2012年12月31日月曜日

光圀伝が2012年の締めくくり

「光圀伝」
冲方丁

単行本: 751ページ
出版社: 角川書店(角川グループパブリッシング)
言語 日本語
ISBN-10: 404110274X
ISBN-13: 978-4041102749
発売日: 2012/9/1

何故この世に歴史が必要なのか。生涯を賭した「大日本史」の編纂という大事業。大切な者の命を奪ってまでも突き進まねばならなかった、孤高の虎・水戸光圀の生き様に迫る。『天地明察』に次いで放つ時代小説第二弾!
なぜ「あの男」を自らの手で殺めることになったのか―。老齢の光圀は、水戸・西山荘の書斎で、誰にも語ることのなかったその経緯を書き綴ることを決意する。父・頼房に想像を絶する「試練」を与えられた幼少期。血気盛んな“傾奇者”として暴れ回る中で、宮本武蔵と邂逅する青年期。やがて学問、詩歌の魅力に取り憑かれ、水戸藩主となった若き“虎”は「大日本史」編纂という空前絶後の大事業に乗り出す―。生き切る、とはこういうことだ。誰も見たこともない「水戸黄門」伝、開幕。


 なぜ俺なんだ。
 という、疑問というより怒りが、第一章の通奏低音を奏でる。
 有名な、深夜に生首を持ち運ぶエピソードから始まる。父が家老を成敗し、その首が馬場のはずれにさらされている。それを持ち帰れというのが父の課題だった。厳しい父の命令には従わねばならない。ただ、光國(当時はこの字だった)は3男だ。次兄は幼くして亡くなったが、長兄は健在だ。なのに、自分が跡継ぎと決められている。
 なぜ俺なのだ、と光國は訳が分からない。
 さらに、疱瘡が癒えたばかりなのに、死人が流されてくる浅草川を泳いで渡れ、と言われる。
 将軍家光から光國の名を賜る。同時に短刀も下げ渡された。
 兄は大名として一家をなし、水戸家を出て行ってしまう。
 元服の後、市中を遊びまわる。悪い仲間もできた。それぞれどこかの家中の若侍だが、その身分を隠して付き合っているのだ。その仲間から荒れ寺に住まう無宿人の浮浪者を切ってみせろ、と催促される。
 そのとき出会ったのが宮本武蔵だった。そして、沢庵和尚。山鹿素行も仲間らしい。武蔵は無駄な殺人を非難し、人としての生き方を諭す。同時に人を死に至らしめる技をも伝授していく。
 そのころ、明がほろび、清と名乗る国が勃興していた。ことによると幕府が清を成敗することになるかもしれない。光國の武士としての血が騒ぐ。
 だが武蔵や沢庵はいくさの無意味さを解く。そして歴史や論語に傾注していった光國に論敵が現れる。林羅山の息子であり耕読斎と名乗る坊主だった。

 なにしろ徳川光國だ。水戸を預かる父は神君家康公の息子。叔父たちは尾張、紀州の殿様、すなわち御三家そのもの。の家光は将軍、その自負があり、世間からも認められている。
 武術を身につけるのは当然ながら、詩歌を愛し、儒教に傾倒し、なおかつ歴史にも思いを致す、文化人としての光國はなかなか新鮮だ。

 第2章は「義」について。
 光國は耕読斎に尋ねる。我が子でなく、兄の子を次の水戸藩主に据える。これは義か?
 なぜ自分が跡継ぎなのか、という疑問から、歴史を学んだ結果、出て来た答えがこれだった。
 反面、自分が手をつけた娘から生まれた子供を部下に押し付けたりする勝手なところもある。というのも近衛家から妻を娶ることが決まったからだ。よくできた嫁で、泰姫という天姿媛順な娘である。
 だが、明暦の大火が江戸を襲う。そして林家がまとめていた歴史の書物が灰燼に帰す。光國はあらためて史書蒐集、歴史編纂への意気込みを燃やす。
 だが、孤独な光國を理解してくれていた泰姫が病を得て、子も生まずに死んでしまう。
 なおのこと、ライバルであり、良き理解者でもあった耕読斎もあっけなく亡くなってしまった。かわりのように現れたのが14歳の藤井紋太夫だった。

 光國自身はもとより、周囲の人々の多彩さがすごい。なおかつ、その才人たちが次から次へと現れ、光國の意志が、みごとにリレーされていく。これは光國の才能ともいえるかもしれない。そういう時代だからこそ現れた人々だったかも。
 「明窓浄机」というタイトルの光國の手記が各所にはさまれる。ここで光國は自分がなしてきた物事について、また、なしえなかったことについてつぶやいている。
 最後に殺したあの男についても、自分の大義と、それを勘違いしてしまった悲劇について悔やんでいる。

 そして第3章は水戸藩主となった光國の治世についての話となる。 
 藩主となった光國はまず、自分の後継について将軍に理解を得てもらうことにする。かねてからの宿願であった、兄の子を自分の養子にして、その子に水戸藩をつがせるという案である。将軍後見の保科正之の賛同を得て、光國の大望は認められる。
 御三家とはいえ、水戸藩はさほど産物に恵まれていたわけではなかった。まず、国元を肥やし、領民の暮らしを楽にさせてやりたいと願う。領主の姿を見たこともない領民も多い。藩主を重く見るあまり、領民に犠牲を強いることなどもやめさせ、土地の悪人どもを逆に手なずけ、他国から悪人たちが入り込まないようにさせた。
 しかし、世は五代将軍綱吉の時代になっていく。御三家はすべて代替わりしているが、かつての副将軍としての権威を今も持ち続けるよう、光國が引っ張っていく。
 明から招いた朱子学の権威を中心にして学問所を創設。破戒坊主として名高い、佐々介三郎を雇うことになる。介さんはゆくゆく、諸国の情報を集めるための手足となって活躍する。小石川の藩邸には後楽園を作る。光國の晩年、製紙業が振興し、あらたな財源となっていく。
 綱吉はそんな光國が煙たい。光國が隠居を言い出したときにはじつにすみやかにその許しを得た。中納言・水戸黄門の誕生である。
 そして不穏な空気が江戸をおおう。綱吉に子が生まれないため、世継ぎを選べと世間がうるさいのだ。ちょうど発布された生類憐憫礼も人々には受けがよくない。
 その最中、いよいよ「本朝史記」が完成し、諸藩の内部事情をまとめた土芥冦讎記の原型ができあがる。
 そこに幕府転覆をはかる陰謀が明らかになる。それは光國の身内から現れた。

 いやあ、長い長い話だ。751ページ。
 大河ドラマにしたら面白いと思う。オールスターキャストで、出て来る人物それぞれがユニークだし、若い時から晩年まで、なんらかの形で日本史を形作ってきた人ばかりなのだ。2012年の年末2週間はこの本にかかりきり。さすが冲方。傑作です。
 

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