2011年12月31日土曜日

マスカレード・ホテルへようこそ


「マスカレード・ホテル」
東野 圭吾

単行本: 464ページ
出版社: 集英社
言語 日本語
ISBN-10: 4087714144
ISBN-13: 978-4087714142
発売日: 2011/9/9

待望の新ヒーロー誕生! 極上の長編ミステリ 
都内で起きた不可解な連続殺人事件。次の犯行現場は、超一流ホテル・コルテシア東京らしい。殺人を阻止するため、警察は潜入捜査を開始し・・・。1行たりとも読み飛ばせない、東野ミステリの最高峰。

 ホテルを利用する人たちは仮面をまとってやってくる。ホテルマンも同じだ。仮面をまといホテルの顔として、客と接する。そこで起こるドラマがひとときの仮面舞踏会を催してくれるのだ。

 「ホテル・コルテシア東京」。都心に位置する超高級ホテル。そこのホテルウーマンとして10年になる尚子に依頼が舞い込む。警視庁の刑事たちをホテル内に潜ませ、それを客たちには決して悟られないようにしてほしいというのだ。とくに刑事の新田をフロントスタッフの一員として教育しろという。
 
 ことしは3作が年末の各ミステリベストにランクインした東野圭吾さん。そのうちこの作品が上位に位置する。結局ことしの東野ミステリのベストということか。当ブログではさきに「真夏の方程式」でレビューさせていただいた。その時はベスト1だと書いたが、今作のほうがやはり上か。伏線も豊富で、なにより若々しい。そしてプロフェッショナルの物語だ。

 尚子は大学入試のときにこのホテルに宿泊し、ひとかたならぬ親切を受けたことが動機となり、こうしてホテル従業員として勤めている今の自分がいる。また、自身でもお客をもてなすことで客が喜んでくれることを、自分の喜びとして感じている、ホテルとは自分の分身でもある。
 だが、ホテルが低姿勢で接することの弱みを逆用して、クレームをつけて部屋のランクアップをせしめたり、客があやしげな素振りをして逆にホテルの信用度をおとしめるように仕向けたりする策士もいる。そんな客に対して怒ることなく、客の機嫌を損ねることなく接することが出来る自分が、尚子には誇りだった。

 刑事の新田には今回の捜査は、特に自分の役割には不満だった。警視庁の刑事として足で捜査し犯人を特定し逮捕することが自分の役割だと任じている。ホテルのフロントとして怪しい客のめぼしをつけることはたやすいが、そこから、自分の手で捜査することは許されない。新田はホテルマンとして、フロントとして、そこで行き詰まるしかなかった。

 連続殺人事件が起こっている。
 謎の数字が残され、その数字が次の殺人を予告しているのだ。
 次の殺人が起こる場所はここ、ホテル・コルテシア東京。それはわかった。
 だが、容疑者は捕まらず、次の被害者の見当もつかない。

 そして、怪しい老婦人が訪れる。目が不自由だというのだが、白手袋をはずさない。盲目の人にはこれは不自然だ、と新田の刑事の勘がそう告げる。そして、通された部屋で、婦人は「この部屋はさわがしい」と言い出した。尚子は新手のクレーマーか、と対応しようとする。婦人は自分には霊が感じられるといい、次回訪れる夫はもっと霊感が強く、夫の霊感にふれない部屋を探し出しておくのが今回の自分の役目だったと告白する。
 
 ホテルウーマンの尚子の推理と、刑事の新田の推理が、徐々にかさなっていく。それぞれのプロフェッショナルとしてのほこりが、ひとつずつ実を結んで行く。

 そしてもう一人プロフェッショナルがいた。先輩の能勢刑事だ。
 今回の連続殺人を解析し直し、ひとりの男の目星をつけ、名古屋へ赴く。そこで見つけたものをメールで送ってくる。それを受けた新田は、すべてを理解することに。だが、犯人の魔手はすでに最後の被害者のもとにせまっていた・・・

 仮面をまとった人々がおりなす舞踏会へようこそ。
 そして読者はホテルの裏側を、ホテルの息づかいをも感じることが出来るはず。
 

2011年12月26日月曜日

機龍警察、その成り立ちを追うために

「機龍警察」
月村 了衛 

文庫: 351ページ
出版社: 早川書房
ISBN-10: 4150309930
ISBN-13: 978-4150309930
発売日: 2010/3/19

大量破壊兵器の衰退に伴い台頭した近接戦闘兵器体系・機甲兵装。『龍機兵(ドラグーン)』と呼ばれる新型機を導入した警視庁特捜部は、その搭乗要員として姿俊之ら3人の傭兵と契約した。閉鎖的な警察組織内に大きな軋轢をもたらした彼らは、密造機甲兵装による立て籠もり事件の現場で、SATと激しく対立する。だが、事件の背後には想像を絶する巨大な闇が広がっていた……“至近未来警察小説を描く実力派脚本家の小説家デビュー作!

 ことしの9月に出た「機龍警察 自爆条項」が評判で、2012版「このミス」で同率9位にランクイン。そこで、昨年春の第一作から読んでみようということで。
 タイトルと紹介文からはなんのことやら、よくわからない。というより、なんかガンダムみたいな話かな、今なら日曜日朝のお子様向け変身アクションの巨大ヒーローものだろうか、と思われるかも。

 SIPD。警視庁特捜部・ポリス・ドラグーン。龍機兵と呼ばれる。全長3メートルにもおよぶ、装甲兵装だ。
 その中に警官が乗り込み、操縦する。両足を突っ込み、両手をロック、そして体全体をカバーすると、装甲の「龍骨(キール)」と人体の脊椎に埋め込まれた「龍髭(ウィスカー)」が量子結合でシンクロし、人間離れしたパワーと運動能力を発揮することになる。

 乗り込むのは訳ありの3人。
 姿俊之警部専用龍機兵・コードネーム「フィアボルグ」。ダーク・カーキで彩色。日本人でありながら傭兵として東ティモールで働き、ここで中国籍の二人の兄弟に出会い、それが今回の事件と重なり合うことに。
 ユーリ・M・オズノフ警部が搭乗するのは「バーゲスト」。全身黒。ユーリは元モスクワ民警。
 「バンシー」と名付けられた真っ白な機体に搭乗するのはライザ・ラードナー。元IRAの死の天使、元テロリストだ。機体そのものの名前もアイルランド伝承に登場する<死を告げる女精霊>のことだ。

 かれらを指揮するのは警視庁特捜部の沖津旬一郎警視長。ただ、身分以上の権力と野望を秘めている。
 そして、機体のメンテナンスをおこない、生体モニターで3人を監視する鈴石緑主任。

 発端は龍機兵をコピーした機甲兵装「キモノ」で武装した3人のテロリストが地下鉄駅を占拠する事件。その犯人らしき人物に心当たりがあった姿警部補は、彼らの行動パターンから「キサンガ渓谷急襲作戦」を思い出す。しかし、すでに遅く、バーゲストのユーリ警部補が犠牲になってしまう。ユーリは重傷、機体は補修を余儀なくされる。

 姿警部補は中国籍の密輸業者フォン・コーポレーションを捜査するうちに、テロリストに拉致されてしまう。そこで、姿がとった手段は・・・

 ラスト、千葉の倉庫で対決するテロリストと龍機兵3体。とくにライザの活躍には呆然とする。その結末は、しかし結末とはならず、次に向かうべき敵を示唆する。それは警視庁内部、警察機構そのものを標的とすることになるのだ。
 

2011年12月19日月曜日

きょう一日。せめて今日一日


「きょう一日。」 非常時を生き抜く究極の五木メソッド55
五木寛之 

単行本: 215ページ
出版社: 徳間書店 (2011/6/30)
ISBN-10: 4198631999
ISBN-13: 978-4198631994
発売日: 2011/6/30

言葉だけでなく、本当に「明日が見えない時代」がはじまっています。これから先、便りになるのは自分の身体と心しかありません。それが家族を支え、仲間を支え、地域を支えるのです。
この本は私にとって、かなり覚悟を必要とする一冊でした。私があえて個人的な体験を紹介するのも、いま、この時代だからこそ、という気持ちからです。
著者「あとがき」より

著者が日々、続けている身体のメンテナンスを、究極の五木メソッド55として、イラスト入りではじめて明かします。 
10/7NHK「あさイチ」放送で話題沸騰!著者80歳を目前にアクティブな養生訓を紹介。
内容(「BOOK」データベースより)
初めて明かす五木流からだを調えるらくらくメンテナンス。一目でわかるイラスト付き。
これが知りたかった! と思わずひざをたたく一冊。寝転びながらできる養生、 片足立ちで歯磨きを、日常でできる筋トレ、動物的勘を取り戻す遊び、風邪と下痢は身体の大掃除、私が病院にいかないわけ、たまには不規則な生活も大事、など。これからを生きる日本人必読の書!

 というわけで、五木メソッド。
 まず、朝起き抜けの指の運動から始まる、30分ばかりかけての目覚まし体操。
 いつもヨガでやっている人には関係なさそう。
 続いては、歯磨きするときは片足立ち。そして舌の体操。
 そういった合間に、五木さん独自の人生観が語られる。

 不規則な生活を規則的に。
 下痢や風邪は体の大掃除。
 人間の体はもともと歪んでいる。
 (こういったことを言うと、目の色を変えて怒り出すひともいるので、大きな声では言えないのだけどね)

 だが、最終的には、放射能との共存をやむなくされる、これからの世界では、想定外を常に意識して、ほどほどの養生を心がけて生きて行くしかない。

 心優しい五木節が炸裂する、生き方読本。いやあ、感服します。
 

2011年12月16日金曜日

折れた竜骨、タイトルに秘められた暗号とは


「折れた竜骨」
米澤穂信

単行本: 338ページ
出版社: 東京創元社
ISBN-10: 4488017657
ISBN-13: 978-4488017651
発売日: 2010/11/27

ロンドンから出帆し、波高き北海を三日も進んだあたりに浮かぶソロン諸島。その領主を父に持つアミーナはある日、放浪の旅を続ける騎士ファルク・フィッツジョンと、その従士の少年ニコラに出会う。ファルクはアミーナの父に、御身は恐るべき魔術の使い手である暗殺騎士に命を狙われている、と告げた……。自然の要塞であったはずの島で暗殺騎士の魔術に斃れた父、「走狗(ミニオン)」候補の八人の容疑者、いずれ劣らぬ怪しげな傭兵たち、沈められた封印の鐘、鍵のかかった塔上の牢から忽然と消えた不死の青年──そして、甦った「呪われたデーン人」の襲来はいつ? 魔術や呪いが跋扈する世界の中で、「推理」の力は果たして真相に辿り着くことができるのか? 現在最も注目を集める俊英が新境地に挑んだ、魔術と剣と謎解きの巨編登場!

*第1位 『ミステリが読みたい!2012年版』国内篇
*第1位 『2012本格ミステリ・ベスト10』国内ランキング
*第2位 〈週刊文春〉2011ミステリーベスト10 国内部門
*第6位 Best Books of 2010Amazon.co.jpエディターが選ぶ文芸TOP112010128日)

 という具合に年末のベストテンでは、どの出版社でも上位にランク。
 内容紹介を見ると、あやしそう、難しそうに思えるが、すんなり物語世界に入っていってしまっているのに驚く。
 語り手は領主の娘である。

 ソロン島の領主である父と、次代領主と目される兄とともに北海の島で暮らしている。
 ある日、父が募集した傭兵たちが島にやって来る。来るべきデーン人との戦争に備えて、というのだ。その中に放浪の騎士ファルク・フィッツジェンもいた。彼の従者である少年といい、ファルクその人といい、どうも一筋縄ではいかない存在のようだ。

 だが、その夜、父が殺されてしまった。壁に飾ってあった剣を奪われ、それを使って椅子に串刺しにされていたのだ。
 アミーナは悲しみを抑えて、ファルクとともに、事件の捜査を始めることになる。
 まず、父が殺されていた執務室。ファルクが剣に何やら粉をふりかけると、そこから犯人の手形が浮かび上がり、賊は右手で剣をつかんでいたことがわかる、という。そして、その粉で足跡をうかび上がらせると、6歩で父の元まで到達したと、その時の行動までが手に取るように見えてくるのだ。

 ファルクの捜査は次に、島を訪れた傭兵たちのそれぞれの事情を聞きだし、ついては昨夜の行動を確かめることに費やされる。
 だが、そのとき、呪われたデーン人たちが島を攻めて来る。生者とも死者ともつかぬ賊たちは切られても死なず、切られた手足をつなぎ合わせることで再生してしまうのだ。デーン人を殺すには首を切り落とすしか方法はない。首を切り落としてもそこから出てくるのは血ではなく赤黒い霧だけなのだ。

 傭兵たちは立派に務めをこなした。呪いをかけられ子供の姿のままながら、巨大な機械人形をあやつる魔導士。男にもひけをとらない女剣士。弟の差し出す矢を、目にもとまらぬ早業で賊どもに射かける、曰くありげな風来坊。
 彼らの活躍でデーン人たちを追い払ったあと、いよいよファルクの謎解きが始まった。
 だが・・・・

 書名にもなった「折れた竜骨」の意味はラストになって分かる。
 それは北海の島から遥かな大洋を目指すひとりの少女の旅立ちにこそふさわしい言葉であり、新たな出会いを未来につなげる言葉でもあったのだ。
 その後味の良さが好評価にもつながっているのだろう。
 

2011年12月11日日曜日

漂う砂のように生きて来た男がつぶやくのは


「漂砂(ひょうさ)のうたう」
木内

ハードカバー: 304ページ
出版社: 集英社
言語 日本語
ISBN-10: 4087713733
ISBN-13: 978-4087713732
発売日: 2010/9/24

江戸から明治に変わり十年。御家人の次男坊だった定九郎は、御一新によってすべてを失い、根津遊廓の美仙楼に流れ着いた。立番(客引)として働くものの、仕事に身を入れず、決まった住処すら持たず、根無し草のように漂うだけの日々。
ある時、賭場への使いを言いつかった定九郎は、かつて深川遊廓でともに妓夫台に座っていた吉次と再会する。吉次は美仙楼で最も人気の花魁、小野菊に執心している様子だった。時を同じくして、人気噺家・三遊亭圓朝の弟子で、これまでも根津界隈に出没してきたポン太が、なぜか定九郎にまとわりつき始める。
吉次の狙いは何なのか。ポン太の意図はどこにあるのか。そして、変わりゆく時代の波に翻弄されるばかりだった定九郎は、何を選びとり、何処へ向かうのか――

 明治10年の東京。根津遊郭「美仙楼」の番頭としての生業を余儀なくされている定九郎。
 龍造という大番頭の指図で動く、今なら下っ端サラリーマン。いつかこの世界から出て行きたいという遠い望みもあるにはあるが、走り遣いで賭場の売り上げの運搬をまかされたり、廓の花魁のトラブルをかいま見るだけでは、そのささやかな夢も、いつ叶うことか。

 時代は士族の反乱がピークを迎える頃。自由民権がもてはやされ、西郷の乱に同調する旧士族たちが西国へ向かっている。なんだか東京中の巡査の数も減っているようだ。
 なにか浮き足立つ世間だが、定九郎は、自分が川の底で蠢いている砂粒のようにしか思えない。

 そこに女郎の自殺騒ぎ、美仙楼のトップ花魁小野菊の身請け話。だが、それをことわった小野菊が次に企てたのは花魁道中だった。その本心とは。
 また10年ぶりの兄との再会。
 小野菊の依頼で訪れた芝居小屋で垣間見る圓朝の話術。
 ねっとりとまつわりつくような時代の雰囲気が、見事に活写されている。 

 2010年下半期直木賞をこの作品で、道尾秀介(「月と蟹」)とダブル受賞。
 芥川賞は「きことわ」(朝吹真理子)、「苦役列車」(西村賢太)で、下半期はかなりレベルが高かった。
 いや、もうひとつ言えば上半期は「乙女の密告」(赤染晶子)、「小さいおうち」(中島京子)がそれぞれ芥川賞、直木賞で、2010年そのものが本読みにとってはたまらん1年だったといえる。

 筆者は女性である。
 舞台は根津の遊郭。根津権現といえば、本郷や谷地といった地名や湯島天神など、江戸情緒真っ只中の土地。そこを舞台に、時代にのれない、だが逆らうこともできない、野望ばかりで何を為すにも中途半端な男を描いた。

 漂砂とは、ウィキペディアによると、様々な流れによって生じる土砂の移動、もしくは移動する土砂のこと、とある。龍造と自分を比べての韜晦はこうだ。
 「この男(龍造)はすべての世事から切り離されて在る。外からの力で揺らぐことなく、(略)水に潜っていくような息苦しさとも無縁なのだ。それに比べて自分は、まるで水底に溜まっている砂粒だ、と思う。」

 だが、小野菊花魁になにかしら関わりがあるようで、定九郎にもまつわりついてくる噺家の卵だという四十男のポン太はこうも言う。ポン太は素潜りが得意だというのだが、
 「水底に積もっている砂粒は一時たりとも休まない」「何万粒って砂がねェ、静かに静かーに動いていってるんだねェ。そうやって海岸や河岸を削っていくんだねェ。(略)水底で砂粒はねェ、しっかり跡を刻んでるんだねェ」

 そして、大団円、何年かたっても、漂う砂のように地べたをはいまわっている定九郎が見つけたものは・・・


2011年12月4日日曜日

おなじみ名探偵の学生時代をのぞきみる


「生霊(いきだま)の如き重(だぶ)るもの」
三津田 信三

新書: 384ページ
出版社: 講談社
言語 日本語
ISBN-10: 4061827898
ISBN-13: 978-4061827899
発売日: 2011/7/7


刀城言耶シリーズ初の学生時代の事件簿! 刀城言耶の学生時代の事件簿が登場。言耶がいかにして名探偵になっていったのか…!? 本編のような長編ではなく、シリーズ初読の人にもうってつけの短編集!
刀城言耶は、大学の先輩・谷生龍之介から、幼い頃疎開していた本宅での出来事を聞かされる。訥々と語られたのは、『生霊』=『ドッペルゲンガー』の謎だった。怪異譚に目がない言耶は、その当時龍之介が見たものが何だったのか、解明を始めるのだが…(「生霊の如き重るもの」)。表題作ほか4編を収録した、刀城言耶シリーズ短編集最新作。

「死霊(しりょう)の如き歩くもの」
 大晦日から新年にかけて、学生の言耶がおとずれたのは本宮家。民俗学者の集まりに呼ばれたのだ。そこで怪談ばなしに興じている学者のひとりが殺される。そのとき言耶が見たのは、誰もいないのに勝手に動き回る下駄だった。

「天魔(てんま)の如き跳ぶもの」
 謎の失踪事件で名高い箕作(みつくり)家。ここでは何人かのおとなやこどもが突然消失するという事件が発生していた。たまたま訪れた言耶の目の前でひとりの少女が突然消えてしまう。邸宅の周囲に自生する竹やぶの中に溶け込むようにいなくなってしまったのだ。

「屍蝋(しろう)の如き滴(したた)るもの」
 先代の当主が生き仏として眠るという池の中の小島から、夜な夜なしずくを垂らして死霊がさまよい出るという。即身成仏を願った当主がミイラとなり、屍蝋化した死体が歩きまわるのだ。言耶が訪ねたおりもおり、その小島で女性が殺される。雪が降りしきり、密室状態となった島で、小島から現れた死霊を垣間見た目撃者がいた。

「生霊(いきだま)の如き重(だぶ)るもの」
 表題作。先輩から、疎開していたころに見聞したドッペルゲンガーの体験を聞き、言耶はその村へ赴く。旧家に復員してきたふたりの跡継ぎの息子の真贋を確かめるよう依頼されたのだ。ひとりは本当の息子で、もうひとりは幽霊なのか。だが、そのうちの一人が不思議な死に方を遂げ、その謎を解くことも言耶に委ねられてしまう。

「顔無(かおなし)の如き攫(さら)うもの」
 学生達が怪奇話に興じているなかに言耶も交じりこみ、戦前に大阪で起こったという少年消失事件の謎を解くことになる。高級長屋と下層民の長屋がつらなる、とある路地の奥、顔なし地蔵がまつられている中に歩いていった少年は、そこから出てこなかった。
 角兵獅子や蝦蟇の油売り、刃物の研ぎ屋、遊行僧の六部など、昭和初期の風物を盛り込んで、残虐な事件の謎は意外な展開に。

「密室の如き籠るもの」2009年4月

「七人の鬼ごっこ」2011年3月

 この読書録では、上記2作に続いての三津田ミステリー。
 この短編集を読んでいる中間くらいの時点に、前々回レビューの「よろずのことに・・・」をはさんで読んでしまい、なにやら民俗学づいてしまって、いささかへんな案配。

 今作は、短編だけに謎そのものは平板だし、複雑な人間関係も現れない分、ストーリーとしては一直線。いつものややこしい謎解きに閉口していたむきにはお手頃な一冊。
 

爺の読書録