2011年4月2日土曜日

新選組3部作完結、地獄をさまよう男たちの肖像



「一刀斎夢録」(上下)
浅田 次郎・著

単行本: 368ページ、384ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163298401
ISBN-13: 978-4163298405
発売日: 2011/1/7

 明治天皇崩御。
 日本中が御大葬の喪に服し、年号が明治から大正に変わったころ。
 近衛師団の梶原中尉が、先輩に教えられて尋ねていったのは、元巡査だという、藤田五郎。実はかつての新選組助勤、三番隊長斎藤一であり、名前のつづりを逆に読ませて一刀斎と号しているのだという。

 みやげに持参した伏見の生一本を呑みながら、梶原が聞かされるのは明治維新の前後、一刀斎がまだ20歳そこそこだった頃の昔語り。
 居合の達人である一刀斎が語り始めたのは龍馬暗殺の真相。そして、それにさかのぼる、新選組勃興期のどさくさにまぎれての芹沢鴨粛清の一幕。
 吞むほどに、酔うほどに、一刀斎の口は軽くなる。
 新選組に紛れ込んだ長州の間者の始末。
剣に生き、剣に活かされてきた彼にとって、人間はただの糞袋だと豪語する。だが、別れ際、一刀斎が言う。
「今聞きたることはみな夢じゃ。遙かに過ぎし夜の、思い出すだにおぼつかぬ夢じゃよ」-そうか、夢録、か。

 なにより物語にすんなり入っていける話術が素晴らしい。
 梶原中尉の部分と、一刀斎のひとりごと、はたまた一刀斎に向けて語りかける元新選組隊士のひとりがたり。その文体が溶け込み、夢のまた夢のなかへ、物語の深みへと入り込んでゆく。

 酒を持参しての夜語りは七夜にわたり続くことになる。
近藤、土方、沖田、永倉新八など、名だたる猛者に並んで、吉村貫一郎という名もあらわれる。そう、この新選組3部作といわれる作品の、その第一作目の主人公。ケチで金に汚い、しかし憎めない男。残念ながら映画で見ただけだが、中井貴一さんがいい味を出しておった。
 彼が一人の少年武士を新選組隊士に加えたことで、物語の悲劇性が露になる。市村鉄之助という、兄弟で新選組にひろわれた。動乱の時代に親に見捨てられ、何を頼りに生きて行けばよいのか。彼が選んだのは、いや選ぶしかなかったのは剣で生きる道だった。土方、沖田、斎藤も彼の剣技をみがくことになる。
 一刀斎の話は、時代を行きつ戻りつしながら、京の動乱、鳥羽伏見での敗北、江戸への引き揚げ、はたまた、近藤との出会いにまで遡っていく。
 そして別れ別れとなった新選組の没落、新政府と戦う意志のなかった会津を戦いに引きずり込む一刀斎。箱館で日本を新たに作り直すという榎本に付いて行く土方との別れ。
 土方の写真をたずさえて東京の一刀斎のもとに帰ってきた鉄之助。やがて明治維新といわれるなにやら落ち着かぬ時代。
 そして、西郷隆盛。
 西南の役は明治の動乱期を落ち着かせるために、西郷と大久保が秘かにたくらんだことだ、と一刀斎は喝破する。そここそが死に場所と選んで一刀斎は九州へ赴く。そこで起こったことは・・・。
 
 だが、何より、これは梶原中尉の物語。一刀斎の語りを聞きながら、自分の剣の道を、生きる道を見つけて行く。それは一刀斎が戦いの修羅場の中で見つけた道なのだろうか。
 

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