2011年5月11日水曜日

鎖国時代の日本でこそあり得た写楽の真実とは


「写楽 閉じた国の幻」
島田 荘司

単行本: 684ページ
出版社: 新潮社
ISBN-10: 9784103252313
ISBN-13: 978-4103252313
ASIN: 4103252316
発売日: 2010/06/20

 導入部、塾の講師をしている浮世絵研究家、もと美術史家の「わたし」の悲劇が語られる。
 6歳のひとり息子が六本木のビルの入り口で回転扉にはさまれて事故死してしまうのだ。
 妻からの非難、その父からの情け容赦ない罵詈雑言。
 思えば私の人生は転落の坂道だった、と振り返る、その後の1週間。
 失意のまま、自分の世話をすることもできない、人間としての生き方を見失い、呆然として生きる気力もなかった私に、弁護士会から声がかかる。
 あの回転扉には構造的な欠陥がある、被害者の会として行動を起こそう、というのだ。

 え、写楽の話じゃないの。
 ミステリーじゃないの?

 わたしはそのとき一枚の肉筆画を手にしていた。大阪で手に入れた、幕末頃の浮世絵らしい。これを描いたのは誰なのか。大胆な構図、デフォルメされた表情、ひょっとしたら、写楽の知られざる一枚では? だが、英語ではないがアルファベットらしい文字で何事かが書かれている。なんと読むのだ?

 そして、弁護士会の女性弁護士が深く関わってくる。オランダとのハーフだという彼女は簡単にその文章を読解する。「鬼は外、福は内」をオランダ語で書いてあるという。福内鬼外という別名をもっていたのは平賀源内だ。だが、源内と写楽は重なる時期がない。

 中盤、物語は突然、江戸時代の蔦屋重三郎たちの時代に飛び込む。歌麿はすでに浮世絵の大家だが、蔦重の周囲には役者絵で一世を風靡している仲間たちが集っている。少しお上の眼が厳しくなった時代、蔦重たちは起死回生の方策を生み出したいと考えていたのだ。この場面、非常に生き生きと描かれていて、やはり、島田さんが書きかったのはこういうことなのだろうと納得。

 女性弁護士は、わたしを立ち直らせようという目論見もあるのだろうが、わたしが思いついた、写楽に関するひとつの結論につながる証拠をオランダまで行って調査してくれることになる。

 そして江戸の場面では、蔦重たちはある画家を招いて、庶民のパワーが爆発する、歌舞伎の夜芝居へ連れて行くことになる。

 息子の死から立ち直っていく主人公と、写楽の謎が解けていく過程が相まって、長い物語が幕末の江戸と現代とを結びつけたところで巻が終わるのだが・・・
 実はまだ謎はすべて解明された訳ではない。
 鎖国時代の日本でしか、なし得なかったひとつの作業、それが持つ意味とは。 そして、今回提示された結論は決して受け入れられることのない結論だろう。
 

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