2013年8月31日土曜日

一刀流無想剣が斬り捨てたものは

「一刀流無想剣 斬」
月村 了衛

単行本(ソフトカバー): 258ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4062180014
ISBN-13: 978-4062180016
発売日: 2012/10/30

凄絶! エンターテインメント時代小説。
戦国末期下野国、謀反により命を狙われた姫と幼き小姓を守るため、一人の男が一国を相手に血刀を振るう。男の名は神子上典膳(みこがみ・てんぜん)。伊藤一刀斎より印可を受け、後に小野忠明と改名、柳生新陰流と並び徳川将軍家剣術指南役となったその人である。
山中の逃避行、多勢による包囲網、他国の裏切り、刑場での罠……。
一刀即万刀、万刀即一刀、一に始まり一に帰す。
切れ目なく訪れる絶体絶命の危機に、一刀流奥義“無想剣”がうなりをあげる。

 「機龍警察」シリーズとは別に、こんな時代劇も書いている。
 出てくる男は強い。頭も切れる。罠には罠で対応する。
 悪人も多い。ずっこい奴もいる。裏切り者はどこにでも出てくる。ここにも・・・
 だが、それぞれに分けありだ。

 戦国末期、下野の国、藤篠家で謀反が起こる。
 難をのがれた澪姫と小姓の前に、黒い長羽織の男が現れる。何者とも知れぬその男は追手を始末し、二人の逃亡の手助けをする。山を越え、崖を登り、川をわたる。姫もやんちゃぶりを発揮して元家臣の裏切り者たちをやっつける。
 男は自分から名乗らないが、彼の技を見た侍たちは、伊藤一刀斎の弟子である神子上典膳に違いないと噂する。伊藤一刀斎の二人の弟子のうち、ただ一人一刀流の印可を受けた剣豪なのだ。
 
 たしかに強い。
 だが、よくやられる。
 相打ちではない。相手は倒すのだが、そのとき自分も手傷を負う。手傷が癒えるまで味方に保護されることもしばしば。
 それでも、姫と小姓を守り抜く。姫を奪われれば、傷をおしてでも取り戻しに行く。
 実は、その絶体絶命の危機のなかに「無想剣」の奥義があった。

 そしてまた、ふたりの兄弟武士を相手にしての立ち回り。強敵のふたりに対しての捨て身の技こそ「無想剣」の真髄でもある。

 そして明かされる長羽織の男の正体。江戸時代の幕開けに確かにいた謎の剣豪の姿は、姫と小姓の覚悟とともに春霞の彼方へと消えていく。

 

2013年8月24日土曜日

ビッグ・ドライバーがもたらした恐怖に復讐を

「ビッグ・ドライバー」
スティーヴン キング (著)
高橋 恭美子 (翻訳),
風間 賢二 (翻訳)

文庫: 364ページ
出版社: 文藝春秋
言語 日本語, 日本語
ISBN-10: 4167812185
ISBN-13: 978-4167812188
発売日: 2013/4/10

息つくひま一瞬もなし! 巨匠の最新作品集
突然の凶行に襲われた女性作家の凄絶な復讐――表題作と、長年連れ添った夫が殺人鬼だと知った女性の恐怖を描く中編を収録。
内容(「BOOK」データベースより)
小さな町での講演会に出た帰り、テスは山道で暴漢に拉致された。暴行の末に殺害されかかるも、何とか生還を果たしたテスは、この傷を癒すには復讐しかないと決意し…表題作と、夫が殺人鬼であったと知った女の恐怖の日々を濃密に描く「素晴らしき結婚生活」を収録。圧倒的筆力で容赦ない恐怖を描き切った最新作品集。

「ビッグ・ドライバー」
 作家のテスは田舎町の図書館から講演会の依頼を受ける。
 講演会が終了後、図書館長の女性から近道を教えられるが、その道でクルマがパンクしてしまう。
 それが罠だった。
 大柄な男が現れ、パンクの修理を手伝うといいながら、突然殴り掛かる。
 気絶したテスはレイプされ、傷だらけになっている自分に気がつく。だが、男はテスが死んだと思い、パイプに押し込める。そこには無残な死骸が何体もころがっており・・・
 どうやら男は殺人鬼なのかもしれない。
 死体置き場から逃げ出したテスは苦労して我が家に帰る。
 そして復讐するための手だてを考え始める。
 ひょっとしたら、図書館の館長は男の知り合いなのかもしれない、と思い立ったのが手始め。
 飼い猫と会話し、カーナビに次善の策を教えられ、テスは、こんな悪人は生かしておけない、と考える。
 そこから話は一直線に進む。
 隠していたリボルバーを出してくる。ジョディ・フォスターの演じる、女復讐者の映画を見て、自分の行動を正当化していくのだ。

「素晴らしき結婚生活」
 ダーシーはガレージで異様な物を見つけてしまう。 
 夫のボブが秘かに隠していた、殺人現場らしい写真。ある女性名義の献血カード、図書館カード、そして運転免許証だ。こんなものが何故ここにあるの?
 その女性の名はつい最近ニュースで聞いたことがある。
 峡谷で発見された絞殺死体がその女だったということをネットで確認する。夫の出張記録と過去の殺人事件の記録を照合すると、確かに連続殺人事件とつながりがあることがわかってしまう。
 夫は殺人犯なのか?
 ダーシーの電話から不審な気配を察した夫は出張先から慌てて帰って来る。
 だが、夫自身にそれを訊くことはできない。
 それを察知したことを知られてはならないのだ。
 夫はさりげなく振る舞う。その態度が余計に気になる。ダーシーも今までと変わりなく夫に応対する。互いに知らぬ振りを装う夫婦。
 ある夜、酔っぱらった夫に向かってダーシーは・・・

 という2篇。
 どちらも、犯罪者に対する処罰をおこなう女性の話。自分をレイプして殺そうとした男と、男に加担していた家族たちに対する報復。自分の夫が殺人者だったと知ってしまった妻が、人知れずその事実を葬るために取った行動。
 いずれもその行動が正当化される、というのではないが、やむを得なかったという結果で、その行為に対する賛助者も現れる。
 自分の身は自分で守る、やったことの責任は自分が取る、といった結末が、いかにもアメリカらしい2作品。

 

2013年8月21日水曜日

月下上海は山口版カサブランカだった

「月下上海」
山口 恵以子

単行本: 270ページ
出版社: 文藝春秋
言語 日本語, 日本語
ISBN-10: 4163823506
ISBN-13: 978-4163823508
発売日: 2013/6/24

第二十回松本清張賞受賞。スキャンダルを逆手にとり人気画家にのしあがった財閥令嬢・八島多江子。謀略渦巻く戦時下の上海で、多江子が愛する運命の男たち。
昭和17年10月、八島財閥令嬢にして当代の人気画家・八島多江子は、戦時統制化の日本を離れ、上海にやってきた。そこで、招聘元である中日文化協会に潜入していた憲兵大尉・槙庸平から、民族資本家・夏方震に接近し、重慶に逃れた蒋介石政権と通じている証拠を探すように強要される。「協力を断れば、8年前の事件の真相をマスコミに公表する」8年前、多江子が夫・瑠偉とその愛人によって殺されかける有名な事件が起きた。愛人は取り調べ中に自殺し、瑠偉は証拠不十分で釈放されたものの、親元の伯爵家から除籍され、満州へ追われた。そして奇跡的に一命を取り留めた多江子は、スキャンダルを武器に人気画家へのし上がった。だが、その真相は、愛人と外地へ駆け落ちしようとした瑠偉を許せなかった多江子が、他殺に見せかけて自殺を図ったのだった。槙は何故か、その秘密を嗅ぎつけていた。不本意ながらも夏方震に近づいた多江子は、その人間的な大きさに惹かれて行く。夏もまた、首と心に大きな傷を持った多江子の強さと孤独に惹かれ、心から愛するようになる。やがて夏の求愛に心を開いた多江子は、槙にきっぱりと任務を断り、夏の胸に飛び込み、共に生きる決心をする。だが、多江子の何気なく漏らしたひと言からヒントを得た槙は、工作員を捕え、夏をスパイ容疑で逮捕してしまう。多江子は槙の利己主義につけ込み、莫大な謝礼と引き替えに、夏を憲兵隊本部から連れ出す取引をする。そして夏を実家の八島海運の貨物船で密航させ、上海から逃がす。だが、成功に油断した多江子は槙に犯されてしまう。槙の真の狙いが八島海運にあると察した多江子は、命懸けの対決を余儀なくされる。そして……。

担当編集者から一言
「受賞者は食堂のおばちゃん」と、新聞・テレビで盛んに取り上げられた、第20回松本清張賞受賞の山口恵以子さん。小説の腕前も一流です。スキャンダルを逆手にとり人気画家にのしあがった財閥令嬢・八島多江子。謀略渦巻く戦時下の上海で、多江子と4人の男たちの運命が交錯する。読み始めたら止まらない、サスペンス・ロマンの逸品です。(AK)

 表紙や裏表紙がきれいなので、大きめに。
 アラフォーの美貌の画伯・八島多江子。
 昭和17年、多絵子は上海に降り立つ。

 幼い頃から共に育った音楽家の瑠偉と結婚出来たものの、自分勝手な自負心から、瑠偉のわがままを許して浮気のさせ放題。やがて瑠偉は浮気相手と海外へ行ってしまう。そのとき、瑠偉が自分を殺そうとしたと見せかけたのが、多絵子のせめてもの反撃だった。
 事件はスキャンダルとなり、画塾の講師として身を立てていた多絵子は、自分から菊池寛に売り込み、文藝春秋で挿絵画家としてデビューする。
 そして8年。上海での個展を開くまでに名を挙げ、不自由な日本を逃れて上海での自由奔放な生活を楽しむことになる。

 そこに現れたのが、憲兵大尉の槙。事件の真実を暴露すると脅されながら、軍というより、槙自身の野望の片割れをかつがされることになる。
 上海の実業家であり油絵の蒐集家としても知られる夏方震という大富豪がいた。彼が南京政府転覆を画策しているという事実を暴こうというのだ。

 多絵子は画家としての立場から夏に近づくが、反政府的な動きなど見つからないまま、夏の魅力に圧倒されていく。
 漢詩を日本語で読み上げる多絵子、中国語で朗誦する夏。ふたりの心が通い合う。
 上海でのパーティー、高級料理店での会食、蘇州への旅など、このあたりがハーレクイン・ロマンスみたいと評価される所以かな。
 だが、時は流れ、軍による夏の逮捕が迫ったことを知り、多絵子は夏を八島海運の貨物船でインドシナへ逃れさせる。

 やがて敗戦。日本に強制送還させられようとする直前、多絵子は、戦時中に軍の広報紙に挿絵を描いていた戦犯として、上海に足止めされてしまう。技術雇用日僑として中国共産党に雇われる。
 そこで、同じく戦犯として留置されていた槙と出会い、夏のこと、槙とのひとときのつながりを思い起こす・・・

 読みながら、ふと、これって宝塚の舞台にしたら面白いんじゃないか、と思ってしまった。美貌の画家、野心を秘めたイケメンの憲兵、実業家でおおらかな富豪、繰り広げられるパーティー、戦争への不安や少年兵の助け、もろもろが舞台にふさわしい。
 と書きながら、実はこの作品って、上海版の「カサブランカ」じゃないか、とわかってしまった。

 作者は食堂のおばさん、で話題になった松本清張賞受賞作品。女性には気恥ずかしいような描写がある、などという評もある。そんなこだわりを持っても持たなくても、うっとりする作品ではある。
 

2013年8月14日水曜日

聖なる怠け者の冒険が暴き出す京都の真の姿とは

「聖なる怠け者の冒険」
森見登美彦

単行本: 344ページ
出版社: 朝日新聞出版
言語 日本語
ISBN-10: 4022507861
ISBN-13: 978-4022507860
発売日: 2013/5/21

「何もしない、動かない」ことをモットーとする社会人2年目の小和田君。
ある朝目覚めると小学校の校庭に縛られていて、隣には狸の仮面をかぶった「ぽんぽこ仮面」なる怪人がいる。
しかも、そのぽんぽこ仮面から「跡を継げ」と言われるのだが……
ここから小和田君の果てしなく長く、奇想天外な一日がはじまる。

朝日新聞夕刊連載を全面改稿、森見登美彦作家生活10年目にして、3年ぶりの長篇小説。
新聞連載の挿画をまとめ、森見登美彦氏のコメントもついた画集『聖なる怠け者の冒険挿絵集』(フジモトマサル著)も同時刊行。
二冊まとめてどうぞ。
内容(「BOOK」データベースより)
一年ほど前からそいつは京都の街に現れた。虫喰い穴のあいた旧制高校のマントに身を包み、かわいい狸のお面をつけ、困っている人々を次々と助ける、その名は「ぽんぽこ仮面」。彼が跡継ぎに目をつけたのが、仕事が終われば独身寮で缶ビールを飲みながら「将来お嫁さんを持ったら実現したいことリスト」を改訂して夜更かしをすることが唯一の趣味である、社会人二年目の小和田君。当然、小和田君は必死に断るのだが…。宵山で賑やかな京都を舞台に、ここから果てしなく長い冒険が始まる。

 主人公は小和田(こわだ)君。ということになっているんだけど、どうかな。
 じつは京都の町そのものが主人公。それも祇園祭宵山の日の、朝から夜の京都だ。

 馴染みのある地名や店名が次々に出てくる。
 早朝のイノダコーヒでは地元店主たちが「ぽんぽこ仮面」のうわさで騒がしい。
 「さあ、土曜日が始まる!」 という宣言のもとに長い長い一日が始まるのだが、そのスタートは「スマート珈琲店」でいただく、朝のコーヒーとサンドイッチ。
 コーヒーを飲んでいるのは小和田君が勤務する会社の所長さん。後藤所長はスキンヘッドも輝かしいこわもてだが、このたび東京へ転勤することになって、昨夜は送別会で遅くまで飲んでいたのに、朝のローテである、スマート珈琲店でのコーヒーはかかせない。

 そこに合流するのが、小和田君の先輩である恩田先輩と、その彼女の桃木さん。土曜日のスケジュールをびっしりと手帳に書き込み、そのとおりに行動することに価値を見いだしている。

 そんな人たちを遠巻きに監視しているのは週末探偵の玉川さん。探偵事務所長の浦本から命じられた、ぽんぽこ仮面の確保のために情報採取しているのだ。
 というのも、つい先ほど、ぽんぽこ仮面に出会って、その2代目に推挙された小和田君を尾行してきて、このスマート珈琲店までやってきたのだ。

 こうして、宵山の朝が始まる。
 ころがらない石になって、もっと苔をつけてやはらかくなってやる、と意気込む(?)小和田君。
 ぽんぽこ仮面を捕らえようとする勢力。そこにひそむ陰謀とは。
 密造酒のテングブラン流通機構でうごめく面々。
 めんといえば、無間蕎麦の催しに集う人々もすさまじい。
 他人の不幸を肴にして酒を喰らうという日本沈殿党の学生たち。

 北白川ラジウム温泉なんてのも出て来る。やはり京大卒の筆者らしい地元の濃密さかな。

 そして、宵山のまちを遊泳する赤い浴衣の少女たち。
 謎の狸山からつながっている、異次元の古都で出会う螺旋状の旦那衆の集まり。土曜倶楽部、日曜倶楽部、そしてまた月曜倶楽部につながり、火曜、水曜・・・と階梯をのぼるのだが、ふたたび土曜倶楽部に辿り着いたときには、それはまた一段高度になった倶楽部なのだった。
 その無限のつながりがねらっている京都の、その真の姿とは・・・

さいごにおまけ。
これがぽんぽこ仮面だ!
 

2013年8月8日木曜日

高校入試小説版で入試対策を練ろう

  • 「高校入試」
  • 湊 かなえ
単行本: 383ページ
出版社: 角川書店
言語 日本語
ISBN-10: 4041104793
ISBN-13: 978-4041104798
発売日: 2013/6/28

  • 県内有数の進学校・橘第一高校の入試前日。新任教師・春山杏子は教室の黒板に「入試をぶっつぶす!」と書かれた貼り紙を見つける。そして迎えた入試当日。最終科目の英語の時間に、持ち込み禁止だったはずの携帯電話が教室に鳴り響く。さらに、ネットの掲示板には同校の教師しか知り得ない情報が次々と書き込まれて......。誰が何のために、入試を邪魔しようとしているのか? 振り回される学校側と、それぞれ思惑を抱えた受験生たち。やがて、すべてを企てた衝撃の犯人が明らかになる――。

 昨年秋にフジテレビで連続ドラマ「高校入試」が放映されていた。
 そのときの脚本は湊かなえさん。それを元にした「シナリオ・高校入試」はすでに本になっている。
 そして今回の「小説・高校入試」。

 ドラマでは複雑な人物像が見た目に整理できたが、小説ではなかなかイメージが伝わらないのでは、と少し心配。
 というのも、文頭の一行目に【春山杏子】というように、カッコかこみでその章の語り手が紹介され、その人物の一人称でひとつの章が綴られていくからだ。
 おっと、その前の行には、インターネットの掲示板に書き込まれるメッセージと時間が表示されるのだがね。

 そして、一人称の語りは場所の説明もあやふやで、教室、職員室、会議室、校長室、渡り廊下、自宅の自分の部屋、キチンにいるのか戸外にいるのかもわからず、先生や生徒、同窓会長といった肩書きや区別もなく、ただ単に姓名だけで表記されるので、慣れるまでには時間がかかる。なにせ23人もの人物が登場するのだから。その点、ドラマを見ていた人には、あ、こんなシーンに見覚えがある、とかになるかもしれない。あるいは、湊さんの吹っ切れた筆が、そんなことに関係なく、物語を伝えることに成功した。
 とにかく、すごい臨場感で場面がせまってくる。

 入試一週間前。
 一高、といえば県下で最優秀な生徒が通う高校なのだ。この町では入試の合格発表の翌日に粗大ゴミ置き場が勉強机で満杯になる、という伝説がある。一高にさえ受かれば人生の成功者、あとは大学にいかずとも、おちこぼれになろうとも関係がない。一高に受かればもう勉強することは必要ない。したがって、勉強机はゴミになるというわけ。

 その一高の入試をぶっつぶそう、というインターネットの掲示板が現れる。
 最初は公立高校の入試を語ろうという呼びかけだった。
 それが、定員割れの学校など関係ない、一高を語れという流れになっていく。
 一高出てフリーター、それでも親は満足! などという書き込みも。
 やがて、掲示板は一高の入試をぶっつぶす、というために存在することが明らかになる。
 入試の前日には「仕込み完了」というメッセージが。

 入試試験会場となる5教室のすべてに「入試をぶっつぶす!」と墨汁で書かれた模造紙が貼られているのが発見される。
 そしてひとりの教師の携帯電話が黒板の上に隠されているのも見つかる。
 携帯電話についての注意書きが各教室に掲示される。
 ひとつの教室にだけ、昨年の注意書きがそのまま使われそうになって、あわてて年度だけ書き直されて掲示される。そこには「携帯電話の持ち込みは失格」の文言がなく、携帯電話は使用禁止と明記されているだけだった。これが後々、問題になる。

 さて、先生たちにもいろいろいる。
 主役の春山杏子先生は帰国子女。大学卒業後、大手の旅行代理店に務めていた。一念発起して教員採用試験に一発で合格した才女。
 相田清孝はバレー部顧問。同僚の滝本みどり先生と付き合っていて、インディゴ・リゾートにふたりで出掛けるプランがある。予約困難なリゾートへは春山先生のコネで強引にもぐりこんだ。だが、生徒の石川衣里奈とあやしい関係にあるようだ。
 松島先生は、息子が一高を受験するので、ことしは入試関係の作業からは手を引いている。

 入試を受ける子供たちの親にもいろいろいる。
 問題は同窓会長の沢村だ。ことしは息子が受験するので、付き添いにやって来る。それも横柄な態度で特別待遇を迫る。
 県会議員・芝田の妻も、娘の受験の付き添いにやってきていた。
 父兄たちは食堂に集められ、話題のTVドラマのビデオを見て時間をつぶすことに。

 さて、入試が始まる。
 携帯電話は電源を切った状態で先生たちにより回収される。もし試験の途中で電話がなるようなことがあれば、その持ち主は失格する旨の注意がおこなわれる。
 同時に、ネットの掲示板でも実況が始まる。
 「まずは漢字問題、侮る、秀逸・・・余裕だな」
 「次は数学、2問目に証明の超難問、本当に高校入試問題か」
 「次は社会、応仁の乱はいつだっけ」

 昼の休憩時間にも携帯電話は返してもらえない。
 休憩後の午後一番の教科は理科。
 「中学校で実験が禁止されている問題なんか出すな」
 そして最後の英語の試験時間に問題が起こる。残り時間あと15分というときに、窓際の女子生徒の携帯電話の着信音がなったのだ。
 生徒はただちに失格とみなされ、教室から退出させられる。県会議員の娘だった。

 ここまでで三分の一。
 事件はさらに続く。

 同窓会長はケータイ騒ぎは試験妨害であり、息子は被害者だと告発する。全員に追加点をやれ、とも。
 県会議員の妻は、携帯が鳴ったくらいで失格はおかしい、そんな注意書きはどこにもない、と訴える。たしかにその教室の掲示には失格とは書いていないのだ。口頭で注意した、といっても。その先生のもごもご言った説明では聞こえていなかったと言われてしまう。

 英語の答案用紙が一枚足りないのがわかる。携帯電話が鳴った教室での分だ。
 答案用紙に書き込みが見つかる。「ケータイ騒ぎのさなかにカンニングしていた」—松島先生の息子の解答用紙だった。
 答案用紙に名前が書かれていない一枚があった。ほぼ完璧な成績なのに、なぜ?

 後半、採点をめぐっての先生たちのやりとりも面白い。というより、本題はここにある。いわゆる採点ミスをめぐり、入試の本質、人間だから起こりうるミス、そのミスで人生を左右されてしまう受験生の悲しみ。
 そこに、いったん帰宅した筈の沢村同窓会長が、壁に貼ってあったという答案用紙を持ち込んで来る。それには沢村の息子の受験番号が書かれている。沢村の息子の答案用紙は2枚存在することになるのか。一枚は82点、あとで見つかった方は100点。どちらを取るかで合否が変わってしまう。

 やがて、そのすべてが掲示板を通してネットに広がっていることに気付いた学校当局は対策に翻弄される。

 そして、受験生の兄の過去、春山先生の過去が明らかになる。
 志望校に落ちて私立名門校で放送部として活躍していた兄が作成した、高校入試のドキュメンタリー。兄は採点ミスにより自分が不合格になったと思い込み、学校に開示請求したが、その結果明らかになったのは・・・。だが、それをドキュメンタリーに仕立て上げた結果、兄は返り血を浴びることに。
 熱血バカの先生と旅行さきで知り合った春山先生が教師を目指したいきさつ。熱血先生は入試に失敗した生徒の自殺騒動に巻き込まれて・・・

 入試がすべて、と考える人々。そんな人々の思惑を考えながらも、教師たちは受験に対して真摯に向き合っているのだろうか、という問いかけ。
 受験生や受験生を持つ親たちばかりでなく、受験したことのある全てのひとに対して、そうであってほしいという願いを込めて、先生たちよ、高校入試に対処したまえ。
 

爺の読書録