2011年1月31日月曜日

ピアノとベートーヴェンのうんちくと、そして謎

「さよならドビュッシー」
中山 七里

単行本: 367ページ
出版社: 宝島社 (2010/1/8)
ISBN-10: 4796675302
ISBN-13: 978-4796675307
発売日: 2010/1/8

Ⅰ Tempestoso delirante  テンペストーゾ デリランテ   ~嵐のように狂暴に~
Ⅱ Adagio sotto voce    アダージオ ソツト ヴオーチエ ~静かに声をひそめて~
Ⅲ Con duolo gemendo   コン ドウオーロ ジエメンド   ~悲嘆に暮れて苦しげに~
Ⅳ Vivo altisonante     ヴイーヴオ アルテイソナンテ  ~生き生きと高らかに響かせて~
Ⅴ Ardente pregando    アルデンテ プレガンド      ~熱情をこめて祈るように~

 第8回『このミステリーがすごい!』大賞 (2010年)受賞作。選考委員が大絶賛した話題の感動作! 
 ということでミステリー。
 16歳の少女が主人公。シンデレラ・ストーリーでもあるのだが、甘ったれた話ではない。
 それぞれの章題は上の通りで、中身をうまく表現して、ストーリーのうねりを教えてくれている。

 舞台は中部地方のようだ。著者の名前も岐阜県の紅葉の名所だし。
 祖父が資産家という恵まれた家庭に育った「遙」の「あたし」という一人称で語られる物語。
 いとこのルシアはインドネシアの津波で両親を亡くした帰国子女。
 だが、祖父と一緒に住む離れが火事になり、祖父とルシアが焼死してしまう。
 遙自身も大やけどを負い、2ヶ月間の寝たきり生活を余儀なくされる。
 遙は高校の音楽科に入学することが決まっていた。
 大やけどで全身の皮膚を移植した遙は、包帯姿のままタクシー通学することになる。

 高校で改めてピアノの練習を積むのだが、励まし、理論づけて練習の手助けをしてくれるのがイケメンのピアニスト・岬洋介。
  父が法曹界の大物で地方検事正として名高い人であり、洋介自身も司法試験を一番の成績で突破しておきながら音楽の道に選んだとして父から反目され、勘当同様の身の上であるらしい。
 彼がピアノ教師の枠を超え探偵役として遙と関わっていくことになる。
 まず、病気療養中の遙を襲う謎の敵。自宅の階段の滑り止めが細工され、遙の松葉杖にも仕掛けがほどこされる。あげくの果ては道路に突き飛ばされ、クルマに撥ねられそうになる。
 遙が祖父の遺産を受け取ることになったことに対する嫌がらせなのか。
 そして、遙の母親が神社の階段から突き落とされ、脳挫傷で死んでしまうという事故が起こる。これは事故なのか、はたまた、遙に対する陰謀の一部なのか。
 
 ストーリーの流れの中で音楽、とくにピアノやベートーヴェンに対するうんちくと、ピアノの練習方法が語られることで、読者は行間から立ち上がるピアノの音色を聞きながら、物語に翻弄されていく。
 音楽を言葉で語れるのはすごいと思う。
 まあ、それは音楽に対する思い入れや解説に近いものだろうけれど、それでも読者は確かにホールの反響を耳にすることになり、観衆の感動、演奏者の高揚感を目の当たりにすることになる。

 遙は松葉杖をつきながらもピアノコンクールに出場するまでに回復する。予選をクリアして、本選の課題曲・ドビュッシーの「月の光」に続いて自由曲に選んだのが、同じくドビュッシーの「アラベスクその1」なのだった。
 
 そして、末尾に驚くべき謎が明かされる。
 その謎の中に「さよなら」の意味が込められているのだ。
 

2011年1月24日月曜日

迷子になった医師が、迷子石で救われたのは

「迷子石」
梶 よう子

単行本: 266ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062165988
ISBN-13: 978-4062165983
発売日: 2010/12/10

 幕末、安政の大地震の翌年というのだから、映画「赤ひげ」で描かれたような、そんな時代。舞台は富山藩の江戸藩邸。
 羽坂孝之助は藩の見習い蘭方医だが、病人相手が苦手で、子供たちに絵を教えたりする毎日。富山の薬売りたちが売る「置き薬」のおまけに付ける、江戸の景色を描いた版画の下絵描きなどで小遣い稼ぎをしていた。
 そんな、のんびりした日常が突然、破られる。
 
 江戸藩邸の工事で犠牲者が出たり、台風が襲って幼馴染の絹代親子が災難にあったりする。
 そこに国許から、おなじく幼馴染で、いまは勘定方として一目置かれている長右衛門が江戸詰めとして出府してくる。彼から同郷の仲間たちの近況を聞いたりして懐かしい思いをするのもしばし。長右衛門は江戸藩邸と国許との間に微妙な溝があることを薄々気付き、江戸勤めを避けたい気持ちでいるらしい。
 薬売りの惣吉が意外な報告をもたらす。「江戸へ向かっていた、お父上が殺されました」。そしてその犯人は、これも幼馴染の村岡順也だというのだ。しかし薬売り風情の惣吉がなぜそんな事態をつかんでいるのだ。

 タイトルの迷子石とは、嵐のあとで行方不明になったり、家族とはぐれたりした人々のために消息を書き留めておくための掲示板を示す標識のこと。
 人生の岐路にたたされた孝之助が迷子石に導かれて行くのは・・・

 人付き合いにはうとく、政治向きなど、とんと無関心だった孝之助だが、陰謀の実態を知るにつれて、国許に戻った惣吉と連絡をとる必要が生じてくる。そこで孝之助は版画に暗号をひそませて国許に送るという手段を考え出す。本書の紹介にはこのエピソードがメーンにされているのだが、実は後半になって出てくる話なのだ。大きくは孝之助が医師として成長して行く物語。伊東玄朴などという著名人も孝之助を育てるひとりの医師として登場する。
 富山の国許と江戸との距離感がどうも分かりづらく、そうまでして連絡を取り合う必要があるのか、とも思ってしまうが、そこは舞台装置と理解して、ひとつのトリックとして認めてしまおう。
 

2011年1月19日水曜日

ほんわかユーモア・ジェットコースターノベル

「さよなら、ベイビー」
里見蘭

単行本: 250ページ
出版社: 新潮社
ISBN-10: 4103130121
ISBN-13: 978-4103130123
発売日: 2010/10/20

 ひきこもり青年・雅祥(まさよし・まあくん)の子育て奮戦記。
 といえば、なんじゃいな、と思われるだろう。だが、これがミステリー色ゆたかな、サスペンスたっぷりの物語になっている。
 
 あまり馴染みのない著者だが、ファンタジーノベル大賞を受賞しているということで、それはそれで安心して読み始める。
 ユーモア小説ともいえるし、謎が謎を呼ぶ展開のジェットコースターノヴェル、結末にはあっと驚く仕掛けがあるミステリー。
 
 母の死がショックで自殺未遂をおかして、ひきこもりに拍車がかかる。そして4年。
 父親が突然、赤ちゃんを連れて帰ってくる。知り合いの赤ちゃんをしばらく預かるといって、喜々として世話をし始めるのだ。
 だが、その父が急死、赤ちゃんを預けるにしても、役所や警察は相手にしてくれない。
 赤ちゃんの世話など21歳の独身男子には無理だ。助けを求めて外へ出るのことも出来ないのが引きこもりなのだから。
 おむつの世話、ミルクの調合、泣きじゃくるときの対処の仕方、すべて手探り。
 従姉のしーちゃんに訳をはなして協力してもらうが、次から次に難題がふりかかる。

 並行して赤ちゃんと関連していると思われるエピソードが語られる。
 美佐の不倫とその娘である成美の幼い恋。

 しーちゃんの不妊治療。
 それぞれに関わる婦人科医の思い。
 そして、父が保証人になっていたという事実から、自分の生活が脅かされることになり・・・

 だが、圧巻は可愛いベイビーのはちゃめちゃぶりと、まあくんその人の成長だろう。
 引きこもりの男子が赤ちゃんのために一念発起、助けを求めて震えながら町へ出て行く。
 読者はまあくんに感情移入しながら、応援し、ベイビーの暴れん坊ぶりに快哉することになる。
 子育てのハウツーものとまでは言わないが、ほんわかミステリーとして、赤ちゃんがいた頃が懐かしくなる傑作エンターテインメント。

2011年1月16日日曜日

隻眼の少女の謎と、本格ミステリの頂点の謎

「隻眼の少女」
麻耶 雄嵩

単行本: 420ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 416329600X
ISBN-13: 978-4163296005
発売日: 2010/09/30

 死に場所を求めて信州の小さな温泉宿をおとずれた大学生の種田静馬。そこで遭遇したのは凄惨な首切り殺人事件。しかも被害者はまだ15歳の少女。
 被害者の首が置かれていた場所をさかんに訪れていた静馬は容疑者と疑われる。それを助けてくれたのが水干姿の美少女探偵・御陵みかげ。

 2011年文春ベスト、このミス、ともに4位。本格ミステリベストでは、めでたく1位にランクされている。
 本格ミステリということで、人里はなれた寒村、首切り連続殺人、怪しげな旧家の人々、三つ子の姉妹と、舞台装置は万全。
 探偵役は占いを生業とする隻眼の美少女、ワトソン役はその助手にやとわれた大学生。
 当然のように起こる連続殺人、見透かしたようなせりふを吐きながら事件を防げない探偵たち。これもお決まりか。

 淡々と事態が進行するのだが、被害者の家族、姉妹たちの嘆き、悲しみなどが伝わってこない。

 そして危うくミステリーのルール違反になりそうな設定。
 探偵が探偵されていく、その中でひっくり返される真実。


 じじいとしては、もっとおどろおどろしい展開を期待するのだが、登場人物たちはその役目を淡々と引き受け、事態を冷静に受けいれる。
 ミステリの設定としてはフェアではないのではないか、という疑問も残るが、ロジックとしてこれが成り立つところに今の本格ミステリの面白いところがある。
 
 本格ミステリの頂点を知るには最適な一冊。
 

2011年1月8日土曜日

スペンサーよ永遠なれ。

「盗まれた貴婦人」
ロバート・B・パーカー(著) 
加賀山 卓朗(訳)


単行本: 302ページ
出版社: 早川書房
ISBN-10: 4152091738
ISBN-13: 978-4152091734
発売日: 2010/11/12

 
 ボストンの私立探偵スペンサーシリーズ最新刊。
 ご存知のように作者パーカー氏は昨年1月に死去、翻訳はあと一作を残しているそうだが、ラス前の作品。そして、ミステリー、アクションともに秀逸な傑作となっている。


 スペンサーのもとに依頼が届く。盗まれた絵画の身代金を払いに行くからガードしてほしい。
 その絵が「貴婦人と小鳥」というもの。タイトルの貴婦人というのは盗まれたその絵のことだね。「と」は、アンドではなく、ウィッズでつなぐそうだが。
 だが、交渉は失敗する。身代金を払って絵画を取り戻したものの、交渉にあたった教授と、返してもらったはずの絵画がその場で爆破されてしまうのだ。 
 そこからは疾風怒濤、息もつかせぬ展開となる。
 自分の役割を邪魔されたと怒るスペンサーは、自ら犯人探しに乗り出す。
 まず、交渉役に当たった教授自身の人となり。なにやら女子大生を手玉にとるような男だったらしい。
 教授のアタックに無関心だった女子大生の一人が、意味ありげにスペンサーを避けようとする。
 その女子大生の母親は検事局の女性検事だった。
 教授の過去をさぐっていくと、ユダヤ人迫害の歴史、そしてユダヤ人を救済するという謎の財団などが表面化してくる。
 内部を探るスペンサーに魔の手が迫る。何者かの銃撃、その後にはベッドにしかけられた爆弾。


 ストーリーといい、アクションといい、申し分なく運ぶので、通勤読者のじじいでも会社の行き帰りの3日間で読了。
 いつもどおりのスーザンとの会話をはじめ、ウィットに富んだせりふまわしは楽しい限り。
 この楽しさがあと一冊限りという悲しさを含めて、年頭に読むことが出来た幸せを大事にしたい。
 

2011年1月5日水曜日

この村で起こったことは人に告げてはいけない

「蜜姫村」
乾ルカ著

単行本: 251ページ
出版社: 角川春樹事務所
ISBN-10: 4758411654
ISBN-13: 978-4758411653
発売日: 2010/10/28


 序章。平成19年、ひとりの女性が山奥のへんぴな村を訪ねていく。
 道を尋ねた人たちは、なぜあんな村へいくのかと不思議がるか、あるいは、その村はどこにあるのかと逆に聞くかのどちらかだった。
 ただひとり、ふもとの旅館の女将だけは、それなら朝ご飯をしっかり食べていけと励ましてくれた。


 ホラー小説と位置づけられている。
 基本はホラーだ。おぞましいシーンも続出する。
 何故こんなことが、と思いながら物語を追い続けるしかない。


 第一部は突然、天正3年、1575年の姫君たちの脱出行が描かれる。
 美津姫と五郎太が山深い里で疫病に襲われ命の瀬戸際に立たされるのだ。そのときにお美津のとった行動は・・・


 次の章では昭和36年に時代が飛ぶ。昆虫学者と女医の夫婦が、その村を訪ねて行く。
 夫は、昨年訪れて道に迷ったあげくたどり着いたこの村でたまたま出会った、新種と思われる蟻の研究をするために。女医の妻は無医村への情熱を胸に秘めての到着だった。
 だが、この村には病気の村人は存在しないようなのだ。病人は秘かに始末されるのではないか、どこかに閉じ込められているのではないのか。
 現に昨夜まで高熱で苦しんでいた子供が、次の朝健康そのもので朝食をとっているのを目撃する。昨夜は丘の上の神社にこもっていたようだ。
 妻のお腹に子供が宿ったことに気付いたある夜、夫が帰ってこなくなる。病人らしき不思議な村人の後を追って、神社へ行ったのかもしれない。

 昭和47年、昭和52年、と時代が進むと、ひとりで娘を育てる女医の受難と、村の主・蜜姫に見守られて成長する娘が牧歌的なムードで描かれる。
 やがて成長した娘の、村からの脱出劇は悲劇的だ。
 
 結末、冒頭の女医が、訪れた村で明かす決意が意外だ、というような書評が某Y新聞に発表されていたが、そうでもないと思うよ。必然的な流れで、これは納得できる結末だ。
  

爺の読書録