2010年2月24日水曜日

「銀二貫」


「銀二貫」

高田

単行本: 296ページ
出版社: 幻冬舎
発売日: 2009/06/20


 「銀二貫」であだ討ちを買う。
 その二貫の大金は大阪天満宮再建のために寄進するはずの金だった。
 買われたというより、そのお陰で命を救われた少年・鶴之輔は、寒天つくりの厳しい修業を終えたあと、松吉と名を改め、大阪天満の寒天問屋で働くことになる。常に銀二貫の重みを意識させられ、その金を寄進するまでは、自分に迫る災厄はすべて天満宮に寄進できなかった所為だと責められる。
 人情に厚い大阪の市井の人々、商機を逃さない料理人、こずるく立ち回る大店の店主。さまざまな人生模様をちりばめて物語は一直線に進んでいく。

 「みをつくし料理帳」で名を上げた著者だが、今回は男性を主人公に、料理の世界というより、料理の素材としての寒天つくりを題材に、商売人の矜持をきっちりと描き上げた。

 天明の大飢饉と呼ばれる時代から20数年。
 その間には大坂の大火事、京都の大火事をはじめ、庶民を苦しめる事態が次々に襲いかかる。その中でも人々はいっときの平穏を求めて、料理や菓子になぐさめを得ることを忘れない。
 料理については真帆という、名料理人・嘉平の娘が物語りの推進役を務める。この真帆と松吉の関係がもどかしく、読んでいるこちらも歯がゆいばかり。真帆に与えられた試練も、なにもここまで、と思えるほどきびしいものがある。

 そして幾多の困難を乗り越えていよいよ銀二貫を寄進出来るとなったとき、新たな課題が人々におそいかかる。そしてそのときみんなが下した決断は・・・。
 エンディングでは、最初の銀二貫が如何に使われたかも語られ、思わず涙ぐむことになるのは年寄りばかりだろうか。
 読後の印象がさわやかで、やっぱり、「みをつくし料理帳」の続編「花ちらしの雨」を、わが i 図書館で新たに始まったオンライン・リクエストして読もう、と決めることになった一冊。

2010年2月17日水曜日

「抱擁」

 
「抱擁」
辻原
単行本: 136ページ
出版社: 新潮社  
発売日: 2009/12/18

 まずは左の表紙をご覧頂きたい。
 古い洋館で階段から降りて来るのはひとりの少女。いや、よく見るとなにか影が薄いような・・・。

 「わたし」が取り調べの検事に語りかける一人称で綴られた、辻原さんの中篇。
 これ一篇で一冊の本として出版してしまう新潮社もえらい。しかし、他の短編に混じってこの一篇を読むのと、この一冊を読み終えた、という感想を持つのとでは印象がまったくちがうのではないか。

 検事に対して自分のことを語りかけているのは、5歳になる前田公爵家令嬢の小間使いにやとわれた、女学校を卒業したばかりの18歳の女性。教養もあり、昭和12年という時代では蒙昧な俗世の迷信などを信じることもないのだが、令嬢・緑子には自分に見えないものが見えているらしいことに気付く。そして自分の気付かないときに何かに語りかけていることもあるようだ。それは一体なにか。

 不可解な緑子の行動、怪しい使用人の視線、きっぱりと決着せよと命じる家庭教師の英国人女性など、物語は緊張を保ったまま一直線に進む。
 二・二六事件から1年後という緊張に満ちた時代の雰囲気を漂わせ、軍人の未亡人、貴族階級の人々、使用人などを交えて織り成される物語。

 短い話だが、一冊を読み終えた、と自信をもって感想を言える一遍。

2010年2月16日火曜日

「元気でいてよ、R2-D2。」


「元気でいてよ、R2-D2。」

北村 薫
単行本: 192ページ
出版社: 集英社
発売日: 2009/8/30
 普段は見えない人の真意がふと現れる瞬間を描く、全8編収録の短編集。と、「BOOK」データベースにある。

 各編の主人公がほぼ女性であり、女性の心の動きを書かせたら、この人にかなう男の作家はいないという北村薫さんの短編集。安心して読める。

 まさか夫が浮気? そんなことはないと思いつつ、ふと、マスカットの触感と夫のひとことが不安な気持ちをもたらす瞬間。
 「まえがき」に触れられた、「妊娠中の方は読まないで」、と警告された恐怖? 譚。
 お転婆少女だったころ忍者ごっこで遊んでいたけれど、そのときから本当の自分は実は・・・。
 くしゃみ3回は惚れられた証拠と豪語する男性社員から、好かれたり、振られたり、と社内のうわさが飛び交っていたのだけれど・・・。
 少女のころ文芸新人賞に入選した実績から図書館の催しものの役員に選ばれたが、子供の授業参観にも行かねばならなくなり・・・。
 コーヒーメーカーの形がスターウォーズのR2-D2みたいだ、とはしゃぎながら、一人称で語られる、アパートの窓際にあった、目障りな木の話。
 姉の旦那に連れられて美術館へ出向いた妹が、その夜、姉から気になる言葉をぶつけられ・・・。
 昔のことを語り続ける60歳の語り部が、ギリシャ神話のざくろの話を思い出しながら、陥った罠。

 日常の一瞬に起こる心の揺れがふと思い出させる、不安、恐怖、失望が語られる。
 だが、どうだろう、そこから立ち直ることが出来る女性の強さを、北村さんはしっかり認めているのではないだろうか。女性が主人公の作品が多い著者の、バラエティに富んだ一面をかいま見せる作品群。
 あらためて、直木賞おめでとうございます。

2010年2月11日木曜日

「水魑(みずち)の如き沈むもの」



「水魑(みずち)の如き沈むもの」
三津田信三
576
出版社: 原書房<ミステリー・リーグ>
2009/12/10

 刀城言耶シリーズの最新長編。
 奈良の僻村でおこなわれる雨乞いの儀式。13年前にも不可解な宮司の死亡事件がおこっていた。民俗学のスタンスから伝承と怪奇事件を集めることが好きな刀城言耶は、先輩の京都の禰宜に紹介され、近々おこなわれるというその儀式を見聞すべく、その村に向かう。
 いっぽう、3人称で語られる、戦地から引き揚げて来た母子4人の辛酸が単独の章として物語に挿入される。母とふたりの姉に守られて成長する少年の記憶をメーンに、やがてこの母が今回の儀式をとりおこなう有力な宮司の娘であり、宮司の孫にあたる長姉が今回の儀式で大きな役割を担うことが明らかにされる。母はあっけなく亡くなったが、長姉とその下の姉、そして少年が成長したところに刀城言耶があらわれる。
 長い物語の、中盤を過ぎたあたりで事件が発生。雨乞いの儀式の中、不可解な状況で起こる殺人事件。続いて発生する、祀りを司る神主たちの連続殺人。そのなかで次女が人身御供にされたことが分かる。宮司の娘は人身御供として育てられていたというのか、そしてその娘たちもその標的にされていた?・・・。そして少年の運命は。

 謎が解かれ、それがくつがえされ、そして本当の犯人が明かされたとき、大雨のなかで言耶の思いは薄幸な三人の姉弟の運命に及ぶ。
 ハッピーエンドではないのだが、雨乞いのあとの豪雨、そしてそのあとの晴天のように明るい予兆を見せて物語は終わる。
 言耶と助手の偲のやりとりも面白く、今後のふたりの行方にも興味をそそられる一巻。

爺の読書録