2010年8月9日月曜日

世界はこの真珠のように丸く美しいのだよ

「マルガリータ」
村木 嵐

単行本: 304ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163295100
ISBN-13: 978-4163295107
発売日: 2010/6/24

冒頭、肥前大村・伊木力の地で、将軍家光の手先として訪れた役人に尋問される老婆が登場。老婆は齢64歳で、珠(たま)と名乗り、おのれの過去を語り始め る。珠の夫は千々岩ミゲルといい、生きていたなら70歳にとどいているだろうという。ミゲルは天正年間に13歳で仲間4人の使節として南蛮へわたり、羅馬 (ローマ)を訪れ、20歳のときに帰国して修道士となった。ただ、ほかの3人とはことなり司祭になることはなかった。いや、司祭になる以前に棄教してし まったのだ。その、夫であった男が、先の一揆の首謀者である天草四郎の父親ではないかと疑われているらしい。珠は一笑に付せる。

平成22年度松本清張賞受賞作。
天正少年遣欧使節。千々岩ミゲル、伊藤マンショ、原マルチノ、中浦ジュリアン。あらためて名前を調べてみると、中学校で習った、うろ覚えの名前が、あ、そうだったの、と再認識。
その少年使節のなかのひとり、ミゲルだけが信仰を捨てたのは何故なのか?

ミゲルたちがローマへ向かって出発した半年後、織田信長が誅殺され、豊臣の世になった。そして天主教は禁令とされた。その逐一は南蛮貿易のネットワークを通じてミゲルたちのもとへも届いていた。そして7年後、ミゲルと珠は再会する。
美しき大村藩主の娘、まりたという洗礼名を持ち、藩の家老に嫁してはいるがミゲルや珠との関わりを続ける伊奈姫の存在が全編を通じて物語の通奏低音を奏でる。禁令となった天主教を密かに信仰し続ける人々の象徴だろうか。
その伊奈姫にも祝福されて、ミゲルと珠は夫婦となる。そしてミゲルは天主教を捨てた。藩を守り、親族である藩主たちを守る意味でもあった。
時代は禁教から、伴天連追放、そして徳川将軍家の法令による踏み絵も始まる。
その間、棄教か殉教かを迫られ、何人もの人々が処刑されていく。ミゲルと珠はただ時代に流されていくだけだ。
なぜ、この国では殉教ばかりがもてはやされるのか。ミゲルの苦悩は続く。ミゲルだけは世にも名高い棄教者として、幕府から特別な扱いをされているのが皮肉である。
仲間たちに襲いかかる危難を救うべく、ミゲルは力をつくすのだが、歴史の波は残酷だ。

著者の村木さんは故司馬遼太郎氏の夫人の個人秘書を勤めておられて、ということでニュースにもなっている。司馬遼の世界を期待するのは無理というものだが、歴史に対する視線と、美しき女たち、誇り高き男たちの物語は、悲しさを交えてどうしようもない結末を迎える。

マルガリータとは真珠のこと。たま、と呼ばれた少女が珠となり、伊奈姫もまた、まりいたという洗礼名を持つ。世界はこの真珠のように丸いのだよ、と幼いたまに語りかけるミゲルの言葉が年老いた珠の胸に今も残っているのだろう。

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