2013年4月7日日曜日

蜩ノ記が残したものは、未来への希望だったのか

「蜩ノ記」
葉室

ハードカバー: 327ページ
出版社: 祥伝社
言語 日本語, 日本語, 日本語
ISBN-10: 4396633734
ISBN-13: 978-4396633738
発売日: 2011/10/26

146回 直木賞受賞作
鳴く声は、いのちの燃える音に似て──
幽閉先での家譜編纂(へんさん)と十年後の切腹を命じられた男。
何を思い、その日に向かって生きるのか?
心ふるわす傑作時代小説!
命を区切られたとき、人は何を思い、いかに生きるのか?
豊後(ぶんご)・羽根(うね)藩の奥祐筆(おくゆうひつ)・檀野庄三郎(だんのしょうざぶろう)は、城内で刃傷(にんじょう)沙汰に及んだ末、からくも切腹を免れ、家老により向山村(むかいやまむら)に幽閉中の元郡(こおり)奉行・戸田秋谷(とだしゅうこく)の元へ遣わされる。秋谷は7年前、前藩主の側室と不義密通を犯した廉(かど)で、家譜編纂(へんさん)と10年後の切腹を命じられていた。庄三郎には編纂補助と監視、7年前の事件の真相探求の命(めい)が課される。だが、向山村に入った庄三郎は秋谷の清廉(せいれん)さに触れ、その無実を信じるようになり……。命を区切られた男の気高く凄絶な覚悟を穏やかな山間(やまあい)の風景の中に謳(うた)い上げる、感涙の時代小説!

 豊後羽根藩という架空の国。
 山桜が花びらを舞い散らせるころ、新緑の中、庄三郎は向山村を訪れた。戸田秋谷の手助けという名目で、彼の監視役をおおせつかったのだ。
 秋谷は七年前、藩主の側室と密通したとして山奥の村に幽閉され、十年の猶予の後、切腹を命じられている。その時までに藩の歴史<三浦家譜>を仕上げることが使命でもあった。
 その家譜編纂にあたる備忘録を残していた。それが「蜩ノ記」と名付けられた日記だった。

 庄三郎自身も城中での不始末から、切腹は免れたものの、秋谷が家譜を編纂する過程で彼が手にする藩の秘密の監視、ひいては他国へ逃さぬための見張り、いざ秋谷が村から逃げ出そうとしたときには妻子ともども切り捨てよと命じられていた。

 秋谷は妻の織江、薫という娘、元服前の郁太郎という息子と三人暮らしだった。
 郁太郎の友人は源吉という百姓の子供だ。かれにはお春という妹がいた。

 庄三郎は、かれらとともに過ごしながら、秋谷が自分の運命に何の不服も持っていないのが不思議に思えてくる。

 その秋、不作になった村では御用商人の播磨屋に対する不満がつのり、強訴すべしという談合がもたれている。秋谷はそれを身を呈してとどめる。村人の命を粗末にしないことをのみ願う秋谷の姿勢に庄三郎は感銘を受ける。

 ある文書から、秋谷の密通相手である松吟尼が3年前に許されていたことが判る。
 庄三郎は城下の港町にある寺に松吟尼を訪ねる。
 そこで、秋谷に対する赦免の内意も領主から伝えられたということを聞く。そうでありながら、秋谷は甘んじて切腹しようとしているのか。

 松吟尼は、お由という名で、もとは秋谷の実家である柳内家で下働きをしていた。そのころの秋谷は順右衛門という名で藩の勘定方として頭角を現そうとしていた。
 お由は先代藩主にみそめられ、側室として召し上げられ、江戸屋敷に住んでいた。だが、あるとき何者かに毒殺されそうになった。そのとき秋谷が救ってくれて、いっしょに逃げたことが密通さわぎとなっていたのだ。

 庄三郎は秋谷の潔白を信じると同時にますます秋谷を救いたいと思うようになる。
 村の夏祭りは暗闇祭りといって、篝火が消された境内を、本殿から下社にむけて神輿が横断する。星明かりと太鼓だけの祭りだった。
 その夜、播磨屋の番頭が殺される。農民たちが狩りに使う鎖分銅が首に巻き付けらrていた。

 翌年の正月、村の寺にきた松吟尼は、庄三郎に一通の文書を手渡す。それは先代の正室お美代の方の出自を明らかにした由緒書きだった。
 秋谷に敵対している赤座一族の長が死の間際に松吟尼に託したものだという。
 だが、その由緒書きそのものにはなにも目新しいものはなく、それほど大事なものとは思われない。

 その秋、豊作に村はわいた。だが、秋口の天候不順の兆しがうかがえ始め、村人たちは早めの刈り入れを役人に訴え出る。しかし、頭の固い役人はそれを許そうとしない。
 秋谷は過去の例をひもとき、早めの刈り入れが叶わず、せっかくの豊作を無にしたために役人が責任をとって切腹したことがあった歴史を披瀝する。役人はその説得に応じ取り入れを許可した。
 案の定、村は水害に襲われ、家や畑は水没するが、年貢米は庄屋の蔵に避難できて無事に済んだ。
 だが、水害のあとを見回っていた役人は鎖分銅を首に巻き付けられ、木に吊るされているのを発見された。
 
 そして、秋谷が煽動して一揆を企てている情報をつかんだとして、家老の部下が秋谷を訪ねてくる。秋谷の家の行く末を配慮するから、由緒書きを差し出せと言い出す。
 秋谷はつっぱねるが、一揆の扇動者をめぐって村人たちから被害者が出る。
 それは、播磨屋の手先となっていたことを暴かれ村八分になっていた万治の息子の源吉だった。拷問を受けて死んでしまった友人の恨みをはらすために、秋谷の息子・郁太郎と庄三郎は家老屋敷に向かう。
 秋谷はそれを止めない。
 ふたりは家老に訴えるが、家老は歯牙にもかけない。それより、いい加減にしないと源吉の母や妹まで類が及ぶぞ、などと卑怯な脅迫をする。ふたりは座敷牢にとらわれの身となってしまう。

 秋谷は知らせに来てくれた庄三郎の友人の馬で家老屋敷に駆け込む。だが、幽閉中の身でありながら、城下に足を運ぶのは許されないことなのだ。
 それを許すかわりに由緒書きを差し出せと家老は命ずる。
 家老は秋谷とは同年代で、藩校にも友に通った同志だった。
 そのころから家老の父は秋谷に一目置いていたのだと、家老は告白する。その引け目が秋谷に対する仕打ちになっていたのだ。

 と、ついつい長々とネタばらしをやってしまった。
 昨年春の直木賞。これは葉室さんのベストではない、という評価もきくが、いやいや涙ながらに読み終えるカタルシスはなかなかのもの。
 蜩の声とともに散った命が救ったのは、侍としての家老のあるべき姿、一揆を免れた農民たちと、そして残された家族やすべての者たちの未来そのものだったのだ。
 

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