2012年11月29日木曜日

機龍警察が暗黒市場に乗り込むとき

「機龍警察 暗黒市場」
月村了衛

単行本: 416ページ
出版社: 早川書房
言語 日本語
ISBN-10: 4152093218
ISBN-13: 978-4152093219
発売日: 2012/9/21


元ロシア警官のユーリ・オズノフ警部は、警視庁特捜部との契約を解除され武器密売に手を染めた。そんな中特捜部は、近々ロシアマフィアによる有人搭乗兵器の見本市が行われることを察知するが……。
警視庁との契約を解除されたユーリ・オズノフ元警部は、旧友のロシアン・マフィアと組んで武器密売に手を染めた。一方、市場に流出した新型機甲兵装が〈龍機兵〉(ドラグーン)の同型機ではないかとの疑念を抱く沖津特捜部長は、ブラックマーケット壊滅作戦に着手した――日本とロシア、二つの国をつなぐ警察官の秘められた絆。リアルにしてスペクタクルな“至近未来”警察小説、世界水準を宣言する白熱と興奮の第3弾。

第一章  契約破棄 
 栃木で派出所襲撃事件が発生。はだしで交番に逃げ込んできた男が、追ってきたトラックから突き出された重機関銃で交番もろとも破壊させられる。文字通り破壊だ。その重機関銃は装甲兵装が握っていたという。男は実は警官で、密輸武器の捜査をおこなっていたことが判明する。
 一方、ユーリ・オズノフは警視庁との契約を破棄され、ソ連時代の昔なじみで、今はロシアン・マフィアの顔役になっているゾロトフに接近する。最初の取引の場所を訪れたユーリは、そこにいた台湾人だという男の素性を暴く、「そいつは警官だ」。潜入捜査官はそのまま引き連れられ、ユーリは仲間として認められる。
 警視庁では秘密裏に特捜部の会合が持たれる。有人搭乗兵器の見本市にロシアから新型兵器が出品されるというのだ。沖津警視正は当然のこと、姿警部補をはじめ、ライザや鈴石緑も参加する。そこで明かされた作戦に緑は驚愕した。ユーリは囮捜査のために敵に潜入したというのだ。
 
第二章  最も痩せた犬達 
 ユーリの少年時代。転校生としてやって来たゾロトフは、父が荒くれ者で、ゾロトフ自身も虐待を受けている。そして酒場であばれたゾロトフの父を逮捕したのがユーリの父だった。
 夏休みのある日、ユーリはゾロトフに連れられて、モスクワの廃墟を訪ねた。かつての秘密警察の拷問の形跡が残る地下室。ゾロトフはここが自分の別荘だとうそぶく。その夜、事件を起こしたゾロトフの父を、ユーリの父が射殺してしまう。
 ユーリは兵役が明けたあと、民警に就職、父と同じ道を進むことになる。先輩たちは父ともなじみで、影からユーリを応援してくれる。かれらこそ、イワンの最も痩せた犬達こと、誇り高い警官たちだった。
 ある日、先輩刑事の年の離れた妹と知り合い、ひそかに将来を語り合う仲になる。そんなとき、ユーリの前に刺青をしたゾロトフが現れる。
 運命はユーリを翻弄する。
 警察の上司の罠にはまったユーリは、母や婚約者、仲間の警官たちのすべてを失いゾロトフの庇護を求めることになる。逃れて落ち行く先はアジアの辺境。機甲兵装をまとい、ギャングたちの護衛に身を持ち崩していたユーリの前に現れたのは、警視庁の沖津だった。沖津はユーリに、モスクワ時代の罪を帳消しにするから、あらためて日本の警察で働けという。
 
第三章  悪徳の市 
 ユーリとゾロトフは密輸武器の競売に参加するために日本へ。そこには、ロシアの武器密輸業者の大物や中国のチャイニーズマフィアも加わり、新型機甲兵装の見本市が開かれる。

 新宿のホテルに集まり、那須高原の保養施設に移動するころには、参加者の数も徐々に減っていく。警察の追跡をかわすための組織の仕掛けだった。ギャングたちは入札がおこなわれる仙台のカジノへ向かう。 そこでユーリの実態に気付いたマフィアは、新型機と対決する装甲兵装のオペレーターにユーリを担当させ、見本の性能をアピールすると同時に邪魔者を消そうとする。
 東京から遠く離れた宮城県のホテルの場所を連絡する手立てもなく、ユーリは機兵同士の戦いに臨むことになったが・・・
 
 ということで、身の丈3メートルの機甲兵装に身を包み、知力と体力を尽くして男や女たちが暴れまわる第3弾。
 第1作はこちら「機龍警察」。沖津の暗躍が近未来の日本警察を変えていく。
 第2作はライザが白い死神となって活躍する「自爆条項」。
 今回最後の大舞台が宮城県に設定され、震災後の復旧が進まないまま、不良外人の巣窟と化したカジノ都市のホテルが描かれる。そこでおこなわれる武器密輸の暗黒市場。マフィアやギャングたちが目の色を変えて欲しがる武器とは、やはり新型の機甲兵装だった。それはドラグーンと呼ばれる警視庁の龍機兵を上回る性能を持つのだろうか。


 だが、やはり主役は元ロシア警察の痩せ犬ユーリ・オズノフ。かれの生い立ちと、任務にひたすら忠実な彼の内なる葛藤が、はがゆいばかりのハードボイルドになっている。

 そして、新型機との対決で見せたユーリの意地と根性。痩せ犬は痩せ犬でも、誇りある痩せ犬の姿に感動しよう。 さて、次巻はいよいよ姿警部補の物語になる、のかな?
 

2012年11月15日木曜日

ショートスカート・ガールが仕掛けた罠は

「ショートスカート・ガール」
加藤 眞男

単行本(ソフトカバー): 234ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062176033
ISBN-13: 978-4062176033
発売日: 2012/6/28


横浜の弁護士・添野のもとを臼井あさぎという女性が相談に訪れた。15年前に駅で自分のスカートの中を盗撮した犯人が、今判ったので訴えたいという。添野は時効だし、当時は盗撮を犯罪とする法律もなかった、とあきらめるように諭して帰した。その後あさぎは消息をたつ。それから3週間後、朝の電車内で痴漢騒ぎが起きた。痴漢は被害者に腕を掴まれ、大怪我をしたという。過剰防衛とされ、警察に拘留された被害者女性は添野を弁護人に選任する。被害者は臼井あさぎその人であり、その後事件は意外な展開をみせる--! 
<担当者コメント>
島田さんと講談社がタッグを組んで昨年より発動したプロジェクトですが、おかげさまで 200本を越える応募をいただき団塊の世代の「熱気」をあらためて確認しました。「ショートスカート・ガール」は、軽いタッチで読みやすいながらも、作者の社会体験が反映された重厚さも兼ね備えた作品です。ぜひご一読をお願いします。
<島田荘司選 ベテラン新人プロジェクト受賞作!>
新人賞の選考委員をするようになって二十年以上が経つが、このような圧倒的パワーを見せる新人に対するのははじめてだ。しかもそれが若者でなく、退職高齢世代に現れた。おそらくはこういうことが、モノづくり日本を支えた団塊の世代の持つ秘密であり、力なのであろう―――選評より

 臼井あさぎ。長野市で一人住まいしていた新入社員のころのこと。新調したスーツが手違いで超ミニスカートに仕上がってきた。気合を入れて着込んでいったが、スカートの中を盗撮されてしまう。そのときは仕事の前で忙しく、盗撮犯を交番に突き出して会社へ出勤してしまった。ところが、当時は迷惑防止条例もなく、犯人は警官に諭されただけで、事件扱いもされずにそのまま釈放されてしまう。
 そして15年後。あさぎは、最近TVで話題の、弁護士であり大学教授の吉見渓慈郎がそのときの盗撮犯人ではないか、という疑いを抱き弁護士のもとを訪れた。

 添野耕三、横浜の弁護士。あさぎの訴えを聞いたものの、15年前の事件で、当時の条例からみても立件することはむつかしいと返答する。

 「ベテラン新人プロジェクト」という新人賞をとった作品。選考委員の島田荘司さんや爺と同年輩のベテラン新人だという。
 
 あさぎは、その依頼をした3週間後、電車で痴漢を撃退する騒ぎを起こす。痴漢の手をつかんで電車の扇風機に指を突っ込み怪我をさせたのだ。いちやくTVでも話題になり、あさぎは時の人だ。その痴漢というのは15年前の長野での盗撮騒ぎのときに、交番勤務をしていた警官の富田だった。

 
 TVの報道で驚くべきことが分かる。富田は、あさぎにストーカー行為を繰り返していたというのだ。では痴漢退治をしたあさぎは、その報復をしたというのだろうか。このトラブルは双方からの訴えもなく、事件として扱われることもなかった。
 
 そして半月後、あさぎの部屋に侵入しようとした富田を、あさぎが包丁で刺殺する。それも、咄嗟に110番通報をした携帯電話がつながれたままで、いわば実況中継の中での事件だった。
 裁判が始まり、あさぎの弁護は添野が所属する法律事務所長が担当した。その経過がワイドショーでも報道される。
 弁護士の吉見も番組のなかでコメントをかさねるが、15年前の盗撮犯は吉見ではないかというイエロー新聞紙のスクープが世間をにぎわすことになっていく。
 それは編集局に届いた一通の投書が訴えていたものだった。その投書の差出人は「S.S.G.」となっている。もちろん、あさぎは拘留中で手紙を出せるわけもない。では、誰が・・・
 
 事件そのものは前半に発生し、後半は、裁判の経過とともに過去の事件の背景が明らかにされる。
 登場人物のつながりも判明し、読者の思惑をひっくり返しながら、物語はエンディングへ。
 
 裁判で無罪を勝ち取ったあさぎは故郷の長野へ帰る。法律事務所の助手の瑞穂がそこに訪れ、千曲川のほとりで言った言葉は・・・
 
 

2012年11月12日月曜日

起終点駅は人生のターミナル

「起終点駅(ターミナル)」 
桜木 紫乃 (著)

単行本: 252ページ
出版社: 小学館
言語 日本語
ISBN-10: 4093863180
ISBN-13: 978-4093863186
発売日: 2012/4/16


生きて行きさえすれば、いいことがある。
笹野真理子が函館の神父・角田吾朗から「竹原基樹の納骨式に出席してほしい」という手紙を受け取ったのは、先月のことだった。十年前、国内最大手の化粧品会社華清堂で幹部を約束されていた竹原は、突然会社を辞め、東京を引き払った。当時深い仲だった真理子には、何の説明もなかった。竹原は、自分が亡くなったあとのために戸籍謄本を、三ヶ月ごとに取り直しながら暮らしていたという――(「かたちないもの」)。
 道報新聞釧路支社の新人記者・山岸里和は、釧路西港の防波堤で石崎という男と知り合う。石崎は六十歳の一人暮らし、現在失業中だという。「西港防波堤で釣り人転落死」の一報が入ったのは、九月初めのことだった。亡くなったのは和田博嗣、六十歳。住んでいたアパートのちゃぶ台には、里和の名刺が置かれていた――(海鳥の行方」)。
 雑誌「STORY BOX」掲載した全六話で構成しています。
<編集者からのおすすめ情報>
第146回直木賞候補作にして2011年下期には書評家・編集者の注目を一気に集めた『LOVE LESS(ラブレス)』から6ヶ月、デビュー短編「雪虫」から10年目に満を持して、最高傑作登場!

 短編集。北海道が舞台。
 それぞれの作にはなんのつながりもない。しいていえば、「無縁」だとか。雑誌に発表されたときは『無縁1~6』というタイトルだった。だが、小説である以上、結果的に「縁」の物語になっている。
 著者の桜木さんは、前作が直木賞候補になって一躍有名になったが、すでに10年選手だ。じじいが読むのは初めて。そして直木賞候補になるくらいだから、文章に「情」がある。

「かたちないもの」
 笹野真理子。化粧品メーカーの幹部管理職。
 函館。外人墓地。ロシア正教会の葬儀で葬られたのは、真理子の先輩であり恋人でもあったが、45歳で引退した竹原。引退してすでに10年になる。
 神父は吾郎という30歳のイケメン。
 竹原は引退後、母の介護をして、この地で亡くなった。糖尿病を患っていたという。
 葬儀でなく、納骨儀式に呼ばれたのはなぜだろう、と真理子は思う。神父の吾郎は「かたちのない自分をみてほしかったのではないでしょうか」と答える。

「海鳥の行方」
 山岸里和。新聞社の新人。
 釧路。港の土砂置き場から不発弾が発見されたというニュースの取材に行き、そこで石崎という60歳くらいの労務者と出会う。
 今は別れてくらしていた里和のかつての恋人がうつ病による自殺未遂事件を起こす。
 里和は石崎とふたたび面会し、防波堤の釣りを楽しむ。
 だが、あるとき石崎が死に、実は名前は偽名で元受刑者だったということが分かる。
 里和は受刑者の元妻だった女に会いに行き、記事にしたいと思うのだが・・・
 
「起終点駅」(ターミナル)
 弁護士・鷲田完治。
 釧路。裁判所で、覚せい剤使用事件で椎名敦子の執行猶予判決を勝ち取る。
 敦子は行方不明になっている恋人を探し出したい様子だ。
 完治は息子と妻を棄てて来た。その息子が結婚するという連絡がくる。
 冴子という、学生時代に深い仲になった女が覚せい剤事件でつかまり、留萌で裁判所支部長をしていたときに判決を言い渡した。そのときにふたりでやり直そうと誘ったのだが、冴子は・・・
 敦子の恋人は覚せい剤で命を落としかけているところを完治と敦子が救い出す。

「スクラップ・ロード」
 道央。
 飯島久彦。銀行を中途退職。ホームレスになっている父・文彦を見つけたが、今は沢田美奈というまだ若い女と一緒に暮らしていた。
 久彦も就職先がなく、アパートで寝たり起きたりの生活を繰り返している。
 そのうち、風邪をこじらせた父はそのまま医者にも行けず亡くなってしまう。
 美奈といっしょに空き地に父の遺骸を埋める。生前の父が自ら掘った穴だった。このあたりにみんなが埋まっている。
 美奈は言う。あんたはここが居心地よくなるタイプの人間だ。廃品になるタイプの人間だ。
 そうかもしれない、と思いつつ、久彦は履歴書を書くことにした。

「たたかいにやぶれて咲けよ」
 山岸里和も記者になって3年目。
 女流歌人・中田ミツが死んだ。82歳の今まで道東の短歌会を牽引してきた存在だ。特別養護老人ホームで暮らしていた。タイトルはミツの歌からとられている。その後には、「・・・ひまわりの種をやどしてをんなを歩く」と続く。50代まで「エロス」の看板を掲げていた歌人だった。代表的な歌集は『ひまわり』と題されている。
 ミツの姪が経営する「KAJIN」という喫茶店へ出向いた里和は、姪の父と歌人が関係を持っていたという情報を得る。そこで近藤悟のことを聞く。
 晩年の歌人とともに暮らしていたという悟は作家志望の35歳。どこかまだ夢見がちの少年という雰囲気をまとっている。だが、彼がともに過ごした5年間はふたりにとって濃密な5年間であり、その経験をぽつりぽつりと語る悟に、里和はふと思い当たることが・・・

「潮風(かぜ)の家」
 手塩町。
 久保田千鶴子。江別で高齢者向けの宅配弁当の配達を仕事にしている。
 弟の永大供養を済ますために、30年ぶりに手塩の町を訪れた。そこには町にいたときから世話になっていた、たみ子という老婆がいる。町にいたころ、千鶴子や弟をかばってくれたおばちゃんだった。
 たみ子は若いときから吉原で稼ぎ、仕送りして今の海辺の家を建てたのが自慢だった。60年もの間、潮風に吹かれている、タイムスリップしたような家だった。
 そこで薄いふとんにくるまって千鶴子のこれまでを語り合う。たみ子は別れ際に、「ワシが死んでも戻って来るな」と言い残す。
 江別へ帰った千鶴子は弁当の宅配先で平田という老人が倒れているのを発見する。そんなときのためのネットワークが準備してあり、医者や身寄りへの連絡もスムーズだ。
 そして、たみ子へワイド液晶テレビをプレゼントすることにした。

 涙なしに読めない物語。ある書評では「読者に媚びない暗さ」が魅力だとも書かれている。暗い。だが、一冊にまとまって読み終えると、巻末にもってきた作品が少し明るい要素を持っているようだ。年寄りの力強さが見事だ。

2012年11月8日木曜日

コレキヨの恋文が日本を救う

「コレキヨの恋文」
新米女性首相が高橋是清に国民経済を学んだら
三橋 貴明

単行本: 315ページ
出版社: 小学館
言語 日本語
ISBN-10: 4093863261
ISBN-13: 978-4093863261
発売日: 2012/3/28


【笑って泣いて経済もわかる傑作小説誕生! 】
混迷の日本。現在と驚くほど似ていた時代があった。リーマンショック、ユーロ危機VSウォール街大暴落。デフレ円高不況VS昭和大恐慌。東日本大震災VS関東大震災。そして頻繁に失脚する総理大臣…そんな昭和初期に7度の大蔵大臣と首相として日本を世界恐慌から脱出させたのが、希代の財政家・高橋是清だった。
不況が続く201X年、大混乱を経て初々しい女性宰相が誕生した。官邸での就任パーティ。増税・緊縮財政路線の財務省と成長路線の補佐官との板挟みに疲れた霧島さくら子首相は官邸の庭に出ると桜の下で髭を蓄えた和装の老人に会う。二人はお互いを知らぬまま政治、経済状況を語り合うのだが、不思議と平仄が合う。さくら子は老人の確信に満ちた話に感銘を受け、それをヒントに、財務省の筋書きとは違う大胆な経済成長策を打ち出す。果たしてそれが奏功し、日本はデフレ不況から脱することができるのか。
何度かの邂逅で、さくら子は、老人はもしや高橋是清翁では、と思い始める。ということは…老人は2月26日に大変な不幸に巻き込まれてしまうではないか!どうする、さくら子!
 笑って泣いて、日本と世界の経済の仕組みがストンとわかる傑作小説誕生!
【編集担当からのおすすめ情報】
高橋是清の時代って、まるで現在の日本と同じ状況だったんですね。そして、本を読み進むと、どうすれば日本の景気が良くなるかがわかるのだから、本当に面白くてお得です。それと登場人物が誰をモデルにしているのか、当てるのがけっこう楽しいですよ。
いま人気の画家・鈴木康士氏のカバー・イラストもお楽しみ下さい。
4月20日に書いています。18日、三橋氏、さかき漣氏、イラストの鈴木康士氏とでささやかな増刷お祝いをいたしました。三橋氏が鈴木氏に会うのは初めてでした。
お陰様で好調を維持しています。アマゾンでは38件のブックレビューが出ており、三橋氏によると、彼のこれまでの本で最多と。「感動した」「思わず泣いてしまった」「三橋氏のこれまでの本で最高傑作!」との声が多く、まぁこれは編集者冥利でしょうか。
この本がなぜこれほど読者の感動を呼ぶのか、私なりの1つの答えは、本の中で高橋是清が語るセリフのポイントの部分が、実は本当に彼が書き残したものだということです。例えば、国民経済とは何かをさくら子に語ったところとか、最後の手紙の部分とか。実際の“恋文”はもちろんさくら子や今の国民に宛てて書いた物ではありませんが、それ以外の部分は本当に是清が書いた物なのです。そのリアリティが涙を誘うのでは。それがわかって、読み直してみるのもまた一興ではないでしょうか。かく言う小生も、もう三度くらい泣いています。

 というわけで、紹介文がすべてを語っている。
 霧島さくら子、日本国総理大臣。
 就任パーティーの夜、総理官邸に咲き誇る桜の下でひとりの老人と出会う。
 はて、きょうのパーティーの招待客にこんな人はいたのかしら、と思うのだが、向こうは向こうで、今や日本中の人気者である霧島総理を知らないようで、女性記者かなにかだと思っているらしい。
 そして、気負って日本の現状や、総理としての自分の思惑などを語り続けるうちに、日本をデフレから救うことができるかもしれない方策のヒントを得る。
 
 デフレのときの国の財政のあり方。そもそも国民経済とはなにか。税金とは何か。国民個人の貯蓄はなぜ国力を奪うのか。
 第一章はさくら子の立場と是清の立場相互の視点で描かれる。
 さくら子の時代は、長い不況と何度も変わる総理大臣、混迷内閣の連続による国民の不満が爆発。ようやく行われた総選挙では民主党が敗北し、自民政権の復活。だが、起死回生の手法はだれにもわからない。
 一方、是清は大正バブルの崩壊、関東大震災、昭和金融恐慌を経験し、さくら子と出会う前の年には5・15事件が勃発している。この時代も何度も総理大臣が入れ替わっている。
 
 なにげない出会いが、さくら子を総理としての役目に目覚めさせる。
 どこをどう通ってふたりが出会ったのか、それは解明されない。
 だが、その老人は高橋是清ではないか、とさくら子は思い当たる。
 
 調べてみると昭和の初めと今の平成の時代はそっくりなのだった。是清は大蔵大臣を何度も務めた経験から、さくら子の提案を評価し、また自分の思いのたけを語る。 

 満開の桜の下での出会いが3年続き、さくら子の政治手腕が日本経済を明るくしていく。
 だが、次に会うことは出来ない、とさくら子は思い当たる。来年の桜が咲くひと月前に是清は暗殺されてしまうのだ。
 さくら子は自分が未来の人間だということを是清に信じてもらうために、最後の出会いだと思われる、是清の時代、昭和10年の歴史的事実をこと細かく是清に説明する。

 そして、歴史の大きな波は日本を軍事国家に変貌させていく。
 次の年、是清が暗殺される前夜に書いたと思われる遺書が発見される。それは総理大臣としてのさくら子にあてた手紙であり、未来の日本人にあてた是清の恋文だった。

 著者の三橋氏は異端の経済学者として売れっ子だが、本質はサラリーマンあがりのTV評論家だと、ネットでは悪評ふんぷん。ケインズと是清が好きだということが、この著作でも良く分かる。果たして日本の経済は誰が救ってくれるのだろうか。
 霧島さくら子待望論が出ないのは、国民が政治に期待するものがないからだろうか。

 

2012年11月4日日曜日

ザ・ストレインがもたらす災厄は

「ザ・ストレイン」
ギレルモ・デル・トロ(著)
チャック・ホーガン(著)
大森望(訳)

単行本(ソフトカバー): 574ページ
出版社: 早川書房
言語 日本語
ISBN-10: 4152090669
ISBN-13: 978-4152090669
発売日: 2009/9/10


2010年9月、ニューヨーク・JFK国際空港で旅客機が着陸直後に外部との無線連絡を絶ち、照明を消し、すべての電気系統を落として誘導路上で沈黙した。人質事件の懸念から突入したレスキュー隊が発見したのは、二百名近くの乗客が席に着いたまま静かに息絶えている姿だった…。バイオテロの可能性から、当局はCDC(疾病対策センター)の特別班を召集する。チームを率いる疫学者イーフリアムは最愛の息子と過ごす貴重な週末をきりあげて空港に急行し、機内のバイオハザード調査に入るのだった。事件の原因究明にあたるイーフはやがて、この悪疫がいくつもの家族と社会秩序を引き裂き、猛烈な勢いで蔓延していくさまを目の当たりにする。それは同時に、太古の昔から地球に生きる、ある忌まわしい種族の復権を意味していた―アカデミー賞映画監督ギレルモ・デル・トロが長年あたためてきたアイディアを惜しまずそそいで贈る極上のスリル。全米ベストセラー・リストランクイン、世界21カ国で翻訳決定の傑作ノンストップ・パンデミック・スリラー。

 2009年の発刊。舞台はその1年後の2010年。ニューヨークのJFK国際空港。
 今回、本編とその続編が文庫で刊行されることになり、急遽、読んでおかねば、となった次第。

 航空機が着陸したが、その乗客が全員死亡していた、というのは「フリンジ」なんかでもあったプロローグ。
 だが、そこには4人の生存者がいた。乗客はなぜ死んだのか。4人はなぜ生き残ったのか。
 まず、なんらかの疫病が疑われる。機長をはじめ、乗客乗員の全員は、機が到着する寸前まで生きていたのだ。
 
 機内を調べたCDC(疾病対策センター)のイーフリアム(イーフ)は貨物室に奇妙な巨大棺を発見する。だが、その直後、何者かによってその棺は運び出されてしまう。
 遺体を検視してみると、遺体には血液がなくなり、体組織が白い脂肪みたいになっている。体内からなにやらうごめく虫みたいなものが出てくる。

 その翌朝、皆既日食が起こる。

 だから、文庫になったこの作品は「沈黙のエクリプス」というタイトルに改題されている。
 その日食のさなか、うごめくものがいた。

 最初はパンデミックスリラーで始まる。細菌がばらまかれたのか。機内には血液ではない謎の液体がぶちまけられている。
 日食の夜、死者たちはすべて、いずこへか姿を消す。解剖された遺体もなくなってしまう。
 そして、4人の生存者たちにも奇妙な兆候が・・・
 
 ストーリーの合間に、間奏曲として、ナチスの収容所から脱走するエイブラハム・セトラキアンの逃亡劇が描かれる。収容所というより、そこは太古からの支配者が跋扈する暗黒地帯だ。
 
 セトラキアンはやがてイーフを探し出し、太古の種族を撲滅するべく協力を求めるのだった。
 
 バイオハザードをはじめ、ゾンビ集団との戦いはもはや陳腐なイメージになってしまった。
 いまさら、という感もあるが、ここに古代から人類を捕食していた存在をもってきて、なおかつ、永遠の命を求める大富豪が暗躍するニューヨークを舞台にして、映画化が間違いない大アクションが展開される。
 さて、続刊が楽しみだ、といちおうは期待を残しておこう。
 

爺の読書録