2012年8月31日金曜日

盤上の夜が見せる奇跡の眺望は

「盤上の夜」
宮内 悠介

単行本: 283ページ
出版社: 東京創元社
言語 日本語
ISBN-10: 4488018157
ISBN-13: 978-4488018153
発売日: 2012/3/22


第1回創元SF短編賞 山田正紀賞
第147回直木賞候補作
●堀晃氏推薦――「盤面から理性の限界を超えた宇宙が見える」
●山田正紀氏推薦――「これは運命(ゲーム)と戦うあなた自身の物語」
●飛浩隆氏推薦――「宮内はあなたの瞳(め)に碁石(いし)を打つ。瞬くな」

彼女は四肢を失い、囲碁盤を感覚器とするようになった──若き女流棋士の栄光をつづり、第1回創元SF短編賞で山田正紀賞を贈られた表題作にはじまる全6編。同じジャーナリストを語り手にして紡がれる、盤上遊戯、卓上遊技をめぐる数々の奇蹟の物語。囲碁、チェッカー、麻雀、古代チェス、将棋……対局の果てに、人知を超えたものが現出する。2010年代を牽引する新しい波。

「盤上の夜」 囲碁
 何らかの事情から四肢を失った灰原由宇。彼女を保護し、代打ちとしての役目を努める相田純一九段。
 本因坊戦の挑戦手合、由宇はつぶやく。「星が痛い」
 早碁の決勝で勝ち抜いた時の抱負としてはこうだ。「この世界を抽象で塗り替えたい」
 だが、本因坊戦のトーナメントのさ中、由宇は姿を消してしまう。いつしか由宇は碁盤を通じて世界と会話していたのだ。そして、会話する言葉が足りなくなったのだという。
 行方不明の由宇を探し当てた相田だったが、彼女には再生医療により四肢が再生されていた。だが・・・
 
「人間の王」 チェッカー
 いまは葬られたゲーム=チェッカー。そのゲームでコンピュータと対戦し、6戦連続の引き分けに持ち込んだというマリオン・ティンズリー。彼こそは「人間の王」だった。わたしは彼とのインタビューを始める。ティンズリーは’97年の、その最後のゲームの直後に亡くなっているので、インタビューの相手は彼の能力を再現した意識体。
 彼は、人間と戦い、機械と戦い、プログラムと戦った。そして現在、コンピュータによりそのゲームは完全解されたとして、葬り去られている。だが、わたしには訊いてみたいことがあった。「あなたがティンズリーと戦ったとして、どちらが勝つのでしょうか?」 

「清められた卓」 マージャン
 わたしは10年前におこなわれた白鳳戦第9戦についてインタビューしている。公式に記録は残されていない、そこで、何があったのか。
 対戦したのは予選を勝ち上がった女性雀士・真田優澄。「都市のシャーマン」代表者。
 そしてAリーグプロの新沢駆。
 アスペルガー症候群の9歳の少年、当山牧。連盟は彼の活躍で麻雀のイメージを一新したいと考えたのだろう。
 4人目は優澄に執着する、彼女の元婚約者である精神科医・赤田大介。
 だが、対局は意表をつく展開を見せる。
 異様な打ち筋を見せる優澄は言う。「わたしたちが牌を動かしているのではなく、牌がわたしたちを選んでいるのよ」
 当山は数理的に麻雀を理解し、その中で、世界は感情で動いていることを知る。
 新沢は言い出す。「カメラで撮影するのは止めろ、賭けを始めよう」
 赤田は優澄には「何か」が見えているのだ、と確信する。
 そして10年後の今、赤田は、優澄が代表者の宗教団体「都市のシャーマン」にボランティアとして参加している。わたしはそこで見た優澄の姿に愕然とした・・・

「象を飛ばした王子」 チャトランガ=古代インド将棋
 ゴータマ・ブッダの息子、ラーフラ。彼は王としての務めより、盤上で駒を動かす競技に、より強い興味を抱いていた。この競技を広めれば、戦争の代わりになって、戦を起こすものはいなくなるのではないか。
 だが、象の駒を動かす決まりがみつからない。周囲の家臣たちも、からかい半分に「象を飛ばすことはできませんぞ」と冷やかすばかり。
 そのとき、自分を見捨て、家や国も捨てた父親・悉達多が帰郷してくる。父に対する恨みをこめて盤競技を始めたラーフラは、有利な筈の競技で父に負けてしまう。そして悉達多は「私の教えは、心を棄てるということなのだよ」と・・・
 
「千年の虚空」 将棋

 3人は幼いころから破天荒な生活をしてきた。蘆原一郎と恭二の兄弟と織部綾。
 今や、一郎は国政をリードする存在にまでなっている。恭二は竜王位戦を戦う棋士となったが、統合失調症を患い、駒と会話する生活を送っていた。
 一郎の野心は量子コンピュータによる歴史の一元化であった。歴史の細分化された内部を統一化し真の歴史をまとめあげようというのだ。その究極の目的は戦争をなくすこと。
 その研究開発の過程で、学者のひとりが将棋の完全解を発見したと発表した。
 弟の恭二はコンピュータと対決する。そして発作を起こす。
 量子コンピュータが分析する量子歴史学は、収束から発散に転じてしまう。
 全てを失った一郎は恭二を見舞う病室で、兄弟で将棋をする。そのとき、盤面に現出したものとは・・・
 

「原爆の局」 再び囲碁
 由宇や相田とはその後もつながりがあった。ただ、ときたま由宇が行方不明になるのは相変わらずだ。
 そんなある日、由宇の引退試合の相手だった井上から、囲碁の棋符を見せられた。その日付は昭和20年8月6日。対局された場所は広島。
 井上は、その棋符を渡した相田はシアトルへ行ったという。棋符を残した岩本という棋士の足跡を辿る旅だという。井上もまたニューメキシコへ行くという。現地でまた会おうということになり、わたしも日にちをずらしてアメリカに向かった。
 その地で珍しい再会があった。雀士の新沢である。かれはポーカーで稼いでいるという。
 井上はいう「囲碁とは、運が9割、技術が1割」。
 再会した相田は「碁とは、抽象が5割の具象が5割です」。
 そして、井上と由宇の勝負が始まる。意表をついて天元に黒石をおいた井上。そのとき、現実の底が抜けた。ニューメキシコの純白の砂、8月6日の黒い雨。
 最後の最後に由宇の言葉。「9割の意志と1割の天命」・・・

 ゲームであり、意志である。
 この作品が直木賞になったら、また何かアクションがあっただろう。
 実在の人物、実在のゲーム。コンピュータによるゲームの解析。そして、その解。あり得る話であり、現実でもあった。
 その現実と奇跡を垣間見せた一瞬に現れる幻想。それが描かれる。
 

2012年8月27日月曜日

道化師の蝶が舞う世界で、文学が見る夢は

「道化師の蝶」
円城 塔

単行本: 178ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062175614
ISBN-13: 978-4062175616
発売日: 2012/1/27
 
 
理系の異色作家が抽出した文学の”純粋”
   比類なき想像力で圧倒する世界文学!
正体不明&行方不明の作家、友幸友幸。
作家を捜す富豪、エイブラムス氏。
氏のエージェントで友幸友幸の翻訳者「わたし」。
小説内をすりぬける架空の蝶、通称「道化師」。
東京-シアトル-モロッコ-サンフランシスコと、 世界各地で繰り広げられる“追いかけっこ”と“物語”はやがて、 “小説と言語”の謎を浮かび上がらせてゆく――。

 さてこそ、ことしの正月に芥川賞受賞。そういえば、ダブル受賞のもう一人の人が「もらっといてやる」とか発言したので、そちらの方に話題が集中してしまった。
 というのも、こちらの表題作=受賞作が難解すぎて、というのが世間の評判になっているから、作品そのものには誰も触れたがらないのかも。
 
 さてこそ、冒頭の作品紹介が手際よくまとめてくれているので、それ以上言うことはなく、そういった作品だということだ。
 だが、細かいところで心ふるわせるものがある。そう、これはセンス・オブ・ワンダーに満ちた物語。むかしはよくこういった物語を読んだので、爺には面白い作だった。そのころは、こんな作品はSFに分類されていたものだ。サイエンスには関わりのないファンタジー調のSFだけどね。

<道化師の蝶>
 友幸友幸の著作
 「腕が3本ある人への打ち明け話」「猫の下で読むに限る」
 友幸友幸、生年不明、生地不明。世界各地を転々とし、現在のところ生死不明。
 その友幸友幸という作家をめぐって、エイブラムス氏亡き後、その財団が追跡を続ける。
 何十という言語をあやつり、ましてやその言語で原稿を書き残し、いずこへか消えてしまう友幸友幸。
 銀線細工の技法でつくられた、てのひらに収まるほどの補虫網。これでつかまえるのは「着想」。エイブラムスは、旅の間、着想は人の体をはずれて浮遊すると考えたのだ。
 その「着想」を捕まえて財団へ送ると、それに見合った報酬が支払われる。
 定期報告のためにサンフランシスコを訪れたエージェントは、日本語はよめないだろう老婦人にレポートを提出する。
 その夜、老婦人は夢想ともつかぬ原野で扉を発見する。壁もなく、柱もなく、扉だけが佇んでいる。その前に老人が現れ、蝶をステッキで追い払いながら、蝶を捕まえる網を編んでくれと頼まれる。
 捕まえた蝶を鱗翅目研究者に持って行くと、彼は、この蝶は捕らえられたのではない、あなたが蝶に付いて来たのだ、と・・・
 ね、わからないでしょう。

<松の枝の記>

 さてこそ、書評をみていると、こちらの方がすんなり入っていけた、という声が多い。
 だが、じじいには、何が書いてあるのか分からなんだ。
 作家と翻訳者が互いの作品にインスパイアされ、作品の翻訳作品から新たな作品を生み出す。そのなかには「道化師の蝶」と思われる作品が出て来る。
 さてこそ、松の枝に止まるのは蝶なのかも。

 さてこそ、話題の2編。何が起こっているのかといえば、文学が文学の夢をみている、ということなのだそうだ。円城文学では、文学は人間の夢をみない、という巽孝之教授の解説が一番わかりやすかった。
 

2012年8月23日木曜日

腕貫探偵、残業中でも聞き上手

「腕貫探偵、残業中」
西澤 保彦

単行本: 318ページ
出版社: 実業之日本社
言語 日本語
ISBN-10: 440853529X
ISBN-13: 978-4408535296
発売日: 2008/4/18

有能な公務員探偵はオフタイムも大忙し!
「市民サーヴィス臨時出張所」で、市民の相談に乗る腕貫着用の男。明晰な推理力を持つ彼のもとへは、業務時間外も不可思議な出来事が持ち込まれる。レストランに押し入った強盗の本当の目的は? 撮った覚えのない、想い人とのツーショット写真が見つかった? 女教師が生前に引き出した五千万円の行方は? “腕貫男”のグルメなプライベートにも迫る連作ミステリ6編。

<体験の後>
 ぼくが体験したのは、レストランに押し入った強盗による立てこもり事件。<てあとろ>というレストランには、志乃さんという清楚な従業員がいて、この人目当てに店にやってくる客も多いのだが、この日ばかりは改造マシンガンで武装した3人の強盗が飛び込んできた。客の中には住吉ユリエ、安達真緒という二人の美女もいたが、ユリエなどは強盗を向こうにして楯突くなど勇ましい男前ぶり。そうこうしているうちに、店長が自宅に隠してある、店の改装費用につかう現金を取りにいくことになる。だが、帰ってきたランドクルーザーは、そのまま店に突っ込んできた。急展開だ。
 警察も駆け付けて来て、強盗は逮捕され、あやうく難を逃れることができたぼくたちは、解放されて一安心。そのとき、客のひとりが、突然私服刑事に話しかけた。「氷見さん、もうすぐ殺人事件の知らせが届きますよ」。その、痩せた丸いフレームメガネの男は市役所の職員らしく、何人かは顔見知りのひともいたようだ。だが、その発言の真意とは・・・

<雪のなか、ひとりとふたり>
 バレンタインデー。ユリエは隠れ家的な居酒屋で、<てあとろ>の立てこもり事件でも一緒になった丸いフレームメガネの男を発見した。
 そして昨年暮れに写した写真を見せる。妻をスタンガンで殺害して自首した、ユリエと同じマンションの住人・江尻さんという人のクルマが写っている。これを撮影した時刻にマンションの裏にクルマが停めてあったのなら、江尻さんが証言した内容は信じられなくなってくる。
 メガネの男は氷見刑事に電話をかけ、いろいろ詳しい情報を仕入れてくれる。そしてユリエにこういうのだ。「江尻さんは誰かをかばっている」

<夢の通い路>
 実家で見つけたフォトフレームの写真。そこには、高校時代にあこがれていた春日部梨紗と私が並んで写っている。だが、私にはその写真を写した記憶がまったく消し飛んでいる。
 今は沖縄に住んでいる大江に電話して、当時のことを確認する。そうだ、そのころ、実家の借家が火事になったのだということを思い出した。大江は、その写真は私が大江に頼んで写してもらったものだ、という。
 私は仕事の都合で、故郷の櫃洗市へ仕事で出掛けることになった。そこで、離婚して実家に戻っていた梨紗と再会、写真のことを聞いてみる。私は、梨紗にも焼き増ししたプリントを渡していたことを知り、愕然とする。そして火事については、私が自殺しようとしたのではないか、という梨紗の言葉に驚かざるを得ない。
 そして、たまたまアーケードににいた市民サーヴィス課の職員に相談してみると、かれは一言「ロックが掛かった状態ですね」・・・

<青い空が落ちる>
 囲櫃高校の先生だった松島充子・62歳が死亡しているのが発見される。死因は、くも膜下出血による死亡と断定。だが彼女の貯金が引き出されていたのだ。5000万円。その現金はいったいどこへ消えたのか? 捜査を担当したのは氷見の相棒である水谷川刑事。水谷川は囲櫃高校で松島先生の教え子でもあった。
 捜査で事情を聞いた比留間という教師は水谷川の野球部の先輩だった。彼は充子の同僚として充子とも親しかった。だが、前職は銀行の営業マンとして羽振りをきかしたこともあったそうだ。
 水谷川は高校の事務職をしている、同級生だった茂美とともに腕貫の男に相談する。男は「ちかぢか学校を退職する先生はいらっしゃいませんか?」

<流血ロミオ>
 手を延ばせば届く距離にある隣家の窓が、同級生の真美子の勉強部屋だ。その窓越しに夜中のおしゃべりをするのが直紀の楽しみだった。ある夜、真美子から彼女の部屋に誘われて、ついつい窓越しに身を乗り出した健介は・・・
 だが、健介が気付いた時には真美子は首を絞められて死んでおり、下の部屋で真美子の父とお酒を呑んでいた筈の真美子の叔父が、家のクルマで飲酒運転の挙句、交通事故死していた。
 真美子の家庭教師をしていた阿藤江梨子がユリエに相談すると、ユリエは腕貫さんを紹介してくれる。クリスマスの七面鳥の出物を探していたユリエは、そこにいる筈の腕貫さんに逢いに行き、彼の意見を聞く。
 「真美子さんはその日、どこかへ出掛けるつもりだったのではありませんか」と聞き返され・・・

<人生、いろいろ>
 井原健介。同棲中の佐和子を殺して、新しい恋人・珠美との生活を始めようとしていた。だが、約束のホテルに佐和子が現れない。アリバイ工作に花火見物に行く時間がせまり、珠美が殺害役を引き受ける。
 花火見物には住吉ユリエや安達真緒、阿藤江梨子といった、前の作品に出て来た3人組の美女たちも来ている。花火の後、ユリエの発案で有名料亭に出向いた彼女らと別れて、健介は珠美が待つホテルへ行く。
 そこで佐和子と鉢合わせ、珠美、健介ら3人の修羅場となる。
 結局、ふたまた男の健介はふたりともに振られることになった。失意のまま実家に帰った健介は、祖母が押し入れに隠していた数千万の札束が盗難にあっていたことに気付く。
 だが、なにか違和感がつきまとう。この違和感は何なのか? 江梨子に偶然出会った健介は、花火見物でユリエが「ダーリン」と呼ぶ腕貫男のことを話していたのを思い出し、紹介を頼む。ところが、かれは出張中だというつれない返事。しかし、ユリエがいう。「その犯人は健介に近いところにいる人だ。しかもアリバイがある」

 前回に続く腕貫探偵の物語。


 こういろいろなバリエーションがでてくると、やはり、ある種のマンネリはしょうがないかも。そして、自分では気付かないうちに、自分では覚えていないが、というパターンも出てきてしまう。少しずっこいな、という感じも。

 今回、腕貫さんは臨時出張所での依頼受付はあまりしていなくて、私生活の中で事件解決を試みるというパターン。グルメな私生活というが、こんだけ残業していて、そこまで時間があるのかな、とも思ってしまう。

 最後の作品など、腕貫さんに相談しようと思いながらも、腕貫さんが出張中ということが判明するや、依頼者自身が自分で謎を解いてしまうという離れ業。これもしかし、腕貫さんのパワーなのかも。あなおそろしや。

 やっぱり、もう少し続きがほしい。腕貫さんに相談してみようか。
 

2012年8月17日金曜日

腕貫探偵はどんな相談にも応じます

「腕貫探偵」 市民サーヴィス課出張所事件簿
西澤 保彦

単行本: 255ページ
出版社: 実業之日本社
ISBN-10: 4408534773
ISBN-13: 978-4408534770
発売日: 2005/7/16

「市民サーヴィス課臨時出張所」という貼り紙した簡易机で受付をしているのは、マネキン人形のように無表情な男。銀縁メガネに、白いシャツ、両腕に黒い腕貫をはめた職員。あるときは大学の構内、病院、またあるときはアーケード街に設けられたこの臨時出張所に、引き寄せられるようにやってくる相談者はさまざまなトラブルを抱えている。殺人? 詐欺? 行方不明? ミステリアスで厄介な相談事を、受付で話を聞くだけで見事に解決する、明晰な推理力をもつユニークな安楽椅子探偵が登場した! ユーモア溢れる痛快ミステリー連作短編集。

<腕貫探偵登場>

蘇甲純也(そかわ・じゅんや)=大学生
 純也が住む学生マンションの上階に住んでいる大学の先輩が不審な死を遂げる。バス停でこと切れていた先輩だったが、交番に通報に行っている間に、マンションの部屋に戻っていたのだ。
 大学の事務室の前で、「櫃洗(ひつあらい)市の市民サーヴィス課臨時出張所」と書かれた貼り紙をつけた折りたたみ式の簡易机に座る、事務用の腕貫をつけた細身の男。かれに相談すると、その答えは、「診察券を探せ」というのだった・・・

<恋よりほかに死するものなし>

筑摩地葉子(つくま・ようこ)=大学生
 葉子の、もうすぐ60歳になろうという母親が、再婚すると言い出した。だが、最近なにか不調だ。嬉しいはずなのに、精神的にまいっているらしい。どうして?
 病院の受付の前にいた、市民サーヴィス課臨時出張所の腕貫の男に相談すると、「卒業アルバムをもう一度見てみたら」・・・

<化かし合い、愛し合い>

門叶雄馬(とかない・ゆうま)=モデル・宝石販売業、完利穂乃加(しとり・ほのか)=正体不明の美女
 浮気癖が治らない雄馬だが、あるきっかけで穂乃加との仲が元にもどりそうだと、うれしくてしようがない。
 その嬉しさを誰かに分かってもらいたくなり、たまたまアーケード街に机をおいて受付を始めていた腕貫の男に説明していると、突然、男は「もうすぐ警察が事情聴取にくる」と言い出し・・・


<喪失の扉>
武笠寿憲(むかさ・としのり)=元大学事務職
 定年を迎えた寿憲は家の押し入れから、20年も前の、年度ごとに更新して返却された学生証の束と、履修表のコピーを発見。だが、その理由がわからない。ちょうど今の家内がまだ学生のころだ。前の妻が交通事故で亡くなる前のことだが、何のためにこんなものを残していたのか?
 その一部始終を、知り合いの経験だが、とだましつつ、雑居ビルの玄関に机をおいた腕貫の男に相談してみると、その答えは・・・

<すべてひとりで死ぬ女>

氷見(ひみ)刑事、同僚の水谷川(みやかわ)刑事
 ふたりの刑事がでくわしたのは公園のトイレで殺された売れっ子作家の死体だった。刑事たちはその直前、近所の有名レストランでその姿を見ていた。作家はおかしなそぶりをしていたことを思い出す。だが、なぜ殺されなければならなかったのか。犯人はいったい?
 氷見刑事は櫃洗南署の受付の横で、簡易机に貼り紙をした市民サーヴィス課の腕貫の男についつい相談してしまう。男は「レストランでの行動がすべてを物語っている」と・・・

<スクランブル・カンパニィ>

檀田臨夢(まゆみた・のぞむ)=営業企画一課、螺良光一郎(にしら・こういちろう)=総務部、目鯉部怜太(まりべ・りょうた)=営業企画一課
 檀田は、鬼畜兄弟とあだ名される螺良と目鯉部に付き合わされ、社の美人OLとの飲み会に参加する。
螺良と目鯉部は女性をナンパしてはお互いの部屋を交換してそこで関係を持つというやり方で遊び歩いていた。そして今回の飲み会の相手は社でも名高い営業四課の美女ふたり。風邪気味の檀田はその美女のひとり玄葉敦子(くろは・あつこ)に介抱されて、一夜を共にするという光栄に俗する。だが、その裏でなにかが起こっていた。その後、鬼畜兄弟はふたりとも盗品売買の疑いで逮捕されてしまったのだ。
 なにか釈然としない檀田は、会社のエントランスに机を構えた腕貫の男に相談する。この件には会社の美女ふたりも関係していたのではないか、と切り出したが、腕貫の男は「いや、営業四課の全女子社員が関係していた」と・・・

<明日を覗く窓>
 蘇甲純也は友人にたのまれ、有名画家の個展の後片付けを手伝うことに。新櫃洗会館の画廊へ出向くと、そこには筑摩地葉子も来ていた。葉子の姉の友人だというカスミが美術専攻の大学院生で、個展の関係者だったのだ。カスミの指示のもと、個展の片付けをつづけていた純也たちだったが、最後の最後になって、作品を収納する箱が一個余ってしまう。箱の表に書かれているタイトルの作品にも、誰もが心当たりがない。
 不思議な思いを持ちながら、カスミにもらった喫茶店のサービス券でお茶を飲もうとシティ・ホテルのラウンジに向かった純也と葉子は、そこで腕貫の男を発見する。腕貫の男はふたりが以前に相談に来たことを覚えていて、今回の箱が余った件についても「それは当人の気持ちの問題です」と・・・

 ご覧のように、登場人物の名前がややこしい。何度か出だしに戻って読み方を確認せねばならない。

 2005年の発表だが、昨年(2011年)末にこの本が、続編がことしの6月にそれぞれ文庫化され、またまた話題に。ということは近々新しい本がでるのかも。
 ひとくせもふた癖もある本格派の著者の手に踊らされる6編。
 続いて残業編も確保してあるので、さっそく読まなくては。
 

2012年8月12日日曜日

裏閻魔2は間奏曲、フィナーレが楽しみ

「裏閻魔2」
中村 ふみ

単行本: 329ページ
出版社: エイ出版社
ISBN-10: 4777921417
ISBN-13: 978-4777921416
発売日: 2011/11/15
 

 
1945年、広島。奈津を探すも叶わず、閻魔は失意のまま東京へと戻ってくる。その頃、東京では奇妙な自殺騒ぎが続いていた。自殺者たちの右手に『鬼込め』があることに気づいた閻魔と夜叉は、梅倖にかつて破門された男の弟子を探しはじめる。一方、〈不老不死〉を求める者たちの魔の手が、牟田家を継いだ惠子にまで伸びようとしていた。死期を悟った信正から、奈津の居所を託された夜叉。戦後復興期の日本で、新たな不死者が誕生する。

内容紹介
第一回「ゴールデン・エレファント賞」受賞後第1作!
新たな登場人物を迎えよりパワーアップした大河ラブロマン
大人気「裏閻魔」シリーズ第2弾!!
~あらすじ~
時は昭和20年、『鬼込め』という特殊な彫り物で不老不死となった宝生閻魔は幕末から変わらぬ姿で生き続けている。
広島で奈津を見つけることが出来なかった閻魔は東京に戻り、失意の日々を過ごしていた。
その頃東京では不可解な事件がつづいており、死者の掌には鬼込めらしき彫り物があった…
鬼込めをできる彫り師「ドヤ蜘蛛」・閻魔の弟子「善哉」など、魅力溢れるキャラクターが続々新登場!
内容(「BOOK」データベースより)
広島で奈津を探すも叶わず、失意のまま東京へ戻ってきた閻魔。その頃、東京では奇妙な自殺騒ぎが続いていた。一方、不老不死の『鬼込め』を求める者たちは信正に代わり牟田家を継いだ惠子にまで魔の手を伸ばす。死期を悟った信正から、奈津の居所を託された


 というわけでパート2。
 前巻のラストでは長崎で対決した閻魔と夜叉だが、今回の発端は9月の広島。
 助けを求める男につれなくされた少女は、弟の死骸を運ぶリヤカーを力なく眺めている。

 そして戦後の混乱のなか、GHQの青年将校がタトゥーで術をおこなう怪人の噂を聞きつけ、閻魔に迫る。 
 閻魔は戦災孤児の善哉を救うのだが、お調子者の善哉は、入れ墨の技を身につけたいと自分勝手に自称一番弟子になってしまう。
 閻魔が頼るのは、明治のころから助けてくれている牟田子爵。今は年老いて寝たきりになっているが、養女にした惠子が代わりの務めを立派に果たしている。
 しかし善哉は牟田の屋敷を抜け出し、よからぬ連中とつるんでいく。
 そのころ、ドヤ蜘蛛というはぐれ宝生の流れをくむ彫り師が、あやしい入れ墨をほどこし、ほった男たちを自殺に追い込むという事件が起こる。

 戦後の混乱期という格好の時代背景で、アヤしい男たちやたくましい女たちが入り交じる。
 死なない男と、せっかく生き延びたのに死に急ぐ男。
 戦災孤児が生き延びていくために選んだ道は、同じ不幸な少女を巻き添えにして悲しい結末に突き進む。

 そして、ライバルだった夜叉と閻魔は共通の敵を相手に、手をたずさえて戦うことに。
 
 この巻は間奏曲。次巻完結、乞うご期待。
 そういえば、ラストにちょこっと出て来た、明治政府の重鎮の子孫・豊田浩一郎というのが、このあと、どう関わっていくのかも気になるところ。
 

2012年8月8日水曜日

のぼうの城は領民たちが守った

 

「のぼうの城」
和田竜

文庫: 219ページ、218ページ、
出版社: 小学館
言語 日本語
ISBN-10: 4094085513
ISBN-13: 978-4094085518
発売日: 2010/10/6

(上)
2012年秋映画化原作!戦国エンタメ大作
戦国期、天下統一を目前に控えた豊臣秀吉は関東の雄・北条家に大軍を投じた。そのなかに支城、武州・忍城があった。周囲を湖で取り囲まれた「浮城」の異名を持つ難攻不落の城である。秀吉方約二万の大軍を指揮した石田三成の軍勢に対して、その数、僅か五百。城代・成田長親は、領民たちに木偶の坊から取った「のぼう様」などと呼ばれても泰然としている御仁。武・智・仁で統率する、従来の武将とはおよそ異なるが、なぜか領民の人心を掌握していた。従来の武将とは異なる新しい英傑像を提示した四十万部突破、本屋大賞二位の戦国エンターテインメント小説!
<編集者からのおすすめ情報>
カバー装画は、単行本に続き、カリスマ漫画家、オノ・ナツメ氏に描いてもらいました。上巻は、単行本時と同じ、「のぼう様」こと成田長親、下巻は、描き下ろしの石田三成。上下巻を合わせると、どこかクールなのに迫力に満ちた両雄が激突するような絵柄が立ち上がってきます。
2012年秋映画化原作!戦国エンタメ大作

(下)
「戦いまする」
三成軍使者・長束正家の度重なる愚弄に対し、予定していた和睦の姿勢を翻した「のぼう様」こと成田長親は、正木丹波、柴崎和泉、酒巻靱負ら癖のある家臣らの強い支持を得て、忍城軍総大将としてついに立ちあがる。
「これよ、これ。儂が求めていたものは」
一方、秀吉に全権を託された忍城攻城軍総大将・石田三成の表情は明るかった。我が意を得たり、とばかりに忍城各門に向け、数の上で圧倒的に有利な兵を配備した。
後に「三成の忍城水攻め」として戦国史に記される壮絶な戦いが、ついに幕を開ける。
<編集者からのおすすめ情報>
2012年公開予定の映画「のぼうの城」脚本は、本作の作者、和田竜氏が担当。
じつは、小説「のぼうの城」が出来上がる以前に、同内容の脚本「忍ぶの城」を仕上げており、脚本家の登竜門、城戸賞も受賞しています。

 開幕、羽柴秀吉による備中高松攻め。ご承知のように水攻めでこの城を落とすのだが、それを石田三成も見つめていた。1歳年長の大谷吉継もその場にいた。
 年は流れ、秀吉は小田原の北条攻めに赴く。いまや北条の領地以外はすべて我が物とした豊臣家だ。北条の末城など、早く降伏すればよし、降伏しなければひねりつぶすまでのこと。
 小田原の北条家に城主を送り込んだ武州・忍(おし)城にも秀吉の魔手が迫る。その総攻撃を指揮するのは石田三成だった。
 忍城では形ばかりの籠城策が決定していたが、内実は大坂方への内通、北条への裏切りが暗黙の内に決められていた。
 
 のぼうとは「でくのぼう」のこと。城代家老の息子・成田長親は何をやってもまともにこなせず、城の仕事をしているよりは領民の畑仕事を手伝うほうが好きだという変わり者。だが、農民たちも、野良仕事を手伝ってもらうと、そのあと始末のほうが大変だと、実はけん制している。領民たちからは「のぼう」として親しまれているわけだ。こんな頼りない人なら、自分たちが頑張って助けてやらねば、という気にさせる、のぼう様なのだ。
 
 石田三成は、自分が関白・秀吉に重宝がられているのは、武士としてよりも事務方としての奉行職にすぐれたものを見せているからだと理解していた。だが、三成としては「天下はたらきをしたい」「いくさ上手なところを見せたい」と常々思っている。その頭には、かねて見た、備中高松城の水攻めが浮かんでいる。かつて上杉謙信も、この忍城の水攻めを考えたというのだから。

 このふたりが、対決する。
 一旦は秀吉の軍勢が忍城に到着次第、門を開くと決めていた成田家だが、三成の使者が忍城を訪れたときの態度が長親は気に食わない。まして、城主の娘・甲斐姫を差し出せと言われた途端、戦いと決することに。
 「戦いまする」「戦場にて相まみえると申しあげました」
 そして、農民たちも、長親のもとに参集する。「のぼう様が、いくさするってんなら我ら百姓が助けてやんなきゃ」
 
 やがて、籠城戦が始まる。
 歳取った武将が一線にたち、農民たちも一緒になって戦うという、大坂方の攻め手たちには理解できない戦いだ。
 巧妙な作戦で初手に勝った忍城には、三成の次の一手が襲い掛かる。水攻めである。あらかじめ長大な土手を築いて、そこに利根川と荒川から水を引く作戦だ。
 しかし、ここでも三成の評判はがた落ち。それほど膨大な土塁を作る必要があるのか。初めから、そうしておけばよいのじゃ。費用や日にちが、かかりすぎる。だが、三成は、これが天下人のいくさだ、と広言してはばからない。
 
 埼玉県行田市とはどのあたりなのか、とGoogle Mapで調べてみると、東京から北西の方角、春日部の向こう、熊谷とかの手前にあたる。爺とはあまり縁がない、不案内な地域だ。JRでも東京から1時間45分かかる。

 
 その行田市には今も土塁が残されている。
 三成が作り、長親がそのパワーを信じた農民たちの力で崩され城を救った、その土塁だ。
 
 のぼう様を助けるべく活躍した農民たちと、長親の実相を見抜いた三成。三成は武将として大成することなく、関ヶ原に散って行くが、そのときにも、長親らしくありたいと思っていたに違いない。
 

2012年8月2日木曜日

スクウェア2は対決の物語

「スクウェア2」
福田和代

単行本: 255ページ
出版社: 東京創元社
言語 日本語
ISBN-10: 4488024920
ISBN-13: 978-4488024925
発売日: 2012/2/28

バー「スクウェア」を中心に事態は動き、男たちが描いたシナリオは佳境へ…。大阪を舞台に麻薬絡みの事件を背景とした男たちの鮮烈な物語。『ミステリーズ!』掲載に書き下ろしを加えて書籍化。

 
 さきの「スクウェア1」に続く第2作。同時に発売されていたもので、セットで読むのが正解。
 今回は、関空で薬物中毒で急死した男に始まり、いよいよ関西の暴力団との対決が迫る。

<マザー>
 関空で、体内に飲み込んだヘロインの袋が破れて急性薬物中毒で急死した男性が発見される。男は経営していた会社が倒産、それなのにこの半年で3度もマレーシアへ旅行していた。
 背後に暴力団・光洋会の影を感じ取った三田は、同僚の中本とともに捜査を始める。
 男の妻の長山市子の財布から覚せい剤の痕跡が発見され、その毛髪からも覚せい剤の痕跡が出て来た。
 タイトルは母としての長山市子の立場を象徴する。中学生の長男が手首を切って自殺を図る。そのとき、市子は・・・

<サーチ>
 リュウの店「スクウェア」が放火される。幸い玄関先を焼いただけだったが、こんな路地の奥にある店を選んで放火するというのは何かの意趣があるとしか思えない。
 だが、三田はリュウとの関係を署内に知られては困るということから積極的な捜査には入れない。
 リュウも行方をくらましたままだ。これは仕組まれた事件ではないのか。三田は腑に落ちないものを感じる。
 そしてこの章のなかでリュウの本名が明かされる。
 前章のヘロインがらみで、関西のやくざ組織の幹部たちの暗躍が浮かび上がる。リュウはそこで何をしようとしているのか。三田はどういう立場を取ればいいのか・・・

<赤ちゃんに乾杯?>
 オカマのホステス・なぎさが、迷子だという赤ん坊を連れてスクウェアにやって来た。さっそくゲイバーのオカマたちが、よってたかっておもちゃにする。
 おもちゃにされるのは当の赤ん坊ばかりでなく、折り悪しく店に居合わせた宇多島もだ。からかい半分にふざけはじめたオカマたちから逃れるため、リュウは・・・
 三田が登場するのはラスト・シーンだけというユーモア編。

<ブラッディ・ハート>
 またもや関空で麻薬が発見される。ハート型のお菓子に混ぜ込まれたヘロインを麻薬犬が発見したのだ。マスコミは、はやばやとその品物に名前をつけた。「ブラッディ・ハート」。
 だが、輸入されたお菓子の配送先は、やくざとはなんの関係もなさそうな工業会社。
 会社の内部を捜査していくと、従業員が入れ替わり立ち替わり、覚せい剤撲滅運動のメンバーと入れ替わっていることが分かる。何故? 

<デッドエンドストリート>
 光洋会の若衆頭が逮捕され、一審判決が出た。さきの事件でリュウたちが逮捕のきっかけをつくったのだが、その若衆頭は「俺の仇をとれ」といっていたらしい。
 そして神崎川でサカナの死骸が大量に発見される。覚せい剤の成分であるメタンフェタミンが死因だった。誰かが、ヘロインを川に流し込んだのか。
 その現場近くには光洋会の幹部の家がある。
 そして宇多島の経営するスポーツ店には嫌がらせが続き・・・
 
 光洋会は解散、だが、関西の暴力団はまだまだ健在だ。
 今後、三田やリュウ、宇多島たちはどうなっていくのか。
 帰ってきたアリサは・・・
 と、期待をもたせる終わり方。現在、連載はされていないようだが、続きはあるのかな?

爺の読書録