2011年11月29日火曜日

悲劇は訪れる。読者のもとへも


「春から夏、やがて冬」
歌野 晶午

単行本: 277ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163809201
ISBN-13: 978-4163809205
発売日: 2011/10/15


関東の地方都市にあるスーパーの保安責任者・平田は、ある日、店で万引きを働いた末永ますみを捕まえた。いつもは情け容赦なく警察へ引き渡す平田だったが、免許証の生年月日を見て気が変わり、見逃すことに。それをきっかけに交流が生まれた2人。やがて平田は己の身の上をますみに語り始めるが、偶然か天の配剤か、2人を結ぶ運命の糸はあまりに残酷な結末へと導いていく。傑作『葉桜の季節に君を想うということ』の著者が満を持して放つ、究極のミステリー。(AK)

 さて、カバーの帯をご覧頂こう。
「ラスト5ページで世界が反転する!」
とある。
 ここを読むと、歌野ファン、というより前作「葉桜の季節に君を想うということ」の感動をもう一度、という読者は、またあれが再現されるのか、と期待することになる。

 内緒だけど、「葉桜・・・」のときは実はその謎に途中で気付いてしまって、何か最後の驚きが半減した覚えがある。それで、今回の帯の文句には、どうだかな、と思っていたので、極力、事前の批評には目を通さないようにしていたのだが。
 
 実は物語はもう少し前に反転するのだ。ラスト5ページはその反転の反転となる。
 なんのこっちゃ、という方のためにストーリーを少し。
  
 地方の小さなスーパー。警備部長の平田は万引き犯の女性を説教だけで放免してしまう。その女性が亡くなった娘と同い年だと気付いたからだ。
 その女性・末永ますみは同棲相手から受けるDVで傷だらけになっている。義妹も過去、夫からDVを受けていたことを知る平田は、ますみを他人と思えなくなってくる。
 
 平田自身の過去がストーリーの合間に浮かび上がって来る。
 東京の流通大手で華やかな部長職を勤めていた平田の「平凡な生活」は一夜にして変貌する。娘が自転車に乗っているときに轢き逃げされたのだ。
 自分を責める平田。
 妻も精神に変調をきたし、自殺してしまう。
 その後、地方の小さなスーパーに身柄を引き受けてもらい、定年までを埋もれて過ごすことになった。
 そこに、この万引き事件だ。
 
 ますみの同棲相手は、平田とますみの関係が怪しいと言いがかりをつけ、会社にばらすぞと脅迫してくるが、平田は動じない。平田にはもう、なくすものはなかったのだ。
 いや、それ以上に、自分がいなくなったときに残すものをどう分配するか、ということさえ考えていた。
 
 ストーリーは一直線に進む。
 さもありなん、という展開。

 そして破調。
 ますみの携帯電話に残されたメッセージ。
 それを見つけた平田の行動。
 
 悲劇の頂点はやがて訪れる。
 ここまで残酷な結末は読みたくなかった。とはいえ、一抹の明かりを望むならば、もうひとつの反転が、実は書かれていない、と思いたい。
 平田がとった結末は、平田の優しさを裏付け、ますみを地獄から救い出す一つの手段だったのかもしれない。
 

2011年11月26日土曜日

59年前の呪いが現代によみがえる


「よろずのことに気をつけよ」
川瀬 七緒

単行本: 356ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062171430
ISBN-13: 978-4062171434
発売日: 2011/8/9

第57回江戸川乱歩賞受賞作       
呪いで人が殺せるか。変死体のそばで見つかった「呪術符」を手がかりに、呪術の研究を専門にする文化人類学者・仲澤大輔が殺人事件の真相に迫る、長編ミステリー

 ということで、今回の乱歩賞は10何年ぶりかで女性が受賞、しかも女性のダブル受賞で話題に。ただ、選評をみているとかなり厳しい評価もうかがえる。
 この作品もぎこちないところはあるが、謎が謎を呼び、ラストのアクションシーンまで楽しませてくれる。

 主人公の仲澤は文化人類学者というが、民俗学に近いような研究内容だ、呪術などと。
 父とはある事情で生き別れとなり、祖父とふたりで暮らしている女子大生の真由が仲澤のもとを訪れたのは、祖父が死んだ一月後のこと。住んでいた家の床下から見つかった謎の紙片の鑑定依頼に来たのだ。ビニール袋に密閉された状態で発見されたそれは、何か呪符のようにも見え、怪しげなオーラをはなっている。
 なにより、祖父は得たいの知れない凶器でめった刺しにされ、肉をえぐられるという猟奇的な死を遂げている。その動機と、呪符とはなにか関わりがあるのだろうか。

 呪符の文言の最後にこうあった。
 「師走の月に雪なくば、よろずのことに気をつけよ」
 タイトルはここから出ている。
 そして呪符になすりつけられていた鶴の血液。

 真由の祖父はボランティアとして小児病棟の子供たちを見舞っていた。
 4歳の少女は祖父から呪符の文言を教えられていて、そらんじることもできた。少女の口からひとりごとのように流れることばに、ふたりは驚愕する。
「しわすのつきにゆきなくばよろずのことにきをつけよ」

 仲澤は過去に小児虐待の事実を把握しながら、その当事者の少年を救えなかったという負い目を持ち、子供たちには弱い部分があったのだ。
 やがて、祖父の知人だというホームレスの民俗学者・野呂から、鶴にまつわる秘儀を伝える謎の呪術師集団が四国の山奥にいるという情報をつかみ、ふたりは高知に飛ぶ。
 そこから山形に移動、野呂が、鶴を使った呪術に関する文献を見たという旧家を訪ねるが、すでに焼失してしまっていた。
 東京に帰ったふたりは、八王子で殺された老婆が祖父とつながりがあるらしいということを野呂から聞き、祖父が残したアルバムに写る山こそが因縁のもとだと理解する。休む間もなくクルマをとばして向かったのは、福島県白河。
 そこでおこる大冒険。
 59年前の因縁が引き起こす惨劇。老人が老人を狙う、その真実とは?
 

2011年11月16日水曜日

3部作完結、でもでも、もう少し読みたい

 「エージェント6(シックス)」〈上〉〈下〉
トム・ロブ スミス (著)
田口 俊樹 (翻訳)

文庫: 393ページ、479ページ
出版社: 新潮社
ISBN-10: 4102169350
ISBN-13: 978-4102169353
発売日: 2011/8/28


 『チャイルド44』『グラーグ57』――そしてレオ三部作、ここに完結!
 運命の出会いから15年。レオの妻ライーサは教育界で名を成し、養女のゾーヤとエレナを含むソ連の友好使節団を率いて一路ニューヨークへと向かう。同行を許されなかったレオの懸念をよそに、国連本部で催された米ソの少年少女によるコンサートは大成功。だが、一行が会場を出た刹那に惨劇は起きた――。両大国の思惑に翻弄されながら、真実を求めるレオの旅が始まる。驚愕の完結編。

 冒頭、1950年から開幕する物語は、レオとライーサの出会いのきっかけとなる、モスクワで開かれた、とある演奏会をめぐってのいきさつ。国家保安省へ入局間もないレオが警護を担当した黒人歌手ジェシー・オースティンは、みずからの生い立ちと、白人優先社会への反動から、共産主義のシンパとして名を馳せている。今のソヴィエトこそ理想社会だと信じるジェシーだが、彼が立ち回る先はすでに国家警察により事前に準備されつくした理想的な社会を演出されているだけなのだ。人民のための店を装う、あらかじめ準備された官僚むけの雑貨店、そこに出入りする一般市民もそれを演技している。だがその日ジェシーが突然立ち寄りたいといった学校では、何の準備も出来ていない。そこにはライーサが教師として勤めていた。
 ライーサのもてなしで学校を見学したジェシーは、そのかいあって、その夜のコンサートを見事にやりとげる。「インター・ナショナル」を高らかに歌い上げるジェシーは再び共産主義の理想を信じる歌手に戻っていた。

 そして15年後、1965年。
 この間の出来事が前作の2冊になる。国家保安省と秘密警察に翻弄されたあげく、レオは保安省を退職、工員として身をひそめる人生を送っている。ライーサは合唱団を率いて、養女とした娘ふたりとともにニューヨークへ赴くことになる。国連本部でコンサートが行われるのだ。しかし、レオには何か嫌な予感があった。
 ライーサの下の娘エレナが突然行方をくらませ会いにいったのが、今は落ちぶれて知る人も少ないジェシー・オースティンだった。エレナはある意図をもってジェシーに近づき、コンサート直後のひとつのプランを提案する役目を負っていた。
 だが、それは罠だったのだ。そして起こる悲劇。

 そして8年後、フィンランド国境で国境警備隊に逮捕された男がいた。
 ここまでが文庫の上巻。たまたまなのだが、構成がぴったりで、下巻への期待が高まる。下巻はレオを中心とした物語が展開していく。

 その7年後、1980年。灼熱の、そして酷寒のアフガニスタン。ソ連による侵攻が始まってまもないころ。
 レオは再び秘密警察の訓練官として、現地の若者たちを教育する任務に携わっていた。アヘンの悪癖におぼれながら、しかしレオの本心はアメリカに行き、妻の死の真相を突き止めることにある。
 カブールで発生した上級将校の失踪。アフガン新政権の大臣の娘と恋仲になったと見られたが、それが許される社会ではない。
 真相を追求する立場上、苦慮するレオだが、国家にも反乱兵にも味方することはできない。
 その綱渡りのような状況から逃げ出すために、ひとりの孤児と自分の部下をともない、アメリカへ脱出する手段を探し始めるレオ。
 
 1年半後、強行手段でニューヨークへ到着することができたレオ。しかしアメリカへ脱出したことが国にばれると、娘ふたりに累が及ぶことになる。その前に目的を遂げ、対策を講じなければならない。
 そこで発見した「エージェント6」とは何者なのか?

 謎としては驚くほどの仕掛けはない。
 レオの突き進むエネルギーが全てだ。そこまでして突き止めたい真相というより、国家に左右され、共産主義に毒され、また反共に燃えることでしか自分を支えられない人々、それらの立場を理解し、ひとつの高みから自分を見つめ直すことができるレオならばこそ達成できた謎の解決。
 
 それで救いはあったのか。ソ連の崩壊につながるような事態にレオは関わっていたのだろうか、ということも知りたくなる完結編(?)
 

2011年11月2日水曜日

「一人で行く者が誰より速い」


「007白紙委任状」
ジェフリー・ディーヴァー (著)
池田 真紀子 (翻訳)

単行本: 456ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163809406
ISBN-13: 978-4163809403
発売日: 2011/10/13

 <20日金曜夜の計画を確認。当日の死傷者は数千に上る見込み。
 イギリスの国益にも打撃が予想される。>
 イギリス政府通信本部が傍受したEメール――それは大規模な攻撃計画が進行していることを告げていた。金曜まで6日。それまでに敵組織を特定し、計画を阻止しなくてはならない。
 緊急指令が発せられた。それを受けた男の名はジェームズ・ボンド、暗号名007。ミッション達成のためにはいかなる手段も容認する白紙委任状が彼に渡された。攻撃計画の鍵を握る謎の男アイリッシュマンを追ってボンドはセルビアに飛ぶが、精緻な計画と臨機応変の才を持つアイリッシュマンはボンドの手を逃れ続ける……
 セルビアからロンドン、ドバイ、南アフリカへ。決死の追撃の果てに明らかになる大胆不敵な陰謀の全貌とは?


 さて、ディーヴァーの007である。
 特別仕様のiPhoneをあやつり、ネットでつながる仲間達と連絡をとりつつ、敵か味方か不明な男たち、女たちを相手に孤独な戦いを繰り広げる、現代の007ジェームズ・ボンドなのだ。
 クルマ好き、カクテル好きの嗜好は変わらず、料理に関してもめっぽううるさい。
 カナディアン・ウイスキーのクラウン・ロイヤルをベースにしたカクテル、これを「カルト・ブランシュ(白紙委任状)」と名づけて、ささげたのが今回のボンド・ガールの代表ともいうべきフェリシア。

 セルビアで列車爆破をもくろむ謎の男を阻止、そこで浮かび上がったアイリッシュマンことナイアル・ダンというテロリストの存在。
 ロンドンへ帰ったボンドはMI6本部でいつもの仲間達と情報を確認する。マニーペニーが30代の女性秘書になって、情報アナリストのオフィーリア(フィリー)がオートバイ好きの現代っ子になっているのがうれしい。上司のMが男性になっているのは原作というか、原型に戻った感じ。Qも健在だが、出番はそう多くない。

 アイリッシュマンに命令をくだしていたセヴェラン・ハイトは死体愛好者という側面をもつ怪しい男として描かれる。産業廃棄物処理業者としての表の顔をもつが、それは今や時代の寵児ともいうべき職業でもあるのだ。
 しかし、ロンドンではボンドの活躍には制限が多い。白紙委任状を託されて赴くのは中東のドバイ。

 ここでハイトとアイリッシュマンへの接近方法をセッティングして、ボンドはただちに南アフリカへ向かう。
 ケープタウンでハイトとビジネス関係を結ぶことに成功したしたボンドに、ハイトはいう、
「リサイクルできるのは、ガラスと紙くらいなものだ。アルミやほかの金属はリサイクルするだけ費用がかかる。だが、それは政治的に必要なものなのだ」。

 そして世界の食料危機を救うべく活動をしているフェリシアのパーティーに出席、互いに惹かれあうボンドとフェリシア。
 映画的な見せ場はハイトが作った廃棄物を埋め立て作った広大な庭園だろう。廃棄物を蓄積して作った土地の上に広大な森を作り、地底からの天然ガスを誘導して燃焼させたり、発電設備に回したりしている。

 そして、ハイトとアイリッシュマンとの関係、その背後にある、ある秘密が暴かれたとき、恒例のドンパチ大団円が始まる。

 そのほか、90年代に亡くなったボンドの両親のエピソードなどもはさまれ、続編への期待がもたれる。何作かジェームズ・ボンドものは読んだが、中途半端な設定で終わっていたような気がする。さすがディーヴァー、見事に現代に生きるボンドを描ききった。
 「一人で行く者が誰より速い」とは、ロンドンでオフィーリアが高らかに詠ったキプリングの詩の一節。さて、ボンドは一人でどこへ向かうのか。
 

爺の読書録