2010年8月22日日曜日

壊れていく世界を救う祈りとは

おめでとう、2010年度文春ミステリーベスト第2位。

叫びと祈り
梓崎 優

単行本: 288ページ
出版社: 東京創元社 (ミステリ・フロンティア)
ISBN-10: 4488017592
ISBN-13: 978-4488017590
発売日: 2010/2/24

この年末のミステリーベストで上位を占めるだろう、などとコピーを付けられて書店の目立つところに置かれていた。まさかの2位、新人賞だったね。

短編連作。
斉木と呼ばれる主人公が貿易会社社員、海外調査員、などの肩書きで世界の片隅で遭遇する事件の数々。
たしかに世界の片隅であり、辺境とも呼べる地が舞台となる。一話ごとに3人称になったり、一人称になったり、一人称の語り手もエピソードごとに異なる。共通するのは斉木が謎を明かしていくということ。
アフリカの砂漠で突然起こる連続殺人。その動機が前代未聞だとされる「砂漠を走る船の道」。たしかに前代未聞で、ありえない、小説世界でしかあり得ないだ ろう動機だ。だがそれが価値観の相違でおこる殺人だと、平和な日本人は納得する。それとともに登場するキャラバン隊長の跡継ぎと目される存在にびっくり。 砂漠を走る船というのはラクダのこと。ラクダの足跡が残る砂漠の起伏を越えていく道が目に浮かんできたら、著者の術中にはまってしまったといえるだろ う。。
真夏のスペインの丘陵で起こる人間消滅の謎。軍隊が消失したという伝説が残る白い土地で起こった恋人消滅事件。「白い巨人(ギガンテ・ブ ランコ)」と表現されるのはドン・キホーテでおなじみ風車のこと。歴史に残る軍隊消失事件が起こった白い風車の中に消えていった恋人は・・・
先の2作が暑い乾燥した土地を舞台にしていたのに比べ、「凍れるルーシー」は南ロシアの修道院が舞台となる。死後も生前の姿をとどめる修道女は聖女と認められるのか。息も凍る修道院の回廊でひとりの修道女が見たものは、霧のベールに包まれた幻だったのか。
エボラ出血熱の恐怖がアマゾンの奥深い闇で燃え上がる「叫び」。アフリカではなく南米アマゾンの地で、集落の地面に撒かれる白い灰。それは血の恐怖から火 葬にされた犠牲者の村人の屍骸の灰だ。アウトブレイクの恐怖とそれを断ち切ろうとする人間たちの行動の恐怖が斉木の叫びと重なる。
そして「祈り」の地で「ぼく」の胸によみがえったのは、白い砂漠、白い丘、白い灰。

世界の価値観と対峙するかたちで人々の恐怖とつきあってきた読者が最後に出会えたのは、この祈りの世界なのだ。
脅威の大型新人と評される著者の名前は「しざき ゆう」と読む。間違って柿崎のコーナーをさがしてもありません。

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