2012年11月12日月曜日

起終点駅は人生のターミナル

「起終点駅(ターミナル)」 
桜木 紫乃 (著)

単行本: 252ページ
出版社: 小学館
言語 日本語
ISBN-10: 4093863180
ISBN-13: 978-4093863186
発売日: 2012/4/16


生きて行きさえすれば、いいことがある。
笹野真理子が函館の神父・角田吾朗から「竹原基樹の納骨式に出席してほしい」という手紙を受け取ったのは、先月のことだった。十年前、国内最大手の化粧品会社華清堂で幹部を約束されていた竹原は、突然会社を辞め、東京を引き払った。当時深い仲だった真理子には、何の説明もなかった。竹原は、自分が亡くなったあとのために戸籍謄本を、三ヶ月ごとに取り直しながら暮らしていたという――(「かたちないもの」)。
 道報新聞釧路支社の新人記者・山岸里和は、釧路西港の防波堤で石崎という男と知り合う。石崎は六十歳の一人暮らし、現在失業中だという。「西港防波堤で釣り人転落死」の一報が入ったのは、九月初めのことだった。亡くなったのは和田博嗣、六十歳。住んでいたアパートのちゃぶ台には、里和の名刺が置かれていた――(海鳥の行方」)。
 雑誌「STORY BOX」掲載した全六話で構成しています。
<編集者からのおすすめ情報>
第146回直木賞候補作にして2011年下期には書評家・編集者の注目を一気に集めた『LOVE LESS(ラブレス)』から6ヶ月、デビュー短編「雪虫」から10年目に満を持して、最高傑作登場!

 短編集。北海道が舞台。
 それぞれの作にはなんのつながりもない。しいていえば、「無縁」だとか。雑誌に発表されたときは『無縁1~6』というタイトルだった。だが、小説である以上、結果的に「縁」の物語になっている。
 著者の桜木さんは、前作が直木賞候補になって一躍有名になったが、すでに10年選手だ。じじいが読むのは初めて。そして直木賞候補になるくらいだから、文章に「情」がある。

「かたちないもの」
 笹野真理子。化粧品メーカーの幹部管理職。
 函館。外人墓地。ロシア正教会の葬儀で葬られたのは、真理子の先輩であり恋人でもあったが、45歳で引退した竹原。引退してすでに10年になる。
 神父は吾郎という30歳のイケメン。
 竹原は引退後、母の介護をして、この地で亡くなった。糖尿病を患っていたという。
 葬儀でなく、納骨儀式に呼ばれたのはなぜだろう、と真理子は思う。神父の吾郎は「かたちのない自分をみてほしかったのではないでしょうか」と答える。

「海鳥の行方」
 山岸里和。新聞社の新人。
 釧路。港の土砂置き場から不発弾が発見されたというニュースの取材に行き、そこで石崎という60歳くらいの労務者と出会う。
 今は別れてくらしていた里和のかつての恋人がうつ病による自殺未遂事件を起こす。
 里和は石崎とふたたび面会し、防波堤の釣りを楽しむ。
 だが、あるとき石崎が死に、実は名前は偽名で元受刑者だったということが分かる。
 里和は受刑者の元妻だった女に会いに行き、記事にしたいと思うのだが・・・
 
「起終点駅」(ターミナル)
 弁護士・鷲田完治。
 釧路。裁判所で、覚せい剤使用事件で椎名敦子の執行猶予判決を勝ち取る。
 敦子は行方不明になっている恋人を探し出したい様子だ。
 完治は息子と妻を棄てて来た。その息子が結婚するという連絡がくる。
 冴子という、学生時代に深い仲になった女が覚せい剤事件でつかまり、留萌で裁判所支部長をしていたときに判決を言い渡した。そのときにふたりでやり直そうと誘ったのだが、冴子は・・・
 敦子の恋人は覚せい剤で命を落としかけているところを完治と敦子が救い出す。

「スクラップ・ロード」
 道央。
 飯島久彦。銀行を中途退職。ホームレスになっている父・文彦を見つけたが、今は沢田美奈というまだ若い女と一緒に暮らしていた。
 久彦も就職先がなく、アパートで寝たり起きたりの生活を繰り返している。
 そのうち、風邪をこじらせた父はそのまま医者にも行けず亡くなってしまう。
 美奈といっしょに空き地に父の遺骸を埋める。生前の父が自ら掘った穴だった。このあたりにみんなが埋まっている。
 美奈は言う。あんたはここが居心地よくなるタイプの人間だ。廃品になるタイプの人間だ。
 そうかもしれない、と思いつつ、久彦は履歴書を書くことにした。

「たたかいにやぶれて咲けよ」
 山岸里和も記者になって3年目。
 女流歌人・中田ミツが死んだ。82歳の今まで道東の短歌会を牽引してきた存在だ。特別養護老人ホームで暮らしていた。タイトルはミツの歌からとられている。その後には、「・・・ひまわりの種をやどしてをんなを歩く」と続く。50代まで「エロス」の看板を掲げていた歌人だった。代表的な歌集は『ひまわり』と題されている。
 ミツの姪が経営する「KAJIN」という喫茶店へ出向いた里和は、姪の父と歌人が関係を持っていたという情報を得る。そこで近藤悟のことを聞く。
 晩年の歌人とともに暮らしていたという悟は作家志望の35歳。どこかまだ夢見がちの少年という雰囲気をまとっている。だが、彼がともに過ごした5年間はふたりにとって濃密な5年間であり、その経験をぽつりぽつりと語る悟に、里和はふと思い当たることが・・・

「潮風(かぜ)の家」
 手塩町。
 久保田千鶴子。江別で高齢者向けの宅配弁当の配達を仕事にしている。
 弟の永大供養を済ますために、30年ぶりに手塩の町を訪れた。そこには町にいたときから世話になっていた、たみ子という老婆がいる。町にいたころ、千鶴子や弟をかばってくれたおばちゃんだった。
 たみ子は若いときから吉原で稼ぎ、仕送りして今の海辺の家を建てたのが自慢だった。60年もの間、潮風に吹かれている、タイムスリップしたような家だった。
 そこで薄いふとんにくるまって千鶴子のこれまでを語り合う。たみ子は別れ際に、「ワシが死んでも戻って来るな」と言い残す。
 江別へ帰った千鶴子は弁当の宅配先で平田という老人が倒れているのを発見する。そんなときのためのネットワークが準備してあり、医者や身寄りへの連絡もスムーズだ。
 そして、たみ子へワイド液晶テレビをプレゼントすることにした。

 涙なしに読めない物語。ある書評では「読者に媚びない暗さ」が魅力だとも書かれている。暗い。だが、一冊にまとまって読み終えると、巻末にもってきた作品が少し明るい要素を持っているようだ。年寄りの力強さが見事だ。

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