2010年6月12日土曜日

「闇の奥」

「闇の奥」
辻原 登

単行本: 283ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163288805
ISBN-13: 978-4163288802
発売日: 2010/04/10

「イタリアの秋の水仙」。
三上隆捜索隊の話。民俗学者 であり、蝶の研究者でもある三上は台北の大学で蝶の研究を進めていたが徴用され、終戦直前の1945年6月、蛇が空中を飛ぶボルネオのジャングルで消息を 絶つ。そのとき歌っていた歌の題名を尋ねられて、そう答えた。春歌だというのだ。
行方不明となった三上を捜して、1955年、60年、82年、と 3度の捜索隊が郷土の仲間たちによって組織されたが当然の如く、三上の消息はつかめなかった。
そして1986年、和歌山・大塔山系。ミドリシジミ の舞いにさそわれて奥地にある小人族の村にたどりつき、そこでまだ壮年時代の面影をたたえる三上を発見したという手記を残して関係者のひとり・村上三六が 世を去った。この手記に残された体験を第4次捜索隊と位置づける。
2009年、村上三六の息子である「わたし」が第5次捜索隊を組織する。

ボ ルネオの奥地にある小人族の村。その王となった、気鋭の民俗学者。和歌山の奥地、これまた小人族の村に隠棲する謎の男。
たしかに書評にあるとおり、未開人の王となった男をめぐる物語は映画では「地獄の黙示録」でよくご存知。映画の原作だといわれるコンラッドの作になぞらえて、タイトルも「イタリアの秋の水仙」から「闇の奥」に変わっていったという。
そしてその王国を目指しての旅は、中国奥地へのマツタケ狩りツアーから、ネパールの山奥の僻村へ向かう密入国の冒険になる。

ネパール人でありながら日本で医者として成功している謎の婦人が重要な役割を占め、現代の不穏な政治情勢もからめて、ネパールの今を明らかにする。
捜索隊の仲間のひとりが98年の「和歌山毒カレー事件」で5人目の犠牲者となるなど、戦中、戦後、そして現代史のすきまを縫い、いかにも実話であるかのごとく筆をはこぶ作者の力量に感嘆しつつ、物語はどこに収まるのか、と思わせながら、ラストの一行でストンと落ちるのはお見事。

0 件のコメント:

コメントを投稿

爺の読書録