2012年10月30日火曜日

東京プリズンに囚われていたのは

「東京プリズン」
赤坂 真理

単行本: 441ページ
出版社: 河出書房新社
ISBN-10: 4309021204
ISBN-13: 978-4309021201
発売日: 2012/7/6

 


戦争を忘れても、戦後は終らない……16歳のマリが挑んだ現代の「東京裁判」を描き、朝日、毎日、産経各紙で、“文学史的”事件と話題騒然! 著者が沈黙を破って放つ、感動の超大作。

 2009年、東京にいる「私」のもとに電話がかかってくる。それは1980年のアメリカにいる「私」からの電話だった。救いを求める私はそうしてコレクトコールの電話をかけた覚えがあった。
 そして「私」は、「私」をめぐる記憶の旅に出る。
 
 主人公は15歳でアメリカにホームステイしている「マリ」。10月のある日、友人に誘われてハンティングに行く。そこでヘラジカを撃ち、その肉を分け合い、ステイ先の家族と一緒にステーキにして食べる。そのときのハンティングでは連れが誤って子鹿を撃ってしまう。子鹿を殺すのは州法にふれる罪だ。みんなでその罪を隠してその罪を分け合うために、一緒に行った仲間達は子鹿を解体して、それぞれが遺体の部分を始末することになる。マリには耳の部分があてがわれ、マリはその耳を箱にいれて庭の片隅に埋める。
 そしてハロウィンの翌日、マリは16歳になった。

 現代の日本の「マリ」は40台のなかばになり、再婚した夫とともに千葉に住む作家である。子供はいないのだが、過去からのマリの電話にはマリの母親だと偽って返答する。現代のマリも、自分の母が東京裁判で通訳をしていたことを知り、巣鴨プリズンがあった場所や、極東軍事裁判がおこなわれた場所をさがしてさまようことになる。

 16歳のマリは学校の発表会で「日本について」発表するようにという課題を与えられる。マリは古くからの日本文化をテーマにしようと考えるが、校長はこういう。「真珠湾攻撃から戦争を経て天皇の降伏宣言があったことこそ、大事なテーマだ」。アメリカではそれこそが日本を表すものであるらしい。

 天皇の降伏。
 16歳のマリには実態がつかめない。教科書にのっているのは二重橋の前で正座して泣き崩れる人々の写真。ここはどこにあるのだ、とマリにはなにも分からない。その都度、東京の母に聞いてみる。二重橋は皇居よ、そこは江戸城だったところ。母は自分の体験以外にも、祖母から聞いた話を教えてくれる。
 アメリカの資料には、天皇の玉音放送を録音したレコードや原稿の写真などが残されている。その放送を聞いた日本人たちは、天皇の肉声というものを初めて聞いたのだ。

 そこでマリは思う。なぜ、私は日本が降伏したことをきちんと教えてもらっていないのだろう。今の日本人は日本の敗戦をどうして大切なものとして残してこなかったのだろう。終戦記念日とはいうが、何を記念しているのだ。
 そしてディベートが行われる。マリは練習では天皇の戦争責任を否定する立場で、本番では肯定する立場での役割を担う。
 
 先にヘラジカの耳のエピソードがあり、解体したヘラジカの肉を食べたことで、その肉が自分の体の一部になっているという意識がつきまとう。
 マリの夢想のなかで、ヘラジカがときおり現れる。それは大君であったり、アメリカの原住民の王であったりする。
 その夢想のなかでは、ベトナム戦争で枯れ葉剤の被害者となった結合双生児も現れる。アメリカを否定する立場で結合双生児はマリに語りかけ、応援するともなく、マリの言い分を聞く。
 ママとの電話は未来への電話であるとともに、現代に生きるマリには過去の自分への応援メッセージでもあった。過去からの電話は、劇場に入る時に通る、緞帳の掛けられた小さな部屋の役割を果たすのだ。

 イエスの家系など考えられないのに、天皇には万世一系といわれる家系図が残る。神の家系図とは何なのだろう。
 天皇は神に奉られただけなのだ。天皇の人間宣言とは、米軍占領下でのアメリカの思惑が潜んでいないか。
 そして天皇機関説。天皇はエンペラーでなく、あくまでTENNOUである。
 日本人は関東大震災と空襲による焼け野が原を似通った風景として記憶している。それは民間人を犠牲にしようとしたアメリカの戦略だ。 広島、長崎、そしてベトナム。アメリカの民間人虐殺は、アメリカの神の仕業なのだ。日本軍は、あくまで民間人の虐殺などしたことがない。日本の神は虐殺などしない。

 ディベートで、マリはそう訴える。それが真実なのだ。だが、日本人はそんなアメリカの神を受け入れた。その結果が現代の日本につながっている。そして今の日本人は、戦争に負けたこと、天皇が神だったこと、アメリカに占領されていたことに触れようとしない。そんなことはなかったかのようにふるまう。

 
 日本人は太平洋戦争の敗戦いらい、アメリカとの関係について、何かに囚われていたのだろうか?
 それは一体何なのか。
 プリズンから抜け出すことはできるのか?
 

0 件のコメント:

コメントを投稿

爺の読書録