、伊藤マンショ、原マルチノ、中浦ジュリアン。あらためて名前を調べてみると、中学校で習った、うろ覚えの名前が、あ、そうだったの、と再認識。
その少年使節のなかのひとり、ミゲルだけが信仰を捨てたのは何故なのか?

ミゲルたちがローマへ向かって出発した半年後、織田信長が誅殺され、豊臣の世になった。そして天主教は禁令とされた。その逐一は南蛮貿易のネットワークを通じてミゲルたちのもとへも届いていた。そして7年後、ミゲルと珠は再会する。
美しき大村藩主の娘、まりたという洗礼名を持ち、藩の家老に嫁してはいるがミゲルや珠との関わりを続ける伊奈姫の存在が全編を通じて物語の通奏低音を奏でる。禁令となった天主教を密かに信仰し続ける人々の象徴だろうか。
その伊奈姫にも祝福されて、ミゲルと珠は夫婦となる。そしてミゲルは天主教を捨てた。藩を守り、親族である藩主たちを守る意味でもあった。
時代は禁教から、伴天連追放、そして徳川将軍家の法令による踏み絵も始まる。
その間、棄教か殉教かを迫られ、何人もの人々が処刑されていく。ミゲルと珠はただ時代に流されていくだけだ。
なぜ、この国では殉教ばかりがもてはやされるのか。ミゲルの苦悩は続く。ミゲルだけは世にも名高い棄教者として、幕府から特別な扱いをされているのが皮肉である。
仲間たちに襲いかかる危難を救うべく、ミゲルは力をつくすのだが、歴史の波は残酷だ。

著者の村木さんは故司馬遼太郎氏の夫人の個人秘書を勤めておられて、ということでニュースにもなっている。司馬遼の世界を期待するのは無理というものだが、歴史に対する視線と、美しき女たち、誇り高き男たちの物語は、悲しさを交えてどうしようもない結末を迎える。

マルガリータとは真珠のこと。たま、と呼ばれた少女が珠となり、伊奈姫もまた、まりいたという洗礼名を持つ。世界はこの真珠のように丸いのだよ、と幼いたまに語りかけるミゲルの言葉が年老いた珠の胸に今も残っているのだろう。

2010年8月1日日曜日

暑い季節にスキッとしよう!

「ダブル・ジョーカー」
柳広司

単行本: 257ページ
出版社: 角川書店(角川グループパブリッシング)
ISBN-10: 4048739603
ISBN-13: 978-4048739603
発売日: 2009/8/25

2010年度のミステリー・ベストで「このミス」「文春」ともに2位にランクされた一級品。09年はそれぞれ3位と2位の高評価だった「ジョーカー・ゲーム」の続編。

表題作「ダブル・ジョーカー」では結城中佐のD機関に、敢然と戦いを挑む<風機関>との暗闘を描く。
戦中慰問団の<笑わし隊>が持ち込んだ、満州でのスパイ合戦「蠅の王」。
うるわしの仏印の夜が不気味に溶解していく「仏印作戦」。
結城中佐の若き日の暗躍を描く「柩」では<魔術師>というコードネームの由来がドイツ師団大佐の思い出として語られる。
巻末の「ブラックバード」では太平洋の陽光まばゆいロスアンゼルスが暗雲に包まれていく12月の初めの数日が描かれ、結城中佐とD機関がどう変貌していくのか、今後の展開があるのか、つい確認したくて検索してみたが、あまり手応えなし。

という5篇が収められた短編集。
かつての「陸軍中野学校」と比べられたり、こんな本を読んでると馬鹿になります、と言われたりしているが、ミステリー・スパイ小説の王道を闊歩する結城ワールド。
刊行から随分と間が空いてしまったが、暑い季節にすんなり読めるのが、この手の作品の楽しみかもしれない。

さて、次があるのか。太平洋戦争を防ぐための防諜機関だったはずのD機関が、いざ戦争が始まってどう変貌するのか、はたまたエピソード・ゼロに戻っていくのか。
期待は又の暑い季節のお楽しみにとっておきませう。

2010年7月28日水曜日

ぐるっと一回転すれば世界が変わって見える

「夜行観覧車」
単行本: 336ページ
出版社: 双葉社
ISBN-10: 4575236942
ISBN-13: 978-4575236941
発売日: 2010/6/2

中学生の彩花の、家庭内暴力につながりかねない癇癪発作の場面から物語は始まる。私立中学受験に失敗しておちこぼれと評価されているのではないかと常に引 け目を感じている彩花には、この高級住宅地に紛れ込んだ町一番の小さな家そのもの、パート勤めで自分を責めてばかりいるような母、室内装飾業者でパッとし ない父、そのいずれもがうとましい。
癇癪の波がおさまった直後、向かいの高橋家から悲鳴が聞こえる。
高橋家の、同い年の慎司という中 学生は、いま話題のアイドルによく似た顔立ちで彩花はひそかな憧れを抱いていたが、母の年甲斐もないアイドル贔屓も癪にさわるところがあり、同級生のバス ケ部員からも一目置かれている彼には対抗心とはいえぬ、引け目からくるイヤミをいったことがある。
その高橋家で事件が起こった。悲鳴の後、救急車や警察がおとずれ、時ならぬ騒ぎになる。医師である慎司の父親が、妻に殴り殺されたというのだ。

この本には栞ひもが2本ついている。場面や登場人物がややこしくて2本使うこともあるのかな、と思ったりしたが、ストーリーは時系列が相前後することもあるが、ほぼ直線的に進む。2本使うことはなかった。
これまでの湊作品とは異なり、三人称で綴られる物語。
彩花の、家庭での暴力傾向、学校で受ける意地悪、高橋姉弟に対するやっかみと、事件発生での鬱憤晴らし。
彩花の母・真弓の、彩花から受ける家庭内暴力、それにも関わらず、娘に対する愛情と家庭維持にかける情熱との板挟み、家のローン返済のためのパート先での被害者意識。
慎司の、バスケ部への情熱と母から期待されることからくる重圧のはざまでの苦衷、それを助けてくれるのが、頭脳明晰な腹違いの兄。その兄を頼りにする実の姉・比奈子も、慎司に対する疑念をもちながら、姉弟としての愛にめざめていく。

ふたつの家族と、近所のおばさんがそれぞれ、気にかけながらも距離をおいて接しつつ、その距離がきわめて密接に交わったとき、事件は意外な展開を見せる。
家族から頼りないと思われ、家族関係から一歩引いていた彩花の父親が突然見せた行動。離れて下宿生活をしている慎司の兄も、世間離れした研究者から世俗の世界に戻り、おとなの対応をみせて適切なポイントを稼ぐ。

事件としては、よくある話かもしれない。
父親が被害者で母親が加害者―。
ストーリーはそれに巻き込まれた姉弟と、周囲の人物がおりなす、それぞれの家族の物語。
圧巻は巻末の週刊誌報道。よくぞやったり、と言いたくなる。
近所のおばさんのつぶやき。「観覧車がぐるっとひとまわりして下りてきたときに、景色が違って見えるだろう」という通り、目の前で景色が反転する瞬間が楽しめる。

2010年7月23日金曜日

亜梨沙は夢から醒めたのか。未来はどっちだ?

「スリープ」
乾 くるみ

単行本: 323ページ
出版社: 角川春樹事務所
ISBN-10: 4758411611
ISBN-13: 978-4758411615
発売日: 2010/06/30

羽鳥亜里沙(はどり・ありさ)という14歳の美少女が主人公。IQ140にしてテレビ番組のリポーターも務める。中学生ながら高校卒業以上の学力を持ち、高校3年間を無為に過ごすことに戸惑いを覚えている。などと、少女マンガそのままの導入部。

亜里沙はアモルファス氷を応用した冷凍睡眠装置の開発が行われているという「未来科学研究所」に取材に訪れる。氷のガラス化、アモルファス氷の概念はすでに冷凍食品などで実用化されているというのを「カンブリア宮殿」でみたことがある。
そこで亜里沙は、人体を分子レベルで数値化できるという高解像度MFTスキャナーの第一号被写体として、乞われるままにその装置の内部にはいった。そこで意 識が途切れ・・・、

目が覚めたのは30年後の世界。同い年だった少年が、44歳になったノーベル賞科学者として亜里沙を冷凍睡眠から復活させ たのだと解説する。

というタイムワープもののSFか、と思わせるが、ここに大きな仕掛けがある。

30年後の世界では、亜里沙の復元は公表されないまま、所長と研究者が行方不明になった事件が発生したということで、軍が極秘捜査を始める。
研究所で何が起こったのか、行方不明になった所長はどこに行ったのか、静脈認証システムを追跡すると、30年前の少女が忽然と姿を現し、逃亡したことが分かる。
亜里沙と同じくTVリポーターとして活躍していた「鷲尾まりあ」は、30年後の世界では軍の機密部隊でサイバー部隊として出世している。その部下に「貫井要美(ぬくいいるみ)」という著者の分身ともいうべき女性軍人がおり、二人による亜里沙追跡劇が物語の半ばを占める。
逃亡した亜里沙は数日をかけて30年後の世界になじんでいくように見えるが、体内組織はそれを裏切っていく。細胞の再生が思い通りにいっていない。やはり無理な科学なのか。

そこで、物語は急展開する。読者は「???」となること請け合い。

いきすぎた科学と宗教というテーマも背景にあるが、未来では科学の進歩は極端に進まず、格差社会が進展し、一部の裕福層だけが僅かな技術進歩を享受しているという現実が痛々しい。
年末のミステリーベストに顔を出すことは確実な一冊。

2010年7月10日土曜日

「小暮写眞館」

おめでとう、2010年度文春ミステリーベスト第7位。


「小暮写眞館」
宮部みゆき



単行本: 722ページ
出版社: 講談社
ISBN-10: 4062162229
ISBN-13: 978-4062162227
発売日: 2010/5/14


昔は写真館だった古びた屋敷に引っ越して来た花菱一家。長男の高校生、英一が主人公。彼は家族からも、友人たちが呼ぶのと同じように「花ちゃん」と呼ばれている。まだ小学生の弟、光は「ピカ」だ。この古家には、亡くなった写真館のご主人の幽霊が出るという噂も。冒頭、花ちゃんのもとに謎の高校生から心霊写真が持ち込まれ・・・

 とお決まりのように始まるのだが、この作品、ホラーではない、ミステリーでもない。たしかにミステリー仕立てともいえる手法だが。
宮部ワールド全開で、登場人物のそれぞれの絡み方が面白い。
念がこもった写真の謎を解くことが物語の中心となるのだが、その過程で、花ちゃんとその家族、友人、周囲の人々との関わり、とりわけ、その相手の背景がこと細かく描かれていく。人物が生きて動き出すと言われる所以である。
親友のテンコこと店子力(つとむ)、コゲパンとあだ名されるテナーサックス女子、そして鉄道ファンの集まりや、あやしげな実験映画を作っているメンバーなど、魅力的な登場人物だ。不動産屋の従業員である順子さんが大きな比重を占める頃になると花ちゃんも大きく成長を遂げている。


表題作から「世界の縁側」「カモメの名前」と続く3篇にはそれぞれ心霊写真めいた、その場には関係ない人物や物体が写し出された写真が登場するが、4篇目の「鉄路の春」では、花菱家4人に重くのしかかるひとつの「念」が描かれ、その解放にいたるカタルシスで幕を閉じる。そして700ページのこの本を閉じて改めて表紙の写真をみたときに、一度行ってみたいな、と思うのはじじいだけだろうか。
 ご丁寧なことにこの小湊鐵道の正面写真がブログにされている。興味のあるかたはどうぞ。

2010年6月29日火曜日

「求天記」


「求天記―宮本武蔵正伝」
加藤 廣

単行本: 486ページ
出版社: 新潮社
ISBN-10: 4103110341
ISBN-13: 978-4103110347
発売日: 2010/05/25
ページ 486p

慶長17年2月、京都妙心寺の塔頭に居候し、仏像を彫り、名高い画家の画業を見学したりと、武者ならぬ美術者の修業をする宮本武蔵のもとに、豊前小倉細川藩から誘いの手が延びる。巌流小次郎と武術試合をおこなえというのだ。
ここまでなら、いつもながらの武蔵もの、時代小説のお話。
そこは加藤廣、一筋縄ではいかない。斜めから見た武蔵像を提示する。
細川家では家老の松井興長が徳川の世での生き残り策を練っていた。まずは、キリシタン禁令に備えての布石を次々にうつことで、細川家の存続を図ろうというのだ。

船島での戦い。追い立てられるようにして逃れた江戸。ひとりの放浪僧との再会。
 そして、大阪冬の陣。幸村・真田信繁とのふれあい。だが、半年もたたぬ間に立場が変わっての夏の陣。
 自分の中の殺し屋としての資質に気付いた武蔵が、生き方を模索していくそれからの十数年。

 養子を迎え、姫路本多家での奉公、だが養子の死。不幸がつきまとう。
 そして続いて迎えた義子の伊織とともに、明石小笠原家で剣術師範としての生き方が始まる。
 島原の乱をはさんで、肥後熊本細川藩に迎えられ、松井興長との再会を果たしたときには、武蔵は、すでに老境に達していた。

 求道者としての武蔵は過去に何度も描かれており、ドラマや映画でも、その苦悩が日本人としての生き方の典型みたいな描かれ方をされてきている。
 たしかに加藤武蔵も苦悩している。だが、苦悩するために苦悩するのではない。武芸者の道を歩むより、書家、水墨画家としての生き方も模索しつつ、我が煩悩とも付き合っていく。極めて現代的ともいえる武蔵像である。その芯にあるのは武芸に対する誇りだったのか。
 

2010年6月21日月曜日

「ロスト・シンボル」

「ロスト・シンボル」 (上・下)
ダン・ブラウン/著
越前 敏弥/訳
ハードカバー: 351ページ/356ページ
出版 社: 角川書店
ISBN-10: 4047916234/
             4047916289
発売日: 2010/3/3

映画でもおなじみの「ダ・ヴィンチ・コード」から始まる、ごぞんじロバート・ラングドンシリーズ第3弾。
ヴァチカンの反物質爆弾、パリの地下にひそむキリストの聖杯に続いて、今回の冒険の舞台は米国の首都ワシントンDC。前半は連邦議会議事堂をメーンに展開する。
犯人というか、事件を仕掛けるのはマラークと名乗る刺青の男。変幻自在の顔と体躯で相手の隙を付いてどこへでも侵入する。
標的にされたのはフリーメイソンの最高位を持つピーター・ソロモンとその妹のキャサリン。

フリーメイソンの内実が分かる、と興味本位で宣伝されたりしているが、その気になって読み始めると、はぐらかされることになる。たしかにフリーメイソンの今の活動の一部は本文中にも出てくるが、あくまで有識者の富裕層が国家体制を維持するため協力しているという、表面的なものでしかない。

だが、アメリカ建国にまつわるエピソード、その象徴としてのオベリスク、また神に変容していくワシントンなど、われわれ日本人には思いもよらない話を、さらりと提示してくれるカタルシスはやはりブラウンぶし。

冒険は議事堂から国立図書館、テンプル教会へと弾みを付け、その間にはキャサリンの危機もサスペンスを盛り上げる。ふたりが合流してからは読者はジェットコースターのようにただ流されていくしかない。
そしてその中で語られるのは神と政治と科学と人類の融合。

久方ぶりのダン・ブラウンを堪能。

2010年6月14日月曜日

「かのこちゃんとマドレーヌ夫人」

「かのこちゃんとマドレーヌ夫人」
万城目 学

ちくまプリマー新書
刊行日: 2010/01/25
判 型:新書判
ページ数:240
ISBN:978-4-480-68826-2
JANコード:9784480688262

か のこちゃんは小学1年生。
鹿と話ができるお父さんに、いろいろな言葉を教えてもらった。一期一会などもそのひとつ。
癖だった親指を吸うの をやめて「知恵が啓かれた」あと、早朝の教室で「鼻てふてふ」をしているしずちゃんと出会う。
学校でことば競争をしているしずちゃんの味方をした ことから、ふたりは「フンケーの友」になることに。
そのとき、茶柱という言葉をきいて、それがなにか、どうしても実物を見たくなってくる。お母さ んにいろいろ相談したりして、ついに発見。ただ柱は柱でも・・・

マドレーヌ夫人は気高いとら猫。かのこちゃんのお母さんが作るマドレーヌ に似た色をしている。かのこちゃんの飼い犬である玄三郎の夫人でもある。
ある日、玄三郎から「猫又」の話を聞くやいなや、自分が猫又になってしま い、人間に変身して大活躍することになる。
人間になったマドレーヌ夫人は玄三郎の不調をかのこちゃんに訴え、猫たちの集会場所を人間たちから奪い 返すことに成功する。

人間と猫、それぞれが意識しないまま密接にからみあい、春から秋が始まるまでの短い季節が濃密に描かれていく。

か のこちゃんは夏休みの自由研究としてマドレーヌ夫人のお散歩地図を作成、先生や同級生からも一目おかれることになる。
だが、せっかく仲良しになっ たしずちゃんとのお別れが近づいてきて、秋祭りの一夜、楽しいひとときを過ごすのだが。
マドレーヌ夫人は玄三郎の病気が取り返しのつかないもので あることを知り、自分なりの覚悟を決めて・・・
かのこちゃんの出会いと別れ。マドレーヌ夫人の出会いと別れ。

「ホルモー」「鹿 男」「トヨトミ」から、児童文学に歩を進めたかに見える一冊。図書館北分館では児童書の棚に配置されているが、リクエスト待ち多数の状況が続いている。
今 回も「万城目ワールド」全開。

直木賞候補にあげられたのはちょっと、と思ったけど、ことしの「本屋大賞」をうかがわせる声もちらほら。

2010年6月12日土曜日

「闇の奥」

「闇の奥」
辻原 登

単行本: 283ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163288805
ISBN-13: 978-4163288802
発売日: 2010/04/10

「イタリアの秋の水仙」。
三上隆捜索隊の話。民俗学者 であり、蝶の研究者でもある三上は台北の大学で蝶の研究を進めていたが徴用され、終戦直前の1945年6月、蛇が空中を飛ぶボルネオのジャングルで消息を 絶つ。そのとき歌っていた歌の題名を尋ねられて、そう答えた。春歌だというのだ。
行方不明となった三上を捜して、1955年、60年、82年、と 3度の捜索隊が郷土の仲間たちによって組織されたが当然の如く、三上の消息はつかめなかった。
そして1986年、和歌山・大塔山系。ミドリシジミ の舞いにさそわれて奥地にある小人族の村にたどりつき、そこでまだ壮年時代の面影をたたえる三上を発見したという手記を残して関係者のひとり・村上三六が 世を去った。この手記に残された体験を第4次捜索隊と位置づける。
2009年、村上三六の息子である「わたし」が第5次捜索隊を組織する。

ボ ルネオの奥地にある小人族の村。その王となった、気鋭の民俗学者。和歌山の奥地、これまた小人族の村に隠棲する謎の男。
たしかに書評にあるとおり、未開人の王となった男をめぐる物語は映画では「地獄の黙示録」でよくご存知。映画の原作だといわれるコンラッドの作になぞらえて、タイトルも「イタリアの秋の水仙」から「闇の奥」に変わっていったという。
そしてその王国を目指しての旅は、中国奥地へのマツタケ狩りツアーから、ネパールの山奥の僻村へ向かう密入国の冒険になる。

ネパール人でありながら日本で医者として成功している謎の婦人が重要な役割を占め、現代の不穏な政治情勢もからめて、ネパールの今を明らかにする。
捜索隊の仲間のひとりが98年の「和歌山毒カレー事件」で5人目の犠牲者となるなど、戦中、戦後、そして現代史のすきまを縫い、いかにも実話であるかのごとく筆をはこぶ作者の力量に感嘆しつつ、物語はどこに収まるのか、と思わせながら、ラストの一行でストンと落ちるのはお見事。

2010年6月1日火曜日

「犬なら普通のこと」

「犬なら普通のこと」
矢作俊彦、司城志朗

単行本: 344ページ
出版社: 早川書房(ハヤカワ・ミステリワールド)
ISBN-10: 4152090766
ISBN-13: 978-4152090768
発売日: 2009/10/30

2010年版 ミステリーベストで、「このミス」5位、「文春」14位。
この差は何か。
と思いつつ読み始めたが、なんとなく視点がはぐらかされてスピー ド感が削がれるのが、その原因かも。
登場人物は、主役の殺人犯、ヤクザの「ヨシミ」。その相棒、チンピラの「彬」。このふたりが、組織を裏切って 金庫のカネ2億円を強奪しようと、沖縄の街を走り回る。
3人称で書かれる地の文がそれぞれの視点で揺れ動き、ヨシミの話なのか、彬だったのか、一 瞬迷うことがあり、その所為かリズムが狂う。

だが、話はめっぽう派手に展開。コルトガヴァメントに段ボール箱のサイレンサーをかぶせての、組の金庫への襲撃。そのアリバイ作りの手助けになるはずの彬との行き違い。オートバイでの輸送車襲撃。操るクルマは高級車。組織の幹部への攻撃に重装備の散弾銃。闇の武器商人に変身する老米兵の沖縄そば屋が面白い。敵に回るのか、味方になるのかわからない殺し屋や、彬を利用して復讐を果たそうという元 女スパイも現れて話は二転三転。2億の現ナマ強奪がいつか10億の覚醒剤をめぐる争奪戦になり、クライマックスを迎える。

むかし、「野生時代」という大判の雑誌が出来て、そこでお二人の新作を狂気して読んでいた。25年ぶりの矢作・司城コンビの作ということで、なつかしぶりの一作。

2010年5月23日日曜日

「波枕 おりょう秘抄」

「波枕 おりょう秘抄」
鳥越 碧

単行本: 346ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062160439
ISBN-13: 978-4062160438
発売日: 2010/2/19

  波枕、という響きがいいね。
おりょう、というのは楢崎龍。幕末の京都で町医者の娘として生まれ、勤王の志士たちとの交流のなかで坂本龍馬と出会い、新婚の彼を窮地から救い出し、日本初の新婚旅行をおこなったことで有名。例の寺田屋事件のときはもう結婚していたということは新発見というか再認識した。もっとも結婚とはいえ、志士たちの前で固めの杯を交わした、というだけなので、坂本家からはその事実も認めてもらえず、後の苦労にもつながるのだが。

さて、波枕。
中扉の裏に、おりょうの死の前年、明治38年に刊行された上田敏訳「海潮音」からの引用がある。

<海のあなたの遙けき国へ
いつも夢路の波枕・・・>

「海のあなたの」と題されたテオドル・オオバネルという人の詩。山のあな・・・ってのはよく覚えているけど、海のあな・・・は知らなかった。とは失礼しました。
おりょうの中にはいつも龍馬がいて、ふたりで海の彼方をあこがれ、死ぬまでふたりだけの船旅を続けていたのだろうか、と思わせるタイトル。

明治5年の東京、夜半の嵐が吹き荒れるなか、行商からなかなか帰らない夫の松兵衛を待ちながら、おりょうの回想が始まる。
勤王派の町医者として志士たちから尊敬されていた父、その父が安政の大獄で捕らえられたときから家族の運命も様変わりしていく。自らも仲居として料亭で働きだし、志士たちとの交流がはじまる。そこで龍馬との出会い。自由奔放さを龍馬に見込まれ、自分も彼を忘れられなくなっていることに気付く。
突然のプロポーズ。幕府の目を逃れるためお春と名を変えて寺田屋で働きだすおりょう。そこで襲撃にあった龍馬に急を告げるため裸で風呂場を飛び出すシーンが有名。大河ドラマでも間もなくだね。
寺田屋で大けがを負った龍馬の療養のため、薩摩の小松さあの勧めで薩摩から霧島、長崎をめぐる旅に出る。これが日本初の新婚旅行といわれる。
そして馬関で居をさだめ、復活した龍馬の活躍を陰から見守るおりょう。だが、一夜、血にまみれた龍馬がおりょうの夢枕に立つ。ああ、あの人は殺されたのだ、とおりょうには分かってしまう。

ここからが後半。土佐の坂本家からは疎んじられたが、乙女姉との交流はそれぞれの妬心もあるものの女同士の理解が得られた。だが、経済的に行き詰まり、やがて東京と名を変えた江戸で最下層の生活を送ることになる。そこで、京都時代から知り合いだった松兵衛に救われた形で所帯を持つ。だが、ふたりの間には龍馬がいた。松兵衛にとっても龍馬は英雄でありあこがれだった。おりょうの陰には龍馬がいる。呪縛がふたりを包み込む。
龍馬とは3年、松兵衛とは30年を共に過ごすことになる。その30年をいつも龍馬の影と寄り添っていたのだろうか。たしかに折にふれ、思い出すのは龍馬の挙動でありその声、笑い声だった。だが、冒頭の嵐の夜のように、夫を気遣う妻としてのおりょうは確かにいた。

明治時代を酒におぼれて生き抜いたおりょうの悲しさ、つらさが身に染みる。
大河ドラマファンにもサイドストーリーとしてお勧めしたい一冊。

2010年5月16日日曜日

「グラーグ57」

「グラーグ57」<上・下>
トム・ロブ・スミス

文庫: 382ページ、356ページ
出版社: 新潮社
ISBN-10: 4102169334
発売日: 2009/8/28

2010年度の『文春』4位、『このミス』6位。
昨年の1位だった 「チャィルド44」から3年後の1956年という設定。
グラーグとは本文でこう説明される。グラーヴノエ・ウプラヴレーニエ・ラーゲリ(強制労 働収容所、縮めてグラーグ)。ナホトカに近い?オホーツク海のそば?にある第57強制労働収容所のこと。では誰が収容されているのかというと、反逆罪に問われた人々。
だが、主人公のレオはいう。「国家が間違っていた、命令がまちがっていた」
前作の数年前に起こった事件から因果はめぐ る。彼は国家保安省の捜査官として反逆者を逮捕、投獄してきた。しかし、そのためには罠を用い、上司の命ずるままに「人民の敵」を投獄してきたのだ。それが誤りだったと発言したときから全てが敵に回る。同僚、上司、国でさえ自分を守ってはくれない。そして最大の敵はかつて自分が投獄した反逆者と呼ばれる人々。

その復讐の標的とされたのは自分と、妻、そして養女。養女を誘拐され、妻を人質にとられたレオは、グラーグ57に収容されている元司教を脱出させるべく、自身を犯罪者に偽装し囚人護送船で嵐のオホーツク海を渡る。囚人たちの反乱、あやうく沈没の危機に見舞われる護送船。ようやく辿り着いた、長い冬がまだまだ終わらないシベリアの果てで巡り会った元司教は自分を陥れた捜査官のことを決して忘れることはなかった。収容されている罪人たちが受けた拷問をすべてお前に科してやる。

だが、フルシチョフによるスターリン批判が公になると、その時点で立場が逆転した。収容所で反乱が起こり、囚人たちによる裁判がおこなわれる。所長は自己弁護する。「仕方のないことだった」。
レオは収容所の混乱のさなか、飛行機を奪って脱出する。そしてモスクワへの帰還。だが、妻や養女は使命にもとづきハンガリーへ赴いていた。

動乱のブダペストでの再会。テロリストとして活躍し始めた養女はソビエト支配からの脱 却のシンボルとしてニュースをにぎわせる。そこにソビエトの鎮圧軍がせまる・・・。

前作は悲惨な物語で、その続編ということで抵抗もあったが、今回もスピーディな展開は健在。なにより登場人物すべてに見せ場が用意されており、オールスターキャストによるノンストップアクションといったおもむき。次回作もあるそうで、乞うご期待。

2010年5月12日水曜日

「想い雲―みをつくし料理帖」

「想い雲―みをつくし料理帖」 (時代小説文庫)
高田 郁

文庫: 281ページ
出版社: 角川春樹事務所
ISBN-10: 4758434646
ISBN-13: 978-4758434645
発売日: 2010/03/18

鮎飯からは じまり、泥鰌、ジュンサイなど、季節の食物をとりまぜ、主人公の「澪」が考えだした「う尽くし」まで、水無月の風がわたる江戸の下町で、行方不明になって いる若旦那のてがかりが分かりそうになる展開の第一話。
八朔の町の賑わいに合わせて、江戸ではなじみのない鱧の料理を中心に話題がつづられ、吉原の用心棒が料理の助っ人にあらわれたことから、おさななじみの女友達とのたまゆらの交流につながる第2話。たまゆらって玉響と書くのだね。
同じ屋号の商売仇にめぐりあったことで、「三方よし」 の3のつく日に店でお酒を供するようになった澪の苦労話。澪がほのかにあこがれを抱く小松原があれこれと手をかしてくれる。8月の名月もすぎ長月のひと月を通じて店が活気を取り戻すまでの第3話。
第4話では前巻の末尾で澪たちの店に引き取られた幼い姉妹の事件を中心に、秋の深まりとともに物語も奥行きを深めてい く。そこにアクセントを置くのが柿のひと枝。
展開があざやかでテンポも早い。きわめて画像的な場面も多く、ドラマ、漫画への移植もまもなくか、と思えるような一巻。

2010年5月1日土曜日

「歎異抄の謎」

「歎異抄の謎」 (祥伝社新書 188)

五木寛之
新書: 224ページ
出版社: 祥伝社 (2009/12/15)
発売日: 2009/12/15

 ことしの最初に投稿した「親鸞」(上下)とほぼ同時に発売された、五木さんの親鸞解説。エッセイと五木現代語訳の「歎異抄」と原文、 そして文芸評論家川村湊さんとの対談と続く3本だて。

エッセイはニッカンゲンダイの連載を加筆構成したもの。いつもどおりの平易な言 葉で親鸞とその前後の宗教界を解説して、五木さん自身の体験からくる自己救済を模索する姿勢が貫かれる。

エッセイの次には、すでに単行 本化されている「私約・歎異抄」。
確かに小説の中で交わされる会話も この歎異抄から出ているのかと納得させられる。そ の後に原文歎異抄が続くが、これを原文で読んで理解できる現代人は何人いるのだろう。

そして対談では、謎だ謎だと謎を深めるのではな く、自身の中にある人間存在としての謎を追求することで親鸞の心に近づこうとする。文芸的にはコロニー帰りの文学者としてきれいにまとめてしまう。

「罪業深重の凡夫」という親鸞の自己評価がキーワードになる。
悲惨な引き上げ体験から自分は罪深い人間だと意識し、その罪を如何に昇華するべき か悩んでいる五木さんは、今の時代こそ「鬱の時代」であり、今の世にこそ親鸞の教えが活かされる、と力説する。

罪業と入力すれば変換し てくれる通り、一般の辞書にも登録されている。だが、罪業の深さは自分では判断できない。この世で犯した罪がどれほど深いものであっても、阿弥陀さまのお 慈悲があれば救っていただける。そうだろうか、と、われわれ凡人は思ってしまうが、そう思うことがすでに阿弥陀様の信号を受けていることなのだ。阿弥陀様 はいるのか、いないのか、と思うだけで、すでにそこにおわします、という逆説の中で、爺はさまよっておる。なもあむだぼ。

2010年4月28日水曜日

「オランダ宿の娘」

「オランダ宿の娘」

葉室
単行本: 287ページ
出版社: 早川書房
ISBN-10: 4152091193
発売日: 2010/3/19


 オランダ宿とは、鎖国を続けていた日本で唯一江戸幕府に参府することのできたオランダ使節団が、江戸で宿泊するための施設「長崎屋」のこと。
 幕末の江戸、長崎屋には「るい」と「美鶴」というふたりの姉妹がおり、ふたり が出会う人々とのかかわりを中心に物語が語られる。宿のあるじの父親、経営上手な母親、母親の娘時代の友人で、大火の時に行方知れずになった幼馴染が占い の尼となって再びあらわれ、見えないものが見えるという不思議な能力を持つ妹の美鶴に力を貸すことになる。このご本もまた、江戸の火事が大きな扱いにな る。姉妹の幼い心にもいくつかの大火が記憶されているし、また巻末、安政の大火による罪人放免も重大な役割を持つ。
 
 物語は4年に一度のオランダのカピタンの出府に始まる。前 任のカピタンから指輪をもらった思い出がある姉妹のもとに、そのカピタンの息子であるハーフの丈吉が訪れる。当時長崎奉行だった遠山景普(かげみち)は異 国船打ち払いのときに面倒を見た、先のカピタンから銀貨をもらっていた。その銀貨をめぐって姉妹と人々の関わりが広がり、怪しげな回船問屋や唐人の殺し屋 などが現れる。海蛇と名乗る海賊一味も暗躍し、景普の息子・遠山の金さんもそのエピソードに出てきて渋いところをさらっていく。
 
 メーンとなるのはシーボルトの来日。長崎丸山の芸妓とのなれそめや、 一人娘おイネちゃんも登場する。長崎の鳴滝塾では高野長英らに混じって、姉妹とかかわりの深い江戸の若者が勉学に励んでいたりする。シーボルトが収集する日本の数々の地図などが幕府やその取り巻きたちの存在を危うくしたり、シーボルト自身の追放につながるのは歴史的事実。
 幕府の隠密といわれた間宮林蔵が荒くれ武士として登場、姉妹の前に立ちはだかるかと思えば、幕府とシーボルトの間に立って暗躍す る。間宮林蔵といえば樺太探検だ。自身の語る冒険の数々は、その前のシーボルトの航海に負けず劣らずすさまじいものがある。
 
 葉室さんは先にも投稿したとおり九州の作家であるだけに、長崎やシーボルトへの造詣も深いのだろう。江戸のオランダ宿から、当然の ごとく長崎、はては樺太やカムチャッカなども盛り込んでグローバルな世界を描いている。
 ハ ヤカワ書房といえば翻訳ミステリ、という既成概念をくつがえす一冊。

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