2011年8月17日水曜日

昭和のモダンタイムズの記録のすきまから


「小さいおうち」
中島 京子

ハードカバー: 319ページ
出版社: 文藝春秋
ISBN-10: 4163292306
ISBN-13: 978-4163292304
発売日: 2010/05/30



 昨年(2010年)上半期の直木賞受賞作品。
 昭和初期から、日支事変、太平洋戦争をはさんで語られる、女中さんの思い出話。
 ひとつ仕掛けがしてあって、この思い出の手記を甥っ子が時々読んでいる、ということで、現代の若者から見た「その時代」への違和感が筆者と甥の会話の中で表されるが、それが読者の感想に結びつくことになる。

 昭和5年春、タキは12歳で山形の農家から女中奉公に出た。小説家の家での短い奉公のあと、タキが仕えたのはひとり息子を持つ時子奥様。タキと時、というゴロもよいが、時子さん自身の造形が鮮やかで、戦前の華麗な御婦人の様子が浮かび上がる。
 タキが時子の家に奉公にあがって間もなく、ご主人が亡くなり、時子は幼い息子とともに平井家へ再婚することになる。
 平井は一回りも年上の実業家だが、優しい男で、連れ子の長男恭一と、女中のタキも同時に厄介になることに。
 そして、当時には目新しい、私鉄沿線沿いの瀟洒な一戸建てでの生活。画家と思しい青年がスケッチしに来るような家で、タキの本格的な女中奉公が始まるのだ。

 玩具製造会社の重役として、着々と事業をこなしていく平井。その家の女中として、タキは時子や恭一とともに幸せな一時期を過ごす。
 東京オリンピックが中止になり、日本に戦争の足音が近づく。だが、生活を楽しむタキたちには重苦しさはない。鎌倉の知り合いの別荘での海水浴、デパートでの買い物や食事など、この時代の華やかな場面ばかりがトキの記憶に残っているのだ。
 その中には会社の新人玩具デザイナーの板倉正治もいた。彼と時子夫人との秘め事がタキにとっても気がかりなことになる。
 
 初めに仕えた小説家の先生が教えてくれたイギリスの学者の家政婦の話。良い家政婦は学者が世に出すのをはばかる原稿を、それと知って自分から火の中に投じる。
 このエピソードが女中としてのタキの立場を正当化する。

 出征を前にした板倉と、時子の関係に決着をつけようとするタキ。
 そのとき、タキがとった手段とは。
 東京大空襲の前にタキは田舎へ帰される。疎開してきた子供たちを見るたびに、恭一ぼっちゃんのことを思い出す。そして、子供たちを送って一年ぶりに東京へ戻ったタキは時子奥様と最後の別れをすることになる。

 最終章「小さなおうち」は、甥の健史が、亡くなって4年になるタキが最後に残したブリキのジープの話を追求する物語になる。タイトルに使われたバートンの「ちいさなおうち」の原書からヒントを得て、ある作品を残した作家から導かれ、過去を巡る旅に出る。
 そこで見つかる、大伯母の秘密とは・・・
 

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