2012年5月3日木曜日

マルセルの横顔が見つめるものは


「マルセル」
高樹 のぶ子

単行本: 512ページ
出版社: 毎日新聞社
ISBN-10: 4620107778
ISBN-13: 978-4620107776
発売日: 2012/3/8

<恋愛小説の名手による絵画ミステリー
 その日千晶は、父が暮らしていた家を処分するため、神戸に来ていた。今年の2月、父は肝臓がんで亡くなった。母を知らず、ずっと父とふたりで生きてきた。父娘似たような性格が災いして突っぱね合っていたが、千晶はなぜか今、父と同じ新聞記者の道を歩んでいる。
 遺品を整理していると、父が病室にまで持ち込んでいたという2冊の大学ノートが見つかった。その中には、京都国立近代美術館で起きた、ロートレックの名画「マルセル」盗難事件の取材メモが。さらに、犯人と思われる人物が、父に宛てて送った絵はがきが保管されていたのだ。父はいったいなぜ、死ぬ間際までこのノートを手放さなかったのか。謎を追う千晶は、やがて若き日の父の姿と、自分の出生の秘密に迫ることになる。
 実際に起きた「マルセル」盗難事件をテーマに描かれた本作。恋愛小説の名手であり、芥川賞選考委員でもある著者が、初めてミステリーに挑んだ意欲作である。

 芥川賞作家が書くミステリー。
 随分前に平野啓一郎さんの「氾濫」を読んだ時にも思ったものだが、やっぱり純文学作家の文章は的確だ。無駄がない。こんなブログの適当なやっつけ言葉とは大違い。ま、比べる方が間違っているのだが。

 父の死後、神戸で実家の整理を進めていた千晶は、東京への帰途、父・瀬川謙吉が遺した手記に導かれるように京都で下車する。おりしも大晦日だ。雪が舞う中、手記にあった北白川へ向かう。そこで出会ったのは、演劇人希望のミシェル(美貝)、ギャラリーYOKOという店のオーナーの葉子、そして織物職人の画家オリオ。

 葉子の紹介で彼女の夫である画廊経営者の真丘永と出会い、元警官だったというバンドマンの松井との会話から、彼らすべてと父が関係していたことが判明する。父は今のギャラリーに建て替える前にあったアパートで暮らしていたというのだ。
 
 とんとん拍子に話が展開していく。
 ロートレック展が開催されていた京都国立近代美術館から盗まれた「マルセル」は7年後に発見されたが、そのいきさつを追求していた新聞記者の父は、犯行の跡をたどりながらここに行き着いたようだ。
 だが、ここで何が起こったのか?
 
 何かが起きる時は一斉に起きる。
 新聞連載は昨年の大震災をはさんで続けられている。
 何かが起こり、何かが終わった。だが、終わらないものがあり、そのなかを人はさまよい続けるのだろう。

 父の手記とパリからの謎の手紙に導かれ、マルセルを尋ねてフランスのアルビ美術館を訪れた千晶は、父が所持していたものと全く同じパーコレーターを見つける。
 そしてロートレックの故郷トゥールーズで明かされた謎は、思いもかけぬ人との出会いにつながっていく・・・

 コーヒーの香りと名画の陰翳にいろどられたミステリーを、どうぞご堪能ください。
 

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