2013年9月2日月曜日

ルドヴィカがいるのは、この世界なのか、小説の中なのか

「ルドヴィカがいる」
平山 瑞穂

単行本: 303ページ
出版社: 小学館
言語 日本語
ISBN-10: 4093863504
ISBN-13: 978-4093863506
発売日: 2013/3/13

読者の立ち位置を危うくする超感覚ミステリ
この5年間ヒット作もなく、書き下ろし作品を執筆しても出版の見通しが微妙な小説家・伊豆浜亮平は、女性誌でライター稼業をして食いつないでいた。ライターとして天才ピアニスト荻須晶に取材したのをきっかけに、小説家は軽井沢にある晶の別荘に招かれたが、別荘近くを散策中にこの世の者とは思えない女性と遭遇する。彼女は言った。「社宅にヒきに行っている人とその恋人の方ですね。ラクゴはミています」。社宅にヒく? ラクゴは落語か落伍か? だめだ、まるで意味がわからない――。森の中を一人でさまよい、独特の話法で言葉を操る彼女との出会いから、やがて小説家は執筆中の作品にも似た“もうひとつの世界”に迷い込んでゆく。言葉の迷宮に読者の世界も歪む超感覚ミステリ。

 売れない小説家の伊豆浜はペンネームで女性誌にアルバイトで寄稿していた。
 そこに鍵盤王子と話題のイケメンピアニスト・荻須晶が帰国するというので、彼のインタビューに出向く。
 インタビューのあと、伊豆浜は軽井沢にある晶の別荘に招かれ、そこに友人の白石もえとともに行くことになる。
 駅には執事とも思われる運転手・カサギが迎えに来てくれていた。
 そして別荘地の森の中で晶の姉、水と出会う。
 ふたりの親は、自分の子供の名前は、生まれる前から水(ミズ)と晶(アキラ)に決めていたのだという。男女どちらにも通じる名前だから。
 だが、独特のことばで会話する水は弟の晶にもその会話の内容がわからなくなってきていた。晶はそれを解決してほしいと願っていたのだ。
 「ショウがそのツマミを引っかくのが写ったから、ちょっと溢れただけ」
 そこで伊豆浜は自分なりの小説技法からその言葉の謎を解き始める。

 ちょうど「さなぎの宿」という小説を書き進めていた伊豆浜には、自分の小説の舞台と、この軽井沢という土地とが何かしらリンクしているように思える。
 水の語法も、連想する、関連語句が先走って出て来るだけで、文脈を捉えればちゃんと推測できるのだ。
 「私の編んでることが浮かぶんですね」

 そして伊豆浜は突然「ルドヴィカ」という単語を思い浮かべる。それは作品のなかのヒロインと水とを結びつける音だった。

 後半、半年ぶりに軽井沢の別荘から依頼が来る。行方不明になった水を探してほしいという。水の放浪癖がひどくなっていたのだ。
 執事のカサギは警察には頼みたくないらしい。かつて、警察を当てにしたときに、相手にされなかったイヤな思い出があったという。
 伊豆浜はふたたび、もえと共に軽井沢に出向いたのだが、ちょうど新しい小説が佳境にはいっていて、捜索の合間にもパソコンに向かう始末。
 そして、その小説と符合するように、軽井沢では不思議な人々の消失が続いていた。

 やがて、捜索に行ったもえまでもが行方知れずになる。着想を得てパソコンに向かってしまって、もえのことをないがしろにしていた伊豆浜は責任を感じる。だが一晩をへてもえの携帯電話から連絡が入る。
 近所の別荘の持ち主が、意識不明のもえを保護していたのだ。
 もえを助けた蛯原という元中学教師は、夫が協力していたという辰野博士の研究を解説する。その研究が今の人々の行方不明にも関係があるというのだ。
 オマガリコマユバチのさなぎが分泌する麻薬様物質の、人間への転用を考えていたというのだ。

 伊豆浜の小説のなかの人々と、現実の軽井沢の人々とが絡み合い、重層的な流れがいつしかどちらの世界へも影響を及ぼすという、多層的な物語。
 現実世界が小説へ影響するのは、まあ当たり前。だが、想像力で産み出された小説が現実世界に何かを働きかけるというのは偶然だろうか。
 そのキーワードが「ルドヴィカ」だった。
 伊豆浜がふと思い浮かべたルドヴィカという言葉は、幼い頃に晶が水をそう呼んでいたという。

 そういえば、と思い出した。昨年か一昨年、BSテレビの番組で松下奈央さんが、ショパンの実家を訪ねる旅をルポしていた。そこに、ショパンの姉も出て来たはずだ。ショパンが愛した二人の女、ジョルジュ・サンドと、もうひとりは姉のルドヴィカ。

 

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