2009年12月29日火曜日

「いのちなりけり」


「いのちなりけり」


葉室
単行本: 255ページ
出版社: 文藝春秋 (2008/08/10)


 2009年最後のアップになるので、
 12月といえば忠臣蔵。忠臣蔵といえば、ということで、何の関係があるのか、というと、実は葉室さんの新作が忠臣蔵にからんだご本で、この「いのちなりけり」の主人公がそこにも登場しているそうです。
 さて、忍ぶ恋のお話。
 中心人物は蔵人と咲弥という男女。幼い頃のお花見で見初めた少女を思い詰め、無事に婚儀にまでこぎつけた蔵人だが、そのときの少女・咲弥は今や出戻りの後家であり、また、周囲は蔵人みたいな無骨ものに咲弥は相応しくないなどと、かまびすしい。なおのこと咲弥は婚儀の夜にこう尋ねる。
 「これこそご自身の心だと思われる和歌を教えていただきたい」
 咲弥の前夫は、強いばかりでなく風雅の道も心得てこそ武士だといっていたのだとか。これはつらい。そしてそのときから蔵人の歌を探す旅が始まる。
 お話は元禄7年(1694)年に始まる。最初に登場するのは水戸光圀。おなじみ「すけさん」も重要な役割を果たしているよ。そこでは蔵人が水戸藩に登用されることが明らかにされる。だが、なにやら問題があるらしい。
 そしてお話は18年前に戻る。さきの婚儀の頃のことである。
 蔵人の和歌探しの旅は、苦難の道だ。当然そればかりじゃないものね、男の世界は。
 島原の乱に起因するともいえる鍋島家のある因縁、水戸家と徳川本家との諍い、公家による徳川家・武家社会への陰謀、その手段として使われた「古今伝授」、水戸家が危ない。
 はっきり言ってややこしい話だよ。
 だが、蔵人はややこしくない。ひとつの道を貫く。家を守り、咲弥を守る。恋しい人を恋し抜くのだ。
 そして18年後、敵を討ち取り、満身創痍になった蔵人がひとつの和歌を探し当てて咲弥の前に現れる。
 筆者は末尾に佐賀鍋島家の「葉隠」の一節をあしらった。そのなかに
 「忍ぶ恋こそ・・・・」とある。のだそうだ。




2009年12月23日水曜日

「消えずの行灯-本所七不思議捕物帖」



「消えずの行灯-本所七不思議捕物帖」


誉田 龍一
単行本: 373ページ
出版社: 双葉社 (2007/10/25)

 もともとの出版は少し古いが、この夏に文庫化されて話題になっていた。図書館で単行本を見つけて早速レンタル。
 こちらは短編集という形をとる、お馴染みの捕物帖スタイルの佳品。
 本所七不思議ということで、怪談や落語などでおなじみの「消えずの行灯」「送り提灯」「足洗い屋敷」「片葉の芦」「落葉なしの椎」「置いてけ堀」「馬鹿囃子」に見立てた事件が起こる。時代背景が幕末、それぞれの種明かしには当時としては最新の科学技術が扱われ、もうすぐ明治になるのだから、世の中はそうだったのだろうな、と納得させられるとともに、TVドラマにしても面白かろうと思ったりする。
 主人公の潤之助は、若き日の榎本武揚、三遊亭圓朝らと組んで難問に挑む。そして、各話のゲストにも、これはと思わせる有名人物が登場する。それぞれ特長ある人たちなので、さもありなんと思われる描写も。
 なかなか悲惨な殺人事件ばかりだが、そこに謎が提示され、市井のひとたちの人情なども盛り込まれ、そして時代をリードしていく技術が謎を解明する。黒船来訪で江戸の町は大騒ぎだが、庶民はそれを浮き浮きと楽しんでもいるよう。いや、そんな世情騒然とした時代だからこそ、自分たちの職分、役目をわきまえて、楽しめるものを探していたのかもしれない。落語や怪談しかり、七不思議など、その最たるものだったのだろう。
 これ1巻のみで、シリーズ化はなかったのだろうが、この主人公たちのその後の物語も楽しみにしたいところ。

「釣りバカ日誌」


釣りバカ日誌 / 76 / 丸の内の埋蔵金!?の巻


やまさき十三/北見けんいち
20091205


 75巻からの連続エピソードは、佐々木さんの娘さん・ユキちゃんと、その恋人がからんだ伊豆の水族館の再建問題。赤字の水族館をなんとか再建できないかと考えるハマちゃんに、佐々木さんは撤退を主張。存続派のハマちゃんやユキちゃんの彼氏はあれこれと策を弄する。そのうちある種のサメを捕獲に行ったふたりは・・・
 そしてハッピーエンドになった二人の話に変わって、後半の新たな展開は、丸の内の埋蔵金の噂話。しかもその場所とは、鈴建本社の地下深く・・・? 佐々木さんの勘違いか、はたまた何かの罠か。今後の展開をお楽しみに。

2009年12月18日金曜日

「製鉄天使」


「製鉄天使」
桜庭 一樹
単行本: 336ページ
出版社: 東京創元社 (2009/10/29)
 名作「赤朽葉家の伝説」から生まれたスピンオフ作品。とはいっても、実は赤朽葉家の中で主人公の一人が描いた美少女暴走族のコミックをノベライズしたもの。早い話が少女マンガの原作。
 こういう本を読んでいると、人間、馬鹿になります。というひともいるだろうし、そういう評価をしたがる人の気持ちも分かる。
 ただ、本読みの気持ちからいえば、何時間、何日にもわたって付き合ってきた本を、軽すぎる、サブカルチャーだと否定するのはいやだ。
 それにこの興奮度はどうだ。鳥取の美少女中学生ながら実は暴走族。鉄をあやつり、バイクが生き物のように自分にまとわりつき、族の仲間から畏怖され、これまたチームの美少女マスコットにも慕われている主人公。血だらけになりながら、地元の鳥取を傘下におさめ、島根の女暴走族をコテンパンにし、岡山そして山口からの山越えの帰還には、鉄の血に加え、山の者の血をも呼び覚まして、仲間の少女たちを無事に郷里に導くことが出来る。
 そして13歳から始まった物語は19歳には迎えねばならない終末に向けて、不吉な通奏低音をかなでつつクライマックスへ。
 まず、族のマスコット美少女の不幸な失墜。いや応なく大人への階梯を昇らざることを自覚して、新たな飛躍を試みる主人公に途方もない課題が与えられる。
 その結末は、、、、
 これでいいのか、といわれれば、これでよいのだ。鉄の血だ。山の民の血だ。これでよいのだ。

2009年12月12日土曜日

「密室(ひめむろ)の如き籠るもの」



「密室(ひめむろ)の如き籠るもの」 
三津田 信三
新書:345ページ
出版社:講談社 2009/04/07)(講談社ノベルス)
1、首切りの如き裂くもの
2、迷家の如き動くもの
3、隙魔の如き覗くもの
4、密室の如き籠るもの の4編が収められた、刀城言耶シリーズの短編集。
 夏の初めに短編3篇を読んだまま、しばらくほうりっぱなしになっていた。ふたたび縁あってタイトル表題作の中篇を読む。この一篇だけで一冊の半分を占めている。
 おどろおどろしい導入部から、探偵の言耶が登場してコックリさんの謎を解きほぐしていくときのカタルシス、そして探偵の目の前で起こる密室殺人事件、と、おきまりながらも、ついつい作者の術中にはまっていく快感。
 探偵による密室講義などもあって、どうなるのかな、と思いながら、この中編の長さではこういう流れにするしかなかったかな、と納得。

2009年12月9日水曜日

「ぼくが探偵だった夏」


「ぼくが探偵だった夏」


内田 康夫
単行本: 277ページ
出版社: 講談社 (ミステリーランド)
発売日: 2009/7/31


「ぼく」はまだ小学生。ことしの夏も軽井沢の別荘で過ごしている。

14歳も年上の兄は、東大1年生のときに国家試験を通り、卒業した今では、警察庁の警部になっている、いわばエリートというらしい。この夏は、結婚するかもしれない彼女とのテニスにそわそわしている。忙しい父も、盆休みには大蔵大臣とゴルフに行ったりして、それなりに夏を楽しんでいる。しつけにうるさい母も、口うるさいながら優しく「ぼく」を見守ってくれている。

ある日、友達と一緒に紛れ込んだ大きなお屋敷で、棺おけみたいな木箱を運んでいる人を見かけた。

何か不安なものを感じた「ぼく」は警察に訴えるが、誰も真剣には取り合ってくれない。結局、犬の死骸を片付けただけだ、との説明で、事は収まってしまった。

「ぼく」は軽井沢署の竹村刑事さん、小説家の内田康夫さんなんかと一緒になって、気になる事件を追いかけていく。それが、忘れられない夏の始まりだった。

「ぼく」? 「ぼく」は浅見です、浅見光彦っていいます。

2009年12月5日土曜日

「オリンピックの身代金」


「オリンピックの身代金」2008’11.18刊
奥田英朗さんの長編ミステリー。2009年の文春ベストテンでは日本部門8位にランク。
昭和39年8月のなかば。東京オリンピック開催があと2ヶ月にせまった東京で、五輪の警備責任者である警察庁長官宅で爆破事件が発生。
ん? これは実話かな。そんなニュースは聞いたことがなかったけど。
と思っている間に物語に引き込まれていく。アロハシャツやマンシングウェアに身を包んだC調な男がおり、ビートルズのレコードを友達と分担して購入するBGと呼ばれる女の子たちがいた。そんな時代。
時代背景が鮮やかに書き込まれていて、当時は中学生だったぼくには、そうそう、そんな感じだった、と懐かしさにうるうるしながら読み進むことになる。
話は爆破事件のひと月前にさかのぼる。東大生の兄が工事現場で急死し、その骨を持って田舎の秋田へ帰郷していく東大生。
格差社会というが、この時代も格差社会であった。貧富の差が歴然としてあり、都会と地方、エリートと労働者、警察幹部と末端の職員、公安警察と刑事部なんて差別も。東大生はしかし、その格差がそれぞれの身分の中でしか争われていないことに疑問を感じ始める。自分と同じ組織の中でしか人は争わない。階級闘争なんかには興味がないかのごとく、自分たちを自ら差別し、仲間たちを罠にはめていく。
ストーリーはそうして、事件発生で走り回る警察官、それを目撃、関与する友人たちの右往左往を描き、そのひと月前に戻り、犯行に及ばざるを得なくなっていく犯人の事情を、温かいといえるような筆致で描いていく。ついつい犯人に感情移入してしまい、521ページ上下2段組みも、もどかしく思えてくる頃には、そのひと月の間隔が2週間前、1週間前になり、前々日、前日となって、いよいよ10月10日、晴天の開会式の日を迎える。
今、考えても、国中がまとまっていたのだね、オリンピック目指して。そこでは差別も、格差も忘れられて、ひとつの盛り上がりが頂点だった。その反作用で現代社会があるのだとすれば、それはそれでしようがなかったのかな。
当局は発表しなかったが、あったかもしれない物語として、「ジャッカルの日」や「鷲は舞い降りた」など、ぼくの好きなジャンルにもあてはまるかもしれない。

2009年12月2日水曜日

「美味しんぼ」103巻 



「美味しんぼ」103巻 
日本全国味めぐり・和歌山編 2009年10月5日刊。

ほぼ1年ぶりの美味しんぼ。
冒頭、新聞社の経営危機の話題から始まるところは、きわめてタイムリー。ぼくには身につまされる話題だ。そして、「文化のない新聞はインターネット以下だ」と言い切る東西新聞社の谷村文化部長に乾杯。あれ、最近の釣りバカ日誌のゲストと同じ名前だね。

茶粥のはなしから、和歌山と房総半島の関わり、そして醤油の話題に入っていく導入部。すでに雄山と山岡の和解がかなっているわけで、今回は特に新聞社を盛り立てていこうという目論見もあるからか、双方からの辛らつなやりとりもないし、平和的に全国味めぐりの対決が進んでいく。

高野山の話題の中に出てくる、高野山中腹の「花坂餅」は、ぼくも時たま買って帰ったりするが、あらためて漫画の中に登場してくれて嬉しくなる。そして最後には日本の味文化を集約したかのような精進料理が供される。でもこれはやはり高級料理以外の何物でもない。

高級料亭やグルメを排して、庶民の味から、素材そのものを生かした料理の危機を訴え続けるこの作品のセオリーは今回も守られている。だが、その目標とする料理はいまや高嶺の花になりつつある、と思ってしまう。

2009年12月1日火曜日

「秋月記」



「秋月記」2009’01.31
葉室麟の時代小説。
福岡から90キロほど東南に離れた山里が秋月。今は朝倉市に統合され、甘木地区と言われている。車なら大分自動車道の甘木インターが一番近いアクセス。西南戦争のころには「秋月の乱」があった。それでなんとなく名前を覚えていたのか。作品に出てくる葛の銘菓などもあって、そこのご主人は何代目かの平助さんで、その名前で小説にも登場する。
<織部崩れ>といわれる藩の改革を中心に据え、主人公の子供時代におこなわれたジェンナーよりも早かった種痘の接種、目鏡橋建造などを織り交ぜて物語りはスタートする。
きわめて現代的なストーリーとも思える。親藩から吸収されようとする枝藩。それを防ぐために活躍する主人公。企業買収やリストラなど、ついつい現代の動きになぞらえてしまうのも時代を反映する小説の面白さだろう。
また、主人公を取り巻く人々にも実在の人物を配し、おそらく史実ではないであろう忍びの者との対決をリアルに描写していく。その中で、著名な儒学者である原古処の息女・猷(みち)さんがユニークな動きで魅了する。号を采蘋(さいひん)と名乗るおませな少女が主人公を守ろうと奔走、そんな関わりもあったであろうと思わせて、采蘋女史のファンを喜ばせてくれる。かなり贔屓気味な描写もあるので、采蘋先生を主役にした一作も読みたいところ。

爺の読書録