2013年6月28日金曜日

残穢はつきまとう、あなたのところへも

「残穢」
小野不由美


単行本: 335ページ
出版社: 新潮社 (2012/7/20)
言語 日本語
ISBN-10: 4103970049
ISBN-13: 978-4103970040
発売日: 2012/7/20


怨みを伴う死は「穢れ」となり、あらたな怪異の火種となるのか──。畳を擦る音が聞こえる、いるはずのない赤ん坊の泣き声がする、何かが床下を這い廻る気配がする。だからあの家には人が居着かない──何の変哲もないマンションで起きる怪奇現象を調べるうち、浮き上がってきたある「土地」を巡る意外な真実。著者九年ぶりの五〇〇枚書き下ろし、戦慄のドキュメンタリー・ホラー長編。
怨みを伴う死は「穢れ」となる。穢れは怪異となり、伝染し、拡大する。戦慄の500枚書き下ろし長編ホラー。


 今回、小野さんはこの作品で山本周五郎賞を受賞されたということで、あわてて読む。


 始まりは一通の手紙だった。京都に住むホラー作家の「わたし」のもとにはときどき不思議な話が飛び込んでくる。
 2001年末に届いた手紙は引っ越し先のマンションに何かがいるらしいという相談。編集プロダクションに勤務する久保さんという女性が、自宅でパソコンに向かっていると、後ろでなにか、箒で掃除するような、畳を擦るような音がする。


 久保さんのマンションは、前に「わたし」の元に奇怪な話を投稿してきた家族が住んでいたのと同じマンションのようだ。その家族の子供が何かを見つめているのだが、親には何も見えない。何を見ているのかと子供に尋ねると、子供は、「ぶらんこ」と。そんな投稿だった。


 畳を擦る音というのは帯が引きずられるときの音のようだ。ふりかえった時に一瞬、帯のようなものが見えたが、すぐに見えなくなったという。
 興味をひかれた「わたし」は、あれこれと伝手を頼って事情を探り始める。


 というわけで、前の「鬼談百景」に出てきたエピソードのひとつから、その後日談が始まる。そしてその前日談という形で、怪しいマンションや、隣接する団地がうまれた成り立ちなどを調べていく。


 マンションのその部屋だけでなく、違った部屋でもなにかの気配がする。
 そればかりか、隣接した住宅でも不思議な現象が起こっている。
 いぜん、ゴミ屋敷と呼ばれた家で死んだ男。すきまをこわがっていたという。
 近所の住宅で、娘の結婚式の夜に首を吊った母親。めでたいはずの家族がなぜ?
 その辺りは戦前から戦後すぐまで工場だった。工場では事故がつきもの。けが人や事故死もよく起こったという。
 その工場の焼け跡に忍び込んで遊んでいた兄弟がお化けを見たという。
 工場があったころ、隣接する長屋では、嬰児殺害があった。女は長屋で殺害した嬰児を引っ越し先まで持ち歩き、畑に埋めたという。
 明治の末、そこにあったお屋敷には座敷牢が設けられ、青年が閉じ込められていた。青年は床下を這い回り不吉なことをつぶやいていたという。
 その青年の母親の実家は九州の奥山家という炭坑主だった。
 
 という流れで、九州にまで話はとぶ。
 ホラー作家の平山さんや福澤さんまで登場。
 そのころから、「わたし」の周囲に異常がおこり、体調までくずしてしまう。
 奥山家のことを伝えた直後、福澤さんはタクシーに乗っているところを追突される。


 福澤氏はまた、奥山家跡地に建った、真辺家にまつわる奇談を提示する。
 1988年に起こった「呪われたクラス」の事件。5年2組の教室でボヤが起こる。翌年、そのクラスに所属していた児童が放課後、校内の木で首つり自殺。2年後、修学旅行中の中学生がバスで玉突き事故に逢う。そのバスに乗っていたのは5年2組から進学した生徒たちだった。
 そのクラスに真辺家の三男がいたという。


 そして、九州の奥山家の炭坑跡、いまではラブホテルの廃墟になっている場所を訪問。
 奥山家のあとに家を建てた真辺家の廃墟に不法侵入。そこは神棚や仏壇が複数ならんでおり、お札があちこちに貼られていた。


 エピローグ、友人が写したビデオに、空中に浮かぶ赤子のような顔が写りこんでいたという話。だが、それが、いつの間にか消えてしまっていたという。かすかに声らしきものはその場面に残り、それが聞こえている。


 結局、怪異はつながっているのか。そう思い込むことで、つながってしまうのか。
 穢れは残り、ひとに何か影響を及ぼす。
 こんなレビューを書いて大丈夫かな。
 これを読んでしまったあなたは、大丈夫かな?
 

2013年6月24日月曜日

等伯と永徳、そして支配者たち

「等伯」(上下)
安部 龍太郎


単行本: 350ページ、369ページ
出版社: 日本経済新聞出版社
ISBN-10: 453217113X
ISBN-13: 978-4532171131
ISBN-10: 4532171148
ISBN-13: 978-4532171148
発売日: 2012/9/15


第148回(平成24年度上半期)直木賞受賞!
都に出て天下一の絵師になる――武家から養家に出された能登の絵仏師・長谷川信春の強い想いが、戦国の世にあって次々と悲劇を呼ぶ。身近な者の死、戦乱の殺戮……それでも真実を見るのが絵師。その焦熱の道はどこへ。


 表紙は「松林図屏風」。上巻はその一部を白黒反転したもの。下巻はそのまま。下のURLをたどれば、画像をアップして見ることができる。




 この松林図で名高い等伯。
 ほかにも極彩色の屏風絵の作品などもあるのだが、あえてこの水墨画を表紙にしたところが、この作品を象徴している。


 信春33歳。能登の中ほどに位置する田舎町、七尾から都へ出たいと焦っている。
 都では自分より年若い狩野永徳が注目を集めているのだ。
 反面、自分の絵がそのまま通用するのか、とも思い詰めたりしている。


 元は武士である奥田家から絵師の長谷川家に養子に出された。今は妻の静子と息子久蔵との家族を守るべく絵師の仕事に埋没している。


 主君の畠山家再興をめざす本家の実兄が、起請文を都へ届けてくれと頼んでくる。今の能登を支配する武家たちの目を盗んで動くのは危険なことだ。そのせいか、まだ起請文の実物が手に入る前に養父母たちが襲われ、ふたりは自死してしまう。
 自分のせいで養父母を失うことになったと、信春は悩む。この悩みは生涯つきまとうことになる。


 やがて、故郷を捨てる決意をした妻や息子とともに都を目指すのだが、信長の浅井朝倉攻めでその行程も阻まれる。
 妻と息子は敦賀の寺に残し、信春ひとりで比叡山までたどり着く。だが、ちょうど信長による叡山焼き討ちに遭遇、そこでまだ幼い子供が危難に陥っているのを救い出す。この子がやがて絆を結び、信春の将来に道を開いてくれることになる。


 都に出た信春は名もない絵描きとして、扇子絵や芸妓の似顔絵描きとして暮らすことになる。
 だが、世話になっていたお寺の住職が亡くなり、その尊像を描いたことが評判になり、一気に信春の名が高まる。
 
 そこに畠山家の姫で、京の三条家に嫁いでいる夕姫が伝手を頼って声をかけてくる。夕姫の紹介で大坂に向かい、着いたところは石山本願寺だ。
 そこで出会ったのが近衛前久。
 さきの狩野永徳の本では、足利義輝の協力者としてええとこをさらっていくサブキャストだったが、今回の作でもかっこいい。
 足利義輝を失い、今は信長の傀儡となっている義明には見切りをつけ、信長との融合をはかっている前久は、本願寺とのつながりを信春にもたらしてくれる。


 やがて、一年ぶりに静子と久蔵を都へ呼び寄せ、3人の生活が始まる。
 信長が上京焼き討ちという暴挙におよび、信春たちはいっとき大徳寺に身を寄せる。
 その後も自分の身に危害が及ぶことを懸念した信春は、近衛前久を頼って丹波に身をひそめる。
 安土では壮大な城が出来上がり、信長の天下は頂点を極める。
 やがて越前の浅井朝倉が滅びると、前久は今度は信長のもとで政治の中枢に関わるようになっていく。
 信春たちは堺の妙国寺に身を寄せる。そこで信春は都の僧の肖像を描いていた。


 そのころから、妻の静子の体を病魔が襲う。オランダ人医師のもとで修業をしている日本人の女医が静子は肺炎だと診断する。
 安土宗論という信長の陰謀で日蓮宗の僧たちが迫害を受け、信春たちのもとにも身辺の危機がおよぶ恐れがでてくる。
 余命はいくばくもないと診断された静子に、今一度故郷を見せてやりたい一心で、信春は妻を背負って能登に向かうが、敦賀で妻は亡くなってしまう。そのとき、静子は久蔵に向かって、父の後を継いで立派な絵師になりなさいと言い残す。


  そして本能寺で信長が弑され、秀吉の時代が始まろうとしていたころ、信春は堺の画商のもとで西洋画の技法を習得しようとしていた。息子の久蔵も絵師としての腕を磨いている。
 そこへ京都所司代の前田玄以が秀吉の朱印状を持参してくる。信春の天下往来の自由を認めるというものだった。秀吉は近衛家の猶子となって関白の立場を得たのだ。
 今や自由の身になった信春は京の近衛邸をおとずれ、前久と歓談する。 
 前久は自分から見た信長のあせりや、本能寺への導きを告白する。そして、信春には、己の信念に忠実に生きよ、この世の名利に目をくらませず、真・善・美を追求せよ、と励ます。
(以上、上巻)


 下巻は狩野派との対決から始まる。
 信春は京都に出て、扇屋を商う。職人も雇って、なじみの芸妓たちもお得意さんだ。店の名を能登屋としたのは望郷の思いと、亡くなった静子への手向けだった。店の看板の額を、近衛前久の息子が書いてくれる。
 そして狩野永徳との再開。永徳の描き方が少しえげつない。下巻の末尾で、前久が永徳の批判を口にしている。それまで信長とよい関係だったのに、手のひらを返したように秀吉に取り入っている。変節漢だというのだ。


 永徳も四十三歳である。かねて信長の肖像画を永徳が描いていたが、秀吉の注文で、3回忌にあたり、その肖像をおとなしいものに改造したと批判されている。目つきを変え、二本差しの刀を脇差一本に書き変えている。これなど2011年のニュースなので、ちょうど連載中に話題になっていたのではないか。
 そこに、永徳の父の狩野栄松が聚楽第の襖絵を手伝ってくれないかと持ちかけてくる。永徳はまず腕試しだと4曲の屏風絵を描くよう要求する。
 いつもどおり、悩みながら描く信春。今回は永徳に勝とうとする心を打消し、自分なりの絵画を求めていくことで解決する。
 永徳は出来上がった屏風の優劣を、弟子たちと信春の息子久蔵の9人で投票で決めようとする。
 その結果、一票の白紙があったため同点で引き分けに終わるのだが、永徳はそれが我慢ならず、自分の絵に自分で墨を塗りつけてしまう。
 久蔵はその絵を修復させてくれと頼みこむ。
 やがて、聚楽第の仕事が終わったころ、狩野永徳が久蔵を自分のもとに預からせてほしいと言ってくる。長谷川家の4代目として育てようとしている信春は、他流の勉強も大切だと久蔵を手放す決意をする。


 大徳寺三門を再建することになり、堂内の絵画をだれに担当させるかで、またまた狩野家との対立が深まる。長谷川家が担当できることになったが、それには人手がいる。狩野へ勉強に行っている久蔵を呼び戻すについても、狩野から念書をとられる一幕も。

 三門が完成したとき、大徳寺の長老から先達の名にちなんで等白と名乗るが良いといわれ、描いたばかりの図に等白と署名する。


 秀吉には長子鶴松が生まれ、北条征伐をはさんで、いよいよ太閤の天下。
 仙洞御所の襖絵を描くために、ふたたび狩野派との対決が始まる。そこに三条家の姫と実兄が、口を利いてやるから、と賄賂を要求してくる。


 対立の果てに永徳が亡くなる。狩野派はそれでも長谷川派を許そうとはしない。
 大徳寺三門に据えられた利休の像が太閤の怒りを買う。というより、三成が自分の力を証明したいがために仕組んだことだ。
 だが、鶴松は幼いうちに亡くなってしまう。利休のたたりだと畏れた太閤は祥雲寺を建立して鶴松の菩提を弔う。祥雲寺の襖絵は長谷川派に任せられることになった。

 息子を亡くした悲しみを打ち払うように朝鮮出兵に血道をあげる太閤。
 その最前線基地である福岡の名護屋城の装飾画を描くために、久蔵も福岡へ出向く。
 外壁に龍を描いて明国からの使者を畏怖させようという計画が持ち上がり、狩野派の絵師たちと並んで突貫工事が始まったが、久蔵はある事故により死んでしまうのだ。

 そして松林図。
 深い悲しみのはてに等伯が辿り着いた境地とは、その図にあらわされている。
 

2013年6月17日月曜日

彷徨い人は人と人との関係を彷徨っている

「彷徨い人」
天野 節子


単行本: 354ページ
出版社: 幻冬舎
ISBN-10: 4344022408
ISBN-13: 978-4344022409
発売日: 2012/9/26


ベストセラー『氷の華』『目線』の著者が描く、慟哭のミステリー
高級住宅地で起きたひき逃げ事件、そして旅行先で起きた失踪事件。全く別の場所と時間で起きた2つの事件のつながりが、二人の刑事によって明かされる。 なぜ、母親想いの人間が、人を殺めたのか――。その犯罪の裏に隠された悲痛な犯人の動機とは?
内容(「BOOK」データベースより)
石神井台警察署の清水刑事は、ある警察署の受付で見覚えのある女性と出会う。彼女は、清水が担当したひき逃げ事件の被害者遺族だった。親友が行方不明のため、捜索願を提出しに来たという。「不倫の果ての失踪に違いない」と担当刑事は言うが、清水は強い違和感を覚える。そして、ひとり捜査を始めるが…。大切な人を守りたい―そう願う男がいた。人生をやり直したい―そう悔む女がいた。二人が出会った時、運命の歯車が狂い始めた。


 紹介文を読み直すと、少し違うな、という印象を持つ。


 始まりは折原宗太。やりての営業マンだが、母が認知症で入院している。その施設に週2回通っていることから、看護師などから孝行息子だと思われている。だが、そのせいで営業成績にも影響が出て、近々左遷されそうな雰囲気。
 宗太の妻・淳子は、義母の入所以前から夫婦仲は冷えている。娘の優花とともに、淳子は一度も施設に行ったことがない。


 淳子の妹の夫・片岡亮平が、妻の葉子と連絡が取れないと電話して来る。
 同郷の中学校時代の同級生たち4人で日光に旅行に行った後、葉子が帰って来ないというのだ。


 旅行メンバーのひとり、田嶋千里は半年前に夫をひき逃げで亡くしていた。警察の捜査も半年たてば本腰をいれなくなってきている。
 ほかに、葉子が勤める歯科医の患者でカルチャースクールでも同窓の日野美香子が、一緒に行けなくなったメンバーに代わって旅行に加わっていた。美香子は建築士でありインテリアデザイナー、現場監督も兼ねる、バリバリのキャリアウーマン。
 美香子が知人の警視庁鑑識課員とともに葉子失踪の謎を追う。
 
 というわけで、アマゾンの紹介ではいかにもメロドラマふうの紹介になってしまって、人間関係のどろどろがメーンになってしまう。


 認知症の母を世話するマザコン夫。結論づけてしまえばそれまでだが、そこに至るまでの悲しみも理解してやりたい。
 かたや、冗談好きな鑑識課員と年上キャリアウーマンの活躍。ここらはドラマ化では主演になるだろうから、キャストも楽しみ。意外な人が演じてくれたら。


 失踪した人妻。
 半年もたってから、事件として浮かび上がってきたひき逃げ事件の真相。
 いろは歌の謎と日光みやげの三猿のストラップが意味するもの。


 謎が謎を呼び、悲しい出会いと運命が交錯する。たしかに2時間ドラマでも見てみたい。
 

2013年6月9日日曜日

刺客どくろ中納言は時代劇ファン垂涎のシーン続出

「刺客 どくろ中納言」 天下盗り、最後の密謀
岡田 秀文

単行本: 326ページ
出版社: 幻冬舎
ISBN-10: 4344023730
ISBN-13: 978-4344023734
発売日: 2013/4/26

豊臣秀吉は、本当に天下を盗った勝者なのか!?
史実の「点」と「点」を結ぶ、一本の「線」。その解は小田原合戦にあり。

小田原合戦の鍵となる「伊達政宗 遅延」―――
その謎を知った時、真の勝者が見えてくる!!
豊臣秀吉、徳川家康、北条氏直、伊達政宗、千利休―――
群雄割拠の戦国時代、真の勝者は一体誰だ!?

野望が戦乱を生み、戦乱が歴史を変える《戦国ミステリー》

時は戦国時代末期。織田信長の遺志を継いだ関白・豊臣秀吉は、その権力を次第に拡大し、天下を掌中に収めようとしていた。国内の混乱が激しさを増す中、天正十七年(一五八九)、豊臣家の外交官・富田一白が耳にした「どくろ中納言」なる謎の符牒―――その言葉が意味する驚愕の史実とは!?
奥州の地で伊達政宗が暴れ、名胡桃城をめぐって真田と北条が衝突……惣無事令によって引き起こされた「小田原合戦」の陰で、真の勝者を決める密謀が静かに動き出し、新たな歴史のページが作られようとしていた。

 なんだか、会話でつまづく。
 同じような武家言葉で何人もが話すので、少し混乱。
 誰がしゃべっているのかわかりにくい。

 主人公は富田一白。秀吉の外交官というか、各地の武将たちとの連絡係であり、事前工作で武将たちをまとめている。
 ところが、北条の動きがおかしい。秀吉の意思に反して真田の城を攻め取ったりする。
 こいつは懲らしめねばなるまい。というわけで、名高い北条攻めが始まる。

 富田は、石田三成が放った草の者の死を耳にする。
 男は「どくろ中納言」といまわの際につぶやいたというのだ。
 それを調べることもままならず、時代は北条攻め、小田原合戦へと進んで行く。
 千利休の弟子である今井宗久を救い出したものの、宗治は太閤秀吉の勘気を得て惨殺されてしまう。

 そして伊達政宗。
 端麗な弟・小次郎にくらべ、隻眼の政宗はつねにひかえめ、動きも少ない。母のお東の方は弟ひいき。ドラマなどでも、おなじみの場面だ。
 仙台藩内部の軋轢、親子兄弟の確執。あげく、血だらけの小次郎を見下ろして政宗は慟哭する。「小次郎は死んだ!」
 
 ご存知一夜城も出て来る。
 北条攻めはのんびりと物見遊山をかねた東国への旅。
 その旅を無理なく進めるために、一白や家康は一苦労だ。
 家康を歓待した秀吉は北条の城を眼下に望みながら、関八州を治めよと命ずる。これもよく見るシーン。
 その家康と太閤との密約、関東への領地替えにまつわる駆け引きにも一白はからんでいる。

 いよいよ北条への総攻撃。
 そこに、遅れに遅れて、伊達政宗が小田原に現れる。これもご存知、白装束・死装束での太閤とのご対面。
 おなじみの場面だが、そのとき、家康が政宗の耳元でささやいた言葉とは・・・

 その裏に潜んでいた、どくろ中納言の秘密が暴かれたとき、すべてが反転する。
 

2013年6月6日木曜日

洛中洛外画狂伝が永徳の若き日々をあぶりだす

「洛中洛外画狂伝」
谷津矢車


単行本: 375ページ
出版社: 学研パブリッシング
言語 日本語
ISBN-10: 4054056385
ISBN-13: 978-4054056381
発売日: 2013/3/12


戦国末期の稀代の絵師・狩野永徳が、時の将軍・足利義輝や、松永久秀、織田信長らとの関わりの中で、どのように成長してきたかを描く一代記。
わしは、狩野を越える。
戦国末期の天才絵師・狩野永徳の狩野家の中での苦悩や、政治、戦争に翻弄されながらも強く生き抜く姿を描く。


 冒頭、信長の前にあらわれたのは、左右の柄が黒と白になった奇矯な着物を着た男だった。
 信長以上のうつけを標榜する男は、源四郎と名乗り、これまでのことを話し始める。


 狩野家。絵師として時代を築いてきた。だが、それも扇の絵を描くばかり。源四郎は飽き足りないものを感じていた。祖父の元信、父の栄松らが粉本と呼ばれる手本を残している。その手本をもとに描くのが今の狩野流だ。それの何がおもしろいのだ、と源四郎は思う。
 源四郎は自分独自の絵を描くのが好きだった。あるとき、自分とあまり年端のかわらないと思われる貴人と出会い、お前が描いた日輪の絵を見たいと乞われる。
 おりしも日食がおこり、源四郎は白い日輪から伸び上がる炎を描いた。背景は自分が見たとおりの真っ黒に塗りつぶして。その扇面を持って、貴人のもとを訪ね、気にいってもらうことができた。
 足利義輝との出会いだった。


 やがて、狩野家に同じ絵師の仲間である土佐家から廉(れん)という娘が行儀見習いとしてやって来る。廉はことあるごとに源四郎が絵を描くことを楽しんでいないと評する。たしかにそうだった。
 源四郎はあるとき父の名代で松永弾正久秀の連歌の会に出向く。そこで弾正に龍の絵が見たいと乞われる。


 義輝は一時都を追われていたが、三好氏や弾正の手引きで将軍として都に凱旋する。

 源四郎と廉は所帯をもつが、源四郎はなによりも誰よりも絵が好きだ、と告白する。廉も源四郎の絵が好きだ、といって絵師としての源四郎を見守っていく。
 
 日乗という陰陽師くずれの僧。松永弾正との交流。
 そして、義輝は己が支配するこの都を襖絵にせよ、と源四郎に命令を出す。祖父の死に際して、自分なりに描きつけていた都の絵図をもとに、源四郎は六曲二双の屏風絵を描くのだが・・・


 剣豪将軍・義輝が思い描く天下の平穏は、やがて破られていく。
 そうして信長との出会いがやってくる。
 不遜な絵描き風情がわしの天下に口を出すな、と信長は源四郎を脅すが、源四郎は気にしない。

 今まで、父を超え、祖父を超え、狩野を超えて来た。いままた、超えるべき信長を目の前にして、源四郎は自分が燃えているのを感じていた。
 

爺の読書録