2012年12月31日月曜日

光圀伝が2012年の締めくくり

「光圀伝」
冲方丁

単行本: 751ページ
出版社: 角川書店(角川グループパブリッシング)
言語 日本語
ISBN-10: 404110274X
ISBN-13: 978-4041102749
発売日: 2012/9/1

何故この世に歴史が必要なのか。生涯を賭した「大日本史」の編纂という大事業。大切な者の命を奪ってまでも突き進まねばならなかった、孤高の虎・水戸光圀の生き様に迫る。『天地明察』に次いで放つ時代小説第二弾!
なぜ「あの男」を自らの手で殺めることになったのか―。老齢の光圀は、水戸・西山荘の書斎で、誰にも語ることのなかったその経緯を書き綴ることを決意する。父・頼房に想像を絶する「試練」を与えられた幼少期。血気盛んな“傾奇者”として暴れ回る中で、宮本武蔵と邂逅する青年期。やがて学問、詩歌の魅力に取り憑かれ、水戸藩主となった若き“虎”は「大日本史」編纂という空前絶後の大事業に乗り出す―。生き切る、とはこういうことだ。誰も見たこともない「水戸黄門」伝、開幕。


 なぜ俺なんだ。
 という、疑問というより怒りが、第一章の通奏低音を奏でる。
 有名な、深夜に生首を持ち運ぶエピソードから始まる。父が家老を成敗し、その首が馬場のはずれにさらされている。それを持ち帰れというのが父の課題だった。厳しい父の命令には従わねばならない。ただ、光國(当時はこの字だった)は3男だ。次兄は幼くして亡くなったが、長兄は健在だ。なのに、自分が跡継ぎと決められている。
 なぜ俺なのだ、と光國は訳が分からない。
 さらに、疱瘡が癒えたばかりなのに、死人が流されてくる浅草川を泳いで渡れ、と言われる。
 将軍家光から光國の名を賜る。同時に短刀も下げ渡された。
 兄は大名として一家をなし、水戸家を出て行ってしまう。
 元服の後、市中を遊びまわる。悪い仲間もできた。それぞれどこかの家中の若侍だが、その身分を隠して付き合っているのだ。その仲間から荒れ寺に住まう無宿人の浮浪者を切ってみせろ、と催促される。
 そのとき出会ったのが宮本武蔵だった。そして、沢庵和尚。山鹿素行も仲間らしい。武蔵は無駄な殺人を非難し、人としての生き方を諭す。同時に人を死に至らしめる技をも伝授していく。
 そのころ、明がほろび、清と名乗る国が勃興していた。ことによると幕府が清を成敗することになるかもしれない。光國の武士としての血が騒ぐ。
 だが武蔵や沢庵はいくさの無意味さを解く。そして歴史や論語に傾注していった光國に論敵が現れる。林羅山の息子であり耕読斎と名乗る坊主だった。

 なにしろ徳川光國だ。水戸を預かる父は神君家康公の息子。叔父たちは尾張、紀州の殿様、すなわち御三家そのもの。の家光は将軍、その自負があり、世間からも認められている。
 武術を身につけるのは当然ながら、詩歌を愛し、儒教に傾倒し、なおかつ歴史にも思いを致す、文化人としての光國はなかなか新鮮だ。

 第2章は「義」について。
 光國は耕読斎に尋ねる。我が子でなく、兄の子を次の水戸藩主に据える。これは義か?
 なぜ自分が跡継ぎなのか、という疑問から、歴史を学んだ結果、出て来た答えがこれだった。
 反面、自分が手をつけた娘から生まれた子供を部下に押し付けたりする勝手なところもある。というのも近衛家から妻を娶ることが決まったからだ。よくできた嫁で、泰姫という天姿媛順な娘である。
 だが、明暦の大火が江戸を襲う。そして林家がまとめていた歴史の書物が灰燼に帰す。光國はあらためて史書蒐集、歴史編纂への意気込みを燃やす。
 だが、孤独な光國を理解してくれていた泰姫が病を得て、子も生まずに死んでしまう。
 なおのこと、ライバルであり、良き理解者でもあった耕読斎もあっけなく亡くなってしまった。かわりのように現れたのが14歳の藤井紋太夫だった。

 光國自身はもとより、周囲の人々の多彩さがすごい。なおかつ、その才人たちが次から次へと現れ、光國の意志が、みごとにリレーされていく。これは光國の才能ともいえるかもしれない。そういう時代だからこそ現れた人々だったかも。
 「明窓浄机」というタイトルの光國の手記が各所にはさまれる。ここで光國は自分がなしてきた物事について、また、なしえなかったことについてつぶやいている。
 最後に殺したあの男についても、自分の大義と、それを勘違いしてしまった悲劇について悔やんでいる。

 そして第3章は水戸藩主となった光國の治世についての話となる。 
 藩主となった光國はまず、自分の後継について将軍に理解を得てもらうことにする。かねてからの宿願であった、兄の子を自分の養子にして、その子に水戸藩をつがせるという案である。将軍後見の保科正之の賛同を得て、光國の大望は認められる。
 御三家とはいえ、水戸藩はさほど産物に恵まれていたわけではなかった。まず、国元を肥やし、領民の暮らしを楽にさせてやりたいと願う。領主の姿を見たこともない領民も多い。藩主を重く見るあまり、領民に犠牲を強いることなどもやめさせ、土地の悪人どもを逆に手なずけ、他国から悪人たちが入り込まないようにさせた。
 しかし、世は五代将軍綱吉の時代になっていく。御三家はすべて代替わりしているが、かつての副将軍としての権威を今も持ち続けるよう、光國が引っ張っていく。
 明から招いた朱子学の権威を中心にして学問所を創設。破戒坊主として名高い、佐々介三郎を雇うことになる。介さんはゆくゆく、諸国の情報を集めるための手足となって活躍する。小石川の藩邸には後楽園を作る。光國の晩年、製紙業が振興し、あらたな財源となっていく。
 綱吉はそんな光國が煙たい。光國が隠居を言い出したときにはじつにすみやかにその許しを得た。中納言・水戸黄門の誕生である。
 そして不穏な空気が江戸をおおう。綱吉に子が生まれないため、世継ぎを選べと世間がうるさいのだ。ちょうど発布された生類憐憫礼も人々には受けがよくない。
 その最中、いよいよ「本朝史記」が完成し、諸藩の内部事情をまとめた土芥冦讎記の原型ができあがる。
 そこに幕府転覆をはかる陰謀が明らかになる。それは光國の身内から現れた。

 いやあ、長い長い話だ。751ページ。
 大河ドラマにしたら面白いと思う。オールスターキャストで、出て来る人物それぞれがユニークだし、若い時から晩年まで、なんらかの形で日本史を形作ってきた人ばかりなのだ。2012年の年末2週間はこの本にかかりきり。さすが冲方。傑作です。
 

2012年12月19日水曜日

ノエルがもたらす心安らぐひとときを

「ノエル: a story of stories」
道尾 秀介/著

単行本: 282ページ
出版社: 新潮社
言語 日本語
ISBN-10: 4103003359
ISBN-13: 978-4103003359
発売日: 2012/9/21


物語をつくってごらん。きっと、自分の望む世界が開けるから――理不尽な暴力を躱(かわ)すために、絵本作りを始めた中学生の男女。妹の誕生と祖母の病で不安に陥り、絵本に救いをもとめる少女。最愛の妻を亡くし、生き甲斐を見失った老境の元教師。それぞれの切ない人生を「物語」が変えていく……どうしようもない現実に舞い降りた、奇跡のようなチェーン・ストーリー。最も美しく劇的な道尾マジック!

「光の箱」
 童話作家として何冊かの本を出している卯月圭介。14年ぶりに故郷の町を訪れた。高校の同窓会に出席するためだ。そこで思い出すのはいじめられていた中学生のころ。そのころから一緒に絵本を作っていた弥生のこと。圭介が小学生のころに書いた童話にイラストをつけ、ふたりで絵本を作っていた。クリスマス・ソングの「赤鼻のトナカイ」をモチーフにした童話だった。その次に圭介が書いたのが「光の箱」という童話。これは「ママがサンタにキッスした」を翻案したものだった。そして高校生のときにふたりの友人となった夏美に訪れた悲劇も同時に思い出す。
 そして今、クリスマスの飾りつけも華やかな同窓会場のホテルを訪れた圭介は玄関でアクシデントに見舞われる。
 弥生もまた、夫とともに同窓会場を訪れたが、折悪しく雨。タクシーの運転手がわき見をしていたその瞬間・・・

「暗がりの子供」
 莉子は小学校3年生。居間に飾り付けられたお雛様の段々のなか。そこは暗がりだけれど、ぼんぼりの明かりで絵本が読めるのだ。すると、父と母の話し声が聞こえた。
 病気の祖母を引き取って面倒をみることになりそうだという。母のおなかにはもうすぐ産まれそうなあかちゃんもいて、莉子にはどちらも楽しみだ。だがおとなには、おとなの事情があるのだろう。父母にはそのどちらも大変な重荷に感じているようだ。
 莉子が読んでいた絵本は「空飛ぶ宝物」という卯月圭介が書いた絵本。真子ちゃんという女の子が地下の世界に迷い込み、こびとたちと一緒に病気の王女様を助けようとするお話。
 病気の王女様は背中の羽根を痛めてしまったので、宝物を使ってもう一度、空を飛べるようになりたいと思っていたのだ。
 だが、あるときおばあちゃんのお見舞いに出掛けた莉子は、バスにその絵本を置き忘れてしまう。
 それ以来、莉子には真子ちゃんの声が聞こえるようになる。
 真子ちゃんは、赤ちゃんが産まれると莉子にはだれも構ってくれなくなる、と言い出す。お母さんが階段の上で足をすべらせるように仕掛けをして、お腹の中の子供を殺したらどうか、と作戦をたてた。
 そして、ある午後、母の悲鳴が聞こえ、あわてて病院に電話をかけることに・・・
 
「物語の夕暮れ」
 教職を辞して10年になる与沢。妻が亡くなって3か月。今まで妻と一緒に続けてきた「松ぽっくりクラブ」での読み聞かせのボランティアもそろそろ終わりにしようと思っている。
 そんなとき、児童文学の雑誌で実家の写真を見つけた。幼いころに住んでいた海辺の家だ。何年か前に人手に渡ったのだが、この家をある童話作家が手に入れ、改装して住むことにしたという。
 たちまち、思いは昔に飛ぶ。
 少年のころ、祖母にもらった一円玉を握りしめて、お祭りの夜店であそんだこと。その頃あこがれていた、ときちゃんのこと。そして、そのころから、おはなしを作って、ときちゃんに聞かせていたこと。カブトムシと蛍が、光の箱を奪い合う物語。月桂樹の葉の香りとともに思い出す。
 与沢は作家に手紙を出して、ある依頼をする。それは近く始まる村祭りの祭り囃子を電話口で聞かせてくれないかということだった。
 妻を亡くし、生きる希望もなくなった与沢は、飼っていたインコを逃がし、部屋で練炭を燃やして一酸化炭素中毒で死のうとする。そのときは電話口から祭り囃子が聞こえているのだ。 
 
「四つのエピローグ」
 圭介は恩師からの手紙を受け取り、妻とともに逢いに行こうと思う。この電話が終わったら、そう話そう・・・
 真子はインコを追いかけたが、インコは急展開して古いマンションの方向に逃げていった。その時、鳥かごがかかっている窓辺を見つける。インコはそこからにげだしたのだろうか・・・
 若い郵便配達員は、マンションの郵便受けに入らない、書籍らしい郵便物をどうしようかと悩んでいる。ベルを鳴らしても住人は不在のようだ。午後にもう一度来てみようか、釣りをしていると思われる老人に直接渡しに行こうか。そういえば、夏の終わりに、この部屋のあるじの老人と若い男女と小学生の女の子が、病院の前の公園で笑い合っているのを見たことがあったなと思い出す。
 
 それぞれの物語がエコーしながら結末に向かっていく。
 赤鼻のトナカイが引くソリに乗ったサンタが運ぶ光の箱は、プレゼントをもらったそれぞれの人の心の中に何かを残して行く。
 「ノエル」と題されたストーリー・オブ・ストーリーズ。クリスマス・シーズンには泣かされる話がうれしい。
 

2012年12月16日日曜日

二流小説家が描くアメリカの暗闇

「二流小説家」 
デイヴィッド・ゴードン
青木千鶴/訳

新書: 454ページ
出版社: 早川書房
ISBN-10: 4150018456
ISBN-13: 978-4150018450
発売日: 2011/3/10

 
ハリーは冴えない中年作家。シリーズもののミステリ、SF、ヴァンパイア小説の執筆で食いつないできたが、ガールフレンドには愛想を尽かされ、家庭教師をしている女子高生からも小馬鹿にされる始末だった。だがそんなハリーに大逆転のチャンスが。かつてニューヨークを震撼させた連続殺人鬼より告白本の執筆を依頼されたのだ。ベストセラー作家になり周囲を見返すために、殺人鬼が服役中の刑務所に面会に向かうのだが…。ポケミスの新時代を担う技巧派作家の登場!アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞候補作。

 すでに昨年(2011年)の年間ミステリベストで第一位を獲得した傑作。それも「このミス、文春、ベスト」の三冠達成という快挙。面白くなかろうはずがない。

 売れない中年作家でありながら、今は女子高生クレアの家庭教師で食いつないでいるハリー。
 ハリーのもとに、死刑囚の告白本をゴーストライターとして執筆するという企画が舞い込む。ベストセラー作家を夢見るハリーは喜んでこのプランに飛びつく。

 死刑囚ダリアンは12年前に、4人の女性を残忍に殺害した。まずヌード写真を撮影し、その後に殺害。そしてその首を切り落とし、遺体をばらばらに切断していたのだ。そしてその惨状をも写真に撮っていた。被害者の首はいまだに発見されていない。
 不思議なことに彼のファンだという女性たちがいる。彼のサディスティックなおこないが気に入っているらしい。

 被害者の親族たちは、まもなく処刑が執行されることに満足している。
 ただ、双子の姉を殺された、ストリッパーのダニエラだけは、何か違う考えをもっているようだ。

 ハリーはダリアンへのインタビューで彼の生い立ちを聞く。
 今なお送られてくるファンの女性たちからのファンレターを見せられる。
 殺人鬼が変態なら、ファンだという女性たちも変態だ。ファンの女性たちはおおむね“S”っ気がある女たちだ。
 ハリーにはそんな女性たちの心の動きが理解できた。
 というのも、ハリーはミステリー、SF、にとどまらず、ポルノ小説をも、筆名を変えて書き続けていたのだから。
 彼女たちのインタビューにおもむいたハリーは、わが意を得たりと感心したり、行き過ぎだと感じたり。このあたり、アメリカ人の肉欲というものをユーモラスに誇張して面白い。
 
 だが、インタビューした女たちが惨殺されてしまう。それも、かつてダリアンが犯した手口とまったく同じ殺され方をしていた。
 囚われのダリアンには犯罪は犯せない。誰か模倣犯がいるのか。まさか事件の犯人は別にいてダリアン本人は冤罪なのか。
 改めて、殺された女たちの捜査を再開したハリーを謎の銃弾が襲う・・・・

 と、ストーリーは二転三転。
 探偵をいびる頭のいい女子高校生、ひとくせありそうな女弁護士、おきまりの、探偵にまとわりつく美女、今は立派な編集者になっている別れた恋人。だらしない男の周りは頼りになるいい女だらけだ。
 そして、残り100ページのところで、事件は急転直下解決する。
 あらためてダリアンへのインタビューを試みたハリーは、悪意の真相ともいうべきものをまのあたりにする。生い立ちにまつわる悲劇、養い親との相克、母親との仲間意識、悪意そのものを抱いて生きて来たダリアンは悪魔ともいえる人間なのか。

 その告白の中から、ハリーは被害者たちの頭部が隠されているであろう場所を特定する。だが、掘り返されたそこにあったのは3人分の頭蓋骨だけだった。4人目の遺体はどこにあるのか・・・
 
 饒舌な文体がストーリーを翻弄し、間にはさまれるバンパイア小説がハリーのアンチヒーローぶりを際立たせ、SF小説の部分では進退窮まったハリーの心境をも垣間見させる。こった手法が小説の面白さを堪能させてくれる、2011年のベスト1。

 

2012年12月8日土曜日

伏は日本版ヴァンパイアサーガになるのだろうか


「伏(ふせ)」
贋作・里見八犬伝
桜庭 一樹・著

単行本: 480ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 416329760X
ISBN-13: 978-4163297606
発売日: 2010/11/26

桜庭ワールド、今度は江戸時代へ!
娘で猟師の浜路は江戸に跋扈する人と犬の子孫「伏」を狩りに兄の元へやってきた。里見の家に端を発した長きに亘る因果の輪が今開く
江戸で「伏」と呼ばれる者による凶悪犯罪が頻発。小娘だが腕利きの猟師浜路は、浪人の兄と伏狩りを始める。そんな娘の後を尾け、何やら怪しい動きをする滝 沢馬琴の息子。娘は1匹の伏を追いかけ、江戸の地下道へと迷いこむ。そこで敵である伏から悲しき運命の輪の物語を聞くが……。『里見八犬伝』を下敷きに、 江戸に花開く桜庭一樹ワールド。疾走感溢れるエンターテインメントをお楽しみください。(YS)

 疾走感あふれる、との評どおり、ストーリーは疾駆する。
 浜路、14歳。猟銃を肩からぶらさげた犬人間狩りのプロの少女。
 道節、21歳。酒びたりの浜路の兄、ひげづらの大男。
 このふたりが、江戸の片隅で身を潜めている「伏」どもを探り当て、狩りをする。

 伏と呼ばれる犬人間とは、いつのころからか、江戸の街なかに隠れ棲む、犬と人間との混血生命体。ときたま悪さをし、人間を殺し、八つ裂きにしたり、腕を切り落としたりする、という。命は短く、二十歳前後に死んでしまう。からだのどこかに牡丹の模様のあざがある。

 さて、江戸にでてきた浜路は、さっそくその嗅覚で伏を発見したが、取り逃がしてしまう。
 兄とともに伏のさらし首を見るが、それは人間とまったく見分けがつかないものだった。
 滝沢馬琴の息子・冥土にさそわれ吉原に。そこで花魁になっていた伏の正体を暴き、銃で撃ち抜く。凍鶴とよばれるその太夫は「どうせ寿命だし」といいながら、おはぐろどぶに身を沈めて死んでいく。
 そのとき凍鶴が残した書き置きを届けるべく、冥土と一緒に、伏の潜む町家を訪ねる。

 いっぽう、冥土は父の馬琴に対抗するかのように「贋作・里見八犬伝」を書き継いでいた。
 応仁の乱の直前、安房の山奥・里見の国で起こった美しい姫とその愛犬との物語。そこに登場するのはやんちゃな伏姫。その弟の鈍色。鈍色が銀色の森の前で見つけてきた大きな白犬・八房。
 八房を欲しくなった伏姫は天守から身を投げるという賭けに勝ち、弟からその犬を奪い取る。
 だが、戦乱の世は里見の国にもおよび、隣国が里見の城を取り囲む。そのとき城主は八房にいう。「敵の大将の首をとってくれば、娘の伏姫をお前にやろう」
 そしてその通りに、八房は翌朝、敵の大将の首をくわえて帰ってくる。
 やがて、城主の約束のまま、伏姫と八房は森に消えていく。
 何年かののち、八房は誤って猟師に撃たれ、正気を失った伏姫は城の天守の奥深くの座敷牢にかくまわれる。
 それから永い年月が経ち、今は誰もその話を忘れているが、その地にいけば、昔話は今も息づいている。

 これは里見八犬伝の裏返しの物語。だが、逆に真実をついているのかもしれない。
 浜路は吉原での捕り物騒ぎで知り合った信乃という歌舞伎役者を追い詰め、凍鶴太夫の息子の親兵衛、さらし首になっていた伏の妹・雛衣など、市中に潜む犬人間の実態を目の当たりにする。
 伏は隠れ住むことなく、役者や花魁、町医者や大店の町娘として、陽のあたる場所で生きていたのだ。
 信乃は、あるとき伏たちがそろって安房の国へ、自分たちのルーツを探る旅に出たときの思い出話を語る。


 そして湯島天神の地下から江戸城へ通じる地下道を発見した信乃と浜路は、対決しながらもこころを通わせる。

 そして、江戸城での対決。信乃に天守から突き落とされた浜路は兄に救われる。冥土はそれを面白おかしく瓦版にして世間に発表する。
 やがて、浜路と兄の道節は天下公認の伏狩人としての鑑札をいただくことになった。

 だが、どうだろう、読者は伏にこそ感情移入して、その存在を容認し、その未来を信じたいと思うのではないか。
 だとすれば、浜路と道節の兄妹は、読者の反感を買う悪役なのだ。
 造形的には天真爛漫な浜路やあっけらかんとした道節、ふたりと伏を結びつける滝沢冥土など、決して悪人ではない。
 そして伏も、自らの出自を知らぬまま世の中を生き抜いていく寂しい存在だ。
 
 今回、アニメ化され、文庫にもなった。爺が読んだのもその文庫版だ。

 いろいろスピンオフ作品もあるようだ。
 今後どういう展開を見せるのか、楽しみなところも。
 

2012年12月2日日曜日

静おばあちゃんにおまかせはミステリーか、あるいはファンタジーなのか

「静おばあちゃんにおまかせ」
中山 七里

単行本: 318ページ
出版社: 文藝春秋
言語 日本語
ISBN-10: 4163815201
ISBN-13: 978-4163815206
発売日: 2012/7/12

 
神奈川県内で発生した警官射殺事件。被害者も、容疑者も同じ神奈川県警捜査四課所属。警視庁捜査一課の葛城公彦は、容疑者となったかつての上司の潔白を証明するため、公休を使って事件を探り出したが、調査は思うに任せない。そんな葛城が頼りにしたのは、女子大生の高遠寺円。――円はかつてある事件の関係者で、葛城は彼女の的確な洞察力から事件を解決に導いたことがあった。円は中学生時代に両親を交通事故で亡くし、元裁判官だった祖母の静とふたり暮らしをしている。静はいつも円相手に法律談義や社会の正義と矛盾を説いており、円の葛城へのアドバイスも実は静の推理だったのだが、葛城はそのことを知らない。そしてこの事件も無事に解決に至り、葛城と円は互いの存在を強く意識するようになっていった――(「静おばあちゃんの知恵」)。以下、「静おばあちゃんの童心」「不信」「醜聞」「秘密」と続く連作で、ふたりの恋が進展する中、葛城は円の両親が亡くなった交通事故を洗い直して真相を解明していく。女子大生&おばあちゃんという探偵コンビが新鮮で、著者お約束のどんでん返しも鮮やかなライトミステリー。
<担当編集者から一言>
警視庁捜査一課の葛城公彦刑事は、警官殺しの容疑がかかる過去の上司の潔白を証明するため、個人的に捜査をするが、行き詰まる。そこで、葛城が頼りにしたのは、名推理で過去に事件解決に貢献した女子大生の高遠寺円。でも、実際に事件の真相に導いていたのは、元裁判官である円の祖母だった!? 異色の探偵コンビが、軽やかに事件を解決。『さよならドビュッシー』『贖罪の奏鳴曲』で、注目の著者による連作短編のライトミステリー。(IY)

 昨年の「このミス」でも話題になった『さよならドビュッシー』いらいの中山作品。

 可愛い女子大生とおばあちゃんの表紙が目を引く。
 イケメン刑事と美人女子大生のコンビが事件の謎を解く。ただ、女子大生のバックには静おばあちゃんがいた。静おばあちゃんは日本で14番目の女性裁判官だった。両親を亡くした円(まどか)は、おばあちゃんに育てられ、きびしくしつけられていたのだ。

 警視庁刑事の葛城公彦は、円と大学近くの大型書店の喫茶コーナーで待ち合わせ、事件のいきさつを説明する。一緒に捜査に出向いたりするのだが、はて、そんなのありかいな? という厳しい目は置いといて、さらっと楽しむのがライトミステリー。

『静おばあちゃんの知恵』
 横浜の港のそばで警官が殺されていた。それも斜め上方から銃で撃たれている。鑑識では弾丸のライフルマークから、刑事の持つ拳銃で射殺されたと判断する。その銃を持つ刑事の名前も明らかになった。
 だが、その刑事は否認。現にさいきん、その銃を使った形跡もなかった。
 葛城はその刑事に恩があり、みずから再調査に赴く。それも円を連れて。
 円は家に帰り、捜査の経過を静おばあちゃんに説明する。おばあちゃんは「遺体がいったんあおむけに倒れたあとでうつ伏せにされていたのは何故?」と言い出す。

『静おばあちゃんの童心』
 大金持ちだが、吝嗇家の老女が殺された。孫の美緒は赤頭巾ちゃんのような雰囲気を持った女子大生。円は彼女のためにも犯人を捕らえたいと思い、葛城に協力することに。
 それは老女が、女優がかぶるようなつば広の大きな帽子をかぶって街をうろついていた、という行動を再現するものだった。

『静おばあちゃんの不信』
 新興宗教の教祖が亡くなった。たまたまその場に居合わせたのが、警察庁のお偉方の娘。彼女ははその場から遺体が忽然と消えるのを見てしまう。「復活の儀式だ」と信者たちは気にしていない様子。
 経過を知った葛城は、「それは警察用語では死体遺棄というんだ」。おばあちゃんも「今回は、元の身体のまま復活しないことがしないってことが肝ね」。

『静おばあちゃんの醜聞』
 新名所東京スーパータワーの工事中。その地上450メートル付近でクレーンで足場解体中の作業員が突然倒れた。一部始終はモニタ—で監視されていたが、死体を降ろしてみると、腹部をカッターナイフで刺されている。空中の密室ともいうべきクレーン台で、もう1台のクレーンで作業していた外国人技師が犯人と疑われるが・・・
 おばあちゃんが現役裁判官だったころの冤罪事件も出て来る。今回、外国人労働者が犯人と疑われていることで、おばあちゃんは冤罪はあってはならないと主張する。
 「ふたつのことを確認して」というおばあちゃん。それは死体検案書と鑑識報告を見直すことだった。

『静おばあちゃんの秘密』
 南米の小国パラグニアの大統領が東京のホテルで殺害された。軍事政権の独裁者ということで、護衛の兵士や大統領夫人が部屋の周囲を見守っているなかでの出来事だった。
 葛城のもとにその捜査協力の依頼がきた。複数の人間がその銃声を聞き、そのときのアリバイも全員が持っていた。
 おばあちゃんは、「犯人が誰であっても関係ない」と。
 そして最後に明らかにされる、おばあちゃんの秘密とは・・・

 全作を通して、6年前に円の両親が交通事故で亡くなった事件の追求が進められる。犯人はアルコールの匂いがしていたが、警察はそれを証明しなかった。運転していたのは三枝といい、ふたつの事件でも葛城と関係してくる。三枝は本所署の刑事だったのだ。円は葛城の捜査について行ったときに三枝と鉢合わせする。だが、交通事故で最初に出会ったときとはどこか違う印象を抱く。
 そして、最後におばあちゃんの秘密とともに、両親の事故の真相も明らかにされる。
 連作とはいえ、冤罪事件、法曹界の内情や裁判のあり方など、おばあちゃんが孫に教え、円がそれを吸収して成長していく過程がおもしろい。
 

爺の読書録