2011年4月26日火曜日

可憐な探偵が放課後の校庭を走り回る


「放課後はミステリーとともに」
東川 篤哉

単行本: 304ページ
出版社: 実業之日本社
ISBN-10: 9784408535845
ISBN-13: 978-4408535845
ASIN: 4408535842
発売日: 2011/2/18

 僕は霧ケ峰涼。エアコンじゃないよ。鯉ケ窪学園高校の探偵部副部長を務めている。
 探偵部とは何かって?
 野球部は野球をする、柔道部は柔道をするのだから、探偵部は何をするか、はすぐわかると思う。

 ただ、僕の場合、どうも周囲から助けてもらって、かろうじて変な事件の辻褄あわせをしているだけだと思われているみたい。
 この本には僕が遭遇した不可思議な事件を7篇記録しておく。

「霧ヶ峰涼の屈辱」
 密室ともいえる「 E 」型校舎で起こった泥棒消失事件。僕が石崎先生に探偵部顧問への就任依頼に来て事件の経緯を説明すると、先生はビーカーでコーヒーを淹れてくれながら謎解きを始める。
「霧ヶ峰涼の逆襲」
 近所のアパートで発生した2+1-3=0の謎。新人女優と人気俳優の怪しい関係を追求するパパラッチが事件をかきまわすが、謎を解いたのはやっぱり石崎先生だった。
「霧ヶ峰涼と見えない毒」
 同級生の奈緒ちゃんのおじいさんが誰かに狙われているらいいというので、僕の冒険が始まった。おじいさんは、初めは3階から瓦が投げつけられ、次には好物のモカチーノに毒が入れられ、と大騒動。祖師谷警部や烏丸千歳刑事が調査するのだが、謎をといたのは奈緒ちゃんだった。
「霧ヶ峰涼とエックスの悲劇」
 エックス山とは国分寺の街中にある小高い丘。流星雨があるという夜に謎のUFOをみつけた僕は、その追跡を始めたのだが、謎の首締め殺人未遂事件が発生して。
「霧ヶ峰涼の放課後」
 体育倉庫から怪しい煙が。不良の喫煙か? 僕は奈緒ちゃんと真相解明に乗り出す。隣のクラスの荒木田聡君が怪しまれているところに、高校生タレントの小笠原玲華さんがあらわれて、はなしが一層ややこしく。でも、奈緒ちゃんが倉庫にある跳び箱の謎を暴いて。
「霧ヶ峰涼の屋上密室」
 新人研修の教育実習生栄子先生の上に、屋上から落下してきた同級生加藤美奈さんが覆いかぶさる。おかげで意識不明の栄子先生、瀕死の重傷から立ち直った先生が発した言葉は。
「霧ヶ峰涼の絶叫」
 陸上部の自称スーパースター足立駿介が砂場で昏倒していた。人気のないグラウンドで、砂場の中には何の足跡もない。誰が何のために? 宮下綾乃ちゃんが第一発見者として疑われることに。
「霧ヶ峰涼の二度目の屈辱」
 不良の荒木田聡が美術室で再び襲われた。それも第一話の舞台になった「E」型校舎の中だ。サラッサラの髪、キラッキラの眸の森野美佐ちゃんの身代わりになったのだろうか。探偵部顧問の石崎先生が再び名推理を披露する。

 第一話からお読みください、との断り書きをしておいた。
 すべての謎とストーリーの流れから、やはり第一話が最大のショックを与えるのだそうだ。ここをよんでぎゃふんと言わなかったひとには、あとのノリはつらいかも。それでは僕の冒険談を楽しんでほしい。
 

2011年4月19日火曜日

もうひとつの京都が妖しのものどもに彩られて


「深泥丘奇談・続」
綾辻行人

単行本: 299ページ
出版社: メディアファクトリー
言語 日本語
ISBN-10: 484013863X
ISBN-13: 978-4840138635
発売日: 2011/3/18

 作者の分身といえる「私」が病院で、あるいは散歩の途中で、ふと見かけたものから謎の世界にはまりこんでいく怪奇短編集。そのパート2だ。
 作者が住まいする京都とはまた別の、「もうひとつの京都」が舞台である。そう、深泥丘というのは深泥ケ池がもりあがったようなものなのかね。
 
 妻には散歩の途中で見かけたあれこれを伝えるのだが、あまり本気にしてもらえずはぐらかされる。妻からは、前にも言ったのにといわれるようなことでも自分にはとんと身に覚えがないことばかりだ。
 そんなあれこれを抱えて向かうのは深泥池病院。ここの石倉(一)という精神科医によくお世話になっている。まだ若い看護師は咲谷という女性。
 めぐる季節とそれに合わせた土着的な催しなどが語られるなかに、ふと、不思議な空間や時間がはさまれていく。

「鈴」誰もいない神社で、風もないのに突然鳴り出す賽銭箱の上にぶらさがった鈴。
「コネコメガニ」近所に出来た新しい店<かに安楽>でお向かいの夫婦と一緒にカニを食べようということになって。
「狂い桜」三月に入ったばかりなのに円谷公園の桜が満開。そんなある日、小学校の同窓会でバーに出掛けたのだが、そこで行われる不思議なお悔やみごっこでは。
「心の闇」これは手術しましょうといわれて、肝臓にできていた心の闇を取り除くのだが。
「ホはホラー映画のホ」私と石倉刑事がコンビとなって活躍する夢を見た。
「ソウ」すぐ上の作品とリンクする夢の続き。ジグソーのピースがもたらすものは。
「深泥丘三地蔵」病院の近くでみかけた地蔵は二つめの地蔵だった。一つめの地蔵は遠い昔になくなってしまったが、三つめの地蔵もあるのだという。
「切断」50もの断片に分断された死体。しかし殺人事件と呼べるのだろうか。
「夜蠢く」蛍光灯のなかに蠢くムカデを退治しようと冷凍瞬殺殺虫スプレーを片手に。
「ラジオ塔」夕焼けのシーンで始まるこのページは赤色で夕焼けのイラストがあしらわれて、不思議なムードをかもし出す。8月の五山の送り火を明日に控えてラジオ塔の周りに集まる子供たちや老人たち。そしてクライマックスにはその塔の跡から。

 すべてのページにイラストがあしらわれるという凝った装丁。文庫になったら、これは無理かも。
 日常と非日常のあわい、人間と人間ならざるもの、現実と虚構がないまぜになって、不思議な、もうひとつの京都を味わい尽くせる。

2011年4月13日水曜日

謎の集合写真から浮かび上がる明治維新の秘密

「幕末 維新の暗号 / 群像写真はなぜ撮られ、そして抹殺されたのか」
加治 将一

単行本: 453ページ
出版社: 祥伝社
ISBN-10: 4396612869
ISBN-13: 978-4396612863
発売日: 2007/4/21

 かなり前の刊行だが、依然から気になっていたので、昨年の「失われたミカドの肖像」からさかのぼることにして、の一冊。
 今回は幕末写真として有名な(!)一枚の写真に基づいて明治維新と天皇家についての古い過去からの因縁が語られる。

 小説仕立てのノンフィクションという触れ込み。その中身そのものがあやふやな歴史を扱っているので、ノンフィクションという言い方が正しいのかどうか。

 作者の分身といえる歴史作家の望月のもとに一枚の古い写真が送られてくる。幾度となく新聞マスコミにも取り上げられた46人の侍たちの集合写真。
 メモ書きされた名前によれば、坂本龍馬、西郷隆盛、高杉晋作、岩倉具視、大久保利通、中岡慎太郎、伊藤博文、桂小五郎、勝海舟……と幕末の志士たちが勢ぞろいしている。
 敵味方入り乱れての、と一瞬思ってしまうが、結局立場を超えて明治維新を完遂させたという意味ではなべて同志といえるのだ。

 写真そのものはインチキだ、捏造だ、と現在では評価されていないもの。ただ、それを調べ始めるといろいろと疑問が出てくる。また、同じくその写真を調査していた男が旅先で奇禍にあって死んでしまうなど、周辺で謎めいた事件が起こる。

 そこで次々と浮かび上がる謎に満ちたエピソード。
 この写真はフルベッキ写真と呼ばれる。
 佐賀の宣教師であるフルベッキが自分の同志たちが集合したときに写した写真だという。佐賀では大隈重信、江藤新平らがいた。
 ではいつごろ撮影されたものか。龍馬が写っているのなら、明治ではない。慶応末期か。
 そして中心に座る男子の謎。これが明治天皇だという説もあるのだ。
 佐賀藩と明治天皇の関係とは?

 そこに、明治天皇が後醍醐天皇をあがめていたという事実が披露される。
 南朝の有力者を賛美する神社や寺をつくり、皇居にまで楠木正成の銅像があるという事実。
 
 さて、ここで昨年の「ミカド・・・」のブックレビューを読み返したのだが、え、という感じ。結論は常にはぐらされる。
 これは小説。そう割り切るのが、精神の安定を保つ一番の秘策なのかも。
 

2011年4月6日水曜日

読者の皆様、皆様の目は節穴ではございません。

おめでとう本屋大賞!
 


 「謎解きはディナーのあとで」
東川篤哉著

単行本: 256ページ
出版社: 小学館
言語 日本語
ISBN-10: 4-09-386280-6
発売日: 2010/9/2

 ことしの本屋大賞はこれかも、と盛り上がっている超話題作。2010年文春ベストではすでに10位にランクされている、ユーモア・ミステリの大傑作。
 ということで、図書館のリクエストも膨大な数字、いまだに3ケタを保持している。
ただし、ネットの書評ではかなりたたかれていた。軽い、薄い、短い、だとか。
 そんな批評もわからんでもないが、じじいはスキだね、こういうのは。
 軽く読めて面白ければ、それだけでも素晴らしい。小説に何か重たいものを求めているのなら、ほかの本を読めばよろしい。

 主人公は東京・国立署の女性刑事・宝生麗子。実は宝生グループという財閥の一人娘にして、運転手つきの7メートルのリムジンで送り迎えしてもらっているというお嬢様。
 刑事としての相棒はこれまた自動車会社の御曹司、の割には自分の愛車はジャガーだという風祭警部。
 そして、麗子お嬢様のワトソン役というより安楽椅子探偵の役目をつとめるのが、運転手兼執事の影山。彼の毒舌が事件を解決する。
という、とんでもない設定なので、これはこれでキャラで持たせる小説ということだろうか。

 短編集。6篇の作品が収録されている。
「殺人現場では靴をお脱ぎください」自分の部屋の中でブーツを履いたまま殺されていたのは・・・
『失礼ながらお嬢様。・・・お嬢様はアホでいらっしゃいますか』
  
「殺しのワインはいかがでしょう」動物病院の院長が死んだ。自殺か、毒殺か・・・
『失礼ながら、お嬢様の目は節穴でございますか』
 
「綺麗な薔薇には殺意がございます」広大なバラ園で殺された婚約者、なぜ薔薇の花の上に死体が・・・
『それでもお嬢様はプロの刑事でございますか』
 
「花嫁は密室の中でございます」密室状態の部屋で花嫁が刺された、同席していた影山が発した言葉は・・・
    『お嬢様、どうなさいました』    

「二股にはお気をつけください」プレイボーイの男が殺された。容疑者に浮かんだ4人の美女・・・
『しばらくの間、引っ込んでいてくださいますか』   

「死者からの伝言をどうぞ」消費者金融の女帝が撲殺された。犯人を示したダイイングメッセージが・・・
      『お許しください、お嬢様。・・・
チャンチャラおかしくて横っ腹が痛うございます』
 
 本格というジャンルの、くどすぎる謎解きに閉口してきた読者には超おすすめ。
 

2011年4月2日土曜日

新選組3部作完結、地獄をさまよう男たちの肖像



「一刀斎夢録」(上下)
浅田 次郎・著

単行本: 368ページ、384ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163298401
ISBN-13: 978-4163298405
発売日: 2011/1/7

 明治天皇崩御。
 日本中が御大葬の喪に服し、年号が明治から大正に変わったころ。
 近衛師団の梶原中尉が、先輩に教えられて尋ねていったのは、元巡査だという、藤田五郎。実はかつての新選組助勤、三番隊長斎藤一であり、名前のつづりを逆に読ませて一刀斎と号しているのだという。

 みやげに持参した伏見の生一本を呑みながら、梶原が聞かされるのは明治維新の前後、一刀斎がまだ20歳そこそこだった頃の昔語り。
 居合の達人である一刀斎が語り始めたのは龍馬暗殺の真相。そして、それにさかのぼる、新選組勃興期のどさくさにまぎれての芹沢鴨粛清の一幕。
 吞むほどに、酔うほどに、一刀斎の口は軽くなる。
 新選組に紛れ込んだ長州の間者の始末。
剣に生き、剣に活かされてきた彼にとって、人間はただの糞袋だと豪語する。だが、別れ際、一刀斎が言う。
「今聞きたることはみな夢じゃ。遙かに過ぎし夜の、思い出すだにおぼつかぬ夢じゃよ」-そうか、夢録、か。

 なにより物語にすんなり入っていける話術が素晴らしい。
 梶原中尉の部分と、一刀斎のひとりごと、はたまた一刀斎に向けて語りかける元新選組隊士のひとりがたり。その文体が溶け込み、夢のまた夢のなかへ、物語の深みへと入り込んでゆく。

 酒を持参しての夜語りは七夜にわたり続くことになる。
近藤、土方、沖田、永倉新八など、名だたる猛者に並んで、吉村貫一郎という名もあらわれる。そう、この新選組3部作といわれる作品の、その第一作目の主人公。ケチで金に汚い、しかし憎めない男。残念ながら映画で見ただけだが、中井貴一さんがいい味を出しておった。
 彼が一人の少年武士を新選組隊士に加えたことで、物語の悲劇性が露になる。市村鉄之助という、兄弟で新選組にひろわれた。動乱の時代に親に見捨てられ、何を頼りに生きて行けばよいのか。彼が選んだのは、いや選ぶしかなかったのは剣で生きる道だった。土方、沖田、斎藤も彼の剣技をみがくことになる。
 一刀斎の話は、時代を行きつ戻りつしながら、京の動乱、鳥羽伏見での敗北、江戸への引き揚げ、はたまた、近藤との出会いにまで遡っていく。
 そして別れ別れとなった新選組の没落、新政府と戦う意志のなかった会津を戦いに引きずり込む一刀斎。箱館で日本を新たに作り直すという榎本に付いて行く土方との別れ。
 土方の写真をたずさえて東京の一刀斎のもとに帰ってきた鉄之助。やがて明治維新といわれるなにやら落ち着かぬ時代。
 そして、西郷隆盛。
 西南の役は明治の動乱期を落ち着かせるために、西郷と大久保が秘かにたくらんだことだ、と一刀斎は喝破する。そここそが死に場所と選んで一刀斎は九州へ赴く。そこで起こったことは・・・。
 
 だが、何より、これは梶原中尉の物語。一刀斎の語りを聞きながら、自分の剣の道を、生きる道を見つけて行く。それは一刀斎が戦いの修羅場の中で見つけた道なのだろうか。
 

爺の読書録