2011年5月21日土曜日

吉原に生きたふたりの花魁の華やかな生き様を


「吉原十二月(じゅうにつき)」
松井 今朝子

単行本: 326ページ
出版社: 幻冬舎
ISBN-10: 4344019342
ISBN-13: 978-4344019348
発売日: 2011/01/12

 新吉原の大籬・舞鶴家の四代目庄右衛門、これがわしでございます。
 幼いころから預かっておりましたふたりの娘の、禿(かむろ)時代から、新造として名をあげ、花魁としてみごとに花開くまでの昔語りを、ハハハ、聞いていただければ幸いでございます。

「正月は持ち重りのする羽子板」
 あかねとみどり、ふたりの禿の幼い頃、正月の羽子板行列でおもしろい場面を見かけましてございます。芸妓として、見られることの快感を、人の目を惹きつけることの楽しさを垣間見たおなごたちでございます。

「如月は初午の化かし合い」
 初桜(はつはな)、初菊と名をつけられて花魁の付け人ともいう新造として修業している時代のころでございます。丹後屋喜佐衛門さまをめぐる駆け引きでは、まだまだおぼこいと思っておりましたふたりのその後を指し示すかのような、化かし合いともいうべき愉快なことどもがございました。

「弥生は廓の花を咲かせる佐保彦」
 さて花魁として小夜衣、胡蝶と名づけられたふたりが客との交わりに馴染んでいくまでには、いろんなことがございます。花魁道中で見初めて登楼してきた若だんなの勘違いにあわせた小夜衣の手練。佐保彦の伝説を真に受けて、いや真に受けたふりをして女として花開いていく胡蝶。ふたりの性格の違いなどもあらわになり、いよいよ吉原の華やかさが際立ってまいります。

「卯月は花祭に仏の慈悲」
 花まつりといえば、その前に衣替え。小夜衣は客のお大尽に着物をねだるのも上手で、衣装持ちでございます。その点、胡蝶はいまひとつ華やかさに欠けるところもございました。ある日、伊丹屋さんのご紹介で剣菱の若だんなが登楼され、ひと悶着起こるところを救ってくれたのが・・・、これも仏様の御慈悲とでも申しましょうか。

「皐月は菖蒲の果し合い」
 幼い禿たちの遊びがついつい熱を帯び、小夜衣や胡蝶も巻き込んでの菖蒲打ち合戦。五月の一日の出来事でございます。

「水無月は垂髪(すべらがみ)の上臈(じょうろう)」
 いやあ、江戸時代の蒸し暑さといったら、今の皆様がたには想像もつかないことでございましょう。廓のなかでもおなじこと。あられもない遊女や花魁のしどけない姿によけいに暑苦しくなりましたらご勘弁のほどを。

「文月は念の入った手紙(ふみ)の橋渡し」
 文月とは遊女が客に向けての文をしたためる月だからとか。小夜衣は水茎麗しい筆をつかいますので、遊女たちからの代筆も頼まれたりもいたします。小夜衣の七夕の相惚れの相手は先の水無月からのおなじみ山城屋の若だんな。その後、若だんなの縁談がまとまりましてご実家との一悶着。

「葉月は実のある俄芝居」
 八朔の8月1日はお武家様方には大切な日でございます。吉原でも白無垢を着た遊女たちや、芝居仕立ての山車がにぎやかでございます。ところで胡蝶にぞっこんな相模屋さまを鬱陶しがった胡蝶はある芝居で縁切りを叶えたのではございますが。

「長月は十三夜の夢醒め」
 胡蝶に心を寄せるふたりの客。かたや御家人ではあるものの、金にはとんと縁がないお侍様。もうひとりは生憎、その御家人にお金を貸し付けている商売人。その間にたった胡蝶が思い切った手段に出ます。これにはわしも頭を痛めましたが、その顛末を。

「神無月は亥の子宝の恵み」
 驚きましたことに小夜衣のおなかに子が宿ったのでございます。そのお相手は雑賀屋さま。小夜衣は身請けを願うこともなく、ただ雑賀屋さまのお子を産みたいというわけでございますが、そのあたりの事情はどうあれ、雑賀屋様のお内儀を密かに拝見したわたしは驚いたのなんの。

「霜月は火焚(ほたけ)のやきもき」
 唐琴という花魁が小夜衣、胡蝶の座をおびやかします。ところが二人にとってはなんのなんの、花魁道中にかこつけて唐琴の出端をくじくと申しましょうか、いやはや仲がよいのか悪いのかわからぬ二人でございました。

「師走は年忘れの横着振舞い」
 なんと、この舞鶴屋で心中事件が起こったのでございます。小夜衣は書の先生である佐藤千蔭先生とともに、秘かにこの陰謀をあばくことになります。それも胡蝶と計ってというのですから、なんと驚いたことでございましょう。折りも折り、師走のおはなしで締めくくりと相成りましてございます。

 さてさて、絢爛豪華な吉原絵巻、堪能して頂けたでしょうか。四季おりおりの風物をおりまぜ、また、苦界と呼ばれる吉原に生きざるを得なかった女たちの、我が身を貶めることなく、誇らしく生き抜いたその様をお話申し上げました。その女たちを大事にしてきた男たち、そしてお客となるお武家さま、商家のお大尽さまも登場しての物語、なによりわしが育った吉原という街を少しでも垣間見ることが出来ましたならばそれが本望でございます。

 え、今の胡蝶や小夜衣がどうしているかと、お尋ねでございますか。ハハハ、それは本編をお読みになって確かめていただきとうございます。
 
 

2011年5月18日水曜日

料理が解決できるもの、できないもの


「小夜しぐれ 」(みをつくし料理帖)
文庫: 296ページ
出版社: 角川春樹事務所
言語 日本語
ISBN-10: 9784758435284
ISBN-13: 978-4758435284
ASIN: 4758435286
発売日: 2011/3/15

 おなじみの「みをつくし料理帖」も5巻目。マンネリだとかいわれながらも、ほのぼのムードは健在。澪の控えめな性格は一向に進歩しないのだが、今回はひとつ前進しようという意志もあらわれる。

『迷い蟹』
 つる家の主・種市と亡き娘おつるの過去が明かされる。みそ汁の具に選んだアサリの貝殻のなかに小さなカニが入り込んでいた。迷いガニと呼ばれる、よくある現象なのだ。つる家のあるじ種市の若い日の韜晦と、娘の死のいきさつが語られる。そして、なぜ帰って来なかったという、後悔。カニでさえ、身近な場所に帰ろうとするのに。

『夢宵桜』
 春の一夜、吉原の大籬、翁家で開かれた桜の宴。澪が料理の担当をまかされ、菜の花づくしの献立を考え出す。実れば小判を生み出すともいえる貴重な菜種を、つぼみのまま食する趣向にお大尽は感服するが、ひとり将軍家にゆかりがあるらしい坊主が難癖をつけて座が白けることに。そこにあらわれて窮地を救ったのがひとりの花魁。

『小夜しぐれ』
 伊勢屋の美緒の縁談が本人の気の進まぬまま、まとまりそうだという。拗ねて、つる家に居候してしまった美緒とともに、ひととき浅草に遊んだ澪たち。そこで芳が行方不明となっている息子らしい姿を見かける。気落ちした芳も心配だが、いよいよ縁談が本決まりとなるや、その料理をまかされた澪は心づくしの献立で臨むことに。

『嘉祥』
 現代でも6月16日は「和菓子の日」とされている。このエピソードには澪はじめ、つる家の人々の出番はなく、澪が密かに思いを寄せる謎のお侍・小野寺さまが中心となる。料理番を務める数馬は、まもなくおこなわれる「嘉祥の宴」で供される菓子つくりに今ひとつの飛躍を考えていた。妹や幼馴染の義弟などにからかわれ、応援されながら、澪の様子を思い出して、ひとつのヒントを得る。
 小野寺家の様子や、数馬という名前も初めて(?)出てくる。微笑ましい家族や友人たちに恵まれて、今後の展開にも新たな光が差すようだ。

 料理を食べることがメインというわけではなく、ひとつの物語のなかで、料理を作り、考えることで物語の流れがうねりを見せ、料理が人の定めを打ち破っていくという、昔の「美味しんぼ」のスタイルがなつかしく思い出されるシリーズ。今回はひとつの曲がり角に位置していると思える一巻。
 

2011年5月11日水曜日

鎖国時代の日本でこそあり得た写楽の真実とは


「写楽 閉じた国の幻」
島田 荘司

単行本: 684ページ
出版社: 新潮社
ISBN-10: 9784103252313
ISBN-13: 978-4103252313
ASIN: 4103252316
発売日: 2010/06/20

 導入部、塾の講師をしている浮世絵研究家、もと美術史家の「わたし」の悲劇が語られる。
 6歳のひとり息子が六本木のビルの入り口で回転扉にはさまれて事故死してしまうのだ。
 妻からの非難、その父からの情け容赦ない罵詈雑言。
 思えば私の人生は転落の坂道だった、と振り返る、その後の1週間。
 失意のまま、自分の世話をすることもできない、人間としての生き方を見失い、呆然として生きる気力もなかった私に、弁護士会から声がかかる。
 あの回転扉には構造的な欠陥がある、被害者の会として行動を起こそう、というのだ。

 え、写楽の話じゃないの。
 ミステリーじゃないの?

 わたしはそのとき一枚の肉筆画を手にしていた。大阪で手に入れた、幕末頃の浮世絵らしい。これを描いたのは誰なのか。大胆な構図、デフォルメされた表情、ひょっとしたら、写楽の知られざる一枚では? だが、英語ではないがアルファベットらしい文字で何事かが書かれている。なんと読むのだ?

 そして、弁護士会の女性弁護士が深く関わってくる。オランダとのハーフだという彼女は簡単にその文章を読解する。「鬼は外、福は内」をオランダ語で書いてあるという。福内鬼外という別名をもっていたのは平賀源内だ。だが、源内と写楽は重なる時期がない。

 中盤、物語は突然、江戸時代の蔦屋重三郎たちの時代に飛び込む。歌麿はすでに浮世絵の大家だが、蔦重の周囲には役者絵で一世を風靡している仲間たちが集っている。少しお上の眼が厳しくなった時代、蔦重たちは起死回生の方策を生み出したいと考えていたのだ。この場面、非常に生き生きと描かれていて、やはり、島田さんが書きかったのはこういうことなのだろうと納得。

 女性弁護士は、わたしを立ち直らせようという目論見もあるのだろうが、わたしが思いついた、写楽に関するひとつの結論につながる証拠をオランダまで行って調査してくれることになる。

 そして江戸の場面では、蔦重たちはある画家を招いて、庶民のパワーが爆発する、歌舞伎の夜芝居へ連れて行くことになる。

 息子の死から立ち直っていく主人公と、写楽の謎が解けていく過程が相まって、長い物語が幕末の江戸と現代とを結びつけたところで巻が終わるのだが・・・
 実はまだ謎はすべて解明された訳ではない。
 鎖国時代の日本でしか、なし得なかったひとつの作業、それが持つ意味とは。 そして、今回提示された結論は決して受け入れられることのない結論だろう。
 

2011年5月2日月曜日

湊かなえのセカンドステージで鎖が閉じる

「花の鎖」
湊 かなえ

単行本: 296ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 9784163299709
ISBN-13: 978-4163299709
ASIN: 416329970X
発売日: 2011/3/10

<たとえば花 たとえば雪 たとえば月>
 湊かなえさんの最新作、そして話題作。
 ミステリー色は薄いが、3人の女性にまつわるエピソードが積み重ねられ、大きなうねりが最後に収縮されていく。

 梨花はお金に困っている。講師をしていた英会話スクールが倒産してしまい、祖母の手術費が必要なのだ。
 美雪は夫の和弥が郷土画家の記念館のデザインにやる気を出しているのを応援しているのだが、学生時代の友人にかきまわされて。
 紗月はイラストレーターとしての腕をかわれて公民館の水彩画教室で講師をしている。

 3人のそれぞれのつながりについては定かではない。
 ただ、3人とも同じ町にいたことがあるらしい。
 町出身の著名な画家。香西路夫。
 香西がよく描いたという「あめふり渓谷」にも出掛けていく。
 3人の共通項は和菓子店「梅香堂」の金つば。
 そして梨花は毎年花のプレゼントを贈って来てくれる、謎の「K」に、祖母の手術費を貸してもらいたいと考えて。

<花について、雪について、月について>

<花、前夜 雪、前夜 月、前夜>

<花、動く 雪、動く 月、動く>

<花の願い、雪の願い、月の願い>

<第6章 または雪月花(雪の決意、月の決意、花の決意)>
 という章分けで物語は進行する。それぞれの章で3人が抱える問題を解決するために出掛けていくのが「雨降り渓谷」であり「八ヶ岳」だったりするのだが、どこか、すれ違う感覚があり、共通する人物が何か影を残して行く。
 
 この作品が湊かなえさんのセカンドステージという言い方で宣伝されている。
 第2ステージというより、第一作の「告白」いらい今ひとつ納得できる作品に巡り合わなかった気がしていたが、今回は、失礼ながらベスト2ではないか、と評価しておきたい。

爺の読書録