2012年6月17日日曜日

未踏峰を越えて、目指すものは何か

「未踏峰」
笹本稜平

単行本: 352ページ
出版社: 祥伝社
言語 日本語
ISBN-10: 4396633262
ISBN-13: 978-4396633264
発売日: 2009/10/27

  
圧巻の山岳シーン、骨太の人間ドラマ。著者渾身の感動長編!
ここで逃げたら、
死ぬまで人生から逃げ続けることになる――
ハンデを背負った三人の若者と、
未来を手放した伝説の登山家。
運命の出会いが、「祈りの峰」への扉を開く。
ヒマラヤを舞台に、人間の希望を描く感動長編!
<夢を持て。生きている、ただそのことを喜びに変えられるような――>
自分がこの世界で生きた証として、たとえ名もない頂でも、そこに人類初のアイゼンの爪痕を残すこと――。
そこから得られる利益などなにもない。初登頂の栄誉は、登った者の胸の裡だけに刻まれる。
本来、すべての登山がそうあるべきなのだ。いや人生そのものがというべきかもしれない。
(本文より)

 5月に文庫化され、あらためてレビューが出ていたので、あわてて読むことに。
 初版は2009年9月。その時にも触手が動いてはいたのだが、機会を逃してしまっていた。

 山岳小説は久しぶり。山岳ミステリーなどは多々あったが、純粋に山登りを描いた作品という意味では長らくご無沙汰だった。
 山登りそのものというより、山に行く動機がメーン。
 橘裕也。ある事情で会社を去り、社会からドロップアウト。パウロさんに拾われた形で山荘で働いていた。そこでサヤカと慎二に出会い、リーダーとして山に向かう。
 戸村サヤカ。アスペルガー症候群を持つ料理の天才。予定された行動なら問題ないが、急に派生した事象に対応できないことがある。
 慎二。小学生の知能程度だが、穏やかな人柄で、力は人並み以上。そして絵の天才。
 そして蒔村康平の遺骨。洗礼名はパウロという。彼の遺骨を山頂に撒くつもりだ。

 彼らが目指すのはビンティ・チュリ。ネパール語で「祈りの峰」。人は誰もその頂に立ったことがない「未踏峰」だ。パウロが経営し3人が勤めていた八ヶ岳の山荘はビンティ・ヒュッテという名前だった。そこに運命的なものを感じた彼らは徐々にそのヒマラヤの山にあこがれを抱くようになる。
  
 蒔村は世界的に有名なアルピニストだったが、引退して山荘を経営していた。そこに自分自身が社会から引退したと思いこんでいる裕也が、夏期限定の手伝いとして応募してくる。山荘にはすでにサヤカと慎二が従業員として働いていた。
 
 山荘でのパウロさんとのやりとりと、現在のヒマラヤ高峰での時間軸が並行して語られていく。
 パウロさんの過去、裕也の過去、サヤカや慎二の事情などが明らかになる。
 そして、未踏峰を目指すことで自分の存在の意味を再確認することが、かれらにとって生きる全てとなっていく。
 冬の八ヶ岳や富士山登山で、高所での運動での心構え、強風に対する訓練を繰り返し、いよいよ次のシーズンにはヒマラヤを目指すという年の冬、パウロさんを、ある不幸が襲う。

 ヒマラヤのベースキャンプに、パウロさんはいない。
 だが、3人は頂上を目指す。
 気持ちは4人だ。パウロさんの指導が今も心の支えなのだ。
 
 ある外人のパーティーとの競争になったりするが、彼らもアルピニストの先輩としてのコウヘイ・マキムラを慕っていた。
 山をやる人物に悪いヤツはいない、というのは森村誠一が覆したのだが、この本に出て来る人物は、それぞれに個人的なハンディを負い、深い過去を持ちながらもすべて善人だ。
 未踏峰を越え、その向こうを目指した人々。
 ひとはそれぞれの未踏峰を持つのかもしれない。
 

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