2011年7月4日月曜日

安土城で起こったことは人に語ってはならない

「安土城の幽霊」
     −『信長の棺』異聞録
加藤

単行本: 245ページ
出版社: 文藝春秋 (2011/01)
ISBN-10: 4163298800
ISBN-13: 978-4163298801
発売日: 2011/01

 短編集。3篇が収録されている。
 そのいずれもが織田信長に関わりが深かった人物、物品を扱っており、そのエピソードの何かが信長の死の謎と深く結びついている。
 デビュー作「信長の棺」で、著者は、信長は本能寺で焼け死んだのではなく、秘密の抜け穴を通って近くの南蛮寺まで逃げ落ち、そこで裏切りに合い、命果てた、との説を打ち出した。
 その背景にあるものはその後の著作であれこれ語られているのだが、今回まとまった作品集ではその周辺にあるものをある意味ユーモラスに活写している。
 
「藤吉郎放浪記」
 秀吉の若き日、今川城下に住む田舎もので、そこから成り上がるために一心不乱に信長にとりつこうとする藤吉郎の努力が描かれる。
 手品使いとして目をつけられる設定もめずらしいが、草履取りとして目をかけられることになると信じていた読者の目が開かれる。たきぎ奉行として成り上がって行く始末は藤吉郎の出自の秘密とあいまって、こういうこともありか、と思わせる。

「安土城の幽霊」
 家康のいたずら心を刺激したのは、服部半蔵とその手下の女忍び。ふたりは安土築城まもない信長が精神不安定になっているのを知る。内情をさぐりつつ、ある女人の幻を信長にかいま見せるという幻術をかけようとするが。
 せっかくのアイデアが逆に覇王としての目覚めを呼び覚ます皮肉が利いている。
 
「つくもなす物語」
 こちらは信長の時代から150年の昔、足利義満が明から購入した物品の中から見出した壺の変遷が描かれる。何に使うのかもわからない小さな壺が、奇妙な光沢が悪鬼の眼のように見えると忌み嫌われ、付喪なす、と呼ばれてわざわいをもたらすものとして蔵の奥にしまいこまれる。
 だが、応仁の乱のさなかに抜け出し、やがて戦国大名から気に入れられることになる。
 所有する大名が変わるたびにその価値も高まることに。松永弾正の手から信長の手に。そして徳川家康が大阪城の焼け跡から掘り出したものが現在に残っている。
 だが、これは本能寺が焼け落ちたときに、信長とともに砕け散ったはずではなかったのか。



 歴史のはざ間でうごめく人々の思惑と、それをあざわらう歴史のダイナミズムが面白い。

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